第202話 悪役風令嬢、婚約破棄される
カシアノーラ大陸の覇権国家、オルタネティカ帝国。
俺たちが招かれた城はその名に相応しい威容だった。
中央に、天を貫かんばかりの勢いでそびえ立つ2つの大きな尖塔。その周囲を、中央より少し小ぶりの塔が6本。そこを起点に壁がぐるりと囲んでいる。
下から見上げるとまあ壮観だった。優美さと強さを同居させた、白亜の要塞といった風情で、夕暮れの近づく帝都に佇んでいた。
正面は北に向いているが、俺たちが乗った馬車は東門から入った。
門をくぐると、門と城の中間あたりに、馬車を方向転換させるためだろう小さなラウンドアバウト状のサークルがある。
その向こうの、高さが4メートルはありそうな木製扉の東玄関前で降りた時、黒いガウンを着た男が出迎えた。
「おお、あなた方が皇太子殿下とツェモイ騎士団長、ホッグス少佐からうかがった、ロス・アラモス殿とウォッチタワー殿ですな?」
男は名を名乗り、大臣と引き合わせることになっている部屋までの案内役を仰せつかった者だと言った。名前は聞き流した。
「いやぁ、ウォッチタワー殿はオークでいらっしゃいますからさすがに大きいですが、アラモス殿もまた背がお高い。うらやましいですなあ、何を食べればそんなに大きくなれるんです?」
「すまないが俺の背が高い原因は不明でね。そしてたぶん俺のせいじゃない」
「そうなのですか。まあそれはそれとして、さっそくお部屋にご案内……」
と案内役は入り口へ踵を返そうとしたが……立ち止まり振り返った。
顔をしかめている。
「あのう……大変申し訳ないのですが……当オルタネティカ城は、獣人は、その……」
チケット係はラリアが身長制限に引っかかりアトラクションは利用できないと言いたいらしい。
正直「ではこの件はなかったことに」と言って、オルタネティカキャッスルはやめにしてゲームセンターで休日を過ごそうと思わないでもなかった。
だがアレックス嬢の存在が気にかかっていた。
彼女はこの城の中にいるはずだ。中に入れば、会えたりするかも知れない。もっとも偶然の出会いを期待するにはこの城は大きすぎるような気もしていたが。
どこからともなく、石を叩くリズミカルなビートが聞こえてきた。
音の方に目をやると、城壁の内側に植え込みが列をなしているのが見えた。植え込みで遮られ向こう側は見えない。
「ロッさん、ラリアさんは預かっとこうかい? おれが」
「何をおっしゃいます、共に魔族と戦うことを決意してくだされた勇者、それにあなた方はエンシェントドラゴンに備えてくださる英雄なのです、オルタネティカは最大限の感謝の気持ちを示すべく、まずはご挨拶、それから皆様には宴をばと……」
ウォッチタワーは言った。
「実は外に仲間を1人待たせてんだ。その人に預かってもらうよ。ちょっと探してくるからよ、ロッさん先に入っといてくれねえか?」
彼がそう言うのへ、案内役は少しばかりしぶい顔をしていたが、「しばしお待ちを」と断りを入れてから1度城内に入っていった。
馬車は方向転換してどこか(たぶん馬屋)へ去っていった。槍を持って入り口を守る2人の兵と、俺たちだけ。
やがて案内役が戻ってきた。ウォッチタワーがラリアを“お仲間”に預けたら、すぐに案内できるように他の案内役をここで待たせておくと彼は言った。先に俺だけでも大臣に会う方向でいくことになった。
俺はラリアを抱えてウォッチタワーに渡すと、あとでまた会おうと言ってから城内に入った。
案内役について廊下を進んだり階段を上ったりあっちこっちと歩きながら、パンジャンドラムが城門の外ではなく中にいたことについて考えていた。
たぶん俺が以前、最初にヌルチートに襲われたのが城の中だったことを話したためだろうという気がした。のんびりした若者に見えるがああ見えて心配性なのだ。
また1つの階段を上って、赤いカーペットの廊下に出た。右側にある窓からは、隣りの尖塔が見えていた。
俺のいる廊下がやや暗いので、窓の上を少しのぞいてみる。上の階に空中廊下があるようだ。隣りの建物へかかった橋のため、ここは日陰なのか。
視線を前に戻すと、廊下の向こうから見知った顔がやってくるのが見えた。
ヤマト皇太子だ。
何かせかせかとした足取り。向こうもこちらに気づいたようで、さらに足を早めて近づいてきた。
案内役がこうべを垂れるのを手で制しつつ、皇太子は言った。
「やあアラモスさん。あんたがここにいるってことは手紙は届いたみたいだな」
「ああ。ホッグス少佐から」
「なあ、アレックスを見なかったか?」
尋ねる間も周囲をキョロキョロしている。どうにも忙しない。
俺も今きたばかりだから知らないと答えた。すると皇太子は案内役へ向き直り、
「あんたはどうだ? アレックス……それに陛下。皇帝陛下は見なかったか⁉︎」
案内役は少しぽかんとした様子を見せたあと、
「いえ、わたくしめは……なにぶんアラモス殿の案内役を仰せつかっていますもので……東門からここまではお見かけしませんでしたが……畏れながら殿下、何事かありましたか?」
皇太子は眉根を寄せつつ、案内役にとも俺にともつかないような調子で言った。
「それが……陛下が俺とアレックスの婚約を破棄したって話を聞いたんだ」
案内役がえっと声をあげた。
「そりゃ、いったいどうして……殿下とアレックス様はお似合いのお2人であらせられるのに……」
「……すまん、ちょっと外してくれるか?」
皇太子は案内役を廊下に立たせたまま、離れた位置まで俺の袖を引いた。
「どうした? 殿下」
「……少佐からアレックスのこと聞いたか?」
「ああ。彼女がエンシェントドラゴンを云々、という話だろう」
「アレックスがそんなことするはずない。動機がない」
「だろうな。黙っていても君がいずれ皇帝になり、彼女はその妃になるんだろう? ドラゴンに用などない。強者の娯楽として珍しいペットを欲しがるタイプにも見えない」
「あー……いや、それは……」
「違うのか? 彼女動物好きだったかな」
「そういうことじゃなくて俺は……いやまあいい。その話じゃないんだ」
皇太子は早口で言った。
「アレックスの審問があって、その時誰かが、彼女は魔族と内通してると言いやがったんだ。俺はその場にいなかったから、大臣の1人に聞いたんだが。とにかくそんなバカなって思って審問室へいこうと思ったんだけど、大臣はもう終わったって……」
「ではアレックス嬢は……」
「それだよそれ! 彼女に会いたいって言ったんだが、皇帝陛下がどこかへ連れていったって言うんだよ。その大臣はどこへかは知らなかったんで、こうやって探してるんだけど……」
「俺はインペリアルファミリーの生活には全然詳しくないんだが、皇帝といったら玉座がどこかにいるのでは? それに、アレックス嬢は有罪に?」
「たぶん……」
「では彼女は牢屋か、あるいは軟禁部屋か……」
話しながら、正直厄介なことになっていると感じていた。
転生者であると疑いをかけている女性が、国家反逆罪に問われて逮捕され、有罪になっているという。
……どうするんだろう、これ?
「いやあ、そこじゃない。罪を犯した貴族が拘置される区画や施設はありはするけど、人に聞いて回ったらそっちにはいってないって」
「…………」
「第一、陛下がどこにいったのかも誰も知らないんだ」
皇太子は俺にこう話した。
審問官や立会いの臣にも訊いて回った。
その人々が言うには、アレックスのことはひとまず自分に任せてくれ、何せ上流の貴族のことだし時期も時期だから、事を荒だてすぎるようなことはまずい、そう皇帝が言い、どこかへ連れ去ったそうだ。
「それは……皇帝預かり、ということだから、処罰を猶予してもらっているということか? ならそこまで心配することも……」
「いや……異例すぎる。それに陛下が自ら婚約破棄を命じたんだ。俺にひと言の相談もなしに。他人事じゃないんだぜ。だいたい陛下はアレックスをどこにやったんだ? 自分まで雲隠れして……」
「陛下はどこに住んでるんだろう?」
「ええ? この城だよ」
「違う。自室だ。もう探したか?」
「自室……ああそうか、アレックスを連れていったそうだから、女官の区画にいったのかと思ってて……」
皇太子と喋っている間、俺は何かある種の既視感のようなものを感じ始めていた。
何事かが突然、突拍子もなく、俺の前に立ちはだかるような感覚。左へいきたいのに、右以外に道はありませんよと書かれた看板を持った誰かが視界を塞いでくるような。
皇太子は窓に目を向けた。
隣りの尖塔がある。彼はさらにやや上方を見た。
どうやら皇帝の居室は隣りらしい。彼はそこまでいくための空中廊下を見たのだろう。
その時だった。
突然隣りの尖塔、空中廊下より上階の、左側面。
そこから大きな破壊音がした。
尖塔から空中に何かが飛び出した。
黒い鯨の頭のよう。
だが違う。夕日に反射したそれは金属の煌めきを持っていた。鯨サイズの黒い金属。
それが城の壁から突き出ていて、空中に噴煙を舞わせていた。
「何だ、ありゃあ……⁉︎」
皇太子は呆気に取られたように呟いた。背後でも、離れたところに立っていた案内役の男が窓の外を見て悲鳴をあげていた。
金属鯨は突き出たまま動きはしない。うっすらと姿がかき消えていく。
「親父……!」
皇太子が廊下を走り出した。
きっとあの金属鯨が飛び出している辺りが皇帝の居室なのだ。
つまりあの辺りにアレックス嬢がいるということになる。
あの金属鯨の姿の消え方。
パンジャンドラムのゴブリンズや、ヌルチートのような召喚獣が死んだ際の消滅の仕方を連想させた。
どうやら何かが始まったらしい。
俺は皇太子の背中を追い、廊下から階段へ向かった。




