第二十二話 生還者
「レイニー、ライター持ってないか?」
返事はない。
彼女は恐る恐るという風に、暗闇を目で探っていた。俺からは彼女がよく見えるのだが、向こうは暗闇の中でまったく見えていないのだろう。
「レイニー」
「だ、誰っ⁉︎」
「ロスだよ」
「嘘……ロスは穴に落っこちたはず……ロスのはずがない。お化け⁉︎」
「そうさ。スカしてることで世間に知られた、君のだいっ嫌いなロス・アラモスだよ。言われっぱなしじゃ癪に障るから地獄の底から帰ってきたぜ。早く火種を貸してくれ。松明をつけるんだ」
「いや……嘘だよ……みんな、みんな死んじゃったんだ……ロスだって、きっと」
「早くしないと靴を脱がせて足の裏をくすぐるぞ」
レイニーは何かぶつぶつと言いはじめた。錯乱しているのかと思ったが、
「我が身……その奥……泉のほとり……湧き出て熱せよ……ファイアブロウ!」
突然レイニーが火球を発した。
目の前が一気に真っ白になった。ナイトヴィジョンのせいだ。少ない光量を増幅するスキルが、火球の光のため俺の視界を奪う。
火球は直撃はしなかった。驚いて尻餅をついたのが功を奏した。熱が俺の左頭上を通り過ぎ、背後で爆ぜたようだ。
「嘘、ロス、本物⁉︎」
《瞳孔を閉じます。ナイトヴィジョンを解除します》
手に持った松明に火が灯っている。運良く火球にかすったのだろう。レイニーの驚いた顔が、黄色い光で照らされていた。
「俺のことが嫌いだと言った君の気持ち、本物だったらしいな。松明をつけたかっただけなのに殺そうとするだなんて」
すると、レイニーが飛びついてきた。俺の胸に顔をうずめてすすり泣く。
「生きてたんだ……ロス……生きてたんだね……!」
彼女の髪から甘い匂いが漂ってくる。俺は言った。
「何があった? 他のみんなはどうした」
レイニーが話したことによるとだ。
俺が穴へ転落した後、冒険者たちはロープを下ろして俺を救出しようとしたらしい。
しかしその直後、ゴブリンが現れた。
「あいつら……物陰から魔法で攻撃してきたんだ。それでひとまず応戦したんだけど……」
推奨冒険者ランクに達していないレイニーとゴンザレスがロープを下ろしながら、他の13人の冒険者のうち数名が迎撃を行なった。
最初、ゴブリンは2匹いたそうだ。攻撃をした後すぐに奥へ引っ込んでいったので、3人の冒険者が追いかけた。
俺、レイニー、ゴンザレス以外はみんなBランクだ。追跡する冒険者はすぐに戻ってくるだろうと考えていた。
「そしたら、さっきとは違うゴブリンが、また魔法を撃ってきて……」
また2人の冒険者が追っていった。
計5名。
茶髪のイケメンがロープで下に降りようとした時、誰かが5名の戻りが遅いと言った。それでまた新たに2人、奥へと様子を見に行った。
残ったのはイケメン含めて5名と、レイニーにゴンザレス、計7名。
洞窟の奥からすぐに悲鳴が聞こえた。
イケメンはすぐさま穴から這い上がってきて、全員で助けに行こうと言った。
レイニーとゴンザレスは俺のために穴に残ると言ったが、イケメンは念のため離れない方がいいと言う。
彼は何か様子がおかしいと感じていたのだろう。Bランクが8人も行って、ゴブリン相手に1人も戻ってこないのだ。
「それで、あたしたちはいったん穴を離れて奥へ進んだの。そしたら、様子を見に行った2人がゴブリンと戦ってて……囲まれてたんだ」
10匹以上はいたという。
ゴブリンは異様に連射速度の早い魔法を使ってきて、冒険者たちは苦戦していた。
イケメンたちもそこへ参戦した。さすがみんなBランクだけあり、魔法やスキルを用いて倒していたのだが……。
「ゴブリンが奥に逃げはじめたんだ。ペステロさん……あの茶髪の人だけど、先に進んだ冒険者のことが気になるからもう少し進もうって言って……」
それが問題の始まりだった。
「暗がりを松明で照らしたりとかして、慎重に進んでたんだよ。でも、ゴブリンがちっちゃな横穴とかに隠れてて、そこから顔だけ出して魔法を撃ってきたの。それが松明に当たって、火がどんどん消えて……暗くなっていって……」
身震いしたレイニーに先を促すと、彼女たちはそこから分断されはじめたと言った。
ゴブリンが通路の曲がり角から顔を出し撃ってくる。
応戦すると引っ込んで逃走するが、追いかけると別のトンネルから新たな奴が現れサイドを突かれる。
先頭を行っていた者と後列が割られ、そこからさらにゴブリンが湧いて出て猛連射を受ける。
「それの繰り返し。そうこうしてるうちに、あたしたちだんだんバラバラに、別の通路に入り込んでたんだ。そのうち魔法にやられる人も出てきて……。奴ら、倒した人を引きずって、小さな穴に連れてっちゃうんだ。そうして、だんだん1人づついなくなっていって……」
そこまで話して、レイニーはまた泣き出した。
「……ゴンザレスも……」
俺は辺りを見回した。
松明に照らされ今ははっきりと血痕が見えた。レイニーの隠れていたこの場所で凄まじい死闘が繰り広げられていたことを物語っている。
「レイニー。君はどうやって助かったんだ」
「あのAランク冒険者が通りかかったの」
「Aランク?」
「うん。あの人たちも洞窟に入ってたみたい。鎧の人」
あの破廉恥なロボアニメの姿を思い浮かべた。
「あの人も仲間とはぐれたみたいだった。かなり焦ってたみたいに見えたよ。あたしはゴンザレスと、あと2人といたんだけど……あたし以外がゴブリンに連れて行かれてから、あの人が現れて、戦ってた。あたしはその間ここに隠れてたの」
「そいつはどこへ行ったんだ」
レイニーは俺が来た方を指差した。
ここへ来る途中、地面の岩が削れた跡があったのを思い出す。あの勇者王の鎧とかいうのを引きずった跡だったというわけか。
「ずいぶんAランクをかさにきていた奴だったが、やられたのか」
「ううん、あの人、すごく強かったよ。たくさんやっつけてた。でもものすごい数のゴブリンが集まってきて、あの人にしがみついて……。群がりすぎて、大きなボールみたいになってた。それからしばらくして、表面のゴブリンがどいたら……中にいたゴブリンが何匹も死んでて、そこにあの人も……」
勇者王の鎧が役に立たないなんて、とレイニーは呟いた。
「そのゴブリンの死体はどこに行った?」
辺りには何本かの松明と、何か黄色い十字型の物体が幾つか落ちているだけ。ゴブリンは1匹も見受けられない。
「わかんない……消えちゃったの」
「死体がか?」
「うん」
「その黄色いのは?」
俺は落ちていた石ころを拾い、十字型の物体をつついてみる。ゴムのような弾力があった。
「ゴブリンが撃ってきた魔法弾だよ。それは消えないんだ。あのAランクの人の鎧はそれには耐えてたんだけど」
観察してみる。光沢があり、粘度の高い液体を固めたもののようだった。樹液が固まってできる琥珀を連想した。
だが琥珀と違い柔らかい。指でつまめば曲げることもできるだろう。触る気にはなれないが。
「ねえロス……これからどうするの?」
「ゴンザレスを探す」
俺は石を捨てて立ち上がった。
「え……もう食べられてるかも知れないよ!」
レイニーを振り向く。
「も、もう出ようよ! ここにいたら、あたしたちもやられちゃうよ……」
俺は静かに彼女を眺めた。彼女は目に涙を浮かべ、声は震えて引きつっていた。
「ではそうしよう。ついて来い。俺のそばを離れるな」
そう言って歩き出す。レイニーは小走りにやってきて後ろにつき、俺の左袖を指でつまんだ。
「あたしのこと……軽蔑する?」
しばらく歩いていると、レイニーがふいにそう言った。
「ゴンザレスを……仲間を見捨てるようなこと言うあたしのこと……」
消え入りそうな声で話す彼女を、俺は別に責める気はない。
後ろを歩く彼女を振り向くこともしない。
意識して俺はそうしていた。レイニーのミニスカートの前面が濡れていることに、俺が気づいていることを彼女に知られたくなかった。失禁するほどの恐怖を味わった者を……
「軽蔑するほど俺はたいした人生を送っていない」
彼女は、嘘だよ、と呟いた。エンシェントドラゴンを倒せるくらいなのに、だそうだ。
「すごく努力したんでしょ? Sランクなんだよね、そんなに若いのに。並大抵の努力じゃないよ……」
「才能と運に恵まれただけだ。俺と同じ立場なら、誰でも俺程度のことはできる」
「嘘だよ」
「なぜそう思う」
「だって君目つき悪いもん」
振り返りかけた。だが前方の闇に目をこらす。こらすふりをする。
「……人相変わるまですごい修行を積んできたって感じ」
「……苦しくなかったと言えば嘘になるな」
2日前までの自分を思い出す。ただただつまらなく、味気ない日々。暗く、自信のない月日だった。
ふと、今では疎遠になってしまったが、古い付き合いだった知人のことが頭によぎった。
彼に恋人ができた時のことが。
中学の頃に出会った男だった。だから長い付き合いになる。
大人になって彼に恋人ができた時、なぜか不思議と柔和な顔になったなと思ったものだった。
幸せを感じているからそんな顔になるのだろうかと。
それと同時に、彼は今までそれほど荒んだ心で生きてきたのだろうかとも。
人間の表情というものはそんなものかも知れない。
形は同じであろうと、表情はいつも同じなわけではない。
ホルモンの影響だろう。自分でも気がつかないうちに、人は顔が変わるのだ。
それによる他人の印象も。
だとすればロス・アラモスなる冒険者は、いったいいかなる人生を送ってきて、どんなホルモンをどのくらい出してきた結果、そんな人相になったのだろうか。
その答えはこの洞窟の縦穴に投げ捨てるべきものだった。
「……あたし……あたしもSランク冒険者になりたかった」
レイニーが呟いた。
「……パパとママが病気になったの。でもあたしの家、貧しくってさ。あたしが治療代を稼がなきゃならないから、実入りのいい冒険者をやろうって決めたんだ。でもあたし、才能ないみたいでさ。ずっとDランク」
冒険者としての才能。
それはどんな要素で決まるのだろうか。
身体能力か。闘争における閃きか。
それともスキルの有無。あるいは強弱か。
有能な家庭教師や塾講師の存在か。
ヒステリーを起こさず現実を見つめる両親の存在か。
「……あたし、Dランクの中でも鈍臭い方でさ。他の冒険者とあんまりパーティー組んでもらえなくて。始めの頃は組んでくれる人もいたけど……あたし足引っ張ってばかりでさ。……愛想つかされちゃった」
後ろで鼻をすする音がする。
背後の声は、絞り出すような声だった。
「……当たり前だよね」
「何がだ」
「あたしはゴンザレスを見捨てた」
「過酷な自然環境の中で遭難者が出た場合、無理に探さないのは賢明な判断だ。でなければ二次災害にならないとも限らない」
「ゴンザレスはあたしにパーティー組もうって言ってくれた。仲間外れのあたしに。声をかけてくれたんだよ。あたしはそれを裏切るんだ。あたしはそんな女の子なんだよ」
俺は少し考えてから言った。
「自分を責めるのはよせ。こんな商売だ。上手くいかないことだってある」
「……ロスにも上手くいかない時があったの?」
「上手くいったことなんて一度もない」
「嘘。ドラゴンを一撃で倒したのに」
「ただの運だ。あの時エルフが乱入していなかったら、2度目のブレスで死んでいた」
背後の返事はない。
俺は続けて言った。
「君はまだ若い。若い頃の評価なんてあてにならない。時間がたてば、誰も知らない自分の価値に気づくこともある」
「……ロス。ラリアちゃんをどうするの?」
若者に説教すると嫌がられるというのは本当らしい。
特に女の子は、中年男の人生訓なんかより可愛いコアラの話題の方がお気に召すのだろう。
「あの子さ……ゴースラントに帰っても独りぼっちだよ。ご両親も亡くなって……。でも誰かが、君がそばにいれば……」
俺は後ろに手をあげて遮った。
前方のカーブの向こうから物音が聞こえてくる。
レイニーもそれに気づいたようだ。
「戦闘の音だ……まだ生きてる人がいたんだ!」




