第204話 アレクシス・アライド
「親父、説明してくれ……こりゃいったいどういう絵面だ……⁉︎」
ヤマト皇太子が絞り出すように言ったのもうなずける状況だった。
皇帝の寝室に集まった、俺、皇太子ヤマト。
上流貴族の子息カダス、ウェーブのかかった黒髪のイケメン。料理人。
神官長と合魔研の室長。
5人の近衛兵。
12人。
アレックス嬢に、皇帝。
総勢14人。
これらの何の関連性があるのかわからないメンバーが、広めに造られているとはいえ皇帝の寝室に一斉に入り込んでいるのだ。
しかもアレックス嬢はベッドに押し倒されていて、押し倒している方は皇帝である。
アレックス嬢の両腕を押さえたまま、壮年の皇帝は振り返って言った。
「息子よ。これには訳があるのだ」
「ないのにやってるとしたら余計困るぜ」
「これはアレックスを守るためなのだ」
手を離し身を起こす。
アレックス嬢は素早く起き上がって、こちら側にこようとしたが、ウェーブのかかった長髪野郎(長髪野郎)に抱きとめられた。
「よいか息子よ……先ほど執り行なわれた審問において、これなるアレックスが反逆を企てているということがわかった」
「嘘だ!」
「聞くがよい! 余とてそのようなことは信じてはおらぬ。だが議会がやかましいのだ……議会は自白魔法によって証言されたワルブール伯の言い分に信憑性を感じておる。それに真偽はいずれにあるにせよ、アリー家とワルブール伯の対立によりオルタネティカの結束が乱れることを議会は憂慮しておる」
ベッドに腰掛けた皇帝は続けた。
「おまえとアレックスは婚約を交わした間柄だ。このままワルブール伯のみを裁いただけで終わらせたとて、議会は納得せぬであろう……」
「それで?」
「……余はやむを得ず、おまえとアレックスの婚約を解消させてもらった……」
皇太子と皇帝が喋っている間、俺は寝室を見回した。
俺から皇帝を向いて左側に窓がある。窓の向こうの景色には、森が描く地平線しか見えない。この部屋はかなり高い位置にあるようだ。
右には窓はない。城には2つの尖塔があるはずだが、左に見えないということは右側にあるのだろう。
「なあ親父。それがこの乱痴気騒ぎと何の関係があるんだ?」
「うむ、それを話そう。余はおまえしか子がおらぬ。余の亡きあと、帝国を継ぐのはおまえだけ。だからこそ余はおまえに妻を持たせたかった。偏屈なおまえではあるが、アレックスならば上手くいくのではないかと思っていた」
しかし……と皇帝は言う。
「それでもおまえに不安は残っていた。わかっているな?」
「今何の関係がある」
「余は常々考えていた。婚約をさせたはいいが、おまえは結局、アレックスと上手くいかぬかも知れん」
「なあ親父……」
「おまけにこたび、ついに婚約まで破棄させることになってしまった……このままではオルタネティカはおまえの代で……」
「親父……」
「……っというわけで考えたのだ。じゃー余がアレックスと結婚すればいーじゃん! ……って」
寝室に沈黙が流れた。
アレックスの、サイクルの早い吐息が音を立てているだけ。呼吸が浅いのだろう。
皇太子が言った。
「…………………………は?」
「息子よ。幼少の頃おまえの母、余の妻は逝った。余にはわかっていた。おまえが乱暴で、誰のいうことにも耳を貸さず暴れていたのは、母の愛に飢えていたからであろうと。だから余は、歳の近いアレックスにおまえを任せてみた……」
「い、いや、ちょ、ちょっ」
「余の試みは功を奏した。アレックスのおかげでおまえは立派な若者に育ってくれた。アレックスはおまえの母代わりとしての務めを見事に果たしたのだ」
「いや、あのな?」
「っというわけで余は思ったのだ。こりゃいーじゃん、ヤマトは妻を求めておるのではなくってママを求めてるんじゃん、じゃー余がアレックスと結婚すればアレックスヤマトのママじゃんって!」
皇太子ヤマトは皇帝の方を向いていたので、俺には彼の背中しか見えない。
それでも彼が皇帝の顔を見たり、長髪野郎に捕まっているアレックスを見たり、忙しなく顔を動かしているのがわかった。おそらく口もパクパクさせたりなんかもしているんじゃないだろうか。
彼は言うべき言葉を探しているようにも見えた。だが何を言えばいいのか思いつかないのだろう。
「ヤマトよ。いや真の名で呼ぼう、我が息子ヤシムネイトよ。アレックスとて我が妻となれば栄耀栄華を自らのものとできよう。誰にとっても悪くない話だ」
アレックスが叫んだ。
「私にとっては最悪ですよォ!!!!!!」
「なぜだアレックス! いや、アレクシスよ!」
「真名で呼ばないでください!!!」
「もう余とおまえは夫と妻となるのだぞ、家族のみが呼び合える真名の方が……」
「なるつもりないですから!!! ほんと……ほんとやめてください! 殿下、助けて! アラモスさんも!」
アレックス嬢……いや、本名はアレクシスと言うのか? とにかく彼女は涙目だった。
「なぜだアレクシス! オルタネティカ帝国の帝妃となれるのだぞ! 好き嫌いはまあわかるがまさかそんな嫌がられるとはちょっと予想外!」
「だって……だって私は……っ!」
長髪野郎の腕の中。アレクシスは叫んだ。
「“男”だからですっ!!!!!!!」
えっ、という声が漏れた。
声の方をチラ見すると、漏らしたのは近衛兵長だった。他の近衛兵を見ても、やはりポカンとしている。
皇太子も固まっていた。皇帝も、最初から寝室にいたカダスや料理人も。長髪野郎も腕の中にいるアレクシスを見下ろしていた。
「私はっ! ほんとは女じゃないんですっ! 男なんですっ!」
「いや、ちょ」皇太子が絞り出した。「アレックス、何言ってんだ……」
「私はっ……本当はこの世界の人間じゃないんです! 違う場所から……たぶん魂だけできたんです! それがなぜか女の子の体として産まれてしまって……でも本当は男だったんです! だから男と結婚するだなんて嫌だーーーーっ!!!」
その場にいた全ての人間が互いに顔を見合わせていた。
困惑しているのだ。唐突にそんなことを言われれば誰だってそうなるだろう。
だがこのロス・アラモスは困惑する気分にはなれなかった。
正確に言えば、おそらくこの状況困惑している暇自体がないのだ。
アレクシスは自分が転生者であることを自ら打ち明けた。俺もそんなことはわかっている。
そしておそらく。
この寝室に最初からいた奴らも、全員それを知っていたはずだ。
絶句している皇太子に代わり俺は言った。
「お話中失礼。俺はロス・アラモスというもので、何というか成り行きでここにいるのだが……」
寝室の人々が一斉に俺を振り向いた。
「先ほどからお話を拝聴させていただいていたが、不自然な点があるよな?」
1度咳払いをして、
「仲があまりよくないのを押してあえて真名で呼ばせてもらうが、そちらのアレクシスなる女性を皇帝の妻にしたいというのはまあわかった。それはそれとしてだ。なぜその夫婦の行為を先走ろうとしているのを、そちらの」
カダス、長髪野郎、料理人、それから神官長や室長を指しつつ、
「男たちが間近で見ている中でやろうと思ったんだろう?」
そんなことは俺自身訊かなくてももうわかっていた。
ただ問題なのは。俺の予想が正しければ(もう正しいに決まっているが)、皇帝たちは錯乱している。
おそらくアレクシスを助けようとすれば、皇太子と近衛兵も含めて乱闘になるだろう。
その間俺はどう立ち回るべきか?
俺はこの場で決して、アレクシスさん転生者なんですか? 奇遇ですね僕もなんですよなどと言ってはならない。
「そ、そうだぜ!」皇太子が言った。「アレックスが何者なのかなんてこの際どうだっていい! 何でこんな、彼女が傷つくようなマネを!」
「聞け我が息子よ! アレクシスが転生者だということなどわかっていたのだ! 何者かが知らせてきたのだ!」
「だ、誰が……」
「それはわからん! 匿名の手紙であった! だが考えろ息子よ、転生者といえば凄まじいスキルと卓越した知恵を生まれながらに持つ者! どうりで昔から賢い子であったと思っていたが腑に落ちたわ!」
「いや、そりゃたしかに……」
「思い出話は今はよそう。息子よ、重要なのは、その転生者が皇帝の一族となり、その血を受ければ……オルタネティカは永遠の繁栄を築ける!」
「だからって! アレックスは嫌がってるだろ!」
「ではおまえがやるか⁉︎」
「な、何……⁉︎」
「おまえにできるのか⁉︎ アレクシスと子を成すことが!」
「…………」
「だからこそ余がやらねばならんのだ!」
「……い、いやだから! 何でそれをこいつらの前でやるっつってんのかわかんねーってんだよ! だいたいこいつら誰なんだよ!」
皇太子がまず長髪野郎に視線を飛ばす。
「僕ですか……? 僕は宮廷魔術師。自白魔法の精度について審問会で説明するよう命じられまして」
そう言って怜悧な微笑みを浮かべた。
次に皇太子は料理人風の男を見る。
「えっ! オレっスか⁉︎ 宮廷料理人っス! 審問会に昼飯を運んだんスけど、なんか急にムラムラきちゃって! ンナーッハッハッ!」
皇帝が言った。
「息子よ! 今から我々でアレクシスを甘美な女体の快楽の世界へ連れていこーかなって思っとる!」
「何で、何で、何で!?!? 皇帝の妻だろ!?!?!? 何考えてんだ!!!」
「転生者だぞ!!! 素晴らしい恩恵はみんなに共有させるのが為政者の務めであろうがァ!!!」
皇太子はアレクシスを振り返った。
「アレックス! もういいそいつブチのめせ! できるだろ、責任は俺が持つ!」
「そ、それが……」
「どうした、早くこっちにこい!」
「なぜかこの人たちに見られていると、スキルが使えないんです!」
首をかしげた皇太子。
俺はため息をつくと、彼の肩に手を置いた。振り向いた彼に言った。
「責任は君が持つと言ったな」
「あ、ああ……」
「では俺がやろう。君も手伝ってくれると助かりはするが」
そして彼よりも前に歩み出た。
「申し訳ないが、彼女を離してもらおう。そうしないのなら力づくということになる」
「な……何だ貴様は、無礼者!」
「礼儀はもう必要ない。今君らは話し合いの通じる相手ではない。動物だよ」
「なぜ邪魔をする! わからんのか! アレクシスは皇帝の妃となるのだぞ! それに見ろ、周囲の男たちを! アレクシスを満足させるべく集まったイケメンパラダイスやぞ! 逆ハーレムやぞ!!!」
唾を飛ばして喋る皇帝。
俺は言った。
「諸君……君たちはハーレムを勘違いしているんだ……」
《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》




