第246話 最前線への移動
帝都から南へ移動する日がきた。
魔族との決戦のため、オルタネティカ帝国南の海岸線からせり出したフォロイー半島にある、グランシという街に移動することになった。
オルタネティカ帝国軍の主力や義勇軍(集められた冒険者)は以前から少しずつグランシへ送られていたそうだが、俺たち転生者はその最後のグループ。
ヤマト皇太子の移動に合わせたためだった。
皇太子は今回の戦争に自ら参加するそうで、ついでに我々転生者がヌルチートに襲撃されるかも知れないというもしもの場合に備え、護衛がてら行動を共にしようと提案してくれたのだ。
そういうわけで、俺たち転生者は4台の馬車に別れ、皇太子の親衛隊を含むオルタネティカ帝国軍と街道を移動していた。
俺の乗る馬車には他に、ラリアとパンジャンドラム。
他の馬車にハル、ナヤートの組。
ウォッチタワーは体が大きく重いものだから1人で1台の馬車に。
必然的にあぶれたトンプソン。
そしてヤマト皇太子は皇族専用馬車に乗っていた。
アレクシスとアールフォーさん、そしてマジノは帝都に残ることになった。
と言うのも、そもそも帝都のアンダードッグ区地下に眠っているという、エンシェントドラゴンの問題があったからだった。
もし仮に俺たち転生者が全員で帝都を離れている間、ドラゴンが復活した時退治できる者がいない。誰かは残る必要があった。
というわけでその3人が残ることになった。
アレクシスは女性と一緒なら余計なストレスがないと言う。マジノはアレクシスの知り合いだからある程度気心も知れている。それでその3人だ。
ヌルチートの問題はあったが、ラリアは俺と離れたがらなかった。
俺が残ることも考えた。しかし俺たちそれぞれの、固有スキルについての情報開示が行なわれた時、俺も決戦に参加する方向になった。
俺の《ハードボイル》はある種のレーザービームのようなものだから、海戦になると想定されている決戦では船上からの攻撃に使いやすい。
トンプソンは《O・デストロイヤー》。酸素を分解して敵が呼吸できなくなるようにするスキル。
アールフォーさんと似たようなスキルで、風向きによっては味方も被害を受ける可能性があるとのこと。だが当のアールフォーさんがとにかくトンプソンと行動を共にしたくないと言い張るものだから、トンプソンは決戦いきに。
マジノは《凱旋》。《ドラゴンウォール》に直接手で触れて、こじ開けることができるそうな。
ただこれは本当に手で触れなければならず、接近戦のスキルだ。したがって海戦の役に立てそうにないと、彼はそう言っていた。
俺はホッグス少佐に護衛についてもらったらどうかと提案した。だがアレクシスが言うには、ホッグスは合成魔獣部隊の指揮を取るため前線へ出向かなければならないことになっていると打ち明けた。
俺はアリー家別邸での打ち合わせの際、1度アレクシスに部屋の外へ出てもらった。
そこで彼女に、アリスの音波発生器を借りろと伝えた。部屋の外で伝えたのは、ハルにアリスのことを知らせない約束だったからだが。
そういうことで話はまとまり、俺は今南へと向かっていた。
「ハル、残るって言ってたね」
俺が窓の外の景色を眺めていると、パンジャンドラムがふいにそう言った。
外は曇り空。平原の向こうに森が見えていたが、俺は中に視線を戻す。
「ナヤートちゃんと、アールフォーさんと一緒に」
パンジャンドラムが言っているのは、アールフォーさんとトンプソン氏が夫婦喧嘩をやらかした翌朝の……つまり昨日のことだろう。
昨日の朝、アリー家別邸で話し合いの席がもたれた。
その前日の夜は、ハルとナヤートはアールフォーさん(ついでにグスタフとヤマト皇太子)と共に別の棟に泊まっていた。その時に3人はよく話し合って、異世界に残留することを決めたそうだ。そして朝になって話し合いの時、それを我々には伝えたのだった。
激怒するトンプソンをウォッチタワーとマジノがなだめながら行なわれた話し合いだった。
ウォッチタワーはその際、
『世界の終わりの件はどうすんだい……』
とも言った。
オークの村のシャーマンであるオババが予言した、世界の終わり。本来ウォッチタワーはそれを食い止める使命を背負って、オルタネティカ帝国へきたはずだった。
残留決意組は、その世界の終わりとやらは具体的に何なのかと彼に尋ねた。
もちろんウォッチタワーにもそれはわからない。調べようとはしたが、調べようがなかったのだ。
「アレクシスさんも……何かちょっとはっきりしなかったもんねえ……」
馬車の向かいの席でパンジャンドラムが呟いた。
アレクシスはそもそも、この異世界の神話をもっとも正確に記録しているという、チレムソー教の聖典を見にいくということをしていた。
だがそのあとヌルチートの襲撃があったものだからうやむやになってしまっていたが、その話し合いの席で彼女(彼?)はこんなことを言った。
『調べた結果、何もわかりませんでした……』
まるでよくある有名人を紹介するブログ記事のようだった。この世界の成り立ちは? 逸話は? 結末は? 調べてみました!
彼女が言うには、古い文字のうえ時系列がめちゃくちゃに記されていたり、同じ話が表現を変えて何回もされていたりで、十分に解読する時間がなかったのだそうだ。
『ですが、それほど大昔から存在した記録ですから、きっと大事なことが書かれているんでしょうね。今後の解読に期待です』
その今後に至る余裕もなく、決戦が始まることになったというわけだが、とにかく話し合いの席ではだ。ハルたちは何となれば自分たちでその終わりを食い止めると言い出した。
超越的スキルを持つ転生者が3人。何とかなるのではないかと。
ハルはヌルチートの前に王様としての平和な結婚生活さえ何ともなっていなかったような気もするが、言い出したのはナヤートだからまあいい。
結局、俺たちはその問題を先送りすることにした。
帝国南の港町グランシからゴースラントまでは船で1日もかからないという。
そこを魔族に押さえられて困っていたわけだが、その魔族さえ排除できれば行き来に時間がかかりすぎるということもない。
とりあえずだ。まずはゴースラントへたどり着くこと。
ゴースラントは広い大陸だ。日本へ帰る方法とはいかなるものか、そしてどこにあるかもこれから知らなければならないのだ。それを確認してからまたあらためて考えようということになった。
俺は窓の外に目をやった。
灰色の雲が太陽を隠し、森を暗い色に見せている。
見たこともないような自然の風景だった。少なくとも、テレビやネットの動画でしか見たことのないような、静かで奥深い広がりのある風景。コンクリートとアスファルトとは無縁の世界。
隣りの席を見やると、ラリアが眠っていた。ディフォルメではなく普通の子供の姿。馬車の揺れに合わせて頭が上下している。
「ロス君て日本では何やってた系の人なの?」
視線を向かいの席にやるとパンジャンドラムが俺を見ていた。
「何か全然そんな話しなかったような気がしてさ」
俺は言った。
「遠い昔のことだから覚えてないな」
パンジャンドラムは応えた。
「……だよね」
それから馬車の旅は夜遅くまで続き、俺たちは帝国最南端、グランシへと到着した。




