第240話 激昂せよ! ロス・アラモス!
リビングに戻った時、転生者たちが俺を振り向いた。
どうやらアレクシスとマジノの語らいは終わっていたらしい。アールフォーさんがアレクシスの手を握って、何か慰めようとしている構図だったが、
「大丈夫です、ありがとうございます」
アレクシスはそう言ってやんわりと手をほどこうとした。
「ですけど……そんな怖い目にあって、しかも死んでしまうなんて……」
「それはみなさん一緒でしょう」
「そうですけど……」
「……あのですね。たいへん言いにくいことですが、私は一応、男なので、その……」
アレクシスがそう言うと、アールフォーさんはぱっと手を離した。
「そそ、そうでしたね! 若い女の子に見えるものだからつい……す、すみません、私ったら……!」
アールフォーさんは顔を赤らめていた。俺はそれを横目にリンゴの皿をテーブルに置く。後ろを振り向くとナヤートがディフォルメ化したラリアを抱いてリビングに入ってくるところだった。
ウォッチタワーが言った。
「しっかし……なんだな。やっべぇことになってたんだな……」
「火奈太君は」アレクシスが言った。「入院しているんでしたっけ?」
「ああ、そう言ってた」
「心配だな」マジノが言った。「もう火奈太君を守れる人がいない状況だ」
「アカツキ社の社長がいます。あの人はそうそうヴァルハライザーと火奈太君を手放したりはしないでしょう……」
それぞれ転生者たちがリンゴに手を伸ばすなかアレクシスはそう言う。
どうやら経産省の役人として、大企業の社長とも面識があるらしい。想像もつかない世界観だった。俺は中央のテーブルから少し離れたところに置いてあった、椅子の背もたれに立ったまま尻を乗せ、みんながリンゴを食べるところを見ていた。
ナヤートは俺の右の方にある揺り椅子にラリアを抱えて座る。リビングの掃き出し窓からは反対の、薄暗がりの中だ。
「でもさ、アレクシスさん。それにマジノも」
パンジャンドラムが口を開いた。口の中にはリンゴがまだ入ったままだ。
「ゴースラントへいけば日本へ帰れるんだ。だったら、火奈太君のこともあんたたちが守ってやれるんじゃん?」
次にウォッチタワーも口を開いた。やはり口の中にはリンゴ。
「そうだぜ……あいつが、火奈太がそんなやべぇことになってるんなら、おれだってこんなところで遊んでる場合じゃねえ。あいつを守ってやんなきゃあ」
「ですけど……」口の中にリンゴを詰めたトンプソンが言った。「相手は殺し屋まで雇ってるって言うじゃありませんか。その火奈太君とやらが殺し屋に狙われてたら……」
「んなこたぁ関係ねえんだよ、オェ! あいつはなぁ、いいか、あいつは、ファンなんだ、おれの。ファンなんだよ! プロレスラーたる者殺し屋なんぞにビビってどうするってんだよオェ!」
「オェ! って私に言われても……」
黙り込んでリンゴの咀嚼を始めたトンプソン。
「まあまあ」アレクシスが言った。「いずれにしても、とにかく日本へ帰れる可能性があるいうことです。トンプソンさんにしてもマジノさんにしても酷い目に合われたそうですが……もうここには残りたくないのでは?」
マジノとトンプソンは身ぶるいしてうなずいた。
アレクシスは次に俺の方を見た。
「アラモスさん。アラモスさんがおっしゃるには、魔女が造ったヌルチートが、私たち転生者を狙っているということだそうですが」
うなずいてみせた。
「ではやはりここにはいられません。現在ゴースラントへの海峡は魔族に封鎖されていますが、幸いなことに近いうちに帝国軍が攻撃をしかけて打ち破る計画になっています。それを待ってから……」
マジノが遮った。
「いや、俺もその戦争参加するよ。俺は……まあ女たちに連れてこられたっていうのもあるけど、もともと戦争のために帝国へきたんだ。さっさと終わらせよう」
「その通りですとも」トンプソンも言った。「私とて戦いの経験がないわけではないですし、自慢じゃありませんがね、私、負けたことないんですよこう見えて」
パンジャンドラムとウォッチタワーはそんな2人を見てうなずいている。
俺は言った。
「……ヌルチートには負けたようだが」
全員が俺の方を見た。ちょっと嫌味だったか。まあいい、続けよう。
「知ってのとおり、ヌルチートの脅威が完全に消えたわけじゃない。アレクシスとナヤートは襲われた。この帝国の中でだ。あれを造っている奴がいる」
「……魔女ですか? アラモスさん……」
「そうだ。魔女の手下の虫人間もいた。俺はガスンバで魔女の子供だという女の子に出会った。その子はヌルチートの製造ができた。魔女本人か、もしくはまた子供か、あのヤモリを供給できる奴がいるはずだ。そしてそれはまだ見つかっていない」
ホッグス少佐とツェモイ団長。あの2人に、虫人間と同時にヌルチートの製造機の調査も頼んでいたのだ。始めたばかりだからまだ進展はないだろうが。
とにかくあのヤモリだ。
ヌルチート。
あいつがまだ俺たちのそばをウロウロしているはず……。
「そんなことどうでもいいじゃないですか」
アレクシスの声だった。
「何だと?」
「もうここを出ていくんです。もう気にする必要はないのでは?」
「……だが」
「もちろん魔族との決戦まで新たなヌルチートのリスクはあるかもしれません。しかしそれは、私たちの身辺に極力見知らぬ者を近づけないようにしていれば解決するでしょう」
それから彼女はパンジャンドラムを振り返り、
「たしかあなた方は何度かヌルチートと戦ってきたのでしたっけ?」
「んえ? んー、まあ」
「ヌルチートは視線で転生者を捉えなければスキルを封じることはできない。1匹につき1人。あなた方はその条件を踏まえた上で、時には複数の転生者で対処することで打ち破ってきた。そう聞きました」
「んー……まあ」
「今ここには転生者が9人。しかもラリアさんもいる。ナヤートさんは手加減さえすればヌルチートの目には見えないまま倒すこともできるそうですね。であればもうあのヤモリはそこまで危険な存在だとは思えませんよ」
アレクシスは俺にそう言った。そしてリンゴをひとくち。
俺は言った。
「いや待て。どうして危険じゃないだなんて思えるんだろう、さっき言ったとおり製造者と製造機がまだあるはずなんだ。幾らでも造られる。今度は何匹くるかわかったもんじゃないんだぞ」
「きますかね? ヌルチートに関わる記憶はアールフォーさんが消去してくれます。私たちが転生者だという記憶も。あとは信頼できる人だけ」
「ヌルチートに信用度なんか関係ない。取り憑いたが最後みんなただの発情期の動物に変えられるんだぞ」
「どうしてそんな些細なことにこだわるんですか? たかがヤモリでしょう」
「…………そのたかがヤモリから惨めにベソかきながら逃げ回っていたのは誰だ」
アレクシスの眉間にシワが寄った。
みんなが俺を振り向いた。
「俺がどれだけあのクソデカヤモリに煮え湯を飲まされてきたと思う? 危険がないだと? 簡単に言ってくれるんだな」
「ロス君どうしたの……?」
「何ですか、どうしてそんな嫌味な言い方……」
「幸運だっただけだ。俺だってラリアさえいれば何とかなると初めは思っていたさ、だが実際はどうだ? ほとんどが単なる偶然で助かってきた。たかだか1回襲われただけで専門家気取りか」
「ロッさん、落ち着きなって」
「ああそういうことか。前世ではエリートコースを歩んできて、転生しても良家のお嬢様。何もかもに恵まれて、思い通りにいかなかったことなんて1度しかなかったから甘く看てるってわけか? 君が死んだのは1万個に1個混じってる不良品のパラシュートを引き当てるような偶然で、そんなことは2度と起こるはずないと思ってるわけだ。さすがはエリート。ポジティブすぎて羨ましいよ」
「よしなって!」
パンジャンドラムが大声を出した。
「どうしたんだよ……急に……」
俺は掃き出し窓の外を眺めた。
何も答えなかった。どうしたんだと言われても特に何の答えも用意していない。
ウォッチタワーが言った。
「……まあ、なんだ。まあロッさんの言うとおりまた妙なことにならねえとも限らねえし、おれらもできるだけ固まってた方がいいわな。だろ? アレクさん」
水を向けられ、アレクシスはしばらく俺を睨んでいたようだったが、
「……まあ、そうですね」
そう答えて咳払い。
マジノが言った。
「うーん……とりあえずそういうことだな。とにかく、日本へは帰れる。それは間違いないことだよな、パンジャンドラム」
「えっ⁉︎ ああ、うん! スピットファイア、ってか火奈太君がそう言ってたし」
「じゃあまあ、ゴースラントへ着くまでみなさん十分気をつけていきましょうということで……」
彼がそうまとめようとした時だった。
新しい油に新しい火を投げ込む者が現れた。
「…………あたし、帰らない」
ナヤートだった。




