第249話 パープルヘイズ
昨日ジュースを買いに行って戻ってきたら自室の扉のドアノブがいきなり壊れて中に入らず、部屋内に取り残されたスマホで執筆できなかったのでイラついて更新を怠った奥山(本当は二時間後ドアの隙間に高枝切りバサミの先端を突っ込みラッチを押して開けられはした)
それからも魔物たちは続々と現れたのだが、いつの間にやら数はチラホラとしたものになっていた。
海に潜った亀も魔法機雷にやられたり、上がってきたところをセーヴァイ号の主砲や俺の《ハードボイル》で沈められ、背中に乗っていた魔猿の活躍の機会はなかった。
甲板や、海上の水面には、無数の魔物の死体が散らばっている。
ヤマト皇太子が戦闘中止の号令を発し、乗組員はランプのような物(おそらく魔法で発光させている)で他の艦に信号を送った。
中止と言うよりもう敵がいなくなっていた。全て死んだ。
ブリッジに戻ると、皇太子は抜き身のサーベルの先端を床につけ、椅子に座って喘いでいた。
「やあアラモスさん……さすがに疲れたわ」
その隣りではナヤートが息も切らさずダガーの血糊を吹いている。これが若さか。いや皇太子も若いのだから、転生者の力だと考えることにしよう。
俺とパンジャンドラムが言った。
「全滅か?」
「こいつら、劣勢になっても逃げもしなかったね」
皇太子のそばに兵士がひざまずき、彼のサーベルの血糊を樽に入った水で洗ってやっている。皇太子の方は俺たちを振り返り、
「いつもこんなもんだそうだ。ひとしきり攻めてきて、全員くたばったらその日の戦闘は終わり。後続はない」
「変なの……」
「これからどうするんだ、殿下?」
皇太子は激しく咳き込んだ。別に怪我をしているようには見えない。ただの激しい運動の結果のようだった。
「予定どおりだ。陸戦部隊を載せた船を要塞へ送り込み、魔王の首を取る」
洗い終わったサーベルを鞘に納め、
「今回ばかりは決着をつける」
そう言った。
作戦会議ではそういう手はずだということになっていた。
俺たち転生者も要塞へ向かうことになっている。妙にあっさり海戦が、しかも唐突に終わったものだから念のために確認してみたが、つまり本番はこれからだ。
ぐう、と左腕のラリアの腹の虫が鳴いた。
そういえば俺も《ハードボイル》の使いすぎか空腹感を覚えていた。
皇太子が言った。
「アレクシスが時々言ってたな、腹が減っていると戦争ができないって。食事を用意させよう。ハルさんとウォッチさんは護衛艦にいっちまったから、そっちで食べてもらえるよう連絡する」
それから彼はサーベルを洗っていた兵に食事の件の、副司令には偵察隊を出して要塞付近の様子を調べるよう指示を出した。
そして俺たちについてくるように言い、ブリッジ下へ降りていく。
それに続きブリッジの階段を降りながら甲板を眺めた。
兵士たちがいったりきたりしている中に、たくさんの魔族の死体が転がっている。トンプソンがいたので手を振ってこちらにくるよううながす。
パンジャンドラムが呟いた。
「こいつら……脆くないかな」
階段を降りつつ彼を見やると、彼もまた甲板の死体を見ているようだ。
「オレ、前はよく魔獣と戦うことあったけどさ。なんかこう……もう少し持つだろ? みたいなさ……。弾の2、3発で死んだりはしなかったんだけどな……?」
その甲板の死体。兵士たちは片付けるでもなく、手にモップやバケツを持ち掃除を始めた。
そして死体はうっすらと消滅していく。
兵士たちは慣れているのか、それを誰も不思議がる様子はなかった。
食事は司令室に運ばれた。
皇太子の自室自体は別にあるそうだが、俺たち転生者が入られるスペースはないのでここにしたらしい。海図やらコンパスやらが片付けられたテーブルに料理が運ばれ、我々は急場の腹ごしらえをする。
その間皇太子から今後の作戦の説明があった。偵察隊が上陸できそうな地点を見つけてくるのを待ち、あればそこを押さえるとのこと。そして乗り込んで、魔王を討ち取る。皇太子は俺たち転生者の活躍に期待していると話した。
そうやって食事をしている時、トンプソンはやたら窓の外を見たり、はたまたやめたり、そしてまた見たりとせわしなかった。
パンジャンドラムが尋ねた。
「トンプソンさんどしたの? ソワソワして」
「あ、いえ……ソワソワしてなんか……」
「窓の外、なんかある?」
パンジャンドラムも、トンプソンの背後にある丸窓を覗き込むようにした。
トンプソンは言った。
「いや……晴人は怪我なんかしてないだろうかって……その」
モゴモゴした聞き取りにくい小声だった。皇太子が言った。
「報告によれば、全艦死者は出てない。怪我人は出てはいるが、ハルさんやウォッチタワーさんが傷を負ったって話は入ってないな。むしろあの乱戦のなかかすり傷ひとつ負ってなくてみんなビビってるって」
「そ、そうなんですか……! そう……」
トンプソンはそう言ったきり、うつむいてスープを飲み始める。みんなもその様子をしばらく眺めていたが、自分の食事に集中しだした。
部屋の扉がノックされた。
皇太子が入室を許可すると、副司令が中に入ってきた。そして、偵察部隊が上陸に適した場所を発見したとの報告をした。
食事のあと艦隊は三隊に分かれた。
一隊は要塞正面に陣取ったまま。もうあと二隊は陸戦部隊を載せた船を連れ、要塞正面から見て斜め後方へ両側から回り込む。
偵察部隊の報告によると要塞の後方に2つ、出入用の門があるそうな。そこから攻撃を仕掛けるわけだ。
転生者は襲撃隊。俺たちもふた手に分かれることになった。
左側からはウォッチタワー、ハル、ナヤート。
右側からがパンジャンドラム、トンプソン。そして俺ことロス・アラモスとラリア。
どう分かれるかはちょっとモメた。
何せナヤートがトンプソンの組になりたがらず、ハルと一緒がいいと言う。
俺としては、もし万が一……ないとは思うがヌルチートがいた場合、ラリアのいない組が危険になると言いはした。
そこで皇太子がこう言った。セーヴァイ号が向かう門が本命であり、反対側の門は敵の数を分散させるために攻撃する。反対の門はそこまで押せ押せで攻撃するわけではないので、そちらをラリア抜きの組にして、危険を感じたら即下がればいいのではないかと。
というわけで、年若いナヤートがいる方へ無茶の利くウォッチタワーに入ってもらい、遠距離攻撃ができる固有スキルを持つ俺とトンプソン、そして兵の頭数をやたら増やせるパンジャンドラムがメイン攻撃に加わることとなった。
そうして、今セーヴァイ号は要塞の側面を回っていた。
甲板からは、曇り空の下に浮かぶ魔族軍の要塞がよく見えた。
実際、浮かんでいるのだ。絵に描いたようなおどろおどろしい尖塔が何本も伸びる要塞は城のようであり、その周囲を柱のように伸びるトゲの装飾のあるリングが囲んでいる。
そんな要塞が、海面の少し上に浮遊していた。岩礁か何かに要塞を築いているのかと考えていたが、ただ海面に浮いている。
囲んでいるリングは壁ではなく高さはない。どうやら要塞を浮揚させるための何かの装置のようにも見える。そのリングを遠目に見つつ沿いながら、セーヴァイ号と護衛艦、そして陸戦部隊を載せた揚陸艦的な船が進む。
やがてリングに巨大な門があるのが見えてきた。
あそこから突っ込むわけだ。
ブリッジの皇太子はセーヴァイ号艦首を門へと向けるよう指示を出す。セーヴァイ号が艦首を巡らせ、他の船は背後についた。
「てえッ‼︎」
号令一下、艦首のトカゲが火を吹いた。火球は寸分たがわず門へと着弾。轟音を立てた。
甲板の兵たちが歓声をあげた。火球爆発の煙が海風に流された時、門が倒壊しているのがあらわになったのを見たためだ。
「よし、全艦突撃!」
セーヴァイ号は門を見て右寄りに進路を取り、二隻の護衛艦が追い越し先立って正面へ。その後ろに揚陸艦が続き、十分近づいたところで護衛艦が道を開け……。
いや、開けようとした。
護衛艦が門というか、リングに近づき始めた時、そのリングに伸びている幾つかのトゲが紫の光を放ち始めた。俺が何だろうと思っているうちに護衛艦の挙動が乱れて始めたのだ。
何かそういう計画なのかと思って、ブリッジに立つ皇太子や副司令の顔を見ていると、2人もやはり首をひねっている。
すると護衛艦の後方で、ピカピカ小さな光が断続的に光った。
皇太子が言った。
「何だ……?」
「揚陸艦に、下がれと言っておりますな! 何か不測の事態が……⁉︎」
護衛艦の光通信のリズムが変わった。
「殿下! こちらに停止せよと言っております!」
「セーヴァイ号進軍停止! 前の奴らにも1度下がるよう伝えろ!」
皇太子が怒鳴り、兵士たちがバタバタと動き始める。
俺は転回を始めた艦隊の、その向こうにあるリングに目をやった。
紫の光は靄のようなものを発し、周囲を満たしている。
その靄はどんどん広がりを見せ、こちらの方にも迫ってくる。
「ロ、ロス君あれヤバくない……?」
パンジャンドラムが呻くと共に、紫の靄はセーヴァイ号の先端にも達した。
艦首あたりにいた兵士の何人かがそれに飲まれたが……やがて彼らの動きが鈍くなったように見えた。
そして。
その中の1人が急に吐いた。




