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第250話 特別攻撃


「後退! 後退!」


 ヤマト皇太子が叫んだ。

 その間も紫の靄はどんどん広がり、甲板を覆い、ついにはブリッジまで到達。俺たちを飲み込んだ。


《状態異常全耐性のスキルが解放されました》


《ラリアは毒素消化(ディジェスター)を発動しています》


 俺とパンジャンドラム、トンプソンは平気だった。ラリアも辺りをキョロキョロしているだけで異常はなさそうだった。


 だが……皇太子や副司令は顔が真っ青だった。他の兵士は吐いている。


 セーヴァイ号の艦首はどうかと言えば、これはダメージを受けていないようで、前にいた護衛艦の後部に噛みつくと後退を始めた。他の艦も転回し、要塞から離れようとしている。


 やがて艦隊の全てが紫の靄から脱した。

 すると皇太子や乗組員たちは急に体調がよくなったのか、すぐに艦隊の体勢を立て直しにかかった。


 そうして、要塞を遠巻きに眺める形となったわけだが……。


「殿下。大丈夫か?」

「ああ……なんか急に楽になったよ……」

「さっきはどうなっていたんだろう?」

「うーん……いきなり気持ち悪くなってきてよ。吐き気を我慢するのに精一杯だったぜ」

「本当に大丈夫なのか?」

「ああ、今はすっかりいいよ。さっきも別に……何と言うか、死ぬほどってわけでもなかったな……」


 副司令がそばにいたが、彼もやはり紫の靄に突っ込む前と同じようにピンピンしている。彼が言った。


「畏れながら殿下。まるで船酔いのようでした」

「……船酔い?」

「は。実は私お恥ずかしながら、昔は船が苦手でした……乗れば必ず気持ち悪くなって吐き、上官に怒られたものです。今は克服しましたが、あの時の感覚にそっくりでございました」

「よく克服できたなぁ」

「海軍給料いいんで気合いで適合しました」


 要塞を向き直る。

 かの魔王の本拠地は紫の靄に包まれている。


「周囲の輪っかみたいなのの周りから出てるみたいだな……」


 皇太子の呟きのとおり、靄は要塞を囲む、海面近くのリングにまとわりついているように見える。


「どうしたもんかな……何かの魔法の装置か……」

「破壊する必要がありますな」

「しかし近づけねえぞ……」


 すると、皇太子と副司令は俺たちの方へ振り向いた。


「……アラモスさんたち、まったく効いてないように見えたね……」

「……まあな」


 皇太子は顎に手を当て考え込んでいたが、やがて、


「……アラモスさんたち……ちょっとあそこへいって、あれブッ壊してきてくれない? って言ったら……どう?」


 俺はリングを見やった。パンジャンドラムやトンプソンもそうしている。


「まあ……できるかも知れないが……」

「小船を出して、てんせ……いや失礼、SSSSSSSSSランク冒険者さんたちだけでってのは頼めるかなぁ?」


 しかしパンジャンドラムが言った。


「どうだろ……あれ壊して大丈夫なの?」

「何でだい?」

「あれさ、要塞、浮いてるわけじゃん? なんかこうさ、ああいうのってたいてい、あのリングみたいなのが浮かせる装置だったりとかしそうじゃない?」


 俺たちは再び要塞のリングに目をやる。

 どういう理屈で浮かんでいるのかはわからない。だがそう言われてみれば何だかそんなような気になってくる。


「あれ壊した瞬間さ、要塞もギャーンて沈む、みたいな……」


 パンジャンドラムがそう言った時だ。


「そりゃいいぜ!」皇太子が言った。「じゃああれを破壊しさえすれば、要塞の中にいるら奴らも全員1度に海の藻屑にできるってわけだろ⁉︎」


 俺はしばらく要塞を眺めた。そして……。


「殿下」

「なに?」

「ちょっときて欲しい」


 俺は皇太子をブリッジの端へ連れていくことで、副司令から距離を取る。それから言った。


「実はたいへん言いにくいことなんだが……」

「うん」

「実は今の今まで本当に忘れていたんだか……」

「なになに」

「………………あの要塞の中に、転生者がいるらしい」

「てん、なに」

「……しかも4人」


 ヤマト皇太子は何気ない調子で要塞の方を向いた。

 それから俺の方を向いた。

 それから要塞を向いた。

 それから俺の方を向いて。


「あのね」

「うむ」

「…………どぉ〜してそんな大事なことを黙っていたんだろうねあんたは」

「……俺も今さっき思い出したんだ。なんというか、虫の知らせというか、神のお告げ的な、閃きがあったんだ。おいロス・アラモス、おまえらなんか忘れてるみたいだが、おまえらがいく先には最後の転生者がいるんだぞ、と。急にな、急に」

「マジか〜……え、じゃあその転生者は魔族で、敵かも知れないって?」

「それはわからんが……」

「困るよぉ〜…………もし敵で知らないまんま突っ込んでたら、兵たちが転生者の餌食になるところだったじゃねえのさぁ……」

「本当に……すまないと思っている」


 皇太子は眉根を寄せて要塞を睨んでいたが、


「じゃあつまり……あれを沈めるのはまずいと?」

「転生者のスキルには水泳法もある。だがさすがに水中で呼吸はできないようでな……」


 このロス・アラモス、ガスンバの大森林で滝壺に落ちたことがあるが、あの時はたしか呼吸自体は普通だった。


 皇太子は相変わらず要塞を睨み考え込んでいる様子。

 俺は言った。


「我々だけでいってこようか?」

「なに?」


 彼は振り向く。


「さっきの海戦、増援がない。もう向こうは兵が少ないかも知れん」

「……たしかにあんたたちがメチャクチャに強いのは知ってるが……中にまだ隠れてるかも知れないぜ」


 皇太子はさらに、罠かも知れないと言った。

 撃破されて増援を送れないと見せかけて帝国軍を要塞内に誘い込み、一網打尽にする策を講じているのかもと。


「さっきのあのモヤモヤみたいにな」

「だがその割に被害がまるでなかった。誘い込みたいとしたら、遠ざけさせるようなことはしないのでは?」

「うーん……」

「それに罠があるならなおのこといきなり突っ込むのはまずい」

「一応、あの門の辺りに一時拠点を築いて慎重に攻めるつもりだったけど……」

「我々が露払いをしよう。中へ入って様子を見てくる」


 皇太子が振り向いた。

 彼はしばらく無言で俺を見つめていた。だがやがて言った。


「やってくれるか?」

「ああ。こちらもあそこに用がある」

「なんだか世話になりっぱなしだな、あんたたち転生者には」

「どうかな」

「え?」


 俺はブリッジを歩いて副司令のところまで戻る。皇太子も後ろをついてきて、それから副司令に先ほどの話を伝えた。


 パンジャンドラムとトンプソンも異論はないようだった。

 念のため、要塞の反対にいるウォッチタワーたちの方へ連絡船を出してこの件を伝えると、帰ってきた連絡員が言うには向こうは向こうで反対側の門から突入するとのこと。そうやって、要塞内で合流しようと提案してきたらしい。


 話はまとまった。

 俺とラリア、パンジャンドラム、トンプソンは用意してもらった小船に、ハシゴを使って降りる。


 小船はセーヴァイ号と同じで、船首にトカゲの頭がついた合成魔獣船だった。

 緊急用のオールは積まれているが自分で漕ぐ必要はないと、先に小船で待機していた兵から説明を受ける。船の後方に円筒形の台が設置されていた。台の上にはソフトボール程度の大きさの球が半分ほど埋め込まれている。

 これを回すと魔法で指示がいき、回した方へトカゲが進んでくれるらしい。パソコンマウスのトラックボールのようだと思った。


 説明を終えて、兵はハシゴを登っていく。

 突撃の時だった。

 パンジャンドラムが言った。


「なんかネイビーシールズみたい。ウキウキしてくるね。1度こういうのやってみたかったんだ」

「パンジャンドラムさん、遊びじゃないんですよ……戦争なんですよ」


 前方の警戒は2人に任せ、俺はトラックボールを操作する。前に転がすと、小船はゆっくりと前進し始めた。


 セーヴァイ号を振り仰ぐと、左舷の甲板に皇太子を始め乗組員たちが並んでいて俺たちに手を振っている。

 パンジャンドラムやトンプソンは手を振り返していた。


 俺は要塞を見据えた。


 先ほど皇太子が、転生者には世話になりっぱなしだと言っていたのを思い出す。


 その転生者……おそらく俺たちが出会うだろう最後の転生者が、あの要塞にいる。


 トラックボールは転がし続ける形式ではなく、手を離すと元の位置に戻る仕組みだったため、俺は一定のところまで転がしたままスピードを維持する。


 そうしながら考えていた。

 誰に言えるんだろう?


 この戦争を仕掛けているのが、あの要塞の転生者じゃないだなんて。

 



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― 新着の感想 ―
[一言] >「海軍給料いいんで気合いで適合しました」 派遣でも、期間工でも、こういう気合いが必要なのかもしれませんね。 >彼は振り向く。 >皇太子が振り向いた。 振り向き振り向く。この間に彼は…
[良い点] あと四つも固有スキルを考えないといけないのか お疲れ様です [一言] 潜入ならニンジャドラム先生の独壇場
[良い点]  最後の転生者。残り四人。 最後の転生者。後一人なのかなという思いを四人ですという話で打ち消した。よくよく考えると転生者が魔族で玉砕思想の持ち主だった場合どうするのだろう。説得か拉致か放棄…
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