第234話 ヴァルハライザー
「お話ししましょう。ヴァルハライザーとは、吐院火奈太君が作った画期的な生体コンピューターのことです」
「何だと?」
アレクシスは1度席を立ち、扉までいき部屋の外へ声をかけていた。
別邸までついてきた緑髪のメイドにお茶を淹れるよう命じていた。茶が運ばれてくるまでアレクシスは何も言わなかった。メイドが俺たちの前にティーカップを置き、部屋を立ち去るまで。
そしてメイドが部屋を出ていったのを見届けたあと。
アレクシスは話し始めた。
「あれは2年ほど……と言っても私がまだ日本にいた頃の話ですが。文部科学省が全国の小学生を対象としたプログラミングのコンテストを行なったことがありました。日本のIT能力の向上のため、子供たちにプログラミングに興味を持ってもらおうとのイベントでしたが。それに応募してきたのが吐院火奈太君でした」
カップに口をつける。
「……どうも火奈太君はどこか風変わりなところがあったようで……プログラミングのコンテストだったのに、なぜかコンピューターを作ったと応募用紙に書いて送ってきたと、文科省の職員は言っていました。
「それで文科省は一応、火奈太君の自宅まで職員を送ってどのようなものなのか確認にいったそうです。おおかた自作のPC程度だろうと考えていたそうですが……まあそこは、子供の可能性を伸ばすためのコンテストなわけですから、一応ということで。
「火奈太君は体が弱く、ほぼ寝たきりの子供でした。学校へも通えないそうで、自宅学習を。そこで文科省の職員は、火奈太君の自宅で見せられたものに驚いて腰を抜かしそうになったらしくて。
「…………円筒形のガラスケースの中に、テニスボールくらいの大きさの……」
アレクシスはカップの中を覗いていた。
そして顔はそのまま、上目遣いにこちらを見た。
「脳が入っていたそうです」
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。アールフォーさんだ。
「それが、火奈太君が作ったコンピューターでした」
「え……脳って」アールフォーさんが言った。「あの、頭の、ですか? それがどうしてコンピューターに……」
「先ほど申し上げたとおり生体コンピューターです。人工知能、AIは聞いたことがありますよね?」
「え、ええまあ……テレビとかで言ってるのは聞いたことあります……」
「生体コンピューターはAIと同様に世界各国で研究されている技術で、生物の脳を模した思考システム。火奈太君はそれを自宅で、1人で作っていたんです」
またカップにひと口つけ、
「天才少年ですね」
パンジャンドラムが言った。
「えっと……それでさ。それがその、ヴァルハライザーってやつ?」
「なあ」俺は言った。「君自身は経産省の元官僚だと言ったな。文科省じゃない。どうして君がそんな話を? だいたい人工の脳みそと俺たちのこの状況、どうつながると言うんだろう?」
アレクシスはカップを置いた。
「パンジャンドラムさんのご質問に答えるなら、そうです。彼の自宅を訪ねた職員が見せられた人工頭脳が、ヴァルハライザーの前身です。当時は火奈太君は、それをゼロ、と呼んでいましたが」
それから俺の方へ向いて、
「職員がすぐに文科省に報告したんです。火奈太君に見せられたゼロは生きていた。機能していたんです。ゼロは吐院家のPCにつなげられていて、会話もできたそうです」
「えっ」ウォッチタワーが言った。「なんつってたんだい?」
「……文科省の職員が質問してみたそうです。普段何をしているのかと。ゼロはこう答えたそうです。おまえたちを観察してる。アメリカの国防総省のハッキングとか、大手ネット通販会社の個人情報を見たりとか、まあ主には……」
「主には?」
「トゥイッター、だそうです。SNS。不思議と見るのがやめられないんだと話していたそうで。特にネタ呟きがバズった時は脳汁出る、と」
「アカウント持ってんのかい……」
「火奈太君が言うにはいつの間にか勝手に作っていたそうです……作り方も教えていないのに……」
「アイコンとかは……」
「取得した画像情報を合成して作ったそうで……職員が確認したところによると若い女性の写真でしたが、ゼロが言うにはその女性は現実には存在しない、合成した、だそうです……」
ウォッチタワーはぐう、と唸った。
「ともかくそれほど完成された生体コンピューターと、それを作ることのできる天才がみつかったわけで。政府としてはその才能を保護したいと考えたんです。先ほどお話ししたとおり、次世代の人工知能の開発は先進国の間で競われています。もはや経済競争の新たな武器と言ってもいい。
「そういうわけで、政府は文科省だけでなく、経産省と、それから防衛省とも連携して、ゼロと火奈太君を守ることになったんですが……」
アレクシスはそこで言葉を切った。
カップはもうソーサーに置かれていた。だが彼女はそのカップを見つめている。
俺は言った。
「守る? 何からだろう」
彼女は顔を上げ、俺を見た。しばらく無言でそうしていたが、やがて言った。
「火奈太君の研究は、政府と……それからアカツキという企業……ご存知ですよね?」
「日本で5本の指に入るまでに成長した、大企業の?」
「そう。そのアカツキからの出資で行なわれました。税金ですから、予算の都合で大半はアカツキが出していましたが。昔の事業仕分けのシワ寄せが、アレなもので……」
「愚痴は結構だ」
「そうですか。それで……とにかく、火奈太君の才能を諸外国の企業や政府に横取りされないよう、日本政府主導のプロジェクトとして、やっていくことが決まった……んですが……」
アレクシスはまたもやカップに目を落とした。
「……つかぬことをお尋ねしても?」
「何だろう?」
「……みなさんは……どうして亡くなられたんですか? 転生、という以上は、死んだということですよね?」
俺は言った。
「ジョギング中にトラックに轢かれた」
それから、パンジャンドラムとウォッチタワーもそれぞれ答えた。
アレクシスは2人の話を目を見開いて聞いていた。
パンジャンドラムが黒服の男に追われて、銃で撃たれたこと。
ウォッチタワーはそもそも火奈太少年と会ったことがあり、火事の中から火奈太少年を救出した結果、火傷で死んだこと。
「パンジャンドラムさん」
「なに?」
「追われていた女性をかばった、と言いましたね?」
「ああ、駅でね」
「どのような女性でした?」
「どんな、って……普通の、OLみたいな格好の。長い黒髪だった。美人だったかなぁ。まあそれでオレ若干調子乗っちゃったところあったよね」
アレクシスは考え込んでいた。それから、今度はアールフォーさんを見る。
「えっ⁉︎ わ、私ですか……⁉︎」
「よろしければ……」
アールフォーさんはうつむいた。
顔色が蒼白だった。アールフォーさんはもともと色白だが、もはや紙のようだった。
「……あの……ご勘弁、願えないでしょうか……?」
か細い声だった。
アレクシスはそんな彼女を見つめつつ、
「いえ、無理にとは……」
そして次にナヤートを振り返る。
ナヤートは一瞬だけアレクシスと目が合ったのだが、すぐにそっぽを向いた。
「………………あたしも言いたくない」
アレクシスは「そうですか……」と呟いたきり、それ以上言及しようとはしなかった。
「それで、アレクシス」俺は言った。「その休校中の自由工作で作られた手作り脳みそと、君の死と、俺たちの境遇と、何の関係があるんだ? いい加減教えてくれ」
アレクシスは俺に向き直った。
「私は経産省の職員として、火奈太君と人工頭脳の計画に参加することになりました。計画の名称は、便宜上ヴァルハライズと名付けられました。アカツキ社社長の希望です」
「……その名前、何か意味があるのか? コンピューターの名もヴァルハライザーだ」
「ヴァルハライザーには高度な思考能力だけでなく、ある機能が備わっていたんです。その機能のためにヴァルハライザーと呼ばれるようになりました。それも命名したのは計画に携わったアカツキ社の社長です」
「どんな機能なんだろう?」
「ヴァルハラという単語を聞いたことは?」
「焦らすなよ。北欧神話でいう死後の世界のことだろう。戦いで死んだ戦士はヴァルハラという世界へいって、次の戦争に備えて実戦練習と宴会に終始する。それが?」
そう言いながらも、俺の頭の中で奇妙な感覚があった。
一見関係のなさそうな話が、あたかも関係があるかようにつながっていく感覚。
北欧神話では死んだ戦士はヴァルキリーという美しい戦乙女の給仕を受けながら日々を過ごすという。
死んだ男が、美女に囲まれて。
どうして今俺はそんな話をしているんだろう?
アレクシスは言った。
「ヴァルハライザーの機能とは……人間の生体情報全てをデータ化し、ヴァルハライザーの作った仮想世界へ送ること。たとえその人物が死んでいようと、ヴァルハライザーの中で再現され……つまり生きているのと同じになる」
後ろの方で足音がした。振り返ってみると、ナヤートが椅子から足を下ろして、アレクシスを食い入るように見つめている。
「私は火奈太君と1度会ったことがあります。彼は私にこう説明してくれました」
俺たち全員に見つめられながら、アレクシスはこう言った。
「偽物のあの世だよ、と」




