第247話 グランシの港
グランシは港町だ。
帝国軍一行はその港近くにある帝国海軍の基地に。我々はヤマト皇太子のための本陣である、豪邸に寝泊まりすることになった。
到着して一夜明けてから、何やらこれやらの打ち合わせが始まった。
作戦会議だ。
魔族の軍勢は、グランシのあるフォロイー半島とゴースラント大陸の間にある海上に要塞を築いているそうだ。
我々転生者はヤマト皇太子専用に設計されたという戦船に搭乗。帝国海軍の艦隊が要塞に近づき敵の主力をおびき出したのち、皇太子の戦船を含む別働隊が側面から突き、
「それでギッタギタのメッタメタにすればたぶんあいつら死ぬんじゃね?」
とヤマト殿下はおっしゃられた。
俺はグランシの港を歩いていた。
帝国軍の制服を着た男女がいきかっている。
桟橋はたくさんあるのだが、停泊しているのは全て帝国海軍の船。帆柱が何本も立ち、鉄板などで補強された巨大な帆船ばかり。漁船や商船の類いは見当たらなかった。
海とは反対にある町を見やれば、左右を山に囲まれた町並みに、倒壊した建物が目立つ。魔族の来襲による被害を受けたのだろう。
それを眺めていると、右手の方から声をかけられた。
そちらを見ると、ホッグス少佐が立っていた。
「いいのであるか? 転生者はバラバラに動かないようにすると聞いたが」
彼女はガスンバで初めて会った時のような、某第三帝国の軍人のような制服を着ていた。タイトスカートではなかった。臨戦態勢らしい。タイトスカートではなかった。
俺は左の方を指差した。
遠くの方に、桟橋と建物の間を他の転生者がいる。
「みんな海が見たいと言ってな」
「これから戦争が始まるのに呑気なものであるな」
ホッグスは俺の隣りに立ち、同じようにボロボロの町を眺めた。
「最初の攻撃は急なものだったのでな。防衛部隊だけでは防ぎきれず町に被害が出た。幸いなことに人的被害はまったく出なかったそうであるが」
「宣戦布告もなしか」
「うむ。防衛部隊の奮戦により第一次攻撃は防がれ、魔族は撤退した。だが港の機能は破壊された」
ホッグスは桟橋を振り返り、
「何とか復旧はしたが、町はまだ手つかずの状態である」
そう言った。
俺も町を背にして海を見やる。
「あの向こうからくるのか」
「うむ。海軍が態勢を立て直してからはそうそう好きにはさせていなかったようで、今はたいていは沖合で小競り合いをする程度の戦闘が続いている」
「3週間ほど前からだったか? ゴースラントへの海路が断たれたのは」
「うむ」
3週間を経て、偉大なる帝国の堪忍袋がついに切れたということか。決戦によりギッタギタのメッタメタにする決意を固め、今こうして戦艦を並べているのだ。
「君は海軍じゃないよな? ガスンバの森で会ったが、陸軍じゃないのか?」
「あれを見ろ」
ホッグスは海を見て右の方を指差した。
その方向に他の転生者たちが見えたが、そのさらに奥にちょっとした岬がせり出している。
その突端から、巨大な船が姿を現しつつあった。
異様な船だった。船首にツノの生えたデカいトカゲの彫像。
だがよく見るとそれは飾りではない。
動いていた。船首から生えた首が、時折左右を見るように動いている。
パンジャンドラムたちもその船を見て歓声をあげているのが、こちらまで聞こえた。
俺はホッグスに尋ねた。
「生きているのか? あれ」
「うむ。戦船に組み込まれた合成魔獣である。あれがヤマト皇太子殿下の御船になる」
「船に組み込む……」
「我が国の合成魔獣研究で造られた兵器である。船底には脚と脚ヒレがあり自ら泳ぐ。そのため並みの艦船より速度が出る」
船を見やると、ぐんぐんと速度を上げその姿を全て、岬から現しつつある。
「合成魔獣の類いは脆弱だと聞いたが……」
「そこをカバーするため、魔法の障壁を張る仕様になっとる。そのため魔力供給獣も積まれている。それに……生き物は最悪沈まんからな」
海を泳ぐトカゲ船はいかめしく、かつ元気そうに見えた。
あれがヤマト皇太子の船だと言うなら、俺たちもあれに乗ることになるのだろうか。
「ああいう種類の生き物はあまり好きじゃないな。爬虫類。毛も生えてないし」
「心中お察しする」
「それで? 君とあの船と何の関係が?」
「私は合成魔獣部隊を任されとるのでな。その一貫よ」
「君も海に?」
「いや。ここで後方支援である」
風が吹いた。
港町特有の磯臭い匂いの風がホッグスの銀髪をなびかせた。彼女の横顔は、トカゲ船を見つめている。
「出世したものだな」
「何がであるか?」
「皇太子殿下の船に関わりを持てるだなんて」
ホッグスは船から沖合へ視線を移した。
ひよっとしたらあるいは、その方向に魔族の要塞があるのかも知れない。
そんなことを考えていたが、ホッグスはこう言った。
「この戦いが我々の勝利に終わったら……」
風はまだ髪を撫でている。
「貴様はあの向こうへいって、もう帰ってこないのであるな」
久しぶりにその二人称で呼ばれたような気がした。
貴様。ガスンバで初めて会った時、このスラムから這い上がった女性軍人は俺をそう呼んでいた。
「転生者諸君の奮戦を期待する。それでは私はこれで」
ホッグスは視線をこちらへ向けることなくそう言うと、敬礼もなしに去っていった。




