第219話 戦慄! ○×%☆$!!! その2
冒険者ギルドのすぐ近くには宿屋があった。
ウォッチタワーがチェックインし、そこでマジノ一行が到着するのを待つことになった。もしも到着した場合、ギルドから使いの者を宿に寄越してくれる手はずでだ。
俺はラリア(寝ている)と共に、アールフォーさんとグスタフを連れて帝国軍省へと向かった。
ゴーストバギーの後部キャンピングカーに、アールフォーさんとグスタフ。
そしてパンジャンドラム。パンジャンドラムはギルド近くの宿屋に残りたがらなかった。
軍省の区画の入り口についてから、ホッグス少佐に会わせてくれるよう掛け合った。
入り口の詰所にいた者の1人が建物に向かった間しばらく待たされたが、やがてホッグスが姿を見せた。
今日もタイトスカートからストッキングに包まれた長い足をのぞかせた姿で、彼女は軍省で働いていた。入り口までやってくると、鉄柵で覆われていないが軍の施設ということになっている建物に俺たちを案内した。
そこは来客用の建物らしい。その応接室で、ホッグスは俺たちをソファに座らせた。
「どうしたロス、今日は大人数で」
「少佐。君はたしかワルブール伯と、昨日捕まえた魔族のスパイの尋問を担当していると聞いた」
向かいのソファに座ったホッグスは、それには答えずアールフォーさんとグスタフに視線を向けた。
「そちらの方々は? ガスンバにいた露出の多いエルフ殿のお知り合いであろうか」
ホッグスの視線は厳しかった。
「いや。そうじゃない。今日知り合ったばかりだ」
「帝国の国民にエルフはいない。であるならロス。今貴君は帝国で起こっている大事件を外国人の前でおおっぴらに喋っていることになるな?」
俺は1度席を立ち、ホッグスを伴い廊下へ出た。部屋の扉を閉め、廊下にも誰もいないか確認する。
「何であるか……」
「少佐。大きな声では言えないんだが……」
「小さな声では聞こえんな」
「女性の方のエルフがいるだろう。彼女は転生者だ」
「ぬぁん⁉︎」
「わかってもらえると思うが、他言は無用で頼む。さっき出会って話していたんだが、ワルブール伯にかけられた自白魔法にトラップが仕掛けられていた可能性が出てきたんだ」
「何であるか、トラップとは?」
「それは本人たちに聞いてくれ。どうもエルフ族に伝わる専門的な話のようで俺にはわからない」
「む」
「くれぐれも言っておくが、男性の方は普通のエルフだ。彼女は彼に出自を秘密にしている。もしもバレたらアレクシスの騒動の二の舞もないとは言えない」
ホッグスは首をかしげた。
そしてアレクシスとはどなたかと俺に尋ねてきた。
考えてみればアレクシスとは、アレックス・アリーという人物の真名。真名は家族以外では呼び合わないものなので、ホッグスが知らないのも無理はなかった。
俺がアリー家のアレックス嬢の真名だと言うと……、
「貴族の真名を呼べるようになるなど、ずいぶん親しい間柄になったのだな……?」
なぜか彼女は目を伏せた。
俺が皇帝の寝室で起こった出来事……つまりアレクシスが転生者であり、ヌルチートが現れた事件を話すと、顔を上げて目を丸くした。
ホッグスは皇帝の寝室に魔族のスパイが入り込んだという風にしか聞いていなかったと話した。あくまでも城内、平民の自分にはそこまでの情報しか下りてこなかったらしい、と独り言のように呟いた。
「しかし、アレックス様が転生者、か……しかも城内にヌルチートが?」
「その件ももちろん気になるが、まずは先にアールフォーさんの話を聞こう」
再び部屋に戻ると、ホッグスはもう厳しい視線をエルフ2人に送ることはなかった。ソファに座ってあらためて自己紹介をし合うと、話が始まった。
「なるほど……おふた方がおっしゃるには、ダークエルフ族に伝わるモェ……ゲム、ニという呪術をかけられた場合、そのあとで自白魔法を使われると違うことを喋ってしまうと……」
「◯×%☆$です」
「ム、モ、モ、モェグェムニィ」
「◯×%☆$」
「と、とにかくその呪術、全然関係のないことを喋らされるということでしょうか?」
「いえ」
グスタフが否定した。
「術者のレベルによって違います。低いレベルなら、無言になり自白できないようになります。ただその場合脳に負荷がかかって、自白を強要された人は死んでしまいますが……」
「上位の術者であった場合は……」
「特定の言葉を話させることができます。尋ねられた特定の質問に対して反応し、あらかじめ吹き込まれた返答をする。ダークエルフのコミュニティではよそとの争いの際、重要な情報を握っている仲間には◯×%☆$を掛けてから戦争を始める場合が多いんですよ」
「むう……」
ホッグスは唸って腕組みをした。
「では、我々が尋問している人物に、その……ムニャムニャモゴモゴ……という呪術が掛けられている、と……?」
「◯×%☆$です。そうかどうかは僕たちにはわかりません……僕たちもこの国へ着いたばかりで、全然状況はわかってないもので……」
グスタフがそう言ったあと、ホッグスは腕組みのまま沈思黙考していた。
パンジャンドラムが言った。
「でもさ。その呪術がほんとに掛けられたと考えるとさ。術を掛けた奴は……何て訊かれるのかわかってるから掛けたってことだよね?」
ホッグスはパンジャンドラムの方を見た。
「だってそうじゃん。特定のワードに反応すんでしょ? 特定のワードがわかってなきゃ、掛けようがないわけで」
ホッグスは次に、エルフ2人を見た。
だがそれは、パンジャンドラムの言に同意するのかをうかがうために見ているわけではないのだろう。
おそらくホッグスたち軍部がワルブール伯に尋ねた内容は、なぜ内紛のリスクを犯してまでアリー家を貶めようとしたのか、だ。
その質問に対して返ってきた言葉が、「アンダードッグ区の地下にエンシェントドラゴンが眠っている」という話。
きたばかりの外国人であるエルフ2人に、この国では今内紛の危険があり、なおかつ地下に大怪獣が眠っています、それでは観光を楽しんでください、ゆっくりしていってね、といきなり言ったりはできないだろう。だからホッグスは無言なのだ。
そして術を掛けた相手は、帝国の内紛を煽動し、帝都の地下に詳しい奴。
「確認させていただきたい」ホッグスが口を開いた。「その呪術、ダークエルフ族が得意としているのでしたね?」
「そうです」
「ヒューマンにそれができる者がいると思いますか?」
「うーん……たぶんできないんじゃないですか? ダークエルフは僕たちエルフ族すらここ最近見てないですし。人嫌いですからね、彼ら」
「最近とは、どのぐらい?」
「ほんともうこの頃のことですよ。120年くらい」
「あっ……」
「それにあの術は難しいですからね。僕たちエルフ族ですら会得できない術です」
グスタフは爪の間のゴミを取りながら、続けてこう言った。
「ヒューマン程度には無理でしょ」
流れるように、さらりとだ。
ホッグスは今度はエルフ2人に滞在先を尋ねた。2人は、冒険者ギルド近くの宿を取る予定になっていたと答える。
ホッグスが立ち上がって、
「いや、本日は有益な情報をありがとうございました。必ずや役立つことでしょう。オルタネティカへのご協力、感謝いたします」
そう言って、我々に退室をうながした。話は終わりだった。
廊下に出ると、ホッグスは隣りの部屋から自分の部下を呼んで、パンジャンドラムたちを出口まで案内するよう命じた。
廊下を歩いていく彼らに俺も続こうとしたが、ホッグスに呼び止められた。
「どうした」
「何気ない調子で言うものであるなあ」
「グスタフか」
「見下す調子もなく見下した発言ができるなど、エルフ族はプライドが高いという噂は本当であった」
ホッグスは立ち去るエルフたちの背中をしばらく見送っていたが、
「ロス。おそらくこの件は帝国捜査局に管轄が移るであろう。私は魔族との決戦に備え、合成魔獣の運用に集中するよう命令が下った」
彼女は、「もともと捜査局はこの手の事件に対処するための機関でもあるしな」とも言った。
「今後はどうするんだろう?」
「私は今の話を捜査局にも伝えておこうと思う。おそらく捜査局からももう1度、話を聞きにくる者があるかもしれん。できるだけ宿にいるよう伝えておいてもらえるか?」
俺は少し考えて……、
「魔族を追い払うまではそうするしかないしな」
と言った。
ホッグスは首をかしげた。
「魔族? ひょっとしてあのエルフ2人、決戦に参加してくれるのか? アールフォー殿は転生者だそうだから心強いが……しかしなぜエルフが?」
俺はそれに対して、どう答えようか考えた。
考えてみると、俺は自分がなぜオルタネティカ帝国にやってきたのかの理由をホッグスに話していなかった。
だが。先ほどまでずっと眠っていたとばかり思っていた左腕のラリアが唐突に言った。
「マスター、おうちに帰るですよ」
目を見開いたホッグス。ラリアと俺の顔を見比べていたが、
「……帰る、とは……?」
それを話していなかったのだ。
俺は言った。
「ゴースラント大陸に、この世界から俺たちの前世の世界へ帰る方法があるらしいんだ。スピットファイアがそう言っていた。アールフォーさんもスピットファイアに会ってそれを伝えられたから、ここへきたそうだ」
しばらくの間ホッグスは無言だった。
長い睫毛を備えた大きな瞳で、ただ俺の方をぼんやりと眺めていた。なぜ黙っているのかはわからなかった。なぜそんなにもじっと見ているのかも。
やがて彼女は廊下の壁を見て言った。
「……術の掛け手がダークエルフならば見つかるのは時間の問題であろう。ダークエルフは肌が黒く、髪は明るい色だという。帝都の街門で出入者の記録をあたればすぐに見つかるであろうな」
そしてそのまま壁を見ながら、言った。
「今日はどうもありがとう。もう帰れ」
そして俺に背を向け、廊下を去っていった。




