第196話 スキルアナライザー
朝から意外な客がアリー家に訪れた。
ヤマト皇太子殿下だ。
シン・ノースキーとしてではない。金のチェーン付きボタンのある豪奢な衣服。派手な赤のガウン。
10名の騎馬兵が付きそう、黒くいかめしい馬車。
俺、ラリア、パンジャンドラム、ウォッチタワーが小鳥のさえずる敷地の道をのんびり歩いてやってきた時、それらはすでに本邸の前に揃っていたのだ。
そういう派手な格好の皇太子がアレックス嬢を伴って、玄関から出てくるところも見えた。彼女の父と母、それから執事と数人の使用人も。
俺たちが近づいてくるのに気づいたのか、アレックス嬢が手招きしている。俺たちは互いに顔を見合わせたあと、お呼ばれすることにした。
「やあアラモスさん、おはよう。元気してる?」
精悍な顔立ちと気さくな笑顔はノースキーのまま。
「……どうも。まあそれなりには」
そう返してみたはいいものの、果たして本当にそんな挨拶でよかったのか自分でも疑問だった。
何せ相手は一国の皇太子。もっとまともな挨拶の仕方があるような気がした。だが皇太子のノースキー然とした立ち居振る舞いに、こちらも反射的に下町の挨拶を返してしまった。
そのことについて誰かから注意されるより早くアレックス嬢が言った。
「アラモスさん、みなさん。おはようございます。実は今お話をしていたんですが、今日、殿下にも神殿までおいでいただけることになったんです」
皇太子の方に目をやると、彼はにっこり笑って言った。
「いやぁね。昨日クロスボウの奴を捕まえたことをアレックスに教えてやろうと思ってきたんだよ。そしたらあんたたちが、何かおっそろしい話を持ち込んできたってアレックスから聞いてさ」
「殿下が神官を説得してくださるそうなんです」
アレックス嬢の言葉に皇太子はうなずいた。
「あんたには手を貸してもらったからね。オルタネティカ帝国の皇太子として何か返礼をするのが筋だろ? さあいこう。分からず屋の神官は俺に任せてくれ」
そして、アリー家の馬車が回されてきたのち、我々は再び神殿へと向かった。
向かいの席で皇太子は微笑んだまま窓の外を見ていた。
彼の隣りにはアレックス嬢。
俺側の席は、俺とラリア。
乗っているのはアリー家の、アレックス嬢の馬車だ。
ウォッチタワーは皇太子が乗ってきた馬車に乗せられた。と言うのも、一昨日乗った馬車はウォッチタワーの体重で車軸がイカれたらしく、そういう話が出た時皇太子が「じゃあ俺のに乗りなよ。魔法弾ブチ込まれても屁でもない特注だぜ」とざっくばらんに言ったものだ。
パンジャンドラムはやはり散歩してくると言って同行はしなかった。少なくとも表面上は。
「何だかこうして一緒に馬車に乗るのも久しぶりだな」
皇太子は唐突にアレックス嬢を振り向いた。
「ええ。殿下も最近はお忙しいようで」
「忙しいのはあんただろ? あんまり俺に構ってくれないし」
「なぜ構う必要があるんですか。子供でもあるまいに」
「これだよ。見てくれアラモスさん。冷たいと思わない?」
そう言いつつもニヤついている皇太子。
「昔っからこうなんだよ。こうやって素っ気ない態度を取って、いつも俺を寂しがらせるんだ」
「素っ気なくはないでしょう。ただ昔から申し上げているとおり、殿下は集中力がおありになるからあまり手がかからないというだけです」
昨日の夜、緑髪のメイドが、この2人が将来結婚を約束された間柄だという話を思い出した。
親しげで結構なことだ。昔からの付き合いなのも、2人の会話を見ているだけでもわかる。そしてそんな若い美男美女の惚気を至近距離で見せつけられているロス・アラモス。プラス、ラリア。
しかし皇太子自ら話を通してくれると言い出してくれたのは僥倖かも知れなかった。
正直手詰まり感はいなめなかった。世界の終わりを食い止めるなどという荒唐無稽な仕事の取っかかりを掴むためには、神出鬼没の気まぐれエルフの登場を待たなければならないところだったのだ。
ただ気になるのはこの男。
ヤマト皇太子。
今もっとも転生者の疑いの強い男。
皇太子と同じ馬車に乗られたことも一種の幸運と言ってもよかった。
彼が転生者なのか、探りを入れるチャンスでもあった。
だが問題は彼の隣りに座って、やや不機嫌そうな顔をしているアレックス嬢の存在だ。どこかの男が女性の前で転生者と発覚した場合どうなるのか、今まで嫌と言うほど見てきたのだ。
「アレックスはね。俺の家庭教師だったのさ。それはそれはとても厳しい先生でね。俺より年下なのにそりゃもうビッシバシよ」
「大仰です! だいいち、それはそもそも殿下が周りの大人に反発してばかりいたからでは? 年齢が近い私に対しては特に問題を起こさなかっただけで。今まで教育係の方々がどれほど嘆いていたか……」
「そうかあ? 結構ボコボコにされたような……」
「ボコボコって……そのようなことはしてませんよ! アラモスさん、今のは嘘ですからね。信じないように」
そう言えば。
異世界にきて初めてチレムソーの教会へいって、スキルの確認をしたことがあった。
あの時俺は司祭に、『スキルを発動する際頭の中で声が聞こえるか』と尋ねた。
司祭は、そんな話は聞いたことがないと答えたのを思い出す。
この数日でパンジャンドラムとウォッチタワーにも確認してみたが、彼らは「聞こえる」と答えた。ハル・ノートもそうだった。
どうやらスキル発動の声は転生者にしか聞こえないらしい。
「いやアラモスさん、こいつこそおっそろしい女さ! 美人に見えるが気をつけろよ、中身は魔女だぜ」
「魔女って……どういう意味ですか! 三賢者の魔女様を悪くおっしゃられるなんて……」
「そっちじゃないよ、悪魔みたいな女って意味で」
「え、私殿下の中でそういうイメージなんですか⁉︎」
ここで尋ねてみようか?
頭の中で声がすることがあるかと。
変な質問の仕方だな。1歩間違えると薬物のユーザーか何かと思われるかも知れない。
それに以前教会にいった時はいきなりシスターに襲われたが、今にして思うと、俺がその手の、異世界人にとって奇妙に聞こえる質問をしたのが、あのシスターに転生者とバレた原因だったように思えなくもない。
なら何かスキルを発動してみるか?
転生者は共通するスキルを持つが、その中には《スキルアナライザー》がある。
この馬車の中で危険のなさそうなスキルを発動させれば。
もしヤマト皇太子が転生者であれば、反応を示すだろう。
そしてその上で、後から本人に確認してみれば。
では何のスキルにしようか?
そこまで考えた時、体がグラついた。
馬車が止まったのだ。窓の外を見てみると、神殿の石段がある。
「お、ついたな!」
ヤマト皇太子は扉を開けて降りると、馬車後方から回り込んで、アレックス嬢の側の扉を開く。
そして彼女の手を取って、降車の手助けをしていた。
彼女が降りたのを確認し、ラリアにも降りてもらう。やはり皇太子はラリアの手を取った。
そして俺も降りようと……。
目の前に手があった。皇太子の手。
顔を見やると、彼はにっこり笑っている。
「……転ぶような男に見えますか?」
「いや? つい流れでさ。あと敬語なんかいいよ。俺とあんたの仲だろ」
皇太子は手を引っ込め脇にのいた。
どんな仲だったかな。ホッグスとの昼飯に乱入され、あとは彼の活劇を特等席から観戦したぐらいか。
ウォッチタワーも後方の馬車から降りてきた。
皇太子はアレックス嬢と共に護衛兵に囲まれ階段へ向かっている。
その兵士たちが2人を囲みきる寸前。
《パウンドフォーパウンドのスキルが発動しました》
アレックス嬢の背中を隠す形でヤマト皇太子が歩いていた。
彼は俺を振り返り、にっこりと笑う。それから前を向き直り階段を登り始めた。
「ロッさん。どしたんだい? 急に」
隣りのウォッチタワーもやはりスキル発動に気づいていた。
「いや。あとで話そう」
俺はラリアを左腕へ登らせ、石段に足をかけた。




