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第253話 強制移動トラップ


 しばらく様子を見ていたが、それ以上何かが起こるということはなかった。


 ゴブリンズも戻ってこない。

 パンジャンドラムが俺とトンプソンに動かないよう手で示し、もう1度、2匹のゴブリンを召喚し上へ上らせる。


 1匹は完全に階上へ上がり、もう1匹は階段の最上段で待機。フロアを覗き込んでいる。


 フロアから悲鳴があがった。最上段のゴブリンも、何かに引っ張られるようフロアの方へ消えた。


 その様子は俺の《ウェイブスキャナー》にも手応えがあった。フロアの様子からすると、何か細いロープ状の物が素早く動いて1匹目に絡まり、さらに2匹目にも同様に絡みついて、フロアの奥へ引きずり込んでいったようだ。


 フロアにはまだ3本のロープめいた何かが揺れている。ゴブリンの姿は感じられない。

 パンジャンドラムが階段を素早く上った。彼も同じスキルで把握しているのだ。俺とトンプソンも彼の背中を追う。


 フロアへ飛び込んだパンジャンドラムのライフルが火を噴いた。続いて飛び込んだ俺も《ハードボイル》を撃てる体制に入る。


 フロアは、庭園のようだった。

 いくつかに区分けされたプランテーションの間を通路が通っていて、植物園のような風情がある。


 部屋の奥、その草木の間から、3本の線が伸びている。

 ミミズ……いや、ぬらぬらとぬめった、何かの触手のように見える。床にはゴブリンたちのバラバラ死体が転がっていたが、死体は姿が消えていく。触手によって引き千切られたのだろうか。


 触手がこちらへ走った。パンジャンドラムの射撃。


《ハードボイルのスキルを発動しました》


 1本は弾丸が、他の1本はマイクロウェーブによって爆ぜ飛んだ。残るは1本……。

 最後のやつは素早く引っ込んだ。

 しばらく様子を見ていたが、出てくる様子はない。


「……どうする? ロス君」

「君がまだファイアスライムのストックを持っているなら植物ごと焼き払うという線もあるが……」


 そう言った時だった。


 フロア全体が振動し始めた。

 ゴリゴリと音もする。

 プランテーションの通路が割れた。プランテーションの区画が離れたり、あるいはスライドしてズレたりしている。


「なな、何ですか⁉︎」

「わからん、建物の仕掛けか……?」


 フロア全体の床が分解しているのだ。区画の中には、上へ伸びて天井へ飲み込まれていく(区画分の四角い穴が開いていた)ものや、あるいは逆に沈んでいくものもある。


「ロス君、1度戻ろう!」

「そうだな、先に階段へいってくれ……」


 パンジャンドラムの肩を押した。トンプソンも階段へ逆戻りする……とだ。

 そのトンプソンがいる階段が、俺から見て左へ移動し始めた。


「わわっ⁉︎」


 部屋と階段が分離したのだ。トンプソンは階段と共に左のほうへ動いていき、部屋入り口は移動に合わせて右からスライドしてきた壁に変わっていく。


《パンジャンドラムはザ・マッスルのスキルを発動しています》


 その壁に手をかけ、引っ張って戻そうとしているのだ。俺も手を貸そうとすると……、


「おわっ!」


 パンジャンドラムの立っていた床が右へ移動し始めた。俺の立っている床に変化はない。空港だとかにあるような水平式のエスカレーターのようにパンジャンドラムが運ばれていく。


 トンプソンのいる階段が動ききって部屋の入り口が閉じられようとしていた。パンジャンドラムはどんどん右へ流されていく。


 どっちにするか。

 パンジャンドラムはこちらへ走り戻ろうとしている。ではトンプソンの方を……。


 今度は俺のいる床に変化があった。

 天井へ向かってリフトのように上がっていく。


 飛び降りようかと思ったが遅かった。

 というより判断するには床の上昇スピードが早すぎた。あっという間に俺とラリアは、天井に開いた穴へ吸い込まれていった。


 前後左右は壁。エレベーターの昇降口のような暗い景色。


《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》


《ザ・マッスルのスキルが発動しました》


 床にパンチを何度も叩き込んだ。だが表面にヒビが入りこそすれ砕ける気配はない。手応えも、床板のリフトではなく柱の頂上といった感じだ。


 割れない。上を見上げた。フィクション映画でよく観る館の侵入者用トラップ、釣り天井の逆バージョンか? このまま天井まで押しつけて潰すトラップなのか……。


 だが四角い縦通路の情報に、これまた四角い穴がある。俺とラリアはそこまで一気に押し上げられた。


 と同時に停止した。

 先ほど見えた穴の高さで床が止まったのだ。

 今いる場所はどこかの廊下のようだ。俺が立っていた床は、廊下の床とピタリと一致してはまっている。


 周囲を見回した。

 人が3人ほどすれ違える程度の広さの、なんてことのない廊下だ。石造りの壁には間隔を開けて赤い布のタペストリーがぶら下がっていて、その布の間にはロウソクの燭台が、前後の廊下の奥まで続いている。


 ロウソクの炎は紫色。


 無人だった。

 いるのは俺とラリアだけ。


「マスター……ドラムおにーさんと、あの怒りんぼのおじさんは……」

「……わからない。おそらく要塞の仕掛けだと思うが……俺たちはどこか別の場所へ移動させられたらしい。彼らもたぶんそうだと思う」


 《ウェイブスキャナー》で作り上げた脳内地図を広げてみる。

 そしてもう1度《ウェイブスキャナー》を発動させた。


 要塞内の間取りがほとんど変わっていた。もう先ほどまでの地図は役に立たない。いちから作り直しだ。

 どうすべきか。

 下へいくべきだろう。他の転生者と合流すべきだ。ゴブリンといえど、一瞬で引き裂ける得体の知れない魔物もどこかに隠れている。


 波動探査により下りの階段を探した。

 廊下の片方、その奥にあるようだ。反対側は延々とこの階が続いているだけ。


 俺は歩き出した。波動探査には動く物の気配は引っかかっていない。

 とにかく誰もいない。

 廊下の雰囲気を看るにこのフロアはそれなりに文明的な誰かが生活するような空間に思える。


 貴族だとか王族が暮らすような重厚さだ。先ほどの階には観葉植物があり、その下の階には椅子があった。

 知性を持った、しかも人間の姿をしている何者かが住んでいるはずだ。


 魔族……。

 この要塞のどこかに転生者がいるはず。しかも4人。俺たちと同じ感覚を持った人間のはずだ。仮に魔族に転生していたとしても、その感覚は変わっていないはず。


 その4人は俺たちを敵だと認識していることだろう。

 俺はラリアと2人で行動している。パンジャンドラムとトンプソンはおそらく孤立(無事だとすればだが)していることだろう。もし、今俺とラリアを含めた俺たちのうち誰かが、複数の敵転生者に遭遇してしまったとしたら……。


「マスター」


 ラリアが小声を発した。


「何だろう」

「マスターと同じてんせーしゃがいるですよね」

「おそらくな」

「ウォッチおにーさんみたいに捕まってるかも知れないです」


 その言葉で思い出したが、たしかにウォッチタワーは俺たちがガスンバにいった時、すでに牢に閉じ込められていた。


「たしかにそうだな。だとすれば牢があったら見ておきたいが……しかしな」

「なんです?」

「もしそうだった場合、転生者を閉じ込めて自由を奪える奴がいることになる……」

「むむ……!」


 ウォッチタワーはヌルチートのために捕まったのだ。もし彼と同じ境遇の者があるのなら、つまりこの要塞内にヌルチートがいることになる。


「ボク、やっつけるですよ」

「ああ、もしいたら頼む。もしそうならなおのことまず他の人たちと合流しなければ……」


 最悪のケースは想定しても心配してはならない。転生者が敵、あるいはヌルチートがいようと、まずやるべきことは合流だ。


 そう思った時、波動探査が動く物の気配を捉えた。

 前方は丁字路。突き当りが見える。

 左の廊下から誰かが歩いてくる。


 1人だ。

 周囲を見回すと、大きな壺が置かれた台がある。ちょうど燭台の光の陰になっていたので、そこに身をかがめた。


 丁字路を曲がってこちらにくるかどうかはわからない。だがきたとしても1人なら十分すぎるほど対処できる。

 もっとももし転生者なら、《サッキレーダー》でこちらの動きを察知できるだろうから互角の勝負にしかならないが……。


 脳内地図の中で、気配は丁字路を真っ直ぐ進んでいく。こちらに気づいてはいないらしい。

 台の陰から目だけ出してうかがってみた。


 メイド服の少女。えらくスカートが短く、上半身も露出が多いタイプだ。短く青い髪。


 人間のような姿だった。

 どちらだ? 転生者か。ただの魔族か。

 人気がなく寂しい廊下を1人歩き、丁字路の右に消えた。


 俺は台の陰から出て、彼女の後ろを追ってみることにした。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  分断されるロス・アラモス一行。 ラリアとロスが目にした青い髪毛の女。謎が深まる。最後の転生者とは。敵なのか。味方なのか。 [気になる点]  そういえば今のところ時系列でいえば最も後に転…
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