第238話 転生者の会合 その2
「どうして私の経歴を……?」
アレクシスは訝しむようにマジノを見やった。
「俺だよ、俺! ……壁内越郎!」
「壁内……さん……?」
アレクシスは首をかしげる。
「そうだよ! 週刊聞旬の壁内越郎だ!」
それでもしばらくは眉根を寄せてマジノを眺めていたアレクシスだったが、急に目を見開いた。
「壁内さん……! 週刊聞旬! えっ! あの壁内さんですか⁉︎」
「あんたの方こそ、ほんとにあの荒井さんなのか⁉︎」
「そうです、経産省の荒井です! あなたはたしかに壁内さん……?」
「ああそうだ、前世で会ったことあるはず!」
「ええ覚えています! 週刊聞旬の記者……全然気がつかなかった……!」
「俺もだよ! まさかあんたがそんな美女になってるなんて……! パッと見全然わからなかったよ!」
「そっちこそ……以前はそんなお顔じゃなかった!」
2人は今にも立ち上がらんばかりに、互いの存在に驚いた様子だった。
パンジャンドラムが言った。
「なに……2人とも知り合い?」
「ああ……そうなんだよ! 俺は前世で週刊誌の記者だったんだ! それで、この荒井さんに頼まれて、ヴァルハライザーに関する事件を追ってて……!」
マジノはそう言うと拳を手のひらに叩きつけ、
「なんてこった……! あんたがここで転生してるってことは、つまりあんたも奴らにやられたってことか……⁉︎」
「そうです……ということはやはり、壁内さんも……⁉︎」
マジノはうなずいた。
まったく会話の置いてけぼりだった。
2人は自分たちにだけわかる思い出話に花を咲かせていて、俺たちはそっちのけ、トンプソン元大統領などはポカァンと口を開けて2人を眺めている。
「あんたが死んだって噂は聞いてた。事故だって話だったが俺はそんなもん信じちゃいなかった。消されたんだと思ってたがやっぱり……!」
俺は言った。
「失礼、お2人さん」
マジノとアレクシスが俺を振り返る。俺は咳払いもなしに言うことにした。
「20年近く会っていなかったお友だちとの再会に喜ぶ気持ちはわかるんだがな。何かかなり重要な話をしているように聞こえる。伏線だらけのあげく説明不足の小説でもあるまいに、もっとわかるように喋ってくれないか?」
2人は座り直した。アレクシスの方は咳払いをした。
「失礼しました。どうやら私とマジノさん……壁内越郎さんは、変な言い方ではありますが知っている間柄だったようです」
「週刊聞旬の記者だそうだな。それで君が経産省の官僚。それで……なんだって? 『奴ら』に消された?」
「……お話しなければなりませんね」
アレクシスはさらに居住まいを正した。
みなが見つめるなか、彼女はまずヴァルハライザーについての簡単な説明をした。トンプソン氏はまだそれを聞いていなかったことに配慮してだろう。説明を終えてもやはりあっけに取られている様子のトンプソンを尻目にアレクシスは続けた。
「私は経産省の担当者としてヴァルハライザーの案件に関わっていたのですが、そこで……由々しき問題ではあるのですが、実は日本政府の議員の中にヴァルハライザーを他国に譲り渡そうという勢力があるのを知ったのです」
パンジャンドラムが言った。
「わかった! どうせあの野党の……」
「それ以上いけない。と言うより与党内です。与党の中で他国と通じている者があり、己の利権のためにヴァルハライザーを売り渡そうとしている勢力があったのです」
「えっ……スパイ……?」
「……とも言えますし、ただの欲に目のくらんだ使いっ走りというだけとも言えます。いずれにせよヴァルハライザーを狙う国は強国で、圧力もありました。そのためヴァルハライザーが他国の手に渡ろうとしていたのです」
マジノが言った。
「実はな、パンジャンドラム……それは国民の目に見えない、水面下で起こってたことだったんだ。こちらの荒井さんはヴァルハライザーと吐院火奈太君を守ろうと、それを告発しようとしてたんだが……」
「えっ……まさか」
「……殺されたんだ。そうだろう? 荒井さん」
アレクシスはうつむいていたが、こう答えた。
「……実はよく覚えていないんです。夜に上司と一緒に外食していたのは記憶にあるんですが、その先がどうしても思い出せなくって……」
「荒井さん。あんた、車に乗って海に飛び込んだってことになってたよ」
「車……私のですか?」
「ああ。運転ミスによる事故ってことで片付けられてたが……」
「私、そんな運転をした覚えは……」
「きっと上司がグルだったのさ。食事してたんだっけ? きっとそのメシに睡眠薬かなんかを入れられて……」
アレクシスは額に手を当てまぶたを閉じた。
思い出そうとしているようだったが、
「……やっぱりわかりません。上司が唐揚げにレモンをかけようとしたのをなんとかやめさせようとしたところまでは覚えているんですが……」
「ひでえことするなあ……」そう言ったのはウォッチタワー。「マナー違反だろ……」
「ううむ……ということは」トンプソンが言った。「つまりそのレモンに睡眠薬が入っていたわけではないんですな? 防いだわけですから……」
「あの」アールフォーさんが言った。「そこはどうでもいいんじゃ……」
話が脱線しかかっていたためか、アレクシスは咳払いをする。
そしてマジノへ向き直り、
「それじゃ……壁内さんは……」
「マジノって呼んでくれ、まぎらわしいよ。俺もあんたをアレクシスさんって呼ぶから」
「それではマジノさんは、私が死んだのを知ってるということは私よりもあとに……?」
「ああ……あんたが死んだのはニュースでやってた。たぶん奴らからの俺への警告だったんだろ。俺もヴァルハライザーの件で真相を国民に知らせようとはしてたから……でも……」
「マジノさんも……」
「ああ……何とかやろうとはしたんだ。これじゃあ死んだあんたが浮かばれないって思って……」
パンジャンドラムが言った。
「マジノ、おまえが死んだのって……」
「……殺し屋さ。俺はアレクシスさんが死んだのを知ってから姿を隠したんだ。けどバレちまって……」
「こ、殺し屋……」
「パンジャンドラム……そういうレベルの話だったのさ」
マジノはため息をついた。
パンジャンドラムはそんなマジノを見つめ黙り込んだ。
アールフォーさんは目を見開き、トンプソン氏はポカァンとした顔をしている。
ウォッチタワーは腕組みして虚空を見つめていたのだが、ふいに口を開いた。
「……あのよ。思ったんだが」
みなが彼を振り向く。
「火奈太も守ろうとした、つったな」
「ええ、そうです」
「火奈太も……子供も命を狙われたっていうのかい?」
「いえ……アカツキ社の社長が、他国に火奈太君を取られることを恐れていたのです。火奈太君が最初に造った人工頭脳ですが、製作にかかる資金はすべてアカツキ社が出していました」
アレクシスが言うには、吐院家は母子家庭であり、病弱な火奈太少年を抱えて母親は難儀していた。だが彼の才能を見抜いたアカツキ社社長がスポンサーとなり、治療費から生活費まで一切合切の援助をしていたとのこと。
「じゃあ……あの火事は? 狙われたってわけじゃねえのか?」
ウォッチタワーの言葉にアレクシスは呻いた。
「……どうでしょうか……? 私にある最後の記憶は、2月のことでした。ウォッチタワーさんは?」
「おれぁ8月の終わり頃だったはずだ」
「ではその時期の状況は私には何とも……。ですが火奈太君が命を狙われる理由はないと思いますが……」
「じゃ、ほんとに単なる事故だったんかな……」
「火奈太君が火事にあった、という話ですか?」
「そうだ」
「いや待ってくれ」
マジノが言った。
「火奈太君が火事にあった⁉︎」
「そうです。こちらのウォッチタワーさんがたまたま居合わせて助けたそうなんですが、ウォッチタワーさんはその時に亡くなられたそうで……」
「火奈太君の家……と言うより住んでた場所は、アカツキ社の敷地内じゃなかったっけか⁉︎ アカツキの中で事故があったってことか⁉︎」
その言葉を聞きつつ、俺とパンジャンドラムはウォッチタワーの顔を眺めていた。
ウォッチタワーから聞いた話……火奈太少年の火事になった自宅へ飛び込み助けたという話だったが。
俺は言った。
「ウォッチタワー。民家じゃなかったのか?」
「あ、民家って言ったっけか、おれ? あいつんちはアカツキ社の敷地ん中にあって、工場かなんかがそばにあってよ。火奈太がおれのファンだって言うもんだから、仕事でいったんだよ。ギャラはアカツキ社から出たってうちの会社には言われた」
「初耳だな。俺が聞いたニュースでは工場での爆発火災が飛び火して住宅街に燃え移ったという話だった」
アレクシスが言った。
「しかしアラモスさん……それが?」
「それがだと? 何でもないさ。ただ訊いただけだ、何でそんなこと気にする」
「えっ何でそんなに冷たいんですか」
「待った」マジノが言った。「とにかく何か事故があったんだな? 8月の終わりに」
ウォッチタワーがうなずくと、
「俺が殺られたのは6月だったと思う。アレクシスさんの死の真相を暴いて、発表しようとしてた時だった。妙な女が俺のところにやってきて、アレクシスさんを殺った奴らと、ヴァルハライザーを売り渡そうとしてる奴らの情報と犯行の証拠をくれたんだ」
アレクシスが尋ねた。
「妙な女、とは?」
「わからん。名乗らなかった。証拠をやるからヴァルハライザーを守れって言われた。それで俺はその証拠を聞旬のデスクに叩きつけて、発表しようとしたんだが……」
マジノは首を振った。
マジノが死んだのは6月。
俺はウォッチタワーが死んだ8月の事故を覚えている。
だがヴァルハライザーがどうのというニュースや新聞記事、週刊誌の話題など聞いた覚えがない。
ではアレクシスこと荒井枢の死の真相と共にもみ消されたということか?
いや待て。
高性能コンピューターの話題……。
マジノが言った。
「同じ頃にどっかの中学生がいじめを苦にして自殺したんだ。ただ実際には自殺じゃなくて殺人事件で、犯人の親がそれを隠蔽しようとしてた。それで、何だか知らないが全然関係のない男が復讐のためにいじめの首謀者と家族を皆殺しにしたって事件が起こった。うちのデスク、ヴァルハライザーなんてわけのわからんもんよりこっちの話題の方が売れるとか抜かしやがって……!」
俺はある方向に目をやった。
パンジャンドラムとウォッチタワーも同じ方へ目を向けている。
そこには、どこから見つけてきたのかリンゴを手に持ち、それに齧りつこうと口を開けたまま突っ立って固まっている、ハル・ノートがいた。




