第217話 アールフォーさん
冒険者ギルド近くの宿屋。
宿泊施設とレストランが一体となったその建物で、俺たちは食事を摂ることにした。2階の、通りに面した壁は取り払われていて、そのままベランダにも席がある。
俺たちはそのベランダ席に座っていた。
食事をしている間、俺はエルフ2人に何か話しかけるとこはしなかった。ラリアの食器に触れて《ザ・サバイバー》のスキルを発動させている時、女性のエルフ、アールフォーさんがチラリとこちらを見たぐらい。
主にパンジャンドラムが喋っていた。
どこからきたのか。北西の森から。
どんなところ。人里離れたエルフの村。狩りをして暮らしてきた。
どうしてここへ。ある日スピットファイアがやってきて、オルタネティカへ向かえと言ってきた。
そんなような世間話だ。
その間俺はウォッチタワーから受け取った手紙を読んでいた。
ハルからの手紙だ。手紙によれば、ハルはマジノなる転生者と接触したそうだ。ハルは自分が転生者と伝えることなく、マジノに魔族軍との戦いに参加するよう提案し、マジノは受け入れた。先に手紙を送るが、もうオルタネティカに向かっているとのこと。
手紙にはこうも書かれてあった。ハルが乗っていたゴーストバギーを使えば早くここまでたどり着けるだろうが、何せマジノのハーレム女子たちが6人もいて、定員オーバーである。だから普通の馬車での旅になるだろうと。
紙を折りたたんでウォッチタワーを見やると、彼は首を横に振ったので自分のポケットにしまった。
その頃にはもうみんな食べ終えていた。
パンジャンドラムとアールフォーさんも話のネタが尽きたのか何も喋ってはいない。
俺はグスタフという名の、エルフの男性をチラリと見た。
アールフォーさんの隣りに座っている。
細身のハンサムな男だった。表情も優しげ。常識人のように見えた。
だから俺は彼とアールフォーさんがどういう関係なのか気になった。
アールフォーさんはチンピラを自力でしりぞけたが、彼は殴られてへたり込んだだけ。
彼女が《ザ・マッスル》や《無詠唱》などの……最上級スキルを使ったのと比べて、あまりに脆い男だった。
「あ、あの、グスタフさん……!」
アールフォーさんが唐突に彼の名を呼んだ。
「何だい?」
「あ、あの……私、この人たちと、少しお話があるの……それで……言いにくいんだけど、少し席を外してもらってもいいかしら……?」
グスタフはアールフォーさんと俺たちを見比べた。
「でも……大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫」
「何の話をするの?」
「それは、あの……スピットファイアちゃんが言ってた話を……」
「それ僕は聞いてちゃダメなのかい?」
「……お願い、グスタフさん……」
グスタフ氏は彼女ではなく、俺たちの方をジロジロと見た。訝しげな表情だった。再度アールフォーさんに促され、
「あっちの席にいるから、何かあったらすぐ呼んでね」
と言って、ベランダではなく屋内の、空いた席に座った。
我々の方へ向き直ったアールフォーさんは、しばらく両手を握ったり、その手を見つめる視線を俺たちに向けたり、また下げたりしていた。
俺の方はパンジャンドラムとウォッチタワーと視線を交わした。彼らはうなずいている。俺から言うことにした。
「つかぬことをお尋ねするが……」
「は、はいっ!」
「ご出身は?」
俺がした質問は、先ほどパンジャンドラムがすでにやっていた。北西の森、エルフの里だ。
問われたアールフォーさんはチラリとグスタフの方を見た。離れた席に座る彼は、テーブルの木目を指でなぞっている。
「かっ…………香川県……です」
アールフォーさんはそう言って、上目遣いに俺たちを見ている。
様子をうかがうようなそぶり。
俺はさらに尋ねた。
「転生者?」
「は、はいっ! そうです、あの……あなたたちも……⁉︎」
パンジャンドラムとウォッチタワーはそれぞれ言った。
「そうだよ」
「おれもだ」
俺もうなずいた。
アールフォーさんは目を丸くして俺たちを見つめていたが、やがてまなじりに涙がにじみ、それを指でそっとぬぐった。
アールフォーさんはオルタネティカ帝国の北西、通称“幽明の森”という場所で生まれ育った。
アールフォーさんはあまりはっきりと説明しなかったが、その場所は我々のいる空間とはやや違う、別次元に存在する架空の森なのだそうだ。
彼女が物心ついたのは3歳頃。唐突に自分がそれまでの日本とはまったく異なる場所にいることに気づいたが、彼女はそれほど狼狽しなかったという。
なぜならアールフォーさんは当初、自分が夢を見ているのだとばかり思っていたそうだ。何となく、いつか覚めるのだろうと思っていた。
何年待ってもそのいつかはやってこなかった。幽明の森のエルフの里で暮らすうち、彼女はだんだん、「これが仏教でいう生まれ変わりというものでは?」と考え始めた。
年月は彼女から、取り乱すという常識的行為を奪っていた。と言うよりエルフの里での朗らかかつ穏やかな暮らしが、妖精の踊る森で友人たちと遊ぶ少女時代が、たまらなく楽しいものに思えたのだそうだ。
夢でもいいのでは。
覚めないなら覚めないでいいのでは。
そう思い、20年ほどの時を過ごしたという。
ちなみにエルフは寿命が長く、見かけ的には年齢より大人びて見えるアールフォーさんは、里では幼稚園児程度にしか思われていないんですよと笑った。
5日前。エルフの里に、森にいるどの妖精よりも大きな妖精がやってきた。
スピットファイアだ。幽明の森の妖精たちはその威容とカリスマ性にひれ伏し、そのエモーションを歌と踊りで表現していたという。
森で1人木の実を拾っていたアールフォーさんは、目の前に現れたスピットファイアにこう言われた。
『オルタネティカ帝国へいきウォッチタワーというデカいオークと会えッ! この世界は終わりに近づいている! その前にウォッチタワーとその愉快な仲間たちと会うンじゃいーッ!!!』
アールフォーさんはその日の出来事を里の長に話した。
森に迷い込んだ気の触れた妖精が意味不明の発言をしていて怖い、と。
だが里の長はスピットファイアの存在を知っていた(噂程度だったそうだが)。
妖精王がそう言うのならば只事ではないことが起こっている。おまえは妖精王に選ばれたのだから、ゆかねばならぬと言われ、付き添いとしてグスタフを付けられ、帝国にやってきた。




