第201話 サスペクト
俺たちは留置場にいた。
「また檻の中かよ……」
「もう留置場は嫌だよ……」
牢の内側から、鉄格子を前にしボヤくウォッチタワーとパンジャンドラム。
アリー家の門前で衛兵の馬車に乗せられた俺たちは、皇帝の居城の近くにある、帝国捜査局なる建物に連行されることになった。
何の罪で投獄されたのか看守に尋ねてみても、黙って取り調べを待てと言うばかり。
途方に暮れてはいたが、救い主は意外に早く現れた。
ホッグス少佐だった。
留置場の扉をくぐってきた彼女は軍の制服に身を包んでいたが、ガスンバで会った時のパンツルックではなかった。タイトスカートに黒のストッキング。内勤という感じのいでたちだった。
1人だった。彼女はチラリと我々を一瞥すると、看守と何やら話している。
くるくる巻きの書類のような物を手渡した。紙を広げて中身を見た看守は、読んでいるうちからみるみる顔が青ざめていく。
それから看守が檻の鍵を開け、俺たちに出るように言った。そして、
「しかし少佐殿。お1人で大丈夫なので? オークもいますが……」
「問題ないのである。この方々はおそらく何の関係もない」
そんな会話をしていた。
俺たちはホッグスに、地下にある石造りの広い部屋に連れていかれた。
ホッグスは俺たちを中に入れると、1度部屋の外を覗いたあと扉を閉めた。
「本当は手荒い尋問をする部屋なのであるがな。適当に座ってくれ」
「少佐、何があった。それにどうして君が?」
壁に据え付けの長椅子があったので俺とラリアとパンジャンドラムがそこに座る。ウォッチタワーは金属製の樽のような物に腰掛けた。
そんな俺たちの前に立ったホッグスは言った。
「私にもよくわからん……私は朝からワルブール辺境伯の尋問を行なっていた。貴君らにはあまり関係ないが、自白魔法を使うの使わないのでちょっと一悶着あって……」
自白魔法とかいう物騒な単語にまつわる出来事について、ホッグスは簡単に説明してくれた。
読んで字のごとく罪人に強制的に自白させる魔法だが、辺境伯ほどの身分の者に使うべきか軍部で意見がわかれた。しかし魔族軍との対決が近い今内紛に関わる事件で手段を選んでいる場合ではない、というわけで実行された。
「なるほど人道的なことだ。それが俺たちに何の関係があるんだろう?」
「そうだよ」パンジャンドラムが言った。「アレックスさんって人、国家反逆罪に問われてるとか何とか言ってたよ」
「うむ……実はな。その時ワルブール伯が吐いたのだが……」
「何だろう」
「アンダードッグ区の地下に恐るべき魔獣が眠っている区画があり、アレックス様がそれを呼び起そうとしている……と証言したのである」
俺たちは顔を見合わせた。それからホッグスに向き直り、
「……そんなのがいたのか? あそこに?」
「……さあ…………」
「さあって……あのワルブールという男がそう言ったんだろう?」
「まあ……」
「どんな魔獣か言ったのか?」
ホッグスは腕組みした。少しチラチラと、出入り口の扉の方を見たりしたが、やめて答えた。
「……エンシェントドラゴン」
絶句……というやつだろう。地下室の俺たちは、揃ってしばらく何も言わなかった。
一番最初に口を開いたのはウォッチタワーだった。
「えっと、そりゃ……ほんとかい⁉︎ この街の地下に、あのでけえ尺取り虫みたいなのがいるってのかい⁉︎」
「ウォッチタワー」俺は言った。「細かいことを言うようだが尺取り虫とは限らない。俺が最初に見たドラゴンは蜘蛛だった」
「オレん時はミミズだったよ」
「なんかすごい壮絶な経験をしてきとるな貴君ら……」
「それで、少佐。本当なのか? アレックス嬢がエンシェントドラゴンを叩き起こして、それで反乱をしようと……」
ホッグスは腕組みしたまま、何か考え込むように目だけで横を見る。
「それが……よくわからんのである。ワルブール伯に何度も確認したのであるが、あの御方はとにかくアレックス様の企みだ、ドラゴンを起こすためにアンダードッグ区から住民を追い出し、占有しようとしている、とおっしゃられた」
「区の地下か? 地下のどこだろう? 君といった場所にはそんなものがいそうな所はなかったよな」
「……御本人もよくわかってらっしゃらない御様子であった。とにかく、いる、と」
「だからアレックス嬢は城へ呼ばれたのか?」
「知っとったのか。貴君らはお屋敷で、アリー様御夫妻と一緒に連行されたのであったな」
「アリー家は本当にそんなことを? アレックス嬢にせよとてもそんな人たちには見えなかったが……第1動機は何だろう」
「私も含め関係者全員首をひねっとるのである。動機なぞまったく想像もつかん。だからしてお話を聞くべく、帝国捜査局が動いとるわけであるが……」
「ワルブールがいい加減なことを言っているのでは?」
「自白魔法である、それはない……ないから意味がわからんのである……」
ホッグスはこうも言った。
通常、上流貴族が犯罪の容疑をかけられた場合、逮捕連行はせず自宅軟禁という形になる。だがアリー家ほどの上流貴族が家族全員、急な形で逮捕されるなど只事ではない。
しかもその容疑は、内戦も引き起こしかねない人物だったワルブールの口から出た言葉が原因。
「考えられることと言ったら、エンシェントドラゴンという部分を、上流の方々が深刻に受け止めたということぐらいであろうか……? アレックス様が城へ呼び出しを受けたのは真偽を確かめるためであろうし……」
パンジャンドラムが言った。
「じゃあ疑いはすぐ晴れるんじゃん? まさか街の中にドラゴンなんているわけないし。オレが見たのは洞窟の中だったよ。ガスンバの時は山の上だったし」
ホッグスは彼の顔を見て、うなずいた。彼女自身、そこまで大事だとは思えないのかもしれない。
だが俺は言った。
「どうだろうな」
「ええ?」
「アレックス嬢は合成魔獣にずっと投資していたと聞いた」
「それが?」
「ガスンバでアップルが言っていたろう。あの尺取り虫は魔女が造ったものだと」
「うん? あー、うん」
「ひょっとしてエンシェントドラゴンは、合成魔獣じゃないのか?」
まさか。そうホッグスが言った。
「では何であるか? 三賢者の魔女が大昔に帝国のど真ん中にドラゴンを埋めていて、合成魔獣にお詳しいアレックス様がそれをどうにかしようと思っていると? そんなことしていったい何に……」
そこまで言いさして、ホッグスは顎をつまんだ。
「……いや待てよ? そう言えば……」
「何だろう?」
「最近、アリー様が推し進める魔獣製造のプロジェクトに召喚獣に詳しい専門家が新しく雇われたという噂を聞いたな……。私がガスンバからオルタネティカにつくちょっと前の話であったと、ツェモイ団長が世間話に教えてくれた」
「なあ待ってくれ」ウォッチタワーが言った。「たしかあのアレックスさんって、魔女についても研究してたんだっけか? じゃあ……かなり……」
怪しい。
たしかに怪しい。
パンジャンドラムが言った。
「いやいや待ってよ。アレックスさんって、ロス君が言うにはアレでしょ? あの……」
彼はホッグスをチラリと見やり、言い淀んだ。
言いたいことはわかっていた。俺が引き取ることにした。
「少佐。実は俺たちは、アレックス嬢が転生者じゃないかと考えているんだ」
「ぬぁん? あの御方が⁉︎」
「パンジャンドラム、どうして転生者がエンシェントドラゴンを復活させたがってるのかわからないということだろう?」
「うん……」
頭をかいたパンジャンドラム。俺はホッグスを見上げた。
「少佐。俺たちはどうなるんだろう?」
「うむ。実は皇太子殿下から遣わされた方がきて、私に直筆のお手紙をくださった。さっき看守に見せた手紙である。貴君らを釈放せよとのお達しをくださったのである」
「じゃあ自由か?」
「うむ。ただ当然アリー家へは戻られん。まだ御夫妻は取り調べ中でな……それでであるな」
「何だろう」
「貴君らに、1度城にきて欲しいとの願いが出とるのである。軍部から」
顔を見合わせた俺たちにホッグスは続けた。
「ワルブール伯の証言が正しければ、アンダードッグ区の地下にドラゴンがいることになる。ドラゴンを倒せるのはSランク冒険者としての力を持った者だけ。つまり貴君らである」
彼女が言うにはこうだ。
ワルブールの証言を、軍部は信憑性に欠けると考えていると言うか……突飛すぎて受け取りかねているという状態だそうだ。
ただアレックス嬢の審問と、アンダードッグ区の調査が終わるまで、何が起こってもいいよう念のため俺たちに待機していて欲しいとのこと。
その前にだ。
仮にも対魔族軍との戦争のため集まった義勇軍という立ち位置の俺たち。そしてそんな面倒ごとを頼む以上、帝国の重臣は直接会って話をしたがっているのだそうだ。
「どうして俺たちがドラゴンを倒せるだなんて軍部は知っているんだろう? それに外国人の俺たちをそんなに信用するなんて」
「皇太子殿下の御指示である。貴君らのガスンバでの活躍はお耳に入っておられる」
あの気さくなヤマト殿下の顔が浮かんだ。
アレックス嬢が慌ただしく城へ呼び出されたことを知って、自身も城へ向かうと言っていたが、どうなったろう。
2人は婚約を交わした間柄だと聞いた。気が気ではないだろうという気がした。
「諸君はそれでよろしいであろうか?」
ウォッチタワーはうなずいた。パンジャンドラムは例によって例のごとく、自分は席を外すと言った。ホッグスはそれに難色を示したが、
「オレ、お城が似合うルックスじゃないからさ」
と彼は手を振る。ホッグスは肩をすくめた。
帝国捜査局の建物を出た時、門前にはすでに馬車が待機していた。
我々のために用意されたものらしい。
乗り込もうとしたところ、腕を後ろに組んでこちらを見ているホッグスが目に入る。
ウォッチタワーが彼女に、ツェモイ団長はどうしたと尋ねていた。すると、彼女の騎士団は上層部からはアリー家の子飼いのように思われているので、帝国軍省で待機状態にあるとホッグスは答えた。
おそらく監視付きなのだろうことは想像がついた。
ウォッチタワーも馬車に乗り込み、次は俺の番。
だがホッグスが動かない。俺は訊いた。
「君はどうするんだろう?」
「平民の私は城へはいけん。それにまだ仕事が残っているのである」
ワルブールへの尋問だろうか。アンダードッグ区の調査もかも知れない。
「……大変だな」
「何がであるか?」
「またアンダードッグ区だ」
彼女は肩をすくめた
「……いっそドラゴンが復活して更地になって欲しい。みんながそう思っとるさ」
彼女の表情から、何かの感情を読み取ることは俺にはできなかった。
それじゃあ、と言って、馬車に乗り込むと、御者らしき男が扉を閉めてくれた。




