第223話 アンダードッグロックダウン
川向こうのアンダードッグ区の手前では、橋に盾を持った衛兵たちが集結していて封鎖の構えを敷いていた。
橋の反対側からはアンダードッグ区の住民たちが大挙して押し寄せてきていて、怒号を飛ばしながら衛兵と衝突している。
俺とラリア、パンジャンドラム、ウォッチタワー。そしてアールフォーさんとグスタフは、ホッグスが用意した馬車とゴーストバギーに乗ってその修羅場に到着した。
ホッグスが馬車を降り、橋のたもとに設営されているテントへ走っていく。そこで赤い羽根のついた兜をかぶっている鎧の男と何か話していたが、2人でこちらへ戻ってきた。
「ロス、こちらは衛兵隊長殿である。ここの指揮を執っておられる」
「ロス・アラモスさんですね? エンシェントドラゴンを退治したという……ご協力感謝します」
俺は尋ねた。
「どういう状況なんだろう? 俺たちは具体的に何をすればいいんだ? ドラゴンの姿は見えないと聞いたが」
「これまでの情報を総合すると、衛兵が総勢50名アンダードッグ区の中に向かい、うち18名が戻ってきました。ですが最初に立ち入った20名と、12名……総勢32名がまだ区の中で倒れているようです」
「助けには……」
「それが見てのとおり……」
衛兵隊長は橋の住民たちを指差し、
「向こうからくる住民たちで橋が塞がっております。他にもある橋でも同じ調子だそうで。パニックになっていてドラゴンが出たの一点張りで、下がれと言っても下がらないのです。救出隊の送りようもなく……」
赤い羽根の彼は、上層部からはとにかく橋を封鎖して、アンダードッグの流入を防げとしか命令がきていない、そのため仲間を助けにいけないとこぼした。
橋を見やれば、群がるアンダードッグ民と、それを棒でつついている衛兵たちでごった返している。ワアワアという喧騒が辺りを支配していた。
「ロス」ホッグスが言った。「中に入った衛兵のこともあるが、エンシェントドラゴンのことも問題である。一刻も早く原因を突き止めなければならん」
「まずはアンダードッグ民を」俺は言った。「フリー地区のどこかに避難させたらいいのでは? その上で橋を通って……」
衛兵隊長が顔をしかめた。
ホッグスもその顔をチラリと横目に見つつ、
「フリー地区の区長が許可を出さないのである。フリー地区にやってきたら後悔することになると……。たぶんどさくさにまぎれた略奪を恐れとるのである」
橋を振り返った。アンダードッグの獣人たちは、最前列の衛兵の盾を蹴りつけたりしているし、はたまた投石をしている者もある。それぞれ奇声をあげながらだ。
衛兵隊長が言った。
「まるで動物だ……」
ホッグスは一瞬目を伏せたがすぐに顔を上げ、
「ロス。頼めるだろうか? 中で何が起こっているのか確かめて欲しい……」
俺は他の転生者を見やった。
パンジャンドラムとウォッチタワーは肩をすくめた。
アールフォーさんが衛兵隊長に言った。
「あの、中でまだ人が倒れてるんですよね⁉︎」
「えっ? は、はい、しかも賞金首の捕縛ということで、賞金目当ての賞金稼ぎも中に入っていて、そいつらも倒れているのを見たという通報も……」
「たいへん! ロスさんいきましょう! もし亡くなってたりしたら……!」
グスタフが彼女の腕を掴んだ。
「よしなよアールフォー、危ないよ」
「でもグスタフさん、人が……」
「ヒューマンのことはヒューマンがやるさ。あんまり他所のことに首を突っ込まない方がいい」
「グスタフさん、私なら大丈夫だから……」
「君は女の子じゃないか。しかもまだ20年しか生きていない子供だ」
俺は、先ほどの宿での2人の様子を思い浮かべた。いったいグスタフ氏はその子供に何をしていたのだろうか。
「大丈夫、倒れてる人を連れてくるだけよ」
「でもドラゴンが……」
「だからじゃない。ドラゴンなら私だってやっつけられる。お願い、いいでしょ……?」
グスタフは眉根を寄せたが、ゆっくりと腕を離す。
「ロスさん、いきましょう!」
《アールフォーはウルトラスプリントのスキルを発動しています》
言うが早いか彼女は橋へと走り出し、衛兵やアンダードッグ民の肩や頭を踏みつけ跳び越え、橋の向こう側へ向かい始めた。
「ああもう、お転婆なんだから……」
ボヤくグスタフ。
俺は衛兵隊長に、アンダードッグ区の中でどの辺りに人が倒れているのか尋ねた。隊長はテントの中から地図を持ってきて、赤い丸で囲っている辺りが目撃情報のあった場所だと指し示した。
それを受け取り、俺たちもアールフォーさんと同様に人々の頭を越えて橋向こうへ向かう。
「ロス、気をつけろよ!」
背中にホッグスの声がぶつかった。
人垣を乗り越えて足を踏み入れたアンダードッグ区。
ボロけてくすんだ壁のスラム街がそこにある。みんなフリー地区へ逃げようとしているのか、ほぼ無人。
と言っても、路傍の壁に座り込んだまま動かない者もいた。
以前見かけた猿の獣人だった。アールフォーさんがそちらへ駆け寄った。
「あの……ここにいると危険では? みんなと一緒に逃げないんですか?」
猿男は呆けた顔でアールフォーさんを見上げたが、何も言わない。彼女に再度問いかけられ、猿男は手を振った。
「関係ねえだろ……どっかいけよ……」
「でも、人が倒れる事件が起こってるんです。危ないですよ」
「危ない……」
猿男は鼻で笑って、
「だからいいのさ。ドラゴンだか何だか知らねえが、どうでもいい。いっそひと思いに殺して欲しいね……」
「え……?」
「生きてたっていいことなんぞありゃしねえ……」
猿男はそのまま、道端で横になった。
それを見下ろすアールフォーさんのそばへいき、
「衛兵を探しにいこう」
俺はそう言った。彼女と共にパンジャンドラムたちのもとへいき地図を広げる。
「赤丸がついているのは街の中心だな」
「そこに賞金首が逃げ込んでるってことかな?」
「ろくでなしが身を隠すにはうってつけの街みてえだな」
「そんなもんかなあ? 賞金首なら通報してもお金もらえるんじゃん? 貧しい人とか食いつきそうな気もするけど」
パンジャンドラムの疑問はもっとものようだった。ひょっとしたら、最初の通報自体もそうやって行なわれたのかも知れない。
いずれにせよ俺は地図を見ながら、
「とりあえずここへいってみよう」
そう言った。
みんながうなずいたのを確認し、そちらへ歩き出す。猿男を通り越して。
ウォッチタワーが呟いた。
「鬼みてえな賞金首が出るか、竜っつー蛇が出るか……」
しばらく大通りを進み、丁字路を右へ曲がった。それから建物の間の路地を左に入る。石造りの建物は路地に影を落とし暗がりを作っている。
「…………暗くないか?」
歩きながら思わず呟いていた。
「何が?」
応えたのはパンジャンドラム。
「辺りの景色だ」
周囲を見回す。両側は建物の壁。前方には広場があるようで、そこに昼の陽光が注いでいる。
だが……。
「暗く見える」
「そう? 影だからじゃない?」
「……そうかもな」
先へ進んで広場に出る。中央には壊れて水の出ない噴水があって、無人だった。
閑散としている。俺は空を見上げた。青空に小さく雲が流れている。
妙にくすんで見えた。
目をこすってもう1度見上げたが、やはり色味が薄いというか、暗く見えるような気がする。
そうやって空を見ている時、アールフォーさんが叫んだ。
「あそこ! 誰か倒れてますよ!」
そちらに目をやると、噴水の向こうの路地に1人、男が倒れているのが目に入った。
アールフォーさんとウォッチタワーが先に駆け出し、俺とパンジャンドラムも続く。
「大丈夫ですか⁉︎」
「う、うーん……」
男には意識があった。アールフォーさんが声をかけ、ウォッチタワーが抱き起こそうとしているのを俺はそばで眺める。
男は黒い革のコートを着ていて、そのコートには胸や肩の辺りに金属のプレートがついている。
補強のためだろうか。腰には剣の鞘。中身の方は路地のひび割れた石畳に転がっている。
衛兵ではない。では賞金稼ぎか。
「おいあんちゃん、何があったんだい?」
問いかけるウォッチタワーに、男は頭を振りながら、
「えっと……たしか賞金首を追っかけてて……それでぇ……どうしたんだっけ?」
頭に手を当て考え込む男。
俺は拾ってやろうと思い、転がっている剣に近づいた。ちょうどしゃがんだところで、後ろから声が聞こえる。
「2人、追っかけてたんだ……ここまで追い詰めた……それで、急に目の前が真っ暗んなって……?」
そんな声を聞きながら、剣に手を伸ばす。
目の前に木箱が3つ、積まれているのが目に入った。
壁際の地面に2箱。その上に1箱。下の2箱は間が少し離れている。
ふと。その隙間で何かが赤く光ったような気がした。
剣を手に取ってから、しゃがんだまま木箱に近寄る。
隙間を覗くと、その赤い光は目であることがわかった。
2つ。
それは、木箱の間でひっくり返っているヌルチートだった。




