第244話 修羅場
アリー家の別邸に戻ると、玄関でパンジャンドラムとマジノが待っていた。
俺たちがゴーストバギーを降りアルマジロのリュックサックに戻している時こちらにやってきた。
「ロス君。アーシェスなんか言ってた?」
「……特には。マジノを捕らえたあと魔女らしき人物を探したが見つからなかったというぐらいだ」
「オレらのことなんか言ってた?」
パンジャンドラムとマジノの顔を見比べ、俺は、
「いいや」
と答えた。
パンジャンドラムは肩をすくめただけで何も言わなかった。
マジノが言った。
「なあドラム。俺が言うのもなんだけど……もうあいつらが何て言ってようが気にする必要はないと思うんだ」
パンジャンドラムがマジノを振り返る。
「何で? おまえだってえらい目に合っただろ」
「考えてもみろよ。ここはヴァルハライザーの世界なんだ。仮想の空間なんだぜ。つまりこの世界の奴らは、実在する人間じゃなくて……」
「おい」
俺はマジノの話を遮る。
マジノが俺の顔を見たので、目を左下へと向けた。マジノもそれにつられて同じところを見る。
そこは俺の左腕。ラリアがしがみついている。
「あ……」
マジノは口をつぐんだ。
彼が言いたがっていたことはわからないでもなかった。
おそらく彼は、ヴァルハライザーが作り出した仮想の存在であろうアーシェスたちが彼らをどう思っているのかなど、どうでもいいと言いたかったのだろう。
本物の人間ではない。
作り物だと。彼女たちの悪意は本物の悪意ではない。だから嫌われたって本当のことではないと。
だがそれは……ラリアも同じかも知れなかった。
玄関の奥からナヤートがやってきた。ラリアは彼女の姿を見ると腕から降り、ナヤートと手をつないで庭に出ていった。
その後ろ姿を見送っていると、マジノが言った。
「……すまん」
「お互い、地元民とは喋りづらくなったな」
「なになに」パンジャンドラムが言った。「どういうこと?」
「ドラム。あの子はヴァルハライザーの住人なんだ。本当の人間じゃない……」
「あっ……」
パンジャンドラムが俺を見上げた。眉は八の字だった。
共にバギーを降りたアールフォーさんがマジノへ尋ねた。
「あの……マジノさん」
「えっ? ああ、何でしょう?」
「……本当なんですか? この世界が本物の世界じゃなくって、機械の……」
「機械じゃなくて生体コンピューター……いやまあ同じことか。そうです」
マジノはアールフォーさんに敬語を使っていた。
おそらく彼はアールフォーさんの年齢を知っているのだ。
殺人犯能登晴人の母親なのだ。彼は週刊誌記者として、ハルの前世年齢を知っているはず。おそらくアールフォーさんの前世の年齢も。マジノこと壁内越郎氏は年下なのだろう。
「その、コンピューターが創った偽物の世界……」
「そうなりますね」
「じゃあ、ここに住んでいる人たちは……」
「ヴァルハライザーが生み出した……架空の存在です」
アールフォーさんはマジノをじっと見つめ、しばらくの間無言だった。だがやがて言った。
「ここの人たちはそれを知ってるんでしょうか?」
「知らないでしょうな。知ってれば、俺たちの誰かがそれを本人たちから聞いてるはずですし」
それから彼女は再び黙った。
俺はパンジャンドラムに尋ねた。
「ハルはどうしている?」
「あー……さっき2人で話してるところにずっと付いてたんだけどね……」
「どうだったんだろう」
「ハルのお父さん……トンプソンさん? めっちゃ怒鳴ってさあ……ハルは泣きながら謝ってたねえ……」
マジノがパンジャンドラムを見ながら言った。
「結構ヤバかったよな」
「何がだろう?」
「いやその。ハル君が怒られてる時、ナヤートちゃんがキレてな」
「どうして」
「ハル君が自分のために復讐してくれたのを知ったせいかもな。かばったんだ。それでもトンプソンさんが怒鳴るのやめないもんだからか……まぁたダガー抜いてね……」
パンジャンドラムが話を引き継ぐ。
「そんで、オレらとウォッちゃんでなだめたんだけど……」
「それで、今は?」
「リビングにいるよ。ウォッちゃんが一応見張ってる」
そんな話をしていた時、庭の方からエルフのグスタフ氏が歩いてくるのが見えた。
彼は一応、アリー家の敷地の別の館(小さなものだそうだ)をあてがわれて、敷地内で寝泊まりしていた。この別邸と別々にしたのは、彼が転生者ではないから。ついでに言うと、そこにはヤマト皇太子もいる。
とにかく彼はナヤートとすれ違いつつこちらへ近づきつつあり、俺が気づくと手を上げた。
呼びかけようとしたのだろう。
だがそれより早くアールフォーさんが別邸へ飛び込んでいった。
「おーい、ロスさーん」
グスタフの間延びした声が聞こえる。彼はこっちまで歩いてきて、
「あれ、アールフォーは……?」
立ち止まったグスタフ。中に追っていかないのは、別邸は立ち入り禁止という話を呑んでもらったからだ。その話を伝えた時はかなり不満そうではあったが。
いずれにせよパンジャンドラムが、
「呼んでこようか?」
と言った時だった。
屋敷の中から怒鳴り声が聞こえた。
アールフォーさんの声だった。
「ど、どうしたんだ? あれアールフォーの声じゃないのか⁉︎」
狼狽した様子のグスタフ氏に、
「ここにいてくれ。たぶん何でもない。呼んでくるよ」
と言い置いて、俺は中に入った。
廊下を抜けリビングに入ると、夫婦喧嘩が始まっていた。
「ちょっとあなたっ! どうしてハル君を責めるのっ⁉︎」
「だが晴人は……おまえも知ってるだろう⁉︎ あんな、あんなことをして……!」
ソファに腕組みして座っているトンプソン。向かいのソファで縮こまっているハル。その脇に立ってトンプソンを睨んでいるアールフォーさん。
「今さらそんなこと言っても仕方がないじゃないですかっ! ハル君だってきっと苦しんできたんですっ!」
「なぁーにをおまえバカなこと……苦しんでるからと言って人殺しなんかする奴があるかっ!」
「それは……それはあのいじめをしてた子たちが悪いんでしょう⁉︎」
「なぁーにを……あのなぁおまえ! そのせいで私たちがどれほど迷惑したか……」
「迷惑って何ですか!!! あなたはいっつもそう!!! 自分のことばっかりでハル君のことなんかちっとも考えないで! 残業残業って家にも帰ってこないで!!!」
「それはおまえ……私はおまえたち家族のためにだな! 毎日一生懸命働いて、おまえ、それをおまえ……!」
「嘘ばっかり! あなたはいつもそう言うけど仕事に逃げてるだけでしょう!!!」
「なぁーにをおまえ!!!」
よく見ると部屋の隅でウォッチタワーがオロオロしていた。リビングの奥の扉からアレクシスが顔を出したが、その顔は不思議そうな表情をしていた。
「きっとハル君は寂しかったんですよ! 小さな頃はお父さんと遊びたかったでしょうに……だからあんな風なことする子になっちゃったんです!!!」
「だからおまえそれは私は仕事を……晴人がおかしくなったのはおまえがちゃんと育てなかったからじゃないのか⁉︎」
「私のせいだって言うんですか!!!!!」
「そりゃそうだろう!!! 子育ては女の仕事じゃないか!! 子育ては仕事じゃないか女のー!!! えー!!!!!」
トンプソン氏はわざわざ倒置法に言い換えてまで同じことを2度言った。だいぶ興奮して語彙が少なくなっているらしい。アールフォーさんの方はと言えば、唇を引き結びトンプソンを見下ろし睨んでいる。
「あ、あのう……みなさんやめましょうよ……ね?」
「お、おうそうだよ、カリカリすんのはやめようぜ……?」
アレクシスとウォッチタワーが恐る恐るという感じで能登夫妻に歩み寄ろうとした。
だがアールフォーさんは身を翻し俺の方へ向かってきた。
俺は思わず避けた。彼女はリビングの出口から出ていく。
「おいっ、待ちなさい! まだ話は終わっていないじゃないか!!! 終わってないじゃないかえー!!! 話はえー!!!」
トンプソンもソファから立ち上がりアールフォーさんを追った。
アレクシスとウォッチタワーも追っていく。
俺はソファを見やった。ハルが座っている。両手でズボンの太もものあたりを握りしめてうつむいていた。
いつの間にかリビングに入っていたマジノが、彼に歩み寄っていく。俺はそれを確認してからみんなを追った。
アールフォーさんたちは玄関から外に出ていた。
俺が外に出た時は、アールフォーさんがグスタフ氏にしがみついているところだった。
「おいおまえ! そ、そ、その男は何だ! 何だそんなひっついて!」
「この人は……この人は私の恋人ですっ!!!」
「な、な⁉︎」
トンプソンが固まった。
グスタフはアールフォーさんとトンプソンを、何が起こっているのかわからないという様子で見比べている。
アールフォーさんが言った。
「もうたくさん! もう嫌! またこんな男と一緒に暮らさなきゃならないなんて!」
「なぁーにをおまえ、そりゃどういう意味……」
「ロスさん! アレクシスさん! 私は日本へは帰りません!!!」
場の一同が、揃ってアールフォーさんを見やった。
「私はここで生きていきます!!! グスタフさんと一緒に!!! みなさんだけで帰ってください!!!」




