第十九話 到着! ゴブリン洞窟!
地面の起伏がうねる森を進み、俺とレイニー、ゴンザレスがゴブリンの洞窟へ着いた時、入り口の前には複数の人々の姿があった。
森の中の、2.5メートルほどの高さの小さな崖。
横幅もそれほどない。
地面が盛り上がって断層になっている場所だ。かまぼこの断面のような土に、横穴が空いている。
周囲は草に覆われ、薄い桃色の小さな花がところどころに咲いていた。
何という花だろうか。だいたいそもそも、花の色を表すにあたって桃色という表現は妥当なのだろうか。桃自体が花である以上、ある花を別の花にたとえることは侮辱に他ならないのではないか。それはあたかも、ベッドの中でコトに及んでいる最中、極まる瞬間に他の女の名を叫ぶような、著しく礼を失し
「人が多いな」
俺の思考を遮りゴンザレスが呟いた。
かまぼこの横穴には、めいめい武装した男女の姿が20人ほどあった。
装備はバラバラ。使い古した革鎧の者もいれば、高価そうな煌びやかな金属鎧の者もいるし、白いローブの魔法使いめいた女性もいる。剣を吊るした者、弓を背負った者、両手斧を担いだ者。
木漏れ日が牧歌的な雰囲気を作り出す森に集まるそれらの人々は、何とはなしにオンラインゲームを連想させた。刺激を求める統一感のない群衆。カラフルで、目に痛い。
「軍隊じゃないな」
「みんなオレっちたちと同じ冒険者さ。ゴブリン程度に軍なんか出さねーよ」
ゴンザレスは笑ってそう言うと、冒険者たちの方へ歩いていった。
彼は身振り手振りをまじえながらコミュニケーションを取っていた。短剣の男、杖の女と話していき、やがてある男と話しはじめた。
しかし……。
「あーん⁉︎ ナメタコト言ってんぢゃねーぞ⁉︎」
その男の怒号が響き渡った。驚いた木々の鳥が飛び立っていく。
怒鳴った男。
短い金髪の、背の高い男だった。
豪勢な白銀の鎧。地球の博物館に飾られているようなフルプレートメイルとも違う。肩やら膝やらの装飾が凝っている、派手な一品だった。たとえるなら90年代のロボットアニメだ。
そいつがゴンザレスに怒鳴り散らしていて、哀れなモヒカンは恐縮しきりといった体で頭を下げている。
「何でオレサマがテメーみてーな低ランクのカスと組んでやんなきゃなんねーのヨ? アー⁉︎ ダレよオメー、アー⁉︎」
「い、いや組んでくれって言ってるんじゃねーんだ。ただ、Bランククエストだから、注意は必要だと思ってさ、打ち合わせとかいるかなって思って……。ほら、洞窟は狭そうだし、これだけ大勢だと、動きにくいかもって……」
「眠てーんだヨオメー‼︎」
ロボアニメがゴンザレスを突き飛ばした。
「ア? ォメなんなんだよ? ア? ォメヤンのか? ア? ォメさらっちまうぞア?」
ロボアニメは顎を突き出し、頭を上下に振り振りゴンザレスをねめつける。あげくゴンザレスの鎧の襟首を掴んでさらに凄んだ。
レイニーが駆け出し、割って入った。
「ちょっと、やめなよ! 乱暴はやめて!」
「アー? 何だよ何だよ、この子オメーのツレか? ハクいスケ連れてんぢゃんヨー。オネーチャンちっとこっち来ォー」
ロボアニメはゴンザレスを離してレイニーの肩を抱き寄せようとしたが、レイニーはそれを振り払った。
「おーおーかーわいー! 怒った? ねーねー怒った?」
レイニーはかなり乱暴に手を払ったのだが、ロボアニメは意に介さずニヤついている。やがて彼の周りに、同じくニヤついた男たちが二人ほど集まってきた。
一人はなぜか酒のボトルを手に持った、奇天烈な髪型の男だ。
その髪の奇天烈さときたら、まるで国民的RPGファイナリックファンタジアがスーパードメコンからエンジョイステーションへ移行した際に新作として出したことで話題となった、ファイナリックファンタジア7の主人公のような髪型だった。要は90年代から時が止まった歌舞伎町のホストのようだということだ。
いま一人は釘バットを携えた、襟足の長いリーゼント。こいつに至っては70年代だった。
その3人は身だしなみだけは一丁前だったが、顔は薄っぺらく品がない。
「何よあんたたち! ゴンザレスが何したって言うのよ! 難易度Bだし、洞窟は危ないから連携した方がいいって言っただけじゃない!」
「アー⁉︎ Bランククエストったってゴブリンだろうが! ゴブリンなんぞに連携なんぞいらねんだよ! オメーらシャバ僧と違ってこっちゃランクがちげーんだよ、ランクがよー、アー⁉︎」
するとリーゼントが進み出て、
「おうおねーちゃん、ランクゆーてみぃや。冒険者ランク。そっちのけったいな髪型のにーちゃんも。な、教えてーや」
ゴンザレスとレイニーは顔を見合わせた。何か困ったような顔をしている。やがてゴンザレスが言った。
「し……Cランクだ」
ロボアニメたちは吹き出した。しかし笑いをこらえるようにしてレイニーにも尋ねる。
レイニーはうつむいて、自身のミニスカートを握りしめていた。
「…………D、ランク。そ、それが何よ」
ロボアニメたちは笑い転げた。
「なになに? CとDなのに、え? Bランクの? クエストを? やりにきちゃったの? え?」
「いやぁ〜そりゃちっとカン違いしとんのやないけ? いやそりゃちっとカン違いやわ。うん」
「マジ? CとDとかマジ⁉︎ マジCとDはないっしょ。マジ」
何が気にくわないのだろうか。CD、CDとしつこいが、CDの何がいけないのだろうか。所有感があった方が、聴いた際にも集中力が生まれるものだ。音楽というものは本来集中して聴くべきものなのだ。そうした方が、ただ聴き流すだけよりも、その曲の良さや持ち味などなど、時間とともに新しく見つけていくことができる。
「な、何よ、いけないの⁉︎」
「よせよレイニー、行こうよ」
「じゃああんたたちのランクはどうなのさ! 言ってみなさいよ!」
大体において最近の若者というのは、何でもインターネットに頼りすぎなのだ。何事も簡単に入手することができるのは確かにインターネットの長所ではあるだろうが、簡単に入手できるものは簡単に失えるものだ。だからこそ、近頃の若者は趣味に対して持続性がない。安易なものを求めて、すぐ飽きる。長所を発見する前に。
「アーン? いやいやいや、Bランのクエストなんだから、普通想像つかなくね?」
「女っちゅうもんはすーぐ感情的になるけぇ、わかることもわからんくなるのぉ」
「まーん。まーん」
「レイニー、向こうの言う通りだよ。冒険者ランクだってBランクに決まってるよ。い、行こうよ」
「アー⁉︎ ちょ待てやニワトリオラァ! ダレがBランだヨアー⁉︎」
「な、なんスか……」
いや飽きるだけならまだいい。問題なのは、安易に求めるくせに要求だけは多いということだ。度し難いことだ。自分は努力をせず、与えられるだけのくせに、少しでも気に食わないと平気で投げ捨て、それどころかあまつさえ罵倒すらする。特に無料のものはだ。無料で与えてもらってる立場の者が、与えてやっている立場の者に噛みつくのだ。まるで反抗期の中学生だ。いや、無料だからいけないのだろうか? 与えられる努力をしないことが原因なのか? 得ようとする強い思いがないからこそ、得た時のありがたみも薄く……得ようと思わず与えられたものだからこそ、与えられた感謝もなく、だからこそ得たものを先につなげようという意識も…………。
「オレサマはAランだコラァ‼︎」
ロボアニメがそう叫んだ瞬間、周囲がざわついた。
洞窟前のいさかいを遠巻きに眺めていた他の冒険者たちも、目を丸くしてロボアニメたちを見ていた。
レイニーとゴンザレスは俺に背を向けているのでわからないが、たぶん彼らもそんな顔をしているのだろう。体が硬直している。
「次元がちげーんだヨ、次元がヨ! 住む世界っつーの? 全然ちっげーんだヨ、テメーらとはヨォ! 底辺が指図してっぢゃネーゾ、オアア⁉︎」
「な、何でよ。何でAランクの冒険者がゴブリンなんか……」
「ア゛ーーーー⁉︎ 暇つぶしに決まってっだろンァアオォ! テッメーらカスどもが役に立たねーからオレサマがマジモンの冒険キメてレクチャーしてやるっつってんだよ!」
俺は周りの冒険者たちを見回した。
みんなロボアニメたちに対して眉をひそめ、互いにひそひそと囁き合っている。幾つかのグループに分かれてそうしているところをみると、おそらくこの場の全員が一つのチームというわけでないのだろう。俺やレイニー、ゴンザレスがそうであるように、個別のグループが偶然集まっただけのようだ。
「あ、あの悪かったよ。ほんと、知らなかったんだ。謝るよ。ほらレイニー、行こう」
ゴンザレスはレイニーを促した。早く会話を切り上げたいといった風だったが……、
「おぉっとォ、行くんならオメー一人でどっか行けよ。女は置いてきな!」
ロボアニメがレイニーの腕を引っ張り抱き寄せた。




