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第220話 ヒゲヅーラの庭


「しかし、◯×%☆$を使える者がヒューマンのコミュニティに本当にいるのかなあ?」


 建物を出て、俺が道路の馬車の流れを見てゴーストバギーを出現させるスペースができるのを待っていた時、後ろでそんな声が聞こえた。言ったのはグスタフだった。


「でもグスタフさん。そうでなければ、アレクシスさんという女性がドラゴンを使って悪いことをしてるってことになるじゃない」

「だって、実際そうかも知れないよ?」

「そんなことないわよ」

「どうしてそう思う?」

「それは……」


 今日はずいぶん交通量が多かった。次から次へと馬車が走ってくる。中には角の生えた馬や、細身の牛のような生き物もいて、それらが車を引いている。あれも合魔研で製造された合成魔獣なのだろうか。労働用家畜の増産とは大したものだ。


「きっと、その人そんな人じゃないわよ」

「そうかなあ? わからないよ、ヒューマンって野蛮だから。さっきの男たちだってそうだよ。普通いきなり殴ってくる? 喋ってるだけでさ。びっくりしたよ」

「痛かった? ごめんね、私のために……」

「い、いや! 全然⁉︎ あんなのたいしたことないさ。僕は君の護衛なんだからね。あれはただ、まさかヒューマンがあんなに野蛮だなんて予想してなかっただけで油断したんだよ。見た目が僕らに似てるから中身も一緒かと思って」

「あら、ヒューマンだからってそんなに悪く言っちゃダメよ。色んな人がいるわ」

「君は昔からヒューマンをかばうよね。僕らと違って野蛮な奴らなのに」


 スペースはまだできない。俺は後ろを振り返った。グスタフと目が合ったが、彼は視線を逸らした。

 アールフォーさんが「曲がってるわよ」と言って、彼の襟を直してやっていた。


 視線を戻してみてもまだスペースが開かない。


「いっそ徒歩でいくぅ……?」


 パンジャンドラムがそう言った時だった。

 車道のそばに立つ俺たちの前に、豪華な馬車が止まった。

 黒く、シックさもある馬車。人がスペースを求めている時にこれ見よがしに車道を占有するその馬車を眺めていると、馬車の扉が開き初老の男が降りてきた。


 軍の建物に用があるのかと思い俺は道を開けたが、男は立ち止まって俺を見て一礼。そしてこう言った。


「ロス・アラモス様ですね。実は我が主人ヒゲヅーラ伯爵様からあなた様と折り入ってお話をしたいとの申し出がごさいます。よろしければ当家へお立ち寄り願えませんでしょうか?」






 俺は1度、ゴーストバギーでエルフ2人を、冒険者ギルド近くの宿屋まで送り届けた。宿にはウォッチタワーがいたので、ハルは到着したかと尋ねるとまだだと言う。俺はヒゲヅーラという男の家にいってくると伝えてから、案内役の馬車の後ろについてバギーを走らせた。


「何の用なんだろうね、ヒゲヅーラって奴」


 助手席に座るパンジャンドラムがそう言った。

 彼はディフォルメ化したラリアを膝に乗せていた。あまりいい乗車の仕方ではないがまあいい。


「ロス君が言うには、そいつアレクシスさんと仲悪い奴なんだろ? アレクシスさんのことを有罪にしたがってるみたいじゃん?」


 審問会でのヒゲヅーラの姿を思い浮かべる。

 たしかに彼はアレクシスに対して冷笑的だった。

 俺は言った。


「ヤマト皇太子が言うにはそいつはワルブールと『特殊な友情』とやらを育む間柄なんだそうだ」

「何? そのとくしゅなゆーじょーって」

「要はゲイだと言いたかったんだろう」

「マジ⁉︎ おっさん同士のゲイとか想像つかないわ」

「おばさん同士のレズビアンも想像つかないがな」

「でもさ。ワルブールって奴の方には、ホッグス少佐が襲われかけてなかったっけ? そんな風に言ってたよロス君」

「性には色んな趣向がある。色んな奴がいるさ」


 そうこうしているうちにヒゲヅーラの屋敷に着いたが、外観についてあれこれ言う必要はないだろう。


 要はありふれた貴族の大豪邸だ。門の入り口では獣人のラリアやゴブリンのパンジャンドラムについて門番たちや案内役の執事が難色を示していたが、俺がただ無言で突っ立っていると向こうが折れた。


 そういうわけで、俺とラリア、パンジャンドラムは、ヒゲヅーラが待つという庭園に案内された。


 いかめしいヒゲヅーラの割には優雅な庭園だった。

 背の低い生垣の中に、屋根と柱だけの白い小屋がある。

 地球でならガゼボと呼ばれる、西洋風あずま屋、休憩所だ。その屋根には薔薇のような花が絡み付いている。


 その休憩所の下にヒゲヅーラがいて、椅子に座っていた。俺たちがそこへ近づくと、彼は立ち上がって出迎え、中の席につくよううながした。


「ようこそのおいで。私はヒゲヅーラ。伯爵である」


 中央のテーブルを挟んで座った俺たちにヒゲヅーラはまずそう名乗った。


「いったいどんなご用件で?」


 俺が言うと、ヒゲヅーラは執事に席を外すよう言ったあと、テーブルに身を乗り出した。


「ロス・アラモス殿と申されたな。貴殿はたしか、昨日皇帝陛下の寝室において、魔族のスパイと交戦したとか?」

「一応は」

「教えてほしい。何があった? あの寝室で」


 じっと俺の目を見るヒゲヅーラ。

 何があったのかなど話す必要も、つもりもない。ヌルチートの件を話さざるを得なくなるからだ。

 俺は言った。


「審問会での説明のとおりだ。皇帝陛下がヤマト皇太子とアレックス嬢の婚約を破棄したとのことで、皇太子殿下が腹を立てて居室まで乗り込んだ。するとそこにスパイが紛れ込んでいた。それだけだ」


 ヒゲヅーラは髭をしごきながら、


「貴殿はなぜそこにいたのだ? 陛下の居室に入られるのはご家族のみ。貴殿にいたっては外国人の立場……」


 そんな疑問を呈した。

 俺は何と言い訳しようか考えていた。ヒゲヅーラの顔をぼんやりと眺めつつ、だんだん首が何となく左に傾いていくのがわかった。

 先にヒゲヅーラが言った。


「……なるほど! たしかロス殿はエンシェントドラゴンを葬り去ったSランク冒険者と聞き及んでいる。それほどの猛者であれば、魔族の漏らす魔気を感じ取ることもたやすいはず。気配を察知して皇太子殿下と共に陛下をお守りしようとしたわけだな!」


「……そのとおりだ。この俺ロス・アラモスは、悪党は匂いでわかるのさ……」


 うんうんとうなずくヒゲヅーラはさらに言った。


「だが……わからんことがあるのだ。なぜ皇帝陛下はあの時、アリー家の娘を居室へ連れていったのか」

「……………………それは、あれだ。婚約破棄を告げられ動揺していたアレックス嬢を落ち着かせようとしていたと聞いた」


 ヒゲヅーラは髭をしごきつつ、斜め下の方に視線を向けた。そこには別に何もないので、何か考え込んでいるのだろう。

 俺は言った。


「それが何か問題でも?」


 顔を上げたヒゲヅーラはほんの少しの間黙っていたが、やがてこう言った。


「……陛下はアリー家の娘に甘すぎる。昨日の審問会でアレックスは有罪の判決が下ったはず。あの小娘は地下のドラゴンを目覚めさせようとしているのに違いないのに……!」

「ワルブールが自白魔法でそう言ったからか?」

「ああ、そうだ! にも関わらず審問会を開き直し、皇太子殿下はもちろんのこと皇帝陛下までアレックスをかばい出す始末! これでは何のための審問会だったのか……!」


 俺は目の前の偉丈夫に、その自白の信憑性に疑問符が付きつつあることを話そうか考えた。

 だが。


「ワルブールは……自白魔法のせいで廃人になったのだ……! そこまでして引き出した情報をなかったことにしようなど……!」


 ヒゲヅーラの言葉。俺は別のことを言うことにした。


「愚痴を聞いて欲しくて俺をここへ呼んだのか?」

「む、これは失礼した。そうではないのだ。貴殿は今朝の審問会で、あの小娘のことをいけすかない女だと申しておったと思うが……ちと尋ねたいことがある」

「何だろう」

「貴殿は帝都へやってきてから、ずっとアリー家に客人として滞在しておったはず。そこで本当に、あやつが何かあやしげな企みをしていなかったか訊きたいのだ」

「それに関してはもう審問会で言ったはずだが」

「もちろんだ。私が知りたいのは、脳みそのことだ」


 脳みそ……。


「知っておるか? あの小娘が、人工の脳を造ろうとしておること」

「さっき知ったばかりだ」

「む……ということは、アリー家にいる時は聞いておらぬ?」

「ああ……だがそれが?」


 ヒゲヅーラはテーブルに視線を落とした。


「ミスタ・ヒゲヅーラ。訊いてもいいだろうか? その人工の脳とやらは何なんだろう? アレックス嬢が研究に投資しているようだが、何を目的としているものなんだ?」



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― 新着の感想 ―
[良い点]  ヒューマンだからって悪くいわないでね。色んな人がいるから。綺麗だが上滑りしやすい言葉。  経験があながち間違いでもない判断を下す。人間は野蛮だ。これを差別と取るか否か。間違いではない判…
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