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第213話 欠席裁判 その2


「えっと……あーしに訊かれてもあんまよくわかんないっスねー……はい……あーし最近雇われたばっかの新人っスから……はい……あんまドラゴンとか、あんまそれ系の話とかアレックス様あんましてなかったかなーっては思うっス……はい……」




 アリスの証言が始まったが、特に核心に触れるような情報は話されなかった。


 とりま合魔研で労働用魔獣、特に物資空輸のための飛行魔獣の研究室に配属され、スポンサーであるアリー家のアレクシスとはひと言ふた言、挨拶程度の話しかしたことはない。そのぐらいだった。


 アリスは宣誓台から時折俺の方をチラチラと見ていた。


 昨日の夜、俺は彼女に、俺やパンジャンドラム、ウォッチタワー……そしてアレクシスが転生者であることを他者に漏らすなと釘を刺しておいた。

 となると、アリスからすると話せるようなことはもうないのだろう。


「それではアリスさん。昨日畏れ多くも皇帝陛下や皇太子殿下に取り憑いたとされる、ヤモリの召喚獣について何か見解はありますか? アリスさんは召喚獣の研究に秀でているとのことですが……」

「えっと……! よくわかんないっス……はい……自分まだまだっスから……まだまだ召喚獣という奥深い知識の浅瀬をさまよう新参者っスから……全然ぺーぺースから……はい……」


 アリスはヌルチートについて濁す時も、やはり俺の方を見た。

 俺へ向けて苦渋の表情を浮かべ、これ見よがしなウインクを連打していた。

 彼女は以前サッカレー王国において、そのヌルチートを使い王位簒奪を企んだ少女なのだ。今ここでヌルチートが何であるか説明することで下手に経歴を調べられると困るのかも知れない。ずいぶん詳しいんですね、どこでそんなもの知ったんですか? え? サッカレー? サッカレーで何をしてたらそんな不気味な爬虫類とお知り合いになれるんですか? そこまで突っ込まれれば、せっかく手に入れた就職先、自分のキャリアがパアになると考えているのだろう。

 俺は帽子のつばをつまむことで、とりあえず返事としておいた。


 アリスの証言が終わり、次は俺が呼ばれる番になった。

 宣誓台の前ですれ違う時、アリスは舌を出し、そそくさと退室していく。

 振り返りつつそれを見送って、俺は宣誓台に立った。


 裁判長に名を訊かれて答える。それから外国人であることとか、オルタネティカにやってきた目的だとか、そういうことも尋ねられた。

 目的についてはぼかした。世界の終わりを食い止めるためにやってきたという名目だったが、俺たち自身どういうことなのかわかっていない。そんな話をしても裁判が混乱するだけだ。ただゴースラント大陸へいくためにきたとだけ言っておいた。


「それではアラモスさん。アラモスさんは、魔族の軍勢との戦争に“正義の旗下の剣”として参加すべく、アリー家に逗留していたのですね?」

「ええ、まあ」

「それではアリー家において、アレックス様及びそのご家族が、オルタネティカへの反乱につながるような何事かを話していたのを聞きましたか?」


 俺は宣誓台の木目を眺めながら思い出してみる。それから言った。


「特に何も」

「そうですか。ときにアラモスさん。アラモスさんはタイバーン王国において、エンシェントドラゴンを討ち果たしたSランク冒険者と聞き及んでおります」


 室内がどよめいた。

 よく知っているものだ。さすが帝国といったところか。情報網もしっかりしているらしい。


「ええ、まあ」

「北の大森林ガスンバにおいても復活せしドラゴンを退治なされたとか」

「やったのは知人で、俺は見ていただけですがね。俺は他のことで忙しかったので」

「それでは……アラモスさんは人と比べればエンシェントドラゴンにお詳しい、と言えるわけですね」


 裁判長に見下ろされながら、どうなのか考えてみる。

 具体的にはドラゴンが何なのかは俺もわかっていない。ただドラゴンと名のつく割に虫の姿をしていることと、死ぬときはあっさり死ぬというぐらいだ。

 そして、あとは俺の推測ぐらい……。


 裁判長が言った。


「お尋ねしたい。アラモスさん個人の見解でかまいません。この帝都の地下に、エンシェントドラゴンが本当に眠っていると思いますか?」


 裁判長はじっと俺を見ていた。

 見渡してみると、室内の全ての人々がやはり俺を見ている。どこかで唾を飲み込むような音も聞こえた。


 俺は言った。


「……正直に言うと、わかりませんな。逆に訊きたいんですが、調査は行なっているんでしょうか?」

「ええ。帝国捜査局と宮廷魔術院と帝国軍が合同で、アンダードッグ区地下の調査計画を行なう手はずになっています」

「なら俺から言えることは特にありませんね。何せこの国にくるのも初めてなもので。地下に何があるかと訊かれても……」

「それでは、アレックス嬢に対する印象はどうでしょう? 何かオルタネティカに対する不満を漏らしたりなどは……」


 俺は少し、ヤマト皇太子を横目に見た。それから裁判長へ視線を戻し、


「いけすかない女、という印象です」


 俺が先ほどまで座っていた席の近くにいる髭面たちが吹き出した。


「ただ不満は聞いていませんね。むしろおおむね、今の立場に満足しているように思えましたよ。有力貴族の子女。皇太子殿下の家庭教師にして婚約者。黙っていても勝ち組になれるのに、わざわざテロを起こす理由は俺にはわかりませんね」


 向かって左側の席、皇帝たちがいる側の席の者たちは揃ってうなずいている。どうやら左側がアリーサイドというわけらしかった。


「異議あり!」右側席の髭面が叫んだ。「印象論です!」


 裁判長が言った。


「いやただのありのままの証言に異議ありとか言われても」

「お言葉ですが裁判長! そもそもアレックス殿の裁きについては昨日結論が出たはず! 何を今さら蒸し返す必要が……」

「静粛に! ですから、昨日はあれから異常事態が発生したわけですから改めてですな……」

「改めてどうなるのか! アレックス殿が不埒にも内乱を引き起こそうとしているということは、ワルブール伯が証言したはず!」

「ですがね、ヒゲヅーラ伯。昨日、例の魔族のスパイが工作として虚偽の情報を流し、オルタネティカに内乱を引き起こそうとしている可能性があったからこうして……」

「ですがそのスパイはドラゴンについては何も聞いておらなんだのでしょう!」


 ヤマト皇太子が立ち上がって叫んだ。


「黙れヒゲヅーラ! エンシェントドラゴンっつったら魔獣だろうが! 魔族のクソ共がてめーのペットを潜り込ませたってことだろうがよ! アレックスは関係ねえ!」


「畏れながら殿下」捜査局長が口を挟んだ。「地下のドラゴンの実在についてはまだ鋭意捜索中……というかまだ調査本部の設置準備段階でして……」


「じゃあいるかいねーかもわかんねーんじゃねーかふざけるんじゃねーいい加減にしろ!!!」


「おい息子!」皇帝が言った。「いい加減にするのはお前だ、まだ短気が治っとらんのか!」


「うるせえ! だいたい昨日の親父、あのヌルチートとかいうヤモリのせいで正気を失ってたろ! 俺とアレックスの婚約破棄しただけじゃなくてめえが結婚しようだなんて……」


「バ、バカ、それは言わない約束……あの時の余はどうかしてたんだ……」


「アラモスさんの話によりゃあ、あのヤモリは人間の理性を失わせるそうじゃねえか! この国で何か妙なことが起こってるんだ! アレックスはそれに巻き込まれてるだけだ!」


 裁判長が言った。


「アラモスさん? アラモスさんは、例のヤモリについて何かご存知で?」


 少し考え込むハメになった。

 ヌルチートについては、極力話さないようにしてくれと皇帝たちには伝えておいたのだ。短気な皇太子が口を滑らせたおかげで、俺が転生者と知られないように話すにはどう言うべきか思案せざるを得なくなった。この場にはシスタ・イノシャという女性もいる。


 俺は言った。


「……タイバーンで、そんな噂を聞いたような」


 俺がいったことのある場所で、帝国から1番遠い場所を答えておいた。帝国サイドに確認のしようがあるかどうかはわからないが、あったとしても時間はかかるだろう。




 それから裁判は喧々囂々の言い争いとなった。


 ヌルチートや魔族スパイの催眠魔法など、人心を操る術の存在のためアレクシスが陥れられようとしていると主張する皇太子サイド。

 ワルブール伯は自白魔法までかけられて証言したのだからアレクシスがテロリストで確定だと主張するヒゲヅーラサイド。

 間に挟まれながらも蚊帳の外となった俺とラリア。

 そしてうつむいたままずっと黙っていたシスタ・イノシャ。


 城を破壊するほどの凄まじいスキルを持つアレクシスをどうやって収監するのかと懸念する裁判長。だからビビって無理やり無罪に持っていこうとしているのかと詰めるヒゲヅーラ。ブアクアの実でスキルを封じれば収監は可能だとちゃちゃを入れる捜査局長。ブッ殺すぞと叫ぶ皇太子。


 何も結論は出なかった。

 結局、地下のエンシェントドラゴンが見つかるまでは裁判停止、ということに落ち着いた。





 裁判室を出て、俺は城の中庭を歩いていた。

 新鮮な空気が必要だと感じていたからだ。ラリアは左腕から降りディフォルメを解除して、生垣の花を眺めながら俺の前を歩いている。


 後ろから誰かに呼びかけられた。振り返ると皇太子だった。彼は俺の隣りに並び、共に庭を歩く。


「まったくめんどくせえ。何だってアレックスがオルタネティカを攻撃しなきゃならねえ? あいつはそんな奴じゃないし、第一理由がねえよ」


 前を見ながら開口一番独り言のように喋っていた。俺は言った。


「あのヒゲヅーラという人物。ずいぶん彼女を疑っていたな。何か証拠があってああ言っていたんだろうか」

「何もねえのさ。あいつはワルブールの友だちだ。あー……特殊な、男同士の……友情関係にある」


 俺はチラリと皇太子の横顔を見た。彼はただ真っ直ぐ前を向いていた。


「だがワルブール、自白魔法とやらで証言したんだろう? 嘘はつけないということでは?」

「あんたも彼女を疑ってるのか⁉︎ あんたらは同じ……」


 そこで皇太子は声をひそめ、


「転生者だろう……?」

「俺の世界には人間が70億人いた。俺だって全員と友だちってわけじゃない。いい奴もいれば悪党もいるし、そのどちらにもなれない奴もいた。そして俺は彼女とも……実際には、彼、だそうだが、もちろん友だちじゃない」

「で、でもよ……」

「そんなに真相が気になるなら自白魔法を使ってみたらどうだろう? 1発ではっきりするのでは?」


 俺がそう言うと、皇太子はがりがりと頭をかいた。そして言った。


「……ワルブールな。廃人になったよ。それが自白魔法さ」


 そして彼はため息をついた。


 考えてみれば……裁判の席に、1番の証人であるワルブールの姿はなかった。自白魔法の副作用か何かで出廷できなかったのか。


「……だからヒゲヅーラはブチギレなのさ」


 もう1度ため息をつき、


「さすがに帝国でも最上級の貴族、おまけに女のアレックスにそんな魔法はかけられねえって判断だ。だからあの場であいつの無罪を勝ち取りたかったが……」


 彼は俺を振り返った。


「なあ……ほんとにいると思うか?」

「何がだろう」

「ドラゴンさ」


 それについて何と答えようか考えた。

 ラリアが生垣の、白い花を指でつついている。

 俺は言った。


「あの場では言わなかったが……」

「なに?」

「……エンシェントドラゴン。魔女が造ったんじゃないかと俺は考えている」

「な、なに⁉︎」

「ガスンバで、魔女の子供を名乗る女の子がそう言っていたんだ。だから俺はアレクシスに頼んで魔女研究院へ入れてもらった。君と初めて会ったのもあそこだったな」

「どうしてそれ、裁判で言わなかった?」

「議題と関係ないだろう。それに……アレクシスは魔女研究院に出資している」

「あ……」

「第2騎士団、魔女の遺物探索を任務とする魔女狩り部隊も彼女の子飼いと言われているそうじゃないか」

「う……魔女とドラゴンの関係の話なんかしたら……」

「合成魔獣かも知れないドラゴンの造り方を知るために、魔女の研究をしているんだと思われたかもな。アリー家は合魔研のスポンサーでもある。疑うなと言う方が無理だ」


 皇太子は立ち止まった。俺もそれに合わせて歩みをやめ、振り返る。


「……知ってて黙っててくれたんだな。やっぱりアラモスさんはあいつのこと疑ってないってことか」


 俺は特に何も答えなかった。


 俺はどっちでもよかったのだ。

 俺はただ妖精王スピットファイアに言われたとおり、全ての転生者と共にゴースラント大陸へいく。

 それだけだ。そうなれば我々は、元の世界に帰れるという話のはずだった。だったらこの異世界においての法律違反など、追求したところで仕方がないと思っていただけだ。

 ただそれを、俺の前で中型犬のようにキラキラした瞳で俺を見つめている皇太子に伝える気にはなれなかった。

 粗暴な彼の人生を変えてくれた、母親がわりの家庭教師が、ここからいなくなるということを。


 再び歩き出すと皇太子もついてきた。


「けどよ……マジなのかい、ドラゴンを魔女が造ったって……」

「どうかな。俺もそれを調べにきたというのがオルタネティカにきた理由の半分だ」

「う〜ん……俺そんな話初めて聞いたぜ。チレムソーの神話にもそんなもん書いてないはずだしなあ……」


 呟き声を聞きながら、俺はスキップしながら前をいくラリアの背中を見ていた。


 それについても考えなければならないところだった。

 正確に言えば、アレクシスにそういうことについて尋ねなければならなかった。

 俺とアレクシスはそもそも、世界の終わりとやらがどういうものか調査すべく、神殿で教典を調べようとしていたのだ。アレクシスしか読むことを許されなかったので俺は見ていないが、そのあと昨日の事件が起きた。


 アレクシスは教典を読んだはずだ。

 何が書かれてあったのか尋ねたかったが……。


「アレクシスには会えるだろうか?」

「いや、面会謝絶だ、さすがにな。騎士団の砦にいるのだって特例扱いだから……」

「そうか」


 では結局、少なくともアンダードッグ区の調査が終わるまではお預けということになるのだろうか。最悪、ツェモイ団長には悪いが、砦に突っ込んでいって乱暴なやり方でアレクシスを脱獄させるという手も頭に浮かんでいた。元の世界に帰れるという選択肢のためか、どうにもエゴイスティックな考え方になっているようだ。


 では調査が終わるまでは何をするか……。

 そう考えていた時だった。


 前方に庭の終わりが近づき、城門へ通じる通路が見えてきた時、背後から足音がした。

 振り返ると同時に俺たちの脇をすり抜ける者が。


「おつかれっしたー」


 俺はそのツインテールの少女のポンチョを掴む。


「待てアリス」

「な、な、何、離してよ! 大声出すよ!」

「そんな短い挨拶で立ち去るだなんて水くさいじゃないか」

「な、何よ……あーしにもう用なんかないっしょ?」

「いいや。ちょうど君に訊きたいことがあったんだ」


 俺はアリスのポンチョを離してやった。こちらを振り向き、俺と皇太子を交互に見るアリス。怯えたリスを連想させた。


「何……訊きたいことって……?」

「昨日のヌルチートの出所だ」



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― 新着の感想 ―
[良い点]  踊りて進まず。お歴々が集まり話し合い平行線を進む。繰り返す主張。感情論。そもそも論。水掛け論に終始し棚上げで終わる。  全ての転生者を連れていくという事は嫌がる転生者にも容赦しないという…
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