第232話 ナヤートの告白 ※
それから俺たちがまずやったことは、アンダードッグ区を封鎖しているホッグス少佐に連絡を取ることだった。
ウォッチタワーに橋までいってもらい、ホッグスに伝言してもらった内容はこうだ。
失踪した衛兵と賞金稼ぎは全員生存。気絶して倒れているので引き取りにきて欲しい、ただし1名は自分で歩いて立ち去っていった。
衛兵たちが気絶したのはエンシェントドラゴンが原因ではない。ダークエルフが自衛のために使ったスキルのためだった。
これからダークエルフを俺たちのゴーストバギーで連行するが、帝国捜査局も軍部も手出ししないこと。ダークエルフはこちらで預かる。バギーの運搬車の中も覗かないで欲しい。
その上で、我々はアレクシスが立てこもる、ツェモイ団長率いる第2騎士団の砦へ向かう。
ホッグス少佐とツェモイ団長だけはいてもいい。もし不十分と感じるならヤマト皇太子を立会人につけてもいい。
その条件で、ダークエルフの少女に自白魔法への呪術トラップの尋問をしてもいい。
そういう話だ。
ウォッチタワーには、橋へいったらホッグスとだけ会ってそれを伝えて欲しいと頼んだ。場合によってはホッグスにだけはナヤートが転生者であることを打ち明けてもいいと。
しばらくアンダードッグ区の中で待っていると、ウォッチタワーが戻ってきた。
ホッグスが言うところによると、俺たちが砦へいくのは許可できないとのこと。ナヤートの尋問を、容疑者であるアレクシスがいる場所で行なうなど議会が承知しないだろうと。
ただ別の場所を指定してきた。
冒険者ギルドの建物だ。
事の発端と言うべきか……流れたデマがエンシェントドラゴン絡みだったものだから、対ドラゴン用機関である冒険者ギルドで、Sランク冒険者にしてドラゴン狩りのプロであるロス・アラモス様が、直々にダークエルフに聞き取り調査をするらしい、とか何とか言ってごまかしてみせる、とのこと。
ホッグスはもう1つ条件を出した。ウォッチタワーにアンダードッグ区へ残ってもらうということ。まだドラゴンの噂の真相はわかっていない。これから調査をすることになるが、念のため誰か1人に残って欲しいとのことだった。
そうしてウォッチタワーを残したあと、俺たちはゴーストバギーに乗ってアンダードッグ区を出た。途中でエルフのグスタフを拾いギルドへ向かう。
ギルドについてからもナヤートは怯えていた。
彼女はバギーの後部、キャンピングカーに乗ってもらったのだが、その間ずっとディフォルメ化したラリアを抱きかかえていた。
ギルドについた今もそうだった。建物の2階、開け放された窓から吹く風がカーテンを揺らしていたが、その部屋の隅に椅子を置いて、その上にうずくまったままラリアを抱きしめている。
俺は部屋の中で彼女を刺激しないよう、彼女とは反対側の隅にあるテーブルに座り、本を読んでいるふりをした。視線を向けないようにするためだ。
読んでいる本はスピットファイアからもらったバインダー。
見失っちゃった、でもウォッチタワーと一緒にいるのはわかるぞ、やるじゃないのガハハハハ。バインダーにはそう書いてあった。
向かいの席にはアールフォーさん。時折ナヤートに歩み寄ろうとしていたが、そのたびに彼女に強く抱きしめられたラリアが、
「ぐえ」
と声を出すものだから、アールフォーさんは椅子に戻る。俺はその様を眺めながら、アニマルセラピーという単語が浮かんでいた。
部屋について食事を摂ってからというもよしばらくそうしていたが、やがて扉がノックされる音が聞こえた。
俺が立っていき扉を開けると、そこには誰もいない。廊下の左右を覗いてみたが、緑髪の受付嬢が階段を降りていく姿がチラリと見えただけ。
「ロス。ここである。下、下」
声がしたので見下ろしてみると、そこにはホッグスがいた。
ディフォルメ形態だった。狐の耳に軍の制帽をぶら下げ、ちんまりと立っている。先ほどは背が低すぎて見えなかったらしい。
「1人か?」
「うむ」
「何でその状態で……」
「怯えていると聞いたのである。この方が怖がられないかと思って」
俺は1度廊下に出て、ホッグスに耳打ちした。
そのあとホッグスは部屋に入ってから見回し、パンジャンドラムはどこかと尋ねた。俺がたぶん屋根の上だと答えると、彼女はうなずく。そしてナヤートの方へ歩いていった。
「こんにちは。私は……ええと、オルタネティカ帝国の軍隊で働いているクーコ・ホッグスというものです」
ホッグスはぺこりとお辞儀した。
俺たちの国、日本にはそういう挨拶の仕方があると先ほど耳打ちしたのだ。この方が親近感が湧くかと考えたからだ。敬語まで使うとは思わなかったが。
ナヤートはホッグスをじっと見たまま何も答えない。
「ええと、ナヤートさんと言ったかな。実は君に尋ねたいことがあってきてもらったのだ」
「……何も知らない」
ホッグスは俺を振り返った。だが視線を戻し、
「ワルブール伯というおじさんを知っているはず。君はそのおじさんに、嘘をつく魔法をかけたと思うのであるが……」
ナヤートは体ごとそっぽを向いた。
ホッグスはため息をつくでもなく、声音を変えずに話し始めた。
アレクシスのことだった。
今現在、ワルブールの自白によってアレクシスという女性が、アンダードッグ区にいるドラゴンを呼び起そうとしているという疑いをかけられているということ。
そのワルブールの自白には、ダークエルフの呪術によるデマが含まれている可能性が浮上し、こうして調査しているということ。
そしてホッグスは言った。
「アレックス様も転生者である。君と同じ」
ナヤートが振り向いた。
「教えて欲しい。アレックス様は本当にあの街のドラゴンを甦らせようとしていたのであろうか? もしそうであれば、アレックス様は罪に問われるであろう。それに……ドラゴンがいるなら、街の人が危険なのである」
ナヤートはしばらくうつむいていた。無言の時間が続いたが、椅子に座って足が余っているホッグスは、その足をプラプラさせたまま待っていた。
ナヤートが口を開いた。
「……ドラゴンは……いるよ」
ホッグスは静かに言った。
「本当?」
「……おじさんがそう言ってた」
「ワルブール伯?」
「ううん。カロリアンおじさん」
「カロリアンおじさんとは……」
「……さっきまで一緒にいた人。あたしがエルフにいじめらてた時、おじさんが助けてくれた」
ナヤートはアールフォーさんを睨んでいた。ホッグスの方はと言えば俺を振り返り、
「その男、見たか?」
「見たが、失踪した」
俺はナヤートを見やりつつ。
「その男は俺にその子を渡した人物だ」
ラリアを指差しつつ言った。ナヤートは目を丸くして、茫洋とした表情のディフォルメラリアをまじまじと見ている。
「貴君もその男、知っているのであるか?」
「ああ。カロリアンという名前は初めて聞いたがな。あの男がいなければ今俺はこの場にはいられなかった」
「……ヌルチートか。ラリア殿なら倒せるという……」
「そうだ」
ナヤートはこちらを見ていた。
「……ナヤート。このホッグス少佐はヌルチート……あのデカいヤモリとの戦いに協力してくれた人だ。信用していい」
「……あの気持ち悪い生き物、なに?」
「召喚獣だ。転生者を捕まえるために造られた。魔女にだ」
それから彼女は抱きかかえたラリアのうなじを見つめていた。
俺はどう心を開かせるべきか考えていた。
ホッグスもそうかも知れない。ナヤートは言葉少なでかたくなな少女のように見えた。
それに、問題はナヤートは本当に呪術を使ったのかということだ。やっていないというのであればやっていないと言うだろう。だが俺たちは、彼女が嘘をついたかそうでないか判断することができない。
だがふいに。あまりにあっけなく少女は言った。
「……私が呪術をかけたよ。おじさんに言われてそうした。ドラゴンがいるからって」
「ドラゴン……」ホッグスが言った。「ではやはりアレックス様がドラゴンを……⁉︎」
「違う。違うから呪術をかけなって言われた。そのアレックスっていう人はドラゴンのことなんか知らないの。でもあの街で何かしようとしてたし、それされたらマズイからって、おじさんが」
「ということはアレックス様は無実……」
ナヤートはうなずいた。
そうしてラリアの頭を撫でていた。ラリアは惚けた顔でされるがままになっている。
俺は言った。
「よく話してくれた。これで彼女の無実が晴れる」
「……本当はアレックスっていう人のせいにするんだって言われた……その人何にも悪いことしてないのに、でもそうしなきゃって……」
「カロリアンおじさんがそう言ったんだろうか」
「……うん」
ホッグスが椅子から下り、うつむいて顎をつまんだまま何か考え事をしていた。それから俺を振り返り、
「難しい問題であるな。本来であればナヤートさんは詐欺や名誉毀損の罪に問われなければならん……」
「そんな!」アールフォーさんが椅子から立ち上がり、「その子は正直に教えてくれたじゃないですか、それを……」
「そうである。だから問題なのです。そもそも転生者であるナヤートさんを捕まえる方法が我々にはない。ヌルチートはあなた方が全部殺してしまったし、使いたくもない。造り方も知らないし……それに」
ホッグスが俺を睨んだ。
「貴君らは国に帰るそうであるからな」
俺は何となく壁に目をやった。その間ホッグスがナヤートに尋ねている。
「であるからして、罪に問おうとは思わないが……上に何と説明するかなあ……」
ホッグスはしばらく頭をかいていた。だが我に返ったように尋ねる。
「いや待って。ドラゴンはいると言ったね。それは間違いない⁉︎ まずそっちが先であった!」
ナヤートはうなずいた。
そして言った。
「カロリアンおじさんがそう言ってたよ。魔女が最後のエンシェントドラゴンを起こそうとしてるって。そのためにアレックスさんは利用されてるんだって」
うつむいて。か細い声で続けた。
「あたし、ほんとはおじさんに言われてた。転生者を集めてるから、みんなと一緒に日本へ帰れって」
それからホッグスは帰っていったが、夜になってからまた尋ねてきた。
その時は長い足の大人の姿だったが、彼女は俺にこう言った。
ダークエルフには自白魔法に対するトラップ呪術があり、ワルブールはそれをかけられたことでアレクシスをテロリストだと答えさせられた。
そのダークエルフは、エルフの里から脱走した悪いダークエルフである。
里の秘宝も盗んだ。そのため秘宝を取り返すためナヤートが里を出て追跡してきたが、その場所が帝都、アンダードッグ区。
ナヤートは賞金のかかった奴隷商人を脅して捜査に協力させていたが、悪のダークエルフはまだ見つからず。商人はビビって姿をくらませた。
「昼間の帰りに橋に寄ってウォッチタワー殿に会ってな。相談したら、軍や捜査局の上層部にはそう説明したらどうだと言われてな。ウォッチタワー殿は、そういう筋書き、プロレスだよ、と言っておったが。プロレスって何であるか?」
夕方ごろにギルドへ戻ってきたウォッチタワーにもそう聞いていたが、ホッグスは念のために伝えにきてくれたらしい。
これでナヤートは捜査の網をくぐれるが、また捜査局が聞き込みにくるだろうから口裏を合わせておけとホッグスに言われた。
「これから衛兵たちは、いもしない2人目のダークエルフを探して街中パトロールである。同情する……」
彼女はそう言って帰っていった。
そうして晴れてギルド向かいの宿屋に、俺たちはナヤートと共に宿泊することになった。
俺はホッグスが帰ったあと、宿の前の通りでタバコを吸っていた。
他のみんなは部屋にいるし、ラリアはナヤートと一緒だ。
オレンジの街灯に照らされた夜の街。
時折ホッグスが言っていたものだろうパトロールの衛兵が歩いていく他は無人だった。
そのうちアレクシスは無罪放免されるだろう。
近いうちにハルとマジノもやってくるはずだ。
大統領なる人物は、もうそろそろ到着してもいいはずだ。
タバコの煙をくゆらせながらそう考えていた。
残る転生者は魔族軍の中に4人。
目的地であるゴースラントまでの道のりを通せんぼしている者たち。
ひょんなことから始まった異世界での旅。
ロス・アラモスの冒険譚は終わりに近づいてるのを感じていた。
無風とはけして言えなかったが、誰1人欠けることなく俺たちは日本への帰路へ、確実についている。
通りの向こうを2人組のパトロールの兵が、雑談しながら歩いていく。その後ろ姿を見ていると思い出されることがあった。
『お主だけは見えぬな。お主がなぜここにいるのかはわからぬ』
『……何?』
『転生者はここに送られるべきではなかったが、だがここにくる手筈になっていた。しかしお主だけは違う』
急に悟りに達したらしい、ブラックホール衛兵の言葉。
どうして彼は知った風な口を利くようになったのだろう?
ヨガや禅の瞑想は、宇宙の構造を知るためにやるものだと聞いたことがある。
脳内麻薬と関係があるそうで、1歩間違えば精神を病み、宇宙の秘密を知った自分を誰かが暗殺しにくるという妄想に取りつかれてしまうそうだが。
だから彼はあの時姿を消したのだろうか?
何かに追われる妄想のため?
彼は失敗して狂ったようには見えなかった。
ブラックホールの歪んだ時間の中で無心を得た彼は、俺たちに見えない何かを感じ取ったとでも言うのだろうか。
俺は吸い尽くしたタバコをブーツの裏に擦りつけて火を消すと、吸い殻をポケットに入れたまま宿へ入る。
もう眠る時間だ。明日になったらアレクシスがこちらに連絡を取ってくるかも知れない。宿の扉を開け中に入る。
後ろ手に閉める時、また脳裏に思い出される声があった。
『たいへーん! なんでこの人くたばってるのよぉ! 予定にないのに……』
トラックに轢かれてから初めて会った女。
女神の声だった。
いつもお世話になっとります、奥山ザンス。
次回の投稿は5月12日からザンス。
次章は今度こそ他の転生者が集結するザンス!(たぶん)




