第209話 裸のガンを持つ女
《パウンドフォーパウンドのスキ》
《不正な妨害が行なわれています。スキルを発動できません》
迫りくる皇太子。
全裸に帽子のみの俺は回廊の縁にある柱に身を隠した。皇太子が回り込んでこようとするのを、反対側へ回ることで牽制する。そうやって柱を挟んでぐるぐる回る。
「ふはははは! 転生者ともあろう者が無様なものだね!」
長髪野郎が何か言っていた。横目に見ると奴は回廊の中にふわりと舞い降りた。たしかにその位置なら下からの銃撃を避けられるだろう。
俺は言った。
「おい殿下、こんなことをしている場合じゃない。先に奴を倒してアレクシスを救おう」
「あんなカスはいつでも仕留められる。けどあんたは、俺が親父とやり合ってる間に逃げようとしたからな。まずは確実に……!」
右側から手を伸ばしてきたのを何とか躱す。
長髪野郎の方を見やると、奴は回廊に立ったまま俺たちを見ていた。
ヤマト皇太子の実力であれば奴を仕留めることなど造作もないだろう。そして奴は皇太子にとって興味のない存在であり、皇太子にはアレクシスを共有する趣味もない。
このまま俺が倒されれば次にターゲットにされるのは自分だろうに、奴はのほほんと鬼ごっこを観戦している。
皇太子から逃げながら、俺の頭にはよくない予測がよぎっていた。
長髪野郎は他者を催眠にかけ、自らの味方にするスキルがある。奴は俺が倒されたあと、それを皇太子にかけるつもりなのでは?
皇太子はここにいるが、近衛兵長がこない。ということはおそらく近衛兵長と皇帝のヌルチートは駆除されたはず。
であれば長髪野郎にもう味方はいない。洗脳された皇太子だけが残るだろう。正気に戻った皇帝は息子とアレクシスを助けようとするだろうが、皇太子は《剣聖》のスキルで暴れるに決まっていた。
皇帝の子供は皇太子ただ1人。オルタネティカ帝国は彼を傷つけることはできない。この状況は解決するどころか、より一層悪い方向へ向かっていく……。
そこまで考えた時だった。
《ヤマト皇太子はザ・カラテ・ブラックベルトのスキルを発動しています》
「ちぇりあああぁぁぁぁッ!!!」
俺が盾にしている柱に、派手な音と共に衝撃が加わった。
皇太子は反対側。彼がもうひと声叫んだ。
衝撃音と共に柱に亀裂が入るのが見えた。
もうひと声。
柱が真っ二つにヘシ折れた。
皇太子の手刀だった。折れた柱の向こうに、手刀を振り切った皇太子の姿があった。
「これでもう俺たちを邪魔するものはねえ!」
柱を飛び越え、皇太子が躍りかかってきた。
万事休す。何の策もない。俺の両腕を抱きかかえるようにして組みついてきた皇太子。
ふと。
音が聞こえた。
野良猫を追い払う、センサー式の音波発生器のサウンドのような音。
同時に誰かが悲鳴をあげた。
俺ではない。アレクシスでもない。
皇太子の背中の、ヌルチートだった。
俺の首の後ろから皇太子の腕が巻きついてきた。フロントチョーク。気道が閉まって呼吸ができない。
「ちょっとの間、落ちててもらうぜ、アラモスさん……!」
俺はその姿勢のまま長髪野郎を横目に見た。
奴の背中のヌルチートもまた悲鳴をあげていた。長髪野郎も狼狽したように背中を振り返ろうとしている。
《ザ・マッスルのスキルを発動しました》
皇太子の腕を両手で掴んだ。みちがえるように力がこもっていた。
「離せィ!」
力づくで振りほどき、回廊中央の壁へ投げつける。皇太子は壁まで一直線に飛んでいき、宙返りして足で壁を蹴って着地した。
「な、なぜだ⁉︎」長髪野郎が言った。「なぜスキルが使える⁉︎ ヤモリに封じられているはず……⁉︎」
こっちが知りたいことだった。
だが、
《剣聖・サッキレーダー。3時の方向》
右。そちらへ目をやった。
左回りの回廊の奥に扉がある。
そこに若い女がいて、半身だけ出してこちらを見ていた。
茶髪のツインテール。短めのポンチョを着て、ホットパンツとウェスタンブーツを履いている少女。どこかで見たことがある……。
思い出した。
「君は……サッカレー王国にいた、アリス……⁉︎」
ハル・ノートの妻だった少女だ。ヌルチートを使ってハルのハーレムとなり、俺がハルを捕まえたあとは東へ逃げ去った、あのアリスだった。
アリスは手に何か、拡声器とクランク式のハンドルのついた箱を持っていて、俺が声をかけると首をすくめた。
「アリスさん⁉︎ どうしてここに⁉︎」
叫んだのはアレクシス。知り合いなのか?
アリスが言った。
「ロ、ロスくん、早くやっつけちゃって! 今ならヌルチートの呪いを無効化できるよ!」
そして箱の拡声器部分を皇太子へ向けると、ハンドルを回し始めた。
先ほど聞こえた、音波だ。同時に2匹のヌルチートが悲鳴をあげ始めた。
「うっ……そこの女! 何やってる!」
叫ぶ皇太子に、俺は構わず突進した。
《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》
《ヤマト皇太子はザ・カラテ・ブラックベルトのスキルを発動しています》
皇太子の下段蹴り。踏み込む俺の足の、左膝が狙われていた。俺は素早く左足を上げ、彼の蹴り足の上から踏み地へ叩き落とす。足の甲も踏みつけたまま。
「ちぇいッ!」
左の正拳突きが飛んできた。狙いは俺の胴。それを右腕で受け流すように内側へ巻き込む。
皇太子がつんのめった。俺は前傾姿勢となった彼の背中に、右腕で巻き込んだ回転のまま体を乗り上げ、背後へ回る。
着地。ヌルチートの背中が丸見え。すかさず渾身の右ストレートを叩き込んだ。血反吐をブチまけるヤモリと共に、皇太子は倒れこみつつ柱の方へ滑っていった。
彼は床に手をつき起き上がりこちらを振り返った。
「……あれ? アラモスさん……俺は、何を……?」
正気に戻ったらしい。
俺はアレクシスへ言った。
「あとはそいつだけだ。もうスキルは使えるぞアレクシス!」
はっとしたような顔をしたアレクシス。彼女は抱えられた状態で長髪野郎をふり仰ぐ。
2人の目と目が合った。
「うわーーーーッ! 離してーッ!!!」
《アレクシスはザ・マッスルのスキルを発動しています》
あっけなく突き飛ばされた長髪野郎はアレクシスのドレスの上着を掴んだが、ビリビリと破れただけでもう彼女を拘束することはできなかった。
それでもまだ捕まえようと、彼女の方へ歩み寄ったが……。
《アレクシスはザ・カラテ・クリムゾンアンドホワイトベルトのスキルを発動しています》
「ちぇいすとぉぉぉォォォッッッ!!!!!」
視認もできない速度の正拳突きが飛んだ。
胴に当たったのだと思う。長髪野郎は後ろではなく縦に跳ね上がった。横倒しになった体が水平に、ヘリコプターのローターのようにブンブンと回りながら天井へ激突。悲鳴1つもあげることなく、落ちてきたあとはピクリとも動かなかった。
「はあ……はあ……!」
破れたドレスの胸元を押さえ、息をつくアレクシス。
ヌルチートはみな片付いた。
意外な助っ人もあったおかげだった。後ろを振り向いてみると、アリスが相変わらず扉の陰からこちらをうかがっている。
俺はアレクシスに向き直り歩み寄った。
「終わったな。もう安心していい、ヌルチートはみんな死んだ……」
俺は思わず立ち止まった。
アレクシスが胸元に手を当てたまま、目を見開いて俺を見ていたからだ。
何か様子がおかしかった。
「おい、どうした……」
と言ったところで気づいた。
彼女の視線は俺の股間に向いていた。
そうだった。俺は今全裸だったのだ。よく考えてみたら、皇太子との格闘の際に帽子も手放したのだった。
「こ……こ……」
「……アレクシス、落ち着いて、俺は……」
「こないでーーーーーーーッ!!!!!」
皇太子も立ち上がりアレクシスの方へいき、
「お、落ち着け、何かわからないけどもう終わっ……」
「ギャー! 男ーーーーーッ!!!!!」
血相を変えたアレクシスは回廊の奥へ走り出した。
「待てアレクシス! 違うんだ!」
「アレックス、戻ってこーい!」
俺と皇太子は彼女を追って走り出したが、
「く、くるなーーーーーッ!!!!!」
走りつつ振り向いたアレクシス……。
《アレクシスはウェポンミュージアムを発動しています》
突然、アレクシスと俺たちの間の空間に、遮るように波紋が浮かんだ。
2つ。その波紋から何か金属製の太い筒のような物が1本ずつ、こちらへ向けてにゅっと伸びた。
俺と皇太子は立ち止まる。
筒は結構な長さがあるようだった。筒先に妙な見覚えがあった。筒先は少しだけ太く、左右に四角い穴が空いている。
その筒先は上下左右にゆらゆらと、何かを探すように揺れていたが、やがてピタリと止まった。
俺と皇太子へ向けて。
「ロス君伏せろッ! 戦車砲だッ!」
視界の左に城壁を登ってきたらしいパンジャンドラムの姿が入ったと同時に俺は皇太子を押し倒し、
「アリス、避けろッ!」
背後へ叫んだ。
同時に轟音。
回廊の後ろの方の壁が、粉々に砕け散った。




