第208話 脱衣のロス・アラモス
寝室を出ると、複数人の近衛兵や衛兵が倒れているのが目に入った。
おそらく寝室に突入しようとしたウォッチタワーを制止するため戦いになり、彼に昏倒させられたものだろう。それらをまたいで廊下を走る。
アレクシスを連れた長髪野郎は上へ向かった。俺も登り口を探す必要がある。
廊下の角から10人ほどの衛兵が曲がってくるのが見えた。
彼らが言った。
「止まれ! 怪しい奴、何者だ!」
俺が城に呼ばれた客だと知らないらしい。
何と説明したものか。後方の寝室では皇帝と皇太子が殴り合い、近衛兵長とオークが戦っている。
「貴様……貴様がそこに倒れている兵をやったのか!」
「違う、魔族だ。魔族のスパイが宮廷魔術師にまぎれ込んでいたんだ。アレクシ……アレックス嬢がさらわれた」
「な、何⁉︎」
名前が2つもあって、片方は公然と呼べないのは面倒なものだ。そして彼女には第3の名前もあるだろう。
「皇帝陛下は⁉︎」
「息子さんと対話している。長年2人の間に横たわっていた溝を埋め始めたようだよ。それより魔族を追いたい。奴は翼を持っていて、壁沿いに上に登っている」
「うぐ……飛び去る気か⁉︎」
「俺の仲間が壁に押し付けてはいる。ここから外へ顔を出せるところはないか?」
「んん……そうだ、回廊がある! 城の上部から帝都を見渡すための……」
「案内してもらえるだろうか?」
兵はうなずき、味方を指揮してそちらへ向かい始めた。
筒のように空洞になった空間の、壁際にある階段を上へ。そこを登り切ると回廊に出た。
中央に太い石の柱。外側はぐるりと細い柱が並び、隙間から夕暮れの景色が覗いている。日本の大きい都市にある、展望台のような空間だった。
パンジャンドラムが追い詰めているであろう、長髪野郎が登ってくる方向へ走った。
奴はちょうど、その背中をこちらへ見せつつ上がってきたところだった。
俺は右手の指を、ピストルのジェスチャーをするような形にして、その手首を左手で掴み構えた。
奴の背中のヌルチートが丸見えだった。このまま《ハードボイル》を撃ち込めば倒せる。
だがその時、長髪野郎が下からの弾丸を躱そうとしたのか、宙返りした。瞬間目が合う。
「おのれ黒帽子、いつの間に!」
《魔族スパイは高速詠唱のスキルを発動しています》
左脇にアレクシスを抱えていた奴は、右手のひらをこちらの方へ向けた。
火球だった。手のひらから高速で発された火球。狙いは俺ではない。
衛兵たち。
《パウンドフォーパウンド・マスター・オブ・シェルのスキルが発動しました。効果時間5秒》
マイクロウェーブは中断して衛兵たちを突き飛ばす。同時に俺に火球がヒット。
まるで熱くはなかった。皮膚にダメージもない。
《4……3……》
ただ服に火がついていた。頭の中のカウントダウンから察するに、カウントゼロになればダメージを無効化できなくなるのだろう。
俺は急いで服を脱いだ。コートも、シャツも、ズボンも。パンツも燃え上がっていたので、それもだ。
「ア、アラモスさん……お、おっきぃ……!!!」
アレクシスの悲鳴。
《0。マスター・オブ・シェルが解除》
間に合った。帽子だけは火がついていないのでこれは紳士の嗜みとして身につけておこう。宴会芸の盆でそうするように股間を隠す。
「うっ! あれだけの火に巻かれて火傷ひとつない彫刻のごとき美しきその肉体! 君は人間ではないのかい⁉︎」
「よくも俺の髪を燃やそうとしたな。手加減できんぞ」
左手の帽子で股間を隠し、
《ハードボイル発動》
右拳からは青白い光を放つ。
「ふん、ならこれはどうだ!」
《魔族スパイは催眠音波のスキルを発動しています》
長髪野郎の額から光の輪が連続して放たれた。
これも狙いは俺ではない。一瞬にして、兵たちがその光に打たれた。
「ふははは! この音波は人間の心を操り、僕の味方にすることができる! 僕はそうやって宮廷魔術師として潜り込めたのだ! さあ兵たちよ、そいつを切り刻むがいい!」
瞳がぐるぐるになった兵たちが、俺に剣を向けた。そして何のためらいもなく殺到してきた。
「ちっ!」
《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》
やむを得ず最初の1人に踏み込みの右ストレート。
次の者の顎を裏拳で薙ぐ。
側面から突き込んできたのを躱す。左手を離した代わりに右で股間を押さえ、左フック。
今度は前後から挟み討ちときた。俺は半回転し素早く両拳を伸ばして同時にノックアウト、素早く股間に手を戻す。
「ははは滑稽だね! 人間同士で醜く争う! そういう様を見ることこそ僕にとっての最高の愉悦! さあ、もっと踊ってくれたまえよ!」
しゃがんだり、回ったり、跳んだり。そうこうしているうちに全ての兵を打ち倒してしまった。
「え、もう終わり……? 君強すぎない……?」
「次は貴様だ。その髪2度と生えてこないように頭皮を焼いてくれる」
俺は兵たちが倒れ伏したなか、裸一貫長髪野郎に向き直る。
奴は上や、あるいは横に飛ぼうとしていたが、その度に石壁や柱に何かがぶつかる鋭い音がして、そのため今の位置から動けないようだった。パンジャンドラムの狙撃だ。逃さないようにしているのだ。
長髪野郎の表情は歪んでいた。脂汗すら浮かべていたが……。
ふと、俺の左の方を見て、笑みを浮かべた。
「ふふふ……黒帽子の男よ……まだダンスは終わりじゃないよ……!」
俺は左を振り返った。
柱の隙間から差す夕焼けの光。
柱の1本1本の影とコントラストをなしている。
そこに皇太子が立っていた。
衣服はボロボロに引き裂かれていた。
「やあアラモスさん……待たせたな……」
彼の背中にはまだヌルチートがへばりついている。
俺は言った。
「……俺の仲間はどうしたんだろう?」
「タフな奴だったが、俺の敵じゃなかったね」
「傷つけたら承知しないと言わなかったか?」
「なぁに……気絶してるだけさ……」
皇太子は鼻息も荒く、ギラついた目で俺を見ていた。
長髪野郎が言った。
「ククク……君たち転生者は、このヤモリを向けられているとまるでスキルを使えないんだったね……さあどうする?」
アレクシスが叫んだ。
「殿下! おやめください! その人に倒れられたら私は……!」
皇太子が言った。
「問題ないさアレックス……その魔族は俺がブッ殺してあんたを守る。だがその前に……」
地を蹴って突進。
「逃げられないように、まずはあんたが先だよ、アラモスさんッ!」
挿絵を描けなかったのは残念だ。




