第215話 2人のエルフ
実は、昨日更新した前話で話すべきだった内容をうっかり書き忘れていた事に今日の夕方頃気づいたため、今回無理やりその会話がねじ込まれております。
外ではパンジャンドラムが待っていた。
だがウォッチタワーの姿が見えない。
「ロス君、何かわかった?」
「ヌルチートを造ったのはアリスじゃなかった。昨日はたんにノリで助けにきてくれたそうだ」
「ヌルチートを持ってきたのは、あの魔族のスパイだったっけ?」
パンジャンドラムの言ったことは、実は昨日の晩皇帝に直接尋ねてみた際に返ってきた答えだった。
昨日行なわれた審問会。始まる直前に、宮廷魔術師に扮した魔族スパイが皇帝に囁きかけてきたそうなのだ。
この聖なる召喚獣を身につけろ。御守りとなるだろうと。
昨日の審問会の最中、皇帝はなぜかアレクシスを守らなければという奇妙な焦燥感に駆られていたが、会が終わったあとスパイの口からヤモリの召喚獣のなせる業だと聞かされた。
そしてこれを使えば転生者のスキルを封じることができると。
「ってことは……ヌルチートの出所は魔族軍……?」
腕組みして首を捻ったパンジャンドラム。
「どうだろうな。昨日皇帝の寝室ではあのスパイ……あくまでアリー家とワルブールを仲違いさせるために帝都へ潜入したと言っていた。だがヌルチートを身につけ、アレクシスが転生者だとわかってから急にどうでもよくなったというようなことを話していた。ヌルチートが何のためのものかよくわかっていない証拠だ」
「アレクシスさんが転生者だってことは、匿名の手紙で知ったんだっけ」
それは寝室でも皇帝が言っていた。
アレクシスの家族を除けば、彼女と最も付き合いが長く、信頼関係にもあったヤマト皇太子殿下すら知らなかった事実。
「誰なんだろうね……手紙を送ってきたの……」
「少なくともヌルチートに憑かれた男たちの誰でもない。アリスでもない。名前も言わない恥ずかしがり屋の誰かだな」
捕まった魔族のスパイはこれから尋問されることになるだろう。数日前別の街で捕らえた魔族の潜入者もいたが、奴の尋問はツェモイ団長がやるという話だった。ではスパイの方もそうだろうか? ツェモイは今砦に篭りっきりのはずだ。
渡りに船、という言葉がある。
俺たちが考え込んでいると、通りの向こうから見知った顔がやってくるのが見えた。
黒い軍服を着た、岩みたいなゴツい顔の男。
ガスンバで会った人物だ。ホッグス少佐の副官の、ロクストンだった。
「や、これはアラモス殿にパンジャンドラム殿。いったいどうしてここに?」
「社会科見学さ。そっちは?」
「魔力供給獣を覚えているかね? 魔法銃に使う……改善のための研究の進捗状況を尋ねにきたのだ」
ふうん、と言っておいた。ロクストンは続ける。
「貴殿ら、昨日魔族のスパイを捕まえたんだってな。いやはやさすがはSランク冒険者、オルタネティカの危難を救ってくれてまことにありがたい……」
「行き掛けの駄賃というやつだ。あのスパイはどうなったろう?」
「うむ。ホッグス少佐が尋問なさっている。まったく大変なことだよ。ワルブール伯の次は魔族のスパイだ。こやつ、自白魔法で色々吐かせようとしたのだが、特殊な魔法障壁のためか魔法がかからんのだ。少佐の術であれば突破できるかも知れんので、朝から大忙しだよ」
「少佐は自白魔法が得意?」
「魔法というよりスキルだな。幻覚を見せて口を緩くすることができる。滅多には使用許可が下りないが」
「ワルブールに自白魔法をかけたのは?」
「それは宮廷の魔術師だったな。何せ相手は辺境伯だということだから、平民出の少佐には任せられんと言うのよ」
俺とパンジャンドラムが顔を見合わせていると、ロクストンはさらにこう尋ねてきた。
「なあ……アリー家のアレックス様。本当にドラゴンを目覚めさせ、帝都を滅ぼそうとしていると思うか……?」
俺はロクストンの顔を眺めた。ちょっと困ったような顔をしていた。
「自分はワルブール伯が自白するところに立ち会っていたが、自分にはどうにも信じられんのだ。アレックス様がそのようなことをなさるというのも変だし……第一ワルブール伯の証言もいまいちはっきりせん。帝都の地下にドラゴンが眠っている、アレックス様の仕業だ、と繰り返すばかり。どこでそんな話を知ったのかと尋ねても、同じ言葉を何度も繰り返すだけだった。何の根拠もない……」
うつむきがちに話すロクストン。
正直なところ、そんなことを我々に尋ねられても何とも答えようがなかった。
俺たちとアレクシスはつい数日前に知り合ったばかり。彼女がどんな人間かも、帝国における彼女の立ち位置がどんなものなのかもぼんやりとしかわからない。他人が何者かを判断するには時間も接点も少なすぎた。
俺は訊いた。
「彼女……そんなに信用がないのか? 仮にも皇太子の婚約者だった女性だ」
ロクストンは難しい顔をしていたが、こう言った。
「……議会の中にはあのお方をこころよく思っていない方々もおられると噂に聞いたことがある。主に議会の方々。皇太子殿下が破天荒なお方で、議会のご老人方を振り回しておられるそうだ。アリー家が急進的すぎるという意見もある。皇太子殿下とのご婚約という後ろ盾をいいことに、図に乗っているのではないかと立腹されておられる方々もあるそうで……」
俺の脳裏にヒゲヅーラと、その取り巻きらしき人々の薄ら笑いが浮かんだ。
「それに……」
「それに?」
「……アレックス様……何やら気味の悪い合成魔獣の研究を行なっているそうな……」
ロクストンと視線は、俺の背後にある合魔研の建物に向いていた。
「どんな研究だろう?」
「詳しくはわからんが……何やら、脳みそを造っているという噂だ」
「脳みそ?」
俺はパンジャンドラムたちを振り返った。ロクストンは言う。
「うむ。魔獣ではなく、脳だけを造っているという話だ。結構大きいサイズで、人間以上の知能を持つことができるとのこと。その研究のために、外国から大変優秀な召喚獣研究者を雇い入れたそうだ。そこの建物で働いているぞ」
アリスのことだろうか?
「それで議会の方々は気味悪がっていて、アレックス様を目の敵にしていると聞いたことがある。邪法を使う魔女ではないかとな。あ、三賢者の魔女じゃなくてね」
そこまで言って、彼は空を見上げた。太陽は真上にかかっていた。
「や、これは妙なことを言ってしまったな。今の話は忘れてくれ。平民の自分には貴族階級の噂など正確性のない雑な情報としてしか受け取れない。何もはっきりしたことはわからんのだ。自分も仕事があるんだった。帝都の平和のためのご尽力、感謝する。ではこれで」
ロクストンは合魔研の建物に入っていった。
その背中を見送り、入り口の扉が閉められてから、俺はパンジャンドラムに言った。
「アリスはさっきそんなこと言っていなかったがな」
「ああ……脳みそのこと? 話そうと思ってたけど忘れてたんじゃない? きっとそうに決まってるよ。誰しもあるでしょそんなこと」
「ああまったくだな。誰だって忘れることぐらいある」
「うん、ド忘れしてただけさ。人は他人のミスを責めることより許すことを覚えるべきだよね」
「大いに同意する」
それから俺は辺りを見回して、
「ウォッチタワーは? 姿が見えないが」
「ああ……ただ待ってるのも退屈だからって、冒険者ギルドにいったよ」
「ストリートファイトのためにイキのいいチンピラを漁りにいったのか」
「ロス君ウォッちゃんのこと何だと思ってんの……ハルから手紙がきてないか確認しにいったんだよ」
そう言えばそうだった。
ガスンバから西へ、2人の転生者を探し旅立ったハル・ノート。何かあったらギルドへ連絡を寄越すと言っていたのだった。
「すでにペリノアドの大統領はこちらへ向かっているんだったかな」
「だね」
「俺たちもギルドへいってみよう」
オルタネティカ帝国の帝都にある冒険者ギルドは、想像していたのと違い小さな建物だった。質素な木造。看板も控えめ。両サイドの3階建ての建物に挟まれ、街の景観に埋もれていた。
「なんか、聞いた話によると本部はここじゃないんだって。帝都じゃなくて別のところにあるんだってさ」
通りの反対側を歩いていた俺たち。ギルドが近づくにつれてパンジャンドラムがそう言った。
「デカイ魔獣の死体とか搬入しないといけない時とかあるんだけどさ。こんな街中までは持ち込めないからね。外にあるんだって。合魔研の研究所も近くにあるって聞いた」
そう言えば、パンジャンドラムは以前は、マジノと言う名の転生者と一緒に冒険者をやっていたことがあるんだったか。俺は冒険者としての仕事は1度しか真面目にやったことはなかったが。
2車線の馬車用道路に横断歩道がある。日本と同じスタイルだ。俺たちはそこを渡ることにした。
そこからギルドへ向かっていると、建物の入り口から1人の女性が、後ずさりしながら出てくるのが目に入った。
ブロンドの髪に、長い耳。
エルフ。
一瞬、俺が異世界にやってきてからというもの、常に付きまとい続けていたあのエルフがもう帝都についたのかと思った。
だがよく見ると違う。ギルドから出てきたエルフの女性は、あの破廉恥エルフよりやや背が高く、緩やかに結んだ長い髪を肩から前に垂らし……かつ、あの破廉恥エルフよりささやかな胸をしていた。
要は知らないエルフだ。そんなエルフが後ろ向きに建物から出てきたのは奇妙だった。
すると、続けて今度はブロンドに長い耳の男が、やはり後ずさりしながら出てきた。
細身のハンサムガイ。両手を前に突き出し、何かを制止しようとしているように見えた。
彼が制止したかった人物も入り口から姿を見せた。
スキンヘッドに鉄鎧の巨漢。その後ろからさらに2人の革鎧の男。それぞれハンマーやら剣やらを所持しているところを看るに、冒険者らしい。
エルフと冒険者。双方が言い争う声が聞こえてきた。
「おうおうお兄さん! 俺らのやることになんか文句でもあるっちゃ〜!」
「彼女に対する非礼を詫びて欲しいと言っているだけだ! 何をそんなに大声を出す必要がある……」
「あ〜ん、ひれい〜⁉︎ おらぁただ、美人を口説いてるだけだっちゃ〜‼︎ なあみんな〜?」
スキンヘッドが後ろに同意を求めると、2人の冒険者は薄ら笑いを浮かべうなずいている。
「口説くだって……⁉︎ あんな下品な言い草で……何を言ってるんだ⁉︎」
「下品だとぅ〜? おらぁただよぉ〜、おっぱいは揉めば大きくなるからおじさんが揉んでやろうって言っただけだぜぇ〜ゲヒャヒャヒャヒャヒャ〜!」
すでにパンジャンドラムは俺より先に歩き出していた。揉め事に首を突っ込もうと心に決めたようだった。
「そ、その言い方が下品だと言ってるんだよ! まったく、噂には聞いていたが丸耳は本当に野蛮で粗野なんだな……!」
「あ〜〜〜〜ん!?!? お、お、なんだ? てめーはおれが丸い耳をしてるからって差別しよぉってのか⁉︎ 生まれついての外見を無知と偏見によって差別しよぉってこーいうわけかッ! 俺がこんな、こぉ〜んな耳してるからって冷てー態度取って社会から排除しよぉとしてるわけだなッ!」
「いや、何もそこまでは……」
「この差別主義者めーッ! 何百年代に生きてんだコラーッ!」
スキンヘッドはエルフ男性の胸ぐらを掴み殴りつけた。
「ああっ、グスタフさんっ!」
倒れた男に駆け寄ったエルフ女性だったが、
「おらッ、お嬢さんこっちきな! 俺はヒジョーに傷ついた! 不快な気持ちにさせられたッ! 気持ちをないがしろにされたッ! この詫びはよォ〜、あんたの体でしてもらうぜ〜ゲヒャヒャヒャヒャ〜ン!!!」
腕を掴まれ引き寄せられる。
パンジャンドラムはもう走り出していた。エルフ男性は打ち所でも悪かったのか、立ち上がろうとはしていたがすぐにヨロけて転んだ。
エルフ女性の方は、スキンヘッドと男たちに引きずられていこうとしていた。
ちょうど、ギルドの入り口からウォッチタワーが顔を出した。中にいたが騒ぎが聞こえたのだろう、立ち去ろうとしているチンピラのうち革鎧の1人の背中に腕を伸ばし、捕まえようとしたが……。
《貧乳エルフはザ・マッスルのスキルを発動しています》
突如スキンヘッドが乱雑に放り捨てられた。
2車線の道路を横切って一直線に飛んでいき、路上駐車していた馬車の馬に突っ込んだ。地に落ちた場所にはちょうど馬の糞。そこへ顔面から落下。驚いた馬に蹴飛ばされ、さらにどこかへ飛んでいった。
髪がないからといってこれほどの扱いは同情を禁じ得ない気持ちはあったが、そんなことはいい。俺はエルフ2人に視線を戻した。
「グスタフさん、大丈夫⁉︎」
「あ、ああ……」
エルフ女性は手のひらを男性にかざす。
《貧乳エルフは無詠唱のスキルを発動しています》
手のひらからピンク色の光が湧き出でて、エルフ男性を包む。見たことがある光の色。回復魔法だ。
チンピラ2人はウォッチタワーとパンジャンドラムによって取り押さえられた。
通りを5人ほどの衛兵が走ってくるのが見えた。ギルドの入り口からも、緑髪の受付嬢(ああそうだ、緑髪だ)がおっかなびっくり顔を出している。チンピラたちは中で騒ぎを起こしていて、すでに通報されていたというところだろうか。
チンピラを押さえているパンジャンドラムとウォッチタワー。
彼らは俺のことを見ていた。
そして2人は、回復したらしいエルフ男性を助け起こす、貧乳エルフに目をやった。




