第222話 緊急事態 ※
本来この章での出番は終わりだったはずなのに助平な読者のために残業を余儀なくされたブラック軍隊所属のホッグス少佐
翌日のことだった。
ラリアがパンジャンドラムやウォッチタワーと宿の中庭で相撲を取っていて、俺がそれを眺めていて、もうそろそろ昼飯を何にするか話し合おうとしていた頃だった。
中庭は宿のロビーに面していて、掃き出し窓の向こうにカウンターが見えるのだが、そこで2人の男が受付の従業員に何か話しかけている。
従業員はこちらの方を見ながら指差している。男2人もこちらを見て、歩いてきた。
黒づくめ(俺が言うのも何だが)の2人だった。
彼らは中庭までやってきて、ベンチに座っている俺のそばまでくると、懐から金色の小さな盾のようなバッジのついてる、手帳サイズの革を見せてきた。
2人は帝国捜査局の捜査官だと名乗った。ワルブールへの自白魔法にかけられた呪術トラップの件について、エルフの2人に話を聞きたいと言う。
俺は立ち上がり、2人をアールフォーさんの部屋まで案内した。
扉をノックする。
「2人とも、いるか? ロスだ。今帝国捜査局の人がきていて……」
中から、何かドタバタとする音が聞こえた。しばらくすると扉が開けられた。少しだけ。顔をのぞかせたのはグスタフだった。
「や、やあおはよう。な、何?」
グスタフは息を荒げ、なぜか汗をかいていた。扉の隙間から見える彼は、上半身に何も着ていなかった。グスタフの体が部屋の奥の様子を隠している。
帝国捜査局の捜査官がバッジを見せて身分を名乗った。グスタフは少し後ろを振り向いて、それから扉を開け放した。
扉の向こうにはアールフォーさんが立っていた。
……エルフという者はかなり色白であるのは見てわかるのだが、今日のアールフォーさんの肌はなぜか風呂上がりのようにピンクがかっていた。顔もどことなく赤い。俺はエルフ2人が、今日の朝から部屋に閉じこもって俺たちに顔を見せていなかったことを何となく思い出す。
捜査官の1人がワルブールの件でお話をうかがいたいと話すのを、俺は少し離れたところで聞いていた。
今すぐというわけではなく、捜査官はたんに今日の予定が空いているかどうかを確認するためにきたようだった。もし空いているなら、すぐにでも馬車を手配するので捜査局まできて欲しいと。
そんなような会話が交わされるなか、廊下の突き当たりにある窓から外の音が聞こえている。
妙に騒がしかった。
俺はそちらへいって、窓の外を眺めてみる。ちょうど向かいの冒険者ギルドと賞金稼ぎギルドが見えた。
冒険者ギルドの建物の前に馬車が2台ほど止まっていて、建物からも複数の人がバタバタと出入りしている。
統一性のない武装をした冒険者だけではない。街の衛兵もいた。
それどころか、白い鎧でフル装備の騎士風の者までいる。よく見れば騎士が乗ってきたものか道端に繋がれた馬もいる。
隣りの賞金稼ぎギルドでも同様の出入りが見られた。
全員引きつった顔をしていて、騎士風の者は怒号を飛ばしている。
ふと、こちら側の通り、宿の前に馬車が止まった。
中から降りてきたのはホッグス少佐だった。彼女は小走りに宿の中に入っていく。
背後から階段を上る気ぜわしい足音がしたかと思うと、
「ロス! いてくれたか!」
ホッグスの声がした。
俺は彼女の方へ向かった。向こうでもこちらへくるものだから、ちょうどエルフの部屋の前にいた捜査官をすり抜けたところで鉢合わせ。
「どうしたんだろう?」
「すまん、念のため貴君らの力を借りたい」
「何があった?」
「その……」
ホッグスは1度捜査官や、その向こうのエルフ2人をチラリと見たあと、
「アンダードッグ区でエンシェントドラゴンが出たかも知れないという通報があった……!」
げっ、と声を上げたのは捜査官。
「その制服、軍の方ですね? 本当ですかその話⁉︎」
「貴君らは……?」
「て、帝国捜査局の捜査官です」
「ああ、ワルブール伯の件で……? いやそれどころではありません! アンダードッグ区が大騒ぎで……」
「ドドッド、ドラゴン⁉︎」
「それはまだ……」
「少佐」俺は口を挟んだ。「わかるように説明してくれ」
ホッグスは咳払いをするとこちらへ向き直った。
「今朝方のことだが、アンダードッグ区で手配中の賞金首の姿が見かけられたと衛兵署に通報があった。それで10数名の衛兵が逮捕に向かったのであるが、その衛兵たちが倒れていると、アンダードッグの住人からさらに通報があったのだ。それでまた逮捕チームを送ったのだが……また帰ってこない」
「それで?」
「それからさらに住民が、街のみんながバタバタ倒れていく、何とかしてくれと通報してきて……」
「原因は?」
「それがわからんのである。ただ倒れていくと。衛兵もそれで帰ってこないと言うのだ」
「だから衛兵じゃなくて軍の君が?」
「厳密に言えばそうではない。住民の中で、エンシェントドラゴンが目覚めたと喚き散らす者が出たのである。それで他の住民までパニックになり、アンダードッグ区が大混乱になっているのだ」
「何で下層民がその話を知っているんだろう? あれは貴族のゴタゴタだから情報は上で止まっていそうだが……」
「もちろんである。だがなぜかみんな知っていたのだ。だから今アンダードッグ区の住民がフリー地区になだれ込もうとしている。衛兵はおろか軍まで駆り出されて、混乱を治めようとしているのである。そのため……」
ホッグスはさらに言った。
「緊急事態宣言が発令された」
中庭で遊んでいたパンジャンドラムたちが階段から顔を見せた。こちらへやってくると、
「で、オレたちはどうすればいいの? ステイホーム?」
「まさかあのコロシアムの興行とかもやめねえといけねえのかい……大変だなあ」
それに対してホッグスが何か答えるより早く、俺から尋ねる。
「それでドラゴンは? 出たのか?」
「それが、まだ姿は見えないのである。空軍がグリフォン部隊を飛ばして上空から探索しとるが、ドラゴンらしきものは影も形もないと……」
それでも、とホッグスは続けた。
「とにかく住民たちが、人が倒れていくのはドラゴンの呪いに違いないと騒いでいて収拾がつかん。それでアンダードッグ区に地上から調査部隊を送ることになった。ということでなのであるが……」
ホッグスは俺たちを見回して、言った。
「力を貸してくれないか?」




