第198話 コロシアム その二
「あんまり上手じゃねえな……」
試合を注視しながらウォッチタワーが呟いた。
「まあ午前中だからな。ランクの低い選手ばかりさ。注目のカードは夕方にぶつけてくるよ」
と受けたヤマト皇太子。
たしかに闘技場を見てみれば、2人のパンツ一丁の男が、お互い見合ったままサークリングしているだけで、あまり動きはない。時折おっかなびっくりローキックを出し合うだけ。
俺も前世では時々格闘技の番組をテレビで見ていこともあって、ウォッチタワーと同じ感想を抱いていた。前座の試合という感じだった。
観客席を見やれば客の姿はまばらだった。動きの少ない試合だからか、ジョッキを持ったままヤジを飛ばす中年男もいる。つまんねーぞ、ビビってねーでもっと殴り合え、などなど。
皇太子は声がする方を横目に見て、舌打ちした。
「ひどいこと言う奴もいるもんだ。本人だって頑張ってるんだろうによ」
ウォッチタワーが言った。
「けど、ちっと距離が遠すぎるね」
「警戒しすぎかな」
「片方は腰がたけえ。打撃が得意なんだろうがそのぶんタックルがこええんだろうな。もう片方は腰が落ちてるがそのせいで蹴りが出せねえし、足が上がらねーからローをモロに……ああ、まただ。蹴られた。踏み込めねーんだ」
ウォッチタワーが腰の落ちている方と言った選手は、足を大きく開いた低い姿勢だった。ボクシングのスタイルと言えばそうも見えるが、体がガチガチに固まっているように見えた。打撃格闘技出身ではないものが、見よう見まねの打撃の構えを取っているような風情だった。フットワークが遅い。
腰が高い方は、低い方が出てくるところにローキックを合わせたいようだが、何せ相手が踏み込むたびに慌てて大きくステップバックするものだから、距離が空きすぎて蹴り込むチャンスを自分から捨てていた。
「どっちも練習が足りねえな……」
ウォッチタワーがまた呟いた。皇太子はそばに控えていた護衛兵の1人と何か話していたが、振り返って、
「デビュー戦だってさ」
そう言った。
ウォッチタワーはうなずきつつ、
「練習するジムみたいなのがあったりするのかい?」
「ああ。帝都民は娯楽に飢えてる。闘技に金を払う客は多いし、その金を目当てに技を磨く者も出てくる」
そうして稼いだファイトマネーで散財し、帝都の経済は回る。皇太子はそう続けた。
「でもわかってる奴は多くない。人間が最初から何でもできると思い込んでる奴が多くてね」
皇太子は護衛兵の1人に耳を貸すように言い、何事か囁いた。言われた兵は貴賓席を出ていく。
しばらくすると、野次を飛ばしていた中年のそばに兵が現れ、何か話している様子だった。時折貴賓席の方を指差したりもしている。
中年はおとなしくなった。野次をやめるよう言われたようだった。
「初めから完璧な奴なんていない。長い目で見守る姿勢が大切だよな」
そう言いながらも皇太子は、もう中年の方を見ずに闘技場を眺めていた。
腰高の選手がローキックを放った。だが腰の低い方が蹴り足をキャッチ。もつれ合い倒れ込んだ。
俺は言った。
「殿下にもそんな考えがあるんだな」
皇太子は寝技の展開にモタついている2人を様々な角度から観ようと、身を乗り出して頭をあっちこっちに動かしながら、
「ん? 俺何か変なこと言った?」
「いや。殿下は生まれた時から全てを持っているように見えるもので」
「ああ……血筋と金ね」
「帝国ランキング1位?」
「まあね。スタート地点もそれぞれ違うわな」
「それだけではないように見える」
頭を動かすのをやめてこちらを振り返る。
「武術の腕前も相当だ。生まれが違うのは残酷だな」
「ははん。あんたもその口かい?」
皇太子は椅子の背もたれに体を預けた。
「生まれだけで全てが決まると思ってる。ある面においてはそうだけど、武術はそうはいかないさ。本人の努力もある」
「あれほどの技を努力で身につけたと?」
皇太子の表情をうかがってみた。
彼は顔をこちらに向けたまま、目だけで空を見上げた。
そして言った。
「……まあ違うね。たしかに俺は恵まれてたかな。運に」
「だろうな」
「ああ。アレックスがいなかったら今の俺はないかもな」
「うん?」
闘技場を見つめる皇太子。
俺はウォッチタワーを横目に見た。
寝技のまま完全に膠着したつまらない試合に見えるが、ウォッチタワーは両手を握り拳にして食い入るように観戦している。
「あいつは俺の家庭教師だったんだ。俺が10歳の頃だったかな、アリー家に預けられて、マンツーマンで教育を受けたよ」
「……何の話だ?」
「だから、武術だよ。まあ家庭教師ってのは全般的な話で、武術はついでだったけど」
2人で抱き合う裸の男に目をやったまま話す皇太子。
「自分で言うのもなんだけどさ。俺けっこう短気だったんだ。親の言うことは聞かないし、教育係はシカトするしで、我ながら手のかかるクソガキだったね。皇族や王族の通う学校へいってもケンカばっかり。
「授業妨害ばっかりしてた。学校が皇帝の息子だからって遠慮してたのをいいことにやりたい放題さ。誰の話も聞こうともしなかった。親父は学校に申し訳なく思って、自主退学させられたよ。
「それでさ。歳の近い子供だったら仲良くできるんじゃないかって、ウチの親は考えたわけよ。後から聞いた話だけど、そういう考えだったらしい。
「でさ。変な話だと思わないか? アレックスはまだ8歳だった。けど俺の家庭教師に選ばれた。
「当時の俺は、そんなバカな話あるかって思ったよ。何だって歳下の女の子が俺の家庭教師なんだよって。アレックスはあれこれ俺に教えようとしてたけど、俺はいっつも逃げ出そうとしてた。
「そんなこったからアリー家の方では、ウチでは手に負えないのでどうか教育係は他の方に、って言ってた。俺んとこの両親は、そこを何とか、頼れる者はもうアリー家しかない、とこうよ。
「変な話さ。皇帝の息子の教育係のなり手が、8歳の女の子しかいない。他に選択肢がないって言うんだ。俺は思ったよ。大人はバカしかいねえのかって」
護衛兵の1人が、木製のジョッキに入った飲み物を俺たちに配って回った。
皇太子はそれにひと口つけると、話の先を続けた。
23時にもう一話投稿します。




