第239話 ナヤートの思い出
俺とパンジャンドラム、ウォッチタワーが眺めていたせいか。
他のメンツもハルへと顔を向けた。
「……あっ、あっ」
ハルはリンゴを手に持ったまま固まっている。
「……どうしたのですか? みなさん」
アレクシスがそう尋ねたが、俺は、
「何でもない」
「そ、そう! 何でもないよね! 何でもないよ、うん!」
「お、おうよ、ただリンゴ美味そうだなーって思っただけでよ! ハルさんそれどこにあったんだい⁉︎」
俺だけではなくパンジャンドラムとウォッチタワーも。
ハルは背後(隣りの部屋にキッチンがある方向)を指差す。顔色は白かった。
「それで」俺は言った。「つまるところ政府の陰謀を暴こうとしたが何もかもが失敗した結果、2人はここにいるというわけか」
アレクシスが言った。
「マジノさん……さっきおっしゃった、私を殺した者の証拠を持ってきたという女性ですが……どのような人物だったのですか?」
マジノはハルから目線をアレクシスへ向けた。
「さっきも言ったが名乗らなかった。俺にデータファイルだけ渡して……」
「ちなみに、犯人誰だったんですか?」
「ああ……実行犯は反社会勢力のチンピラだが、命令を下した人物は……」
俺はラリアをうながし、キッチンへいくことにした。
子供に聞かせる話でもないし、ラリアがハルの手にあるリンゴをじっと見つめていたということもある。
第一、その辺りは俺に何の関係もない話のような気がしたのだ。
経済産業省のエリートが、国家の中枢で行なわれた黒い陰謀に立ち向かう。ロス・アラモスには縁のない話だった。
キッチンに入ると、後ろからナヤートがついてきた。
壁の隅に置かれた木箱にリンゴが入っているのを見つけた。新鮮なリンゴだった。ナイフを探したが、ナヤートが先に戸棚の中から取り出した。皿もだ。キッチンテーブルの上に置く。
ナヤートは俺に手を差し出した。
リンゴを渡せと言うのだろう。俺がそうすると、
《ナヤートはアイアンマン・オブ・クッキングのスキルを発動しました》
リンゴをくるくる回しつつ、目覚ましい速さで皮を剥いた。皮は少したりとも途切れていない。
ナヤートはさらにリンゴを切り分けると皿に盛りつけ、それをラリアに差し出す。
「ラリアはコアラだからユーカリ……ツドニィの葉という植物しか食べられないんだ」
「えっ……」
「《ザ・サバイバー》のスキルを使うといい」
皿を手に持ったままでいいと俺が伝えると、ナヤートは実行した。ラリアはリンゴをひと切れ食べると、
「歯ごたえがプリッとして、コクがありつつまろやか、口の中でふわっと広がり、かつ優しい味がするですっ!」
そして、
「おねーさんありがとうです!」
そう言って笑った。
「ん……もっと食べなよ……」
ナヤートはさらにリンゴを差し出した。ラリアがむしゃむしゃとたいらげるところをナヤートは眺めていた。自分もひと切れつまんだりもしている。俺はラリアたちがそうしている間、自分もスキルを発動して他のリンゴも切った。
「ねえ」
振り返ると、キッチンテーブルの椅子に座っていたナヤートが俺を見ていた。
「……ゴースラント大陸……ってとこにいったら……日本に帰ることになる、んですか?」
俺はリンゴを大皿に置いていく。転生者の人数分。
「そうなるんだろうな」
「……あなたは日本に帰りたいからゴースラントへいこうとしてたの……?」
「ラリアのためだ。この子の故郷なんだ。ゴースラントに日本へ帰る方法があるなんてことはただの偶然だった」
「ねえラリア、そうなの?」
「はいです。奴隷になって連れてこられたですよ。そのあとマスターに会ったです」
「酷いことする人がいるんだね……」
俺は言った。
「ラリアを連れてきたのはカロリアンおじさんだがな」
立ったままリンゴを並べる俺を、ナヤートが見上げてきた。
「えっ……嘘……! おじさんはそんな酷い人じゃない!」
「君とおじさんはどういう具合の知り合いだったんだろう?」
リンゴに集中していたので定かではないが、ナヤートは俺を睨んでいるようだった。だが彼女も目の前の皿に視線を移した。
「……あたしの恩人だもん……」
「古い知り合いなのか?」
「……8歳の頃に助けてもらったの。ここの、ダークエルフの親は嫌いだった。私を叩くの」
「父親か?」
「ママ。パパは小さい頃に死んだ。ノーマルエルフの村の秘密の種を盗もうとして、見つかって殺されちゃったって」
「種」
「うん。植物の種。ノーマルエルフが作った秘密の種」
「たしかに農家には死活問題だな」
「死んでせいせいした。嫌な人だったもん。泥棒だし。それに……本当のあたしの親じゃない」
ナヤートは自分の皿からひと切れつまんでラリアに手渡した。ラリアの皿が空だったからだろう。それからもうひと切れつまんで食べる。
「カロリアンおじさんは……時々幽明の森にくるヒューマンだった。その時は人を探してるって言ってた。エルフ族が占いに使う道具を借りにきてたんだ。大きくて動かせないから小屋の中に置いてあるらしいんだけど」
それ自体は見たことがないとナヤートは言った。
「それでね、あたしがママに虐待されて泣いてると、慰めてくれたんだ。優しいおじさん。あたし、おじさんに言ったんだ。あたしも連れてってって。おじさんは占いをしたら帰っちゃうけど、あたしも一緒に人探し手伝うって。
「おじさんは、幽明の森の外は危険だからまだダメだって言った。でもおまえはそのうちここを出ていく時がくる。その時は必ず迎えにいく、だからその時まで待ってなさいって」
俺は言った。
「事実迎えにきたわけだな」
「うん……。っていうか、あたしが森を出たせいなんだけど」
「君が?」
「ママがあんまりあたしをいじめるから叩き返したの」
想像してみた。転生者の反撃を受けたダークエルフの女。幸運を祈る。
「村のダークエルフが怒ってあたしを捕まえようとしたけど、あたし逃げたの。怖かった。あたし、ノーマルエルフの村まで逃げた。
「それで、占いの機械を使っておじさんを探したんだ。そしたらドランディアスっていう国にいるのがわかったからそこへいったの」
ノーマルエルフは邪魔しようとしたけど。ナヤートはそうも付け加えた。俺はどうやって邪魔を排除したかは聞かないことにした。
「ドランディアスといえば、ハルがいたサッカレー王国の南だな」
「ハル……あのカッコいい人?」
カッコよく見えるのか。たしかに再会したハルは以前と違い肉付きが健康体に戻っていた。華奢な体型は変わらないが、10代の少女にはそのぐらいがちょうどいいのかも知れない。
「見つかったのか?」
「うん。なんか、スキルでエルフ村の占い機を遠くから操作できたから、簡単に見つけられたよ」
「向こうはびっくりしたろうな」
「うん。森の外は危ないって怒られたけど、中も危ないって言ったら、連れていってくれたんだ……迷惑だろうなって思ったけど……」
「向こうがそう言ったのか?」
「ううん」
「じゃあ問題ない」
それから、ナヤートは奴隷商人ことカロリアンおじさんと西へ向かい、ペリノアド共和国へ向かったと話した。
トンプソン大統領の国だ。
「あたしが占い機を動かせるから、そこに転生者がいるのがわかったんだよ」
「商人……カロリアンは転生者を探すためにエルフ村で占い機を使わせてもらっていたということか?」
「うん」
少し考えてみた。
ナヤートはラリアとは初対面の様子だ。
つまり時期的には、ナヤートがドランディアスへいったのはカロリアンが俺にラリアを預けたあとのようだ。
そのあと2人はペリノアドへいった。たしかに俺はガスンバで、ペリノアドから送られたあの男の手紙を受け取ったが……。
「ナヤート。ガスンバへはいったか?」
「えっ? うん、おじさんの車を洞窟に置きにいったけど……森の奥は魔女の気配がして危ないから、ペリノアドへいこうって」
「トンプソン大統領の国だ」
「あのぼんやりした男の人だね……おじさんはあの人を助けようとしてた」
「カロリアンおじさんが?」
「うん。でも、なんかオルタネティカ帝国から集まれって言われてそこへいくらしいから、自分たちも帝国へいこうって言われた」
やや主語が曖昧な喋り方だったが、トンプソン大統領がオルタネティカの魔族戦の招集に応えたということは俺もハルからの手紙で知っている。さらに隣りの国のマジノもだ。
「おじさんが帝国へいこうと言ったんだな」
「うん。占い機で調べたら、3人の探し人が帝国に向かうって出たから。もう1人はペリノアドに向かってるって。だから帝国でその人たちと落ち合おうって言われたの」
ナヤートはそう言うと俺を見上げた。
なるほど。
どうして奴隷商人カロリアンがガスンバにいる俺に手紙をピンポイントで送れられたのかと思っていたら、俺たちの動きは筒抜けだったらしい。
「おじさんは君が転生者だと知っていた?」
「うん」
「俺たちのことも?」
「うん」
「ゴースラントへいけば異世界から日本へ帰れることも?」
「……わかんない。あたしは聞いてないよ。おじさんは、日本へは帰れるとは言ってた。あとは、みんなを見つけて魔女から守らなきゃって言ってただけ……」
「守る……」
「うん。魔女に見つかったら、もう人間じゃいられなくなるって言ってたよ」
俺はテーブルのリンゴを眺めた。空気に触れると酸化して味が落ちるらしい。開封後はお早めにお召し上がりを。
俺は尋ねた。
「あの虫人間は?」
「え?」
「俺たちが君と会った時、トンボみたいな奴らに追われていた」
「……魔女の手先だって。あそこに隠れてたのがバレちゃった」
ナヤートは自分のリンゴの最後のひと切れまでラリアに与えた。
それから呟いた。
「どこいっちゃったのかな……おじさん……」
俺は言った。
「ホッグス少佐が捜索している。お尋ね者ということになってはいるが、見つけても傷つけないよう捕らえると約束してくれた」
ナヤートはその赤い瞳でまた俺を見上げる。
奴隷商人カロリアンには訊かなければならないことがまだある。
エンシェントドラゴンだ。
ホッグス少佐は昨日、ナヤートにドラゴンについて尋ねていった。ナヤートが言うには、アンダードッグ区にドラゴンがいるのは間違いないとカロリアンおじさんが話したそうな。だが具体的にどこに眠っているかはおじさんも知らなかったとのこと。
奴がナヤートに自白魔法へのトラップをかけさせたのは、ドラゴンがいることを帝都の民に知らせるためだったという。
ホッグスは真偽を確かめるためにも、今奴を追っている。
見つかればいいが……。
「……やっぱりさ」
ふいにナヤートが言った。
「……戻らなきゃ、ダメ?」
俺はナヤートを見やった。彼女は空になった自分の皿を見つめている。
「日本……」
椅子から立ち上がると、
「あたし……あたしおじさんを助けにいかなきゃ……! おじさん、魔女の手先に追いかけられてるんだ。あたしは……!」
俺はリンゴを盛った大皿を手に取った。
「まずはアレクシスの話を終えよう」
「でも、おじさんが……!」
「虫人間の件はホッグス少佐と、ツェモイ騎士団長にも伝えてある。その2人は虫人間が何だか知っているんだ。彼女たちとその配下の人たちが虫人間の捜索もやっているはずだ。任せておこう」
ナヤートは立ち上がったままうつむいていた。
ラリアが椅子から降り、彼女に寄り添って手を握った。
俺は大皿を持ってリビングに戻ることにした。
何となくだが。
俺はナヤートがカロリアンおじさんを探しにいきたがる理由を感じていた。
わざわざ俺に続いてキッチンに入ってきた理由も。
たぶんこの場に……リビングにいたくないのだ。
リビングでされている話を聞きたくないのだ。
ゴースラントがどうの。日本が云々。
それが何となくわかったような気がしていた。
……おかしいな……アールフォーの前世の話をする予定だったような……?




