第235話 完結、ゴブリンの冒険
アレクシスが話したことはこうだった。
ヴァルハライザーはその脳内に、広大な仮想空間を持っている。
人間のデータをヴァルハライザーの中に再現し、そしてそこで得られた体験をもう1度本人に還元できれば、
「人間の能力は飛躍的に向上するのではないか、と」
アレクシスが言うには、そう発言したのは政府内のある派閥だったという。
ヴァルハライザーの扱いをどうするかは政府内で割れていたそうだ。
文部科学省は、先ほどのように教育に。
アレクシス(荒井枢)の所属する経済産業省は経済予測のスーパーコンピューターとして。
気象庁も、天気予報に活用できないか首を突っ込んできた。
そして、
「防衛省。自衛隊員の訓練に使えないか、と」
ついで言うと、同じ理由でスポーツ庁も興味津々だったそうだ。
ペリノアド国大統領と、マジノを連れたハル・ノートがオルタネティカ帝国の冒険者ギルドに到着したのはその日のことだった。
ちょうど俺たちがヴァルハライザーについて話していた時、ギルドから使いの者がアリー家へやってきて、知らせてきたのだ。
ギルドに着いた俺たちは挨拶もそこそこに、大統領とマジノ(例によって例のごとく彼らは大量の女に囲まれていて、2人ともかわいそうなほどやつれ果てていた)をコロシアムに案内した。
準備はすべてできていた。ヤマト皇太子によってコロシアムは貸し切られ、俺たち以外は無人だった。
そこへ呼び出す名目が何だったかなんてどうだっていい。
円形闘技場内にはウォッチタワーとヤマト皇太子、そしてパンジャンドラム。
貴賓席にアレクシスとアールフォーさん。
観客席と出入り口はツェモイ率いる第2騎士団が固めている。
俺とラリア、ナヤートは観客席に隠れていた。
念のためホッグス少佐と、アリスも呼んでおいた。
アリスはヌルチートを苦しめる音波発生器を持って、俺のそばに待機している。
ハルはマジノたちを案内するため闘技場内。
勝負は一瞬でついた。
ヤマト皇太子が、自分も転生者だ、その2人を解放しろと言うと、案の定2人の取り巻きたちはヌルチートを出現させた。
パンジャンドラムとウォッチタワーに活躍の機会はなかった。相手の中には皇太子と並べる腕前の者がおらず、次々と峰打ちに倒されていく。そうやって倒れた相手からヌルチートをもぎ取り仕留めるだけ。
俺はその乱戦の中にラリアを投げ込んだ。
あっという間にすべてのヌルチートが始末された。
ラリアが戻ってきてから、俺は闘技場へと降りた。
パンジャンドラムが1人の少女と向かい合っている。
その少女はショートカットにしたヘアスタイルがよく似合う、なかなかの美少女だった。
彼女のヌルチートはパンジャンドラムが奪った。戦いの最中に背後から組みつき、もぎ取ったのだ。だから彼女は気絶することもなく、へたり込みながらもパンジャンドラムを睨んでいた。
「……いつからだ」
彼らに近づく間に、パンジャンドラムがそう尋ねる声が聞こえてきた。
「……何がよ」
「そのヤモリ……いつから取り憑いてたんだ。オレがパーティーにいた頃か?」
「……違うわよ。あんたがどっかいってから。それが何?」
俺からはパンジャンドラムの背中が見えていた。その背中は近づきつつあったが、パンジャンドラムは何も言わない。
「何なのよ、あんた! あんたが出ていってから、マジノは悪いことしたから探しにいくとか言うしさ! 自分の世界に戻る手伝いしなきゃって!」
倒れた取り巻きたちに囲まれて、尻餅をついている男がいる。
ガリガリに痩せていなければそれなりにハンサムな男だったろう。そいつはパンジャンドラムとショートカットを呆然とした表情で見ていた。
「そんな方法見つかったら、マジノが帰っちゃうじゃない! ここはマジノやあんたの世界と違って何にも面白いことないんでしょ⁉︎ エイガとかドウガとかいう動く絵もなければ、遠くにいる人とお喋りする機械もない! でもあんたの世界はそういうものがあるし、遠い所へ旅行するのも簡単だって! そんな楽しそうなところ、マジノだって戻りたくなるに決まってる!」
俺はパンジャンドラムの隣りに立った。
彼は少女を黙って見下ろしている。
「みんな……みんな納得してたのに! うまくいってたのに! あんたがきてから全部おかしくなっちゃった! ……ほんと空気の読めない、醜いゴブリン!」
《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》
俺が右の拳をこめかみに打ち込むと、少女は動かなくなった。
振り返った時パンジャンドラムはまだ少女を見下ろしていた。
痩せた男、マジノもだ。
俺は言った。
「いこう。ここにはもう用はない」
返事を待たずに踵を返した。
歩きながら上を見上げれば、アレクシスとアールフォーさんが貴賓席から出ていくのが見えた。
観客席の壁まで戻ったのはナヤートがラリアを抱っこしたがるかと思ったからだ。そこにいたホッグスは闘技場内を眺めていた。俺はスキルでもって観客席に跳び上がる。
観客席の手すりに肘をついていたアリスが言った。
「あーし出番なかったね」
「わざわざ呼んで悪かったな」
「…………」
「どうした?」
「……あーしもあんな感じに見えてた?」
俺は場内を振り返った。場内には第2騎士団のメンバーが流れ込んできて、女たちを捕縛している。
女たちは先ほどまで汚らしい雑言を叫びながら暴れ、そして皇太子やラリアに打ち倒されていった。
俺は言った。
「君はまだ淑女だったよ」
「天才のあーしは抑えめに造ったからかな」
すると、アリスは素早くしゃがんで手すりに身を隠した。
闘技場内から俺に呼びかける声が聞こえた。振り向いてみるとハルがこちらに手を振っている。
「ね、お願い! あーしのこと黙っててね! ね?」
アリスは手すりの壁に沿って、四つん這いで移動していく。ナヤートが不思議そうにそのケツを眺めていた。
転生者、残り4人。
明日から第六章です!




