第214話 合魔研の女
俺とラリアはパンジャンドラムとウォッチタワーをともない、合成魔獣研究所を訪れた。
通称、合魔研。フリー地区にある研究所で、パッと見は三角屋根の、ありふれた中世ドイツ的建物。3階建てで、敷地は広いようだ。壁は白く、それほど年月は経過していないように見えた。ここ数年で建てられた建物なのかも知れない。
「それじゃあみんな、おぎょーぎよくするんだよ!」
そう言ったのはアリスだ。
俺たちはヌルチートの出所を調べるべく、アリスと共に合魔研を訪ねたのだ。
アリスは玄関らしき扉の脇にある窓へ話しかけていた。
どうも受付らしい。彼女が冒険者ギルドのカードに似たものを窓の中にいる人物に見せて、それから俺たちの方を指差しながら何か言っている。
俺たちのことを、皇帝の寝室を襲った召喚獣の調査のために送り込まれた捜査員だと説明しているようだった。
許可が下りたようで中に入られることになった。
「ロス君、オレここで待つよ。その女が何かしたら、キャーと叫んでよね。すぐいくから」
「待っとこうかな、おれも。どうも中は狭そうだし、難しい話はわかんねえ」
パンジャンドラムとウォッチタワーはそれぞれそう言ったので、俺とラリア、そしてアリスで中に入る。
研究所内をある程度見て回ったが、10数人の職員が働いているだけで特段変わったところはない。
何より、サッカレー王国のアリスの部屋や、ガスンバの魔女の館で見たような、ヌルチートの合成容器が見つからなかった。あるのはもっと大きな魔獣を入れるための容器だけ。
アリスは俺を休憩室へと案内した。
テーブルと、ソファと、かまどがある部屋だ。アリスはすでに焚かれてあったかまどから、ヤカンのような形の物を取る。
「お茶飲む?」
ソファに座った俺は無言で手を振った。
「毒でも入れると思っちゃってるわけ?」
「まあな」
アリスは自分の分だけカップにお茶を注ぐと、ブツブツと呪文を唱え始めた。手のひらをかざすと、その手から煙が出ている。
煙と言うよりは湯気。それも、熱ではなく低温からくる湯気のようだ。アリスは氷の魔法でカップを冷やしていた。
「これやるとブリジット様が怒るんだよねー。お茶を冷やすとかあんたバカなのってさ」
テーブルを挟んで向かいに座ったアリスは、カップを両手で包んですすっている。
俺は言った。
「ヌルチートの容器はなかったな」
「そらね。あれは特殊な設計だったから。説明書とにらめっこしながら作ったんだよ。もう説明書をなくした……あんたが持ってるんだっけ? だから作れないし」
彼女はひと息おいて、
「何だったら他の研究所も回る? だいたいここは合成の実験場じゃないからさ、本格的な容器は置いてないよ」
そう言った。
どうしようか考えてみたが、こう尋ねることにした。
「君は数日前から俺のことを尾行してなかったか?」
「えっ? ああ……気づかれてたかー……」
「フリー地区だったな」
「そうだよ。なんか見たことある人がいるなと思ったら、ロスくんなんだもん、びっくりして……」
「どうしてつけていたんだろう?」
「だってぇ……ひょっとしてハルっちも一緒なのかと思って……タイバーンで噂聞いたけどさ、なんかハルっち、刑務所から出てエンシェントドラゴンを探しにいったって言うし」
たしかに、そういう『噂』は存在した。
ハル・ノートはサッカレー王国の王位簒奪の罪で投獄されていたが、最近見かけないあの破廉恥なエルフが脱獄させたのだ。サッカレーの王府は、ハルが自発的に王位を返還し、ドラゴンを求め他国へ旅立ったという噂を流して事態の収拾をつけていたはずだった。
「ねね、ほんとに一緒じゃないの?」
「だとしたらどうする?」
アリスは泣きそうに見える顔になった。カップをテーブルに置き身を乗り出すと、
「ねえほんと、マジで。マジで教えて。ハルっちいるの⁉︎ あーしのこと怒ってる⁉︎ 見つかったら殺されちゃうかも……!」
そう言った。
ハルはサッカレーではかなり残酷な男として知られていたのを思い出す。
「あーし、あと半年でオルタネティカの市民権が取れるんだよ……もしハルっちに見つかったら、あーし……!」
「あの時どうして乱入した?」
「え、なに」
「昨日アレクシスがヌルチートに囲まれていた時だ。昨日の審問会に証人として呼ばれていたのは聞いたが」
アリスはカップを手に取った。
しばらく中を覗いていたが、やがてこう言った。
「……昨日は、研究所から帰ろうとしてたんだよ。そしたらお城の人が急にきてくれって言うから、荷物持ったまま城へいったんだけど……そんでさ。さっきの審問会の時とおんなじこと、あーし答えたんだ。それで終わりっしょって思ってたんだけど……」
「けど?」
「……なんか審問会での皇帝陛下の様子がおかしくってさ。魔族のスパイだった宮廷魔術師も。1番変だったのはお昼ご飯持ってきた料理人の人。その場で1番関係ない奴なのに、ずーっとアレックス様のこと見ててさ、部屋から出てかないの。みんなもう食べ終わってるのに食器も下げないし……しかも目付きが……」
「目付き?」
アリスはため息をついて目を伏せ、
「……なんかさ。サッカレーの友だちのことを思い出しちゃって」
アリスと共にハルを囲っていた、ブリジット、チュンヤン、ディアナのことだろう。
「ハルっちを見つめる時、あーゆう目をしてたなーって、なんか急に思い出して。なんかヤな予感したから様子見てたんだけど、アレックス様は陛下にどっか連れてかれちゃうし。やっぱり料理人もいるし。けど皇帝のおうちなんてあーし入れないし、どーしよって思ってたら……」
俺がヤマト皇太子と走っていくのが見えた、ということだったそうだ。
たしかに俺はあの時寝室の前で、廊下の向こうから誰かがうかがっている気配を感じたような気はする。アリスが言うにはそのあとデカいオーク(当然ウォッチタワーのことだ)も寝室の方へ走っていき、扉の前にいた兵士を倒してしまった。
そしてさらに部屋から俺が出てきて上階へ向かい、あとから出てきた皇太子の背中にヌルチートがへばりついているのを見て、助けに入ろうと考えたのだそうだ。
「いやー、何となく作ってみたヌルチート死ね死ね音波発生器、家に持って帰ろうとしてたところで呼び出しがあって助かったね! あーしに感謝するんだよ!」
アリスはそう言って胸を張った。
俺は言った。
「経緯はわかった。だが理由の方がまだだぞ」
「え、理由?」
「なぜ俺たちを助けようとしたんだろう?」
アリスはカップに目を伏せた。
「え……だって、さ。そりゃ……あの時は迷惑かけちゃったっていうかさ……あれじゃん。ブリジット様を助けてもらった恩を返してなかったし」
小さな声でそう言った。
それからほんのしばらく、お互い無言だった。
アリスはお茶を飲むでもなくカップを見つめている。俺はため息をついて言った。
「ハルはこの場にはいない」
「え、マジ⁉︎ よっしゃ……!」
「だがガスンバで会いはしたし、いずれこの帝都で落ち合うことになっている」
「え゛! うそん……」
「彼は別に君のことを怒っていたとは思わないが、君が嫌なら彼には黙っておいてやってもいい」
アリスはぽかんとした顔で俺を眺めていた。
「君がヌルチートをまた作らない限りはな」
「もも、もちろんっ! もうあんなの造れないよっ! 設計図もあんたに取られちゃったし、専用の容器を造るお金もないもん! 召喚獣って造るのめっちゃお金かかるんだよ? あーしのお給料じゃ手も足も出ないよ……!」
首をぶんぶん縦に振りながら言ったアリス。
その言葉を聞いて、やはり彼女ではないという確信が少しは持てそうだった。そもそもアリスは当時大富豪だったハルの財力にものを言わせ、コストとリターンが釣り合わないとされていた召喚獣研究を行なっていたのだった。その時ならいざ知らず、たしかに新参者の移民に手が出る世界ではなさそうだ。
俺は尋ねた。
「合魔研の他の施設でそれらしきものは?」
「うーん……あーしがいったことのある場所では見たことないかなあ……そんなプロジェクトがあるとも聞いてない。新入りのあーしが知らないだけかも知れないけど……アレ、色々面倒な材料がいるからさ。そーゆう材料が備蓄してあるようには見えないけど……」
俺は立ち上がった。
「ありがとう。色々聞けてありがたかったよ」
「あ、もういくの?」
「君じゃなかったとわかればそれでいいんだ。ハルの件はもう気にするな。俺が何とかしておく」
ソファの隣りで座ってうとうとしていたラリアを左腕に掴まらせ、部屋の出口へ向かう。
「ま、待ってよ!」
声に振り向いた。アリスがソファに座ったまま、俺を見上げていた。
「お……怒ってないの? あーしのこと……」
俺は、俺たち転生者がこの異世界を出ていく計画になっていることを、彼女に話そうかと考えた。
だが話してどうなる? もうハルと彼女は切れているし、彼女からしても俺たちは、もう会いたくないと思っていた存在だろう。
「就職おめでとう。努力が報われてよかった」
俺はそれだけ言って合魔研を出た。




