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第212話 欠席裁判

私を傷つけるものは私自身である。

私が受ける傷は本来私自身が持っている傷である。

私自身のもたらした悩みを除いては、そうした悩みは全て幻に過ぎない。


ー聖ベルナールー


 アレクシス(通称アレックス)の審問会が再び開かれたのは、皇帝の寝室での一戦があってから、翌日の夕方のことだった。


 それは城の、裁きの間とかいう、裁判所めいた部屋で行なわれた。


 俺ことロス・アラモスは、その裁きの間へと通じる、緑色の絨毯が敷かれた廊下を歩いていた。

 左腕にはラリアがいる。

 城の連中は皇族や貴族の列席する審問の場に獣人を入れるのははばかられるとか何とか言っていた。だが俺は、ラリアがいけないのなら俺も出ないとゴネた。


 何があるかわからないからだ。寝室においてのあのパジャマパーティーの時だって、城の者たちの言うことを聞いたがために、俺は全裸を貴族令嬢に見られるという辱めを受けることになったのだ。

 結局ヤマト皇太子が理解を示してくれて、今こうして俺は大手を振って場内を闊歩しているというわけだ。


 俺の前には案内役が歩いていた。廊下の先、右側の壁にある扉を示し、「あれが裁きの間です」と言った。


 俺は昨日の大騒ぎにおける重要参考人として、出廷を命じられていた。何を問われ、どう答えるべきか何も思いついていなかったが、とにかく俺はそこへ向かわねばならなかったらしい。


 近づきつつある裁きの間に目をやっていると、廊下の向こうから誰かが歩いてくるのが目に入った。


 チレムソー教会のシスター。イノシャだった。


 他に2名の、神官らしき男につき添われている。細身の体に黒い髪を揺らす彼女はうつむきがちに、こちらの方へ歩いてくる。ふと、顔を上げて立ち止まった。


 俺と案内役も立ち止まった。ちょうど裁きの間の前だった。


 案内役が扉を開けると、神官2人が先へ入っていく。

 レディーファーストの習慣はこの国にはないらしい。それとも男が先に入って安全を確認するスタイルでもあるのだろうか。


 少しだけ、シスタ・イノシャと目が合った。


 チラリとだけこちらを見たのだ。

 彼女が先へ行くんだろうと思い、俺は待った。

 シスタ・イノシャも止まっている。彼女もまた俺が先へ行くのだと思っているのだろうか?

 その間、お互い視線を合わせない。彼女は廊下の壁、俺はドアの脇に置かれたネズミを模した置物を眺めていた。


「マスター、入らないですか?」


 ラリアがそう言った。シスターは置物のごとく静止していたので、構わず入ることにした。


 部屋の中は周囲の壁に円形のベンチが数段並んでいる。スタジアムというか、すり鉢のような構造だった。

 すり鉢の中央に宣誓台のような縦長の台もある。


 その向こう、すり鉢の上の方に、黒いローブを着た偏屈そうな老人が座っている。あれが裁判官的な人物だろうか。周囲のベンチにはすでに、高価そうな服を着た男たちが着席していた。


 入り口から見て左側の席に、皇帝とヤマト皇太子が座っている。皇太子は1度俺と目が合ったのだが、顔を強張らせてすぐに目を逸らした。


 シスタ・イノシャは、皇帝の近くの席。入り口より奥側へ案内されていく。

 俺は右だった。ちょうど皇太子たちの対面の席。


 中央に座っていた、黒ローブの老人が、テーブルをハンマーで引っぱたいてから、言った。


「静粛に。これより公称アレックス・アリー。真名アレクシス・アライドの審問を行ないます」


 中央の宣誓台は無人だった。アレクシスの姿はない。


「ええー、慣習にのっとり、この場にてもあえてアレックスという公称でお呼びするとしまして……アレックス様はこの場にはお出になっていただけませんが、このまま始めさせていただきます」


 俺の近く、左側の方に座っていた貴族風の男が、さらにその隣りの男と囁き合っている声が聞こえる。


「欠席裁判とはこれはまた……」

「アレックス嬢は、第2騎士団の常駐する砦へと引きこもっておるそうで」

「砦と言うと、帝都の北の?」

「ええ。そこから自分は潔白である、家族の身の安全を保障しろと、こう言っておるわけですな」

「何と勝手な……それでは法をないがしろにしているようなもの……?」

「まったくですな」

「皇帝陛下は何もおっしゃらないので?」

「陛下と皇太子殿下が好きにさせてやれと仰せなのですよ」

「なぜ……」

「さあ……?」


 俺は、部屋に列席している人々を見渡してみた。

 近くでヒソヒソ話をしている2人のみならず、この場にいるほとんどの者たちの顔に、疑問と不満の色が見えていた。


 昨日の大騒ぎのあと、アレクシスはツェモイ団長率いる第2騎士団と共に城を出て、砦とやらへ移った。


 理由は、とにかく怖いとのこと。信用できる人間としかいたくないと言うのだ。ヌルチートを所持した複数の男性に襲われかけたことで恐怖を感じているのだろう。ツェモイ団長はどうやらアレクシスから事情を聞いてヌルチートの脅威があることを察したらしく、アレクシスを守るため徹底抗戦の構えを見せた。


 アレクシスが第2騎士団の砦に滞在する許可を出したのは、向かいの席にいる皇帝親子だ。

 あのあと俺からヌルチートとは何かを彼らに説明することになったのだが、そういうことならば仕方がないと理解を示してくれたのだ(皇帝はあの行為をかなり恥じ入っていた)。


 それにだ。

 アレクシスが転生者であるということも、下手に刺激できない理由になったようだった。

 アレクシスが転生者であることは、あの時寝室にいた者だけの秘密とされたが、帝国人とて転生者の噂ぐらいは知っている。アレクシスが全力で暴れれば帝都の被害は甚大なものとなるとの、皇帝の判断……というか建前だった。


 裁判長らしき黒ローブの男が言った。


「えー、そもそもがですね、前回の審問会では、アレックス様がアンダードッグ区の地下に眠っていると言われる、エンシェントドラゴンを復活させ、オルタネティカ帝国に反旗を翻そうとしているとの結論が……」


「デタラメだっ‼︎」


 さっそくヤマト皇太子が叫んだ。


「アレックスはそんなことする奴じゃない!」

「ご静粛に。畏れながら皇太子殿下。これよりその件について再度、真偽のほどを審議……あ、今の面白くないですか?」

「アレックスは無罪だ! 俺や親父たちはあの時聞いていた! 魔族のスパイがいて、そいつが自分の口から言ったんだ、オルタネティカを内側から崩すためにアリー家とワルブール伯が対立するよう工作してたと!」


 裁判長はハンマーでテーブルを引っぱたき「ご静粛に!」ともう1度。


「それに関してはもちろん、帝国捜査局の方で魔族に対する尋問が行なわれております。ですよね? 局長」


 裁判長が振り返った先には、体格よく立派な風采をした黒人の男性が。


「鋭意調査中であります」


「今さら意味あるか⁉︎」皇太子が立ち上がって言った。「俺たちは野郎がてめーからゲロするのを聞いてたんだぜ!」


「息子よ」皇帝が言った。「口を慎め。あと言葉遣いが汚い」


「けどよ、親父! 親父だって聞いたろう⁉︎ あの場には俺たちだけじゃなく、上級貴族の奴が1人、宮廷料理人、合成魔獣研究所の室長、近衛兵が5人! それから……」


 皇太子は指を5本揃えて俺を指し、


「アラモスさんもいた! それに……」


 そして今度はシスタ・イノシャと2人の神官を振り返り、


「神殿の神官長もいた! これだけの人間が、本人が喋るのを聞いてたんだぜ! ドラゴンがどうだとかそんなもん奴が流したデマに決まってる!」


 皇帝は皇太子の服の裾を引っ張っていた。不満気な顔をしながらも大人しく従っているうちに裁判長が言った。


「神官の方々にお伺いしたい。神官長様は……?」


 問われた神官たちのうち、シスタ・イノシャは顔を伏せていた。彼女を挟んで座る2人は、チラチラ横目で彼女を見ている。

 どうも2人は、シスターが代表して答えるものだと思っているのだろう。シスターはやっとその視線に気づいたのかキョロキョロしたのち、


「え……私……?」


 と、蚊の鳴くような声で呟いた。右隣りの神官が言った。


「えっと、神官長様はオークの男に首根っこを掴まれたためちょっと調子が悪いそうで、代理としてイノシャ様が……」

「ああそうなんですか、お大事に……それで、神官長様は何と……?」

「神官長様もたしかに、あのスパイ本人がそう言ったと」


 右隣り神官はさらにこうも言った。


「この場にイノシャ様がいらっしゃったのも、イノシャ様はアレックス様と懇意にされていらっしゃるからで、イノシャ様がおっしゃるには、アレックス様はとてもそのような大それた真似をなさるお方ではないとのこと……」


 すると、部屋の俺側の席に座っている、髭面の壮年の男が言った。


「お言葉ですが、それはイノシャ様の主観では? 審問の場において重要な意味を持つとは思えませぬが」


 その髭面の周りに座っていた、同年代ぐらいの男たちも一斉にうなずいている。


「無礼な!」右隣り神官が言った。「イノシャ様はチレムソー神に仕え、恵まれぬ者たちに手を差し伸べ続ける慈母のごときお方! 我らがアイドルイノシャたんに対する無礼は許しませんぞ!」


 髭面たちはニヤニヤと笑いながらも、「口が過ぎました、お許しを」と、わざとらしくこうべを垂れた。


 次に裁判長は、再び捜査局の局長に話を振った。


「お答えさせていただきます。現在我々帝国捜査局ではかのスパイに対する尋問が行なわれておりますが、彼奴はたしかに工作目的で帝国に潜入したと自白いたしました」


「そら見ろ!」皇太子だ。


「ご静粛に!」


「ですが捜査局としましては、それをもってしてアレックス様の潔白を証明する材料と言い切ることはできかねます……」


 皇太子は局長をギロリと睨んだ。局長は顔に脂汗が浮かんでいるようだったが、


「……まだ尋問の途中ではありますが……かのスパイはアンダードッグ区のドラゴンについては口を割っておりません。と言うより、どうやら本当に知らないように見えると、担当の者は感じているようです」


 局長は手元にある資料の紙をめくりつつ、


「ドラゴンについて問われたスパイはこう言ったそうです。『そんなものがあるのかい⁉︎ ならどうして僕はわざわざ面倒な真似をしてスパイなんか……? こっそり目覚めさせるだけで1発でドカンじゃないか……と言うかもしそうなら僕までヤバイじゃないか……そんな話聞いてない……』だそうです」


 スパイのセリフの部分は棒読みだった。

 次に裁判長は、新たな証言者を部屋内に呼び入れた。


 宣誓台に歩いていく人物は、見たことのある男だった。

 裁判長は言った。


「あなたはアリー家の依頼を受け、アンダードッグ区の工事計画を任されていた現場担当者ですね?」

「さいでがんす……」

「では、アリー家及びアレックス様から支持された、かの区の工事範囲をお聞かせください」


 証言者として呼ばれた男は、俺がアレクシスの護衛としてアンダードッグ区へいった際、区を担当する役人と一緒にいた現場監督だった。


 彼は訥々と説明した。

 アリー家に依頼された工場の建設であり、アンダードッグ区の地上部分についての話しかしていないと。裁判長は地下について尋ねたが、現場監督はそれについては何も聞かされていないと答えた。


「チレムソー神に誓って?」

「さいでがんす。工事の計画書は捜査局の方へ提出してあって、それのとおりでがんす……」


 現場監督は退出した。裁判長が捜査局長に尋ねると、局長は大工ギルドの資材と金の流れを追ってみたが不審な点はなかったと答えていた。地上の工場を建てる分のコストしか動いていないと。


 次に呼ばれた証言者も見知った顔だった。


 合成魔獣研究所の研究者。

 アリスだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] すさまじい茶番臭がするよ!? さすがは用意周到な至高の前髪の男、ロス・アラモス ラリア装着し準備万端抜かりなしで挑む法廷劇 [一言] 神官たちバカっぽくて好き イノシャたんをバカにするや…
[良い点]  法廷劇。すごく宮廷モノだ。皇帝。皇太子。陰謀。貴族の御令嬢。そして裁判。哀れ御令嬢は監獄送りか。教会か尖塔に幽閉か。なんて可哀想な御令嬢。単独で小一時間もあれば帝都を火の海に出来る武力が…
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