第224話 メモリーブレイカー
目の前にヌルチート。痙攣してはいるが、この召喚獣が消えていないということはまだ生きているということだ。一瞬手に持った剣でひと思いに突き刺そうかと思ったが……。
思い直して首根っこを掴み、座り込んでいる賞金稼ぎのもとへいく。
「これは君のか?」
ヌルチートを見せつける。
「げえっ! ロス君それ……⁉︎」
「そこの木箱の陰でひっくり返っていた。なあ君、これは君の召喚獣か?」
パンジャンドラムとウォッチタワーはさすがに血相を変えていたが、いったんそれは置いておいて賞金稼ぎに詰め寄る。
賞金稼ぎの方ではぼんやりとヤモリを見上げていたが、
「んああ、そうだ……」
と答えた。
「あの……それ、何ですか……?」
そう尋ねてきたのはアールフォーさん。俺はそれには答えずに、さらに賞金稼ぎに訊いた。
「どこで手に入れた? 何のためにこれを持ってる」
「え……人にもらったんだ……」
「誰だ。いつ」
「えっと……昨日の夜だよ……くれたのは……女だった」
「どんな女だ」
「……あんたみたいな黒い帽子をかぶった女……」
視界の端で、パンジャンドラムとウォッチタワーが俺を見ているのがわかった。左腕のラリアも。
「どうしてこれを受け取ったんだろう? なぜこれが必要だった? 君らは賞金首を追っていたはずだろう」
「その女が言ったんだ、たぶんこれがなければ逃げられるって……」
「誰を追ってた?」
「こいつさ」
賞金稼ぎは懐から紙を取り出した。
それは賞金首の似顔絵が描かれた手配書だった。
受け取って、顔を見てみる。
「商人さんです……!」
ラリアの呟きのとおり、その顔はタイバーンで出会った奴隷商人だった。
賞金稼ぎに尋ねた。
「この男を捕まえるのにヤモリがいると言われたのか?」
「いや……そいつに凄腕の護衛がついてるはず、護衛を味方に引き入れるためにはその召喚獣がいるって言われたよ……」
「味方に……?」
「ああ……それがあれば、護衛とは友だちになれるって」
俺は1度、パンジャンドラムを振り返る。ウォッチタワーと一緒に眉をしかめていた。賞金稼ぎに向き直り、
「何人……いや、何匹いる? 君は1人じゃないはずだろう? 賞金稼ぎ全員に配られたのか?」
「えっと……俺らは5人。たしかに5匹もらった」
「衛兵はどうだ? 逮捕に向かったと聞いた」
「ああ……どうだろう? わからねえ。たぶん違うんじゃないのか? 俺らは夜にもらったって言っても、夜が明ける少し前ぐらいだった。それで、首はアンダードッグ区にいるって教えられて。俺ら仲間は日の出の直前に押しかけようって決めてここへきて……」
そのあとここでブッ倒れていたということか。
「君は見たか? その、賞金首の護衛」
「ああ。女の子だったよ」
「女の子?」
「13か、14歳ぐらいの……ダークエルフ? っていうのか? 耳が長くて、肌が黒い……」
賞金稼ぎはアールフォーさんの方を見つつそう言って……俺の方を振り返り、
「そ、それでよ! そのダークエルフ、転生者だっていうんだぜ! めちゃくちゃ強いんだが、でもそのヤモリのおかげで追い詰められたんだ! けど……」
「何があった?」
「わからねえ……アパートの1室に隠れてたから踏み込んで、ここまで追いかけてきたんだけど……」
何かがあって、ここで倒されたということだろうか。賞金稼ぎはうつむいて、首を振りながら……小声で呟いた。
「……でも何で俺……あんなガキに発情してたんだろ……?」
アールフォーさんが俺と俺の手にあるヌルチートを眉根を寄せて見ていた。1度アールフォーさんと共に賞金稼ぎから離れ、彼女に説明することにした。
「ロスさん、あの……」
「聞いて欲しい。このヤモリ、ヌルチートという召喚獣なんだが、俺たちのような転生者のスキルを封じる力を持っている」
「えっ……⁉︎」
「俺たちはみんなヌルチートに襲われたことがある。この間話したアレクシスもそうだ。それで、言いにくいんだが……このヌルチートに取り憑かれた人間は、相手が転生者だとわかると欲情して……」
「えっ、えっ」
「襲いかかってくる」
アールフォーさんは口元に手を当て、目を丸くする。
「え、今……あの人、ダークエルフの女の子って言いませんでしたか⁉︎」
「ああ。アレクシスも男に襲われていた」
「た、たいへん……! その、ヌル何とかは他に……」
「残り4匹だな。わかっているだけなら、だが」
「で、でも……その子が転生者と知られちゃってるなら……!」
アールフォーさんは賞金稼ぎのもとへ走り寄ると、
《アールフォーさんは無詠唱のスキルを発動しています。メモリーブレイカー》
彼の頭を両手で鷲掴みして、ぐわんぐわんと振り回し始めた。しばらくすると賞金稼ぎは、
「おげろろろろろろ!!!!!」
とゲロを吐いて地面に突っ伏した。気絶したらしい。
「記憶を消去する魔法をかけました! これでこの人は今日あったことを忘れましたよ! そのダークエルフの女の子が転生者だってことも……!」
「うわ……」パンジャンドラムが言った。「ハードだね」
「だって、そんな怖い召喚獣がいるなら女性が危険です! 知られないようにしなきゃ……」
まあもっともな意見だった。
今まで我々は俺たちが転生者だと知った人物を放置してきたし、これまでに出会った人々は不思議と転生者であることを口外しない人物ばかりで助かってはいた。
だがアールフォーさんのような美しい女性には脅威だろう。
特にアレクシスのように美貌だけでなく身分や財力もある女性なら、それを我が物にできる力を持つヌルチートの存在が知られれば、悪用したがる男が出ないとも言い切れない。
「何もそこまでしなくても……ヌルチートが取れたらみんなその後はオレたちのことほっといてくれてたよ……?」
「いや、パンジャンドラム。俺が初めて襲われたヌルチートは、転生者を捕まえる目的で製造されていた。ヌルチートに取り憑かれる前から彼女たちには転生者を捕まえる意図があった」
「うーん……」
ウォッチタワーが言った。
「ロッさん。それはそれとしてどうする? 何だかよくわからねえけどよ、転生者の護衛がついてるってことだろ、ロッさんの知り合いのビジネスマンに。しかも賞金首……おまけにこの先にまたいるぜ、ヌルチートが」
俺は賞金稼ぎが倒れていた路地の先へ目をやる。おそらくこの先へ逃げていったのだろう。
「それに!」アールフォーさんが言った。「ダークエルフだそうです……!」
ワルブール伯に自白魔法への呪術トラップを掛けた可能性があるのはダークエルフ。そのダークエルフがアンダードッグ区にいる。
エンシェントドラゴンに、奴隷商人。ダークエルフの転生者。ワルブール。
それに……魔女。辻褄を合わせるには点をつなぐ線がまだはっきりしないが。
「いこう。転生者とは合流しなきゃあな」
《ザ・マッスルのスキルが発動しました》
俺はヌルチートを壁に叩きつけて消滅させると、気絶している賞金稼ぎを叩き起こした。橋へ避難するよう言って追い払う。それから路地の向こうへ、みなと共に進むことにした。
パンジャンドラムがヨロヨロと歩き去っていく賞金稼ぎの背中を振り返りながら呟いた。
「……あいつ。そもそも何でここに倒れてたんだろ。ヌルチートも死んでなかったし……?」
俺は昼の割に暗い辺りの景色を気にしつつ歩みを進めた。




