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第211話 掲示板の顔


 ヒゲヅーラはやや視線を上げて俺の方を見ていた。逡巡しているのかしばらくそうしていたが、やがて話し始めた。


「……このオルタネティカでは人間の労働者に代わる労働力として、合成魔獣の研究が行なわれている。アリー家、主にアレックスが提案したからだ。まだあやつが乳も膨らまぬ子供だった頃のことだ。


「あやつは皇太子殿下の優秀な家庭教師として知られていた。世話になっておるということもあったのか、皇帝陛下は気前よくその意見を取り入れ、合魔研が設立された。


「ここ数年のことだ。話に聞けば知識が蓄積したからということだそうだが、あやつは人工の脳の開発を始めた。


「何でも人間よりはるかに高い知能を持ち、難解な思考ができるとのこと。あやつはそれを帝国のあらゆる面に用いて、国力を高めようと陛下に話したそうだ」


 


 執事が戻ってきた。お茶を運んできたのだ。テーブルに置いて立ち去るのを確認したあと、ヒゲヅーラは言った。


「気味の悪いことだ」


 お茶をひと口飲んで、


「あやつの製造した魔獣はすでに帝都の幾つかの場所、労働に運用されている」

「魔法銃のための魔力供給獣を見た」

「ああそれもだ。知っているか? それがために帝都の中では、合成魔獣に仕事を奪われ路頭に迷っている者もいる」


 俺は言った。


「……アンダードッグ区の住人か」

「そのとおりだ! あの冷血小娘、己が皇帝陛下と皇太子殿下の覚えがよいのをよいことに、帝都の雇用をハチャメチャにしておる! そこで得られた利益は全てアリー家のもの。あやつ、その金にモノを言わせて第2騎士団まであたかも自分の物のように扱っておるのだ!」


 ヒゲヅーラはこうも言った。こんなことが許せるか。稼いだ金を、三賢者の魔女の研究などというお遊びに浪費している。


「しかもだ! アレックスは国境の守りも人工脳と合成魔獣に任せ、辺境防衛にかかる費用を抑えるべきだとまでのたまいおった!」


 俺はお茶をすすりながら、隣りに座っているラリアを横目に見た。

 退屈なのか、寝ている。パンジャンドラムは庭に舞う蝶を目で追っていた。


 なるほど。

 ワルブールがアレックスを目の敵にしている理由が何となく掴めた。要は自分の権益がおびやかされていたというわけか。

 辺境伯の仕事がどんなものかはよく知らないが、有力な貴族でなければ選ばれない役職だとは聞いている。土地を治めるということはそこで発生する利益は辺境伯の物となるはずだが、


「アレックス嬢は辺境伯をクビにしろと言っていたのか?」

「そういうことだ……! 帝国の防衛を貴族個人個人の才覚に頼っても仕方がない、軍を一本化し運用をスムーズにすべきだとな。どこまでも生意気な小娘だ!」


 それだけではない、と彼は続ける。


「あやつはな、ゆくゆくは帝都の衛兵も、全て人工の魔獣に置き換えるべきとまで言っている。あまつさえ……」


 歯ぎしりの音。


「奴は、あの小娘は……政治に関わる貴族の半分も階級を落とし、人工頭脳と入れ替えようなどと……皇太子殿下に吹き込んでいるらしいという噂まである……!」


 俺はお茶を飲みながら考えた。

 何のことはない。利益闘争だった。ヒゲヅーラは特殊な親友のワルブールのためだけでなく、階級の権益を守りたいのだ。人工の政治家とやらは将来的な話のようだが、ひょっとしたらこのヒゲヅーラは、今現在においても人材斡旋か何かのビジネスをやっていて、それでアレックスが気に入らないのかも知れない。

 実際この男がそんなビジネスをやっているかは知らない。やっていないかも知れない。どっちでもいい。


 俺はカップをソーサーに置いた。


「悪いが、あんたが知りたそうな話は俺も知らない」


 いかにも落胆しましたといった表情を見せたヒゲヅーラ。俺は続けた。


「だが2つだけ言っておこう」

「な、何だ?」

「そうカリカリすることはない。有罪だろうと無罪だろうと、どのみちアレックスは帝都からいなくなるだろう」

「何⁉︎ どういう意味だ?」

「それは言えないな。それともう1つ」


 席を立ち上がりラリアを左腕に掴まらせる。

 それから言った。


「ワルブールは若い女性を愛人にしようとしていたよ。趣味の幅の広い男のようだ。お茶をご馳走さま。もういくよ」


 呆然とした顔で俺を見上げるヒゲヅーラを尻目に、俺はパンジャンドラムと庭を横切る。

 後ろから、ヒゲヅーラの号泣と、あいつよくももてあそんだな、私だけが全てだと言ったのに、あれは嘘だったんだな、などという叫びが聞こえていたが、やがてそれも遠ざかっていった。





 冒険者ギルドの向かいの宿屋に戻ったが、ハルはまだ到着していないとウォッチタワーから聞かされた。


 ウォッチタワーは妙にブスッとした顔だったので何かあったのかと尋ねると、俺たちがいない間ツェモイ団長が訪ねてきたのだという。


 アレクシスはややピリピリしているものの、おおむね元気だということを伝えにきたそうだ。

 アレクシスが転生者であることは、昨日第2騎士団が城の塔まで呼ばれた時に、俺からツェモイへ説明しておいた。そういうことならばと、ツェモイは自分からロス・アラモス一行が何者であるのか話しておくと言ってくれたものだ。


 宿にきたツェモイは、


『ロス殿たちは信用できる人たちだと説明はしたのだが、とにかく今のアレックス様は男を近づけたくない心境だそうで……』


 と言ったそうだ。身の潔白が証明されるまでは北の砦からは1歩も出ないつもりだとのこと。

 まだ審問中の被告であるアレクシスを武力でかばうツェモイが出歩いていられるのは、皇帝の許可を得てのことなのだそうだ。それでツェモイはアレックスに頼まれて、アリー家の両親の様子を見にきたついでにウォッチタワーのもとへ訪れたとのこと。


 それはわかったけどどうしてそんな機嫌悪そうなの、とパンジャンドラムが尋ねると、ウォッチタワーはこんな話をした。


 現世の世界、日本に帰る方法が見つかるかも知れない、そのために転生者がオルタネティカに集まってきている、それを一応アレクシスに伝えておいてくれと、ツェモイに頼んだそうだ。


「そしたらよ……あのクソアマ、こう言いやがったのよ……」



『何だと! ではもうおまえと会えないのか⁉︎ じゃあ最後に1発ヤらせてくれ! 何だったら今日はおまえが私をムチで叩いてもいいぞ! さあ!』



 ……だ、そうだ。

 それでどうしたのかと俺は尋ねた。頭にゲンコツして追い払ったとのこと。




 日が暮れてもハルは到着しなかった。

 俺たちはグスタフを一時除け者にしてから今後のことを話し合った。


 ゴースラントへ向かうに当たって、アレクシスをどうするかだ。

 結局、捜査と裁判がどうなるのか見守るしかないという結論に至った。最悪の場合アレクシスを無理やり連れ出しゴースラントへ渡る。パンジャンドラムがそう言った時、アールフォーさんは驚いていたが。


 あまりに乱暴な発想のためびっくりしたのかも知れない。

 ただそれとは別に、アールフォーさんがその話し合いの間言葉少なにしていたのが印象に残った。

 俺たちが話している間、ややうつむいて話を聞いていて、特に口を挟むわけでもなかったが、どこかしら心ここにあらずといった風情だった。


 話がまとまり俺たちはそれぞれの部屋に戻った。

 俺とラリアが同室。

 ラリアはまだ眠そうにしてはいなかった。


 俺は荷物から『やさしいチレムソー語』の教科書を取り出した。


「ラリア。勉強しよう」


 部屋の隅に置かれた小机に向かったラリア。俺はその横で、備え付けの羽ペンを使ってお手本を見せようとした。


「か、みがない」


 見回してみると、小机にペンはあっても紙がない。


「何でマスター区切ったですか」

「不吉な言葉だからだ」


 俺は、スピットファイアに渡されたバインダーの存在を思い出した。余った紙でもないかと思ったのだ。バインダーはゴーストバギーが変身したアルマジロ型のリュックサックに入れてある。


 取り出して開いてみると、


「む……」


 新しい文字が浮かび上がっていた。以前も、バインダーにはスピットファイアが送っているらしきメッセージが浮かび上がってきたことがあったが……。


『もう1人の転生者を見失いました。もう少し待って』


 そう書いてある。

 バインダーには余りの紙が1枚あった。とりあえずそれを外して机に置き、チレムソー語の文字を書くところをラリアに見せてやる。

 次にラリアにペンを持たせ、同じように書かせてみた。

 ラリア、と。最初は名前から始めよう。


「どうですかマスター? ボク上手ですか?」

「最初にしては上出来だな」

「やったあ!」


 気をよくしたのか一心不乱に自分の名を書き続けるラリア。


 その様を眺めながら俺は考えていた。

 文字の読み書きなど覚えさせてどうするのかと。


 ゴースラント行きはラリアを故郷へ帰すためという名目で始まったが、そこにたどり着けば俺は、日本へ帰ることになるのだろう。

 ラリアはここに残される。

 両親は死んだと聞いた。

 ラリアは10歳ぐらいの容姿をしている。この歳になっても読み書きができないということは、必要ないコミュニティなのかも知れない。


 家族もいないそんな場所に1人残して、いったい何になるのだろうか。

 俺はラリアに文字など教えて……教えようと思い立ったことで、何をどうしたいのだろうか。


 ラリアは文字を書きながら、時折目をこするようになった。


「ここまでにしておこう。長々やりすぎても効率が落ちるものだ」


 ペンを置かせ、ベッドに入って寝るように言った。

 素直に従ったラリアがベッドの中で瞳を閉じるのを見届けたあと、俺は部屋の外に出た。


 廊下ではパンジャンドラムが歩いていた。


「どうしたんだろう?」

「トイレにいってた。ロス君は?」

「外の空気を吸ってくる……そうだ。スピットファイアに貰ったバインダーに連絡があった」

「なんて?」

「もう1人の転生者を探しているので少し時間がかかるそうだ。ウォッチタワーにもそう伝えておいてくれ」


 パンジャンドラムと別れ廊下を進む。突き当たりは左に曲がる角があり、その先が階段だ。

 だが突き当たり部分はバルコニーになっていて、宿の中庭が見下ろせる構造。そのバルコニーに誰かがいる。


 アールフォーさんとグスタフだった。

 夜空を見上げて何か語り合っていた。何と言っているのかは聞こえなかったが、時折見つめ合い、微笑み合ったりしているのが見えた。

 互いに手は結ばれていた。

 俺はこちらに背を向けている彼女たちに気づかれないよう足音を殺し、階段を下りる。


 宿の外の通りに出て空を見上げた。

 満月だった。2人はあれを見ていたのか。コートのポケットからタバコと、ライター付きの煙吹きを取り出した。


 火をつけた瞬間、今いるフリー地区は食べ歩きが禁止されていることを思い出した。歩きタバコも禁止だろうか? まあいい。怒られたら消せばいい。辺りを見回したが衛兵はおろか人通りもない。


 オレンジの街灯の光がぼんやりと街を照らしているだけだった。

 吐き出した煙がそのオレンジに照らされたり、闇に消えたりするのを見ていた。

 もう1度吸い、吐き出し、


《パウンドフォーパウンドのスキルを発動しました》


 その煙を拳で突き破る。

 辺りは静寂だった。


「帰る…………か」


 長く独りぼっちでいると独り言が増えると聞くが、今の俺は同じ境遇の仲間に囲まれていながら独りで反芻していた。


 事あるごとに読み返していた小説の主人公。そいつは学生時代ボクシングをやっていたという設定があった。

 俺は部活などやったこともないが、華麗なフットワークと自在な体捌きを操るのはどんな気分かと思っていた。


 現世に戻れば違うことを思うのだろうか? どんな気分かではなく、どんな気分だったかと。スキルを使うとは、どうやるのだったかと。


「……ヌルチートに会えばいつでも味わえるな」


 独りごちて、通りの向こうに目をやった。

 向かいには冒険者ギルドがある。

 その左隣りの建物。


 看板に『賞金稼ぎギルド』と書いてある。

 そう言えばサッカレー王国で賞金稼ぎとして登録したあと、特に用もないのでいくこともなかった。チレムソー教圏の国ならどこにでもあるとは聞いていたが、オルタネティカにもあるようだ。


 建物の壁に、掲示板のような額があるのがここからでも見えた。何となく通りを渡り、掲示板を眺めてみた。


 様々な悪党の似顔絵が描かれた紙が、ガラス板で覆われた掲示板に並んでいた。

 その1枚1枚を、左上から順に見るともなしに見ていく。


 そして、中央寄り右下から先を見ることはなかった。


 そこに貼られた紙に描いてある似顔絵。

 縦長の帽子をかぶり、口髭のある中年の男。

 他の誰よりも懸賞金が高いその顔、見覚えがあった。


 奴隷商人。

 タイバーンでラリアを俺に押しつけた、奴隷商人の顔だった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 不吉な言葉(笑)
[良い点]  奴隷商人、悪い奴なのか。指名手配されているとは。味方が敵になり、敵が味方になる。 集団の中の孤独を感じさせるロス・アラモス。また一人でぶらついている。
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