第195話 アレックスの冷酷
別邸につくと、すでに風呂が沸いていた。
パンジャンドラムたちが沸かしたものか、それとも使用人の誰かがやってくれたのか、とにかくラリアと共にせわしなく入浴を済ませた。
風呂から上がり、もう1度自転車で本邸へ向かうため自転車に乗るべく外へ出た。
すると本邸の方向から、自転車が引く幌付きの車がやってくるのが見えた。
2台。1列のため先頭の車しかはっきりしないが、自転車をこいでいるのは使用人。車に乗っているのはアレックス嬢と緑髪のメイドだった。
2台の人力車は別邸の前で止まった。2台目に乗っていたのはウォッチタワーと、なぜか別の使用人。自転車をこいでいたのはパンジャンドラムだった。
アレックス嬢とメイド、ウォッチタワーが降りると、パンジャンドラムと使用人が交代し、1台は引き返していく。どうやら転生者2人を運んでくれようとしたが、ウォッチタワーが重すぎて使用人のパワーでは車を動かせなかったのだろう。自転車はほぼ木製なので、そちらに乗っても壊れそうだ。
「アラモスさん。お話を承りたく存じます」
シンプルなドレスを着たアレックス嬢は胸元に大きな本を抱えてそう言った。緑髪メイドの方は食事を用意すると言う。居残った馬車を外に待たせて、俺たちは別邸に入る。
ウォッチタワーはついてこなかった。何でも庭でバーピージャンプするとのこと。パンジャンドラムは緑髪メイドを手伝うそうで、2人してキッチンへいった。
俺とラリア、そしてアレックス嬢は、食事のための部屋でテーブルについた。
向かいの席のアレックス嬢が言った。
「今日は申し訳ありませんでした。ご迷惑をおかけしてしまいましたね。ラリアさんにも」
昼間の騒動のことを言っているのだろう。
「そのことで俺も話したいことがあったんです」
「何でしょう?」
「この間の襲撃。クロスボウであなたの命を狙った奴のことを覚えていますか?」
「ええ。顔はよく見えませんでしたが」
「さっき捕まえました」
「え……」
「ヤマト皇太子殿下と一緒に」
アレックス嬢はやや目を大きめに見開いた。今ひとつ感情の動きを感じない彼女には珍しいことだと思った。
彼女は表情を戻すとため息をついた。
「またあの方……」
「お知り合いなんですか?」
「ええ、まあ……」
「ではあの襲撃の時から……」
「ええ。いたなあとは思っていました」
ずいぶんフランクな言い草に感じた。
仮にも皇帝の息子がたった1人で暴漢たちと一戦交えていたのを目撃した感想が、ああ、いたなあ。やはり掴みどころがない。
「アラモスさんは殿下と共に犯人を追っていたのですか? どこかでお知り合いに?」
俺は事の経緯を話した。路上で食べ歩きを叱責されていた男がこの国の皇族だった件について。
「なるほど……ホッグス少佐のお名前は私も聞いております。ツェモイ団長と共に魔女の遺跡の探索をなされたとか」
「皇太子殿下はいつもああいった感じなんですか?」
「ああいった……とは……ああ、ええそうです。いつもフラフラしてますよ。お城の方々はいつも困ってらっしゃるようです」
やはりフランクな言い草。支配者の息子というより定職につかない息子に対する評価を下すママのような言い草に聞こえた。
「少佐は直接頼まれての単独任務だと言っていました。正規の任務ではなさそうでしたが」
「殿下の個人的な活動でしょうね。少佐にもご迷惑をおかけしたようで」
「いつもそんな感じ?」
「ええ。必要な時に必要な人材を使うべきだ。使える奴は犬でも使うし、使えないなら皇帝でも無視する。あの方の口癖です」」
「少佐は犬じゃない」
「ええ。狐さんでしたね」
アレックス嬢はホッグスの経歴を知っているようだった。
軍部の人間ではないだろうに、やはり魔女の遺跡探索の関連で目にしたのだろうか。
「つまりそういうことには」アレックス嬢は言った。「拘らないお方というわけです」
「あなたもそうですか? アリー家も」
アレックス嬢は首をかしげた。
「逮捕されたワルブール伯が言っていました。アリー家は合成魔獣を労働力にするために、アンダードッグ区を手に入れようとしていると」
「ええ、当家としてはそのつもりです」
「だからあそこの住民を追い出そうとしている。彼らはそれが気に食わないと言っていた」
「気に食う食わないは私には関係ありませんね」
ラリアが席を立ち、食堂を出ていった。俺はその背中を見送っていたが、
「彼らは仕事の能力が低いので仕方がありません。四六時中ケンカして作業が止まって困るとも聞き及んでいます。効率が悪い」
「使えない犬だと? だから合成魔獣を?」
「そうです。召喚獣とすれば召喚者の命じたとおりに動いてくれます。耐久力が低いのは難点ですが、帝国は研究者を各国から高給で招いているところで……そのうちその問題も改善するでしょう」
アレックス嬢はテーブルに置いた両手の指を、先端同士でくっつけている。人差し指だけくるくる回していた。
俺は言った。
「そのためにあなたは命を狙われた」
「首謀者はワルブール伯だったのでしょう? あの方は私を嫁に寄越せと当家に言ってきたことがあります。私はその気になれませんでしたが。逆恨みですかね」
「アンダードッグ民にとっては死活問題だ」
「でしょうね。ですが首謀者はいなくなりました。他に何人仲間がいるのかは知りませんが、もう何もできないでしょう」
俺は回転する指に目をやった。くるくる、くるくる。
「なぜわかる?」
「それがアンダードッグだから。結束できるほど知能が高いならアンダードッグにはなれません」
人差し指を止めた。次は中指を回し始める。
「そんな人なら出て行くでしょう。自分に適した場所に。同じレベルの人がいる町へ。でなければ気詰まりでしょう?」
全ての指を止め、彼女は俺を上目遣いに見た。
俺はホッグスの顔を思い出していた。
ラリアが戻ってきた。優しいチレムソー語の本を手にしていた。また俺の隣りに座り本を開く。中には文字だけではなく挿絵もついている。リンゴとか花とか、単語を示す絵だ。
アレックス嬢はそちらにチラリと目をやったが、俺へ向き直り言った。
「だからアンダードッグ区には残りカスしかないんです。ただの動物園」
「教育は帝国政府の仕事では?」
「やってますよ。でも本人がやらないんですよ。だからずっとアンダードッグ」
「ただやらせれば伸びるというものじゃない」
「努力が足りないだけです。ノーブレスはもちろん、シビリアンの者たちだって努力して自分の居場所にいるんですから」
「エリートだからって無条件に賢くなれたつもりか」
ラリアがこちらを見上げた。横目に見ると、ラリアは大きく目を見開いている。俺の声に驚いたらしい。
咳払いをするハメになった。
「……私が何か気に障るようなことを言ったのなら謝りますが……」
アレックス嬢は氷のようなポーカーフェイス。
「……失礼。気にしないでください。実家のことを思い出しただけで」
「ご実家……何かあったんですか?」
「プライベートなことです。しかももう昔のことで、取り返せないことだ」
「はあ……」
「それで……そちらは俺にどんな用事があったんですか?」
俺がそう水を向けた時、緑髪メイドがトレイに料理を乗せて運んできた。
皿が俺たちの前に遅滞なく並べられる。俺はラリアの前に置かれた皿を手に取った。
《ザ・サバイバーのスキルを発動しました》
それからまた置く。皿は3つあったが、1ずつそうした
向かいの席のアレックス嬢がそれを見ているのに気づいた。
「……何でもありません。ただの癖で」
彼女は軽くうなずいた。彼女の前には料理は置かれていない。もうすでに食べたのだろう。
「お食事を続けながらでもいいんですが、話しても? それとも食べ終えてから?」
「どうぞ」
「以前アラモスさんが仰られていたブラックエッグのことです。色んな方にお話をうかがったのですが、やはり聞いたこともないということで」
持参した大きな本を開きながらそう言った。
歴史書か何かだろうか。ページをめくっていたが、
「それでなんですが……1度神殿の神官に掛け合うべきだと思ったんです」
「たしかまともに聞いてくれなかったような……」
「ええ。ですが、イノシャ様であれば聞いてくださるかも知れません」
アレックス嬢の言った、イノシャなる人物のことを思い出してみる。
たしかチレムソー教圏内を回り恵まれない者たちに支援しているというシスターのことだったか。1度神殿にいった時もいたような気がする。
「アラモスさん。神殿にはチレムソーの教えを記した聖典が祀られています。古代からの言い伝えや口伝を書き残してきた書が。相対的には、大滅殺以前の時代の記録としては最も正確性が高いと言われる書物です。それを見せていただこうと思うんです」
彼女がそんな話をしている間、俺はスープの皿にスプーンを激突させないように注意深く食事していた。スープを飲む際にも、すする音を立てないように。ただその努力も隣りのラリアがガチャガチャズルズルやらかして台無しではあったが。
俺は言った。
「ずいぶん真剣なんですね」
「……何がでしょう?」
「俺たちのようなどこの馬の骨ともわからないような男たちが持ち込んだ、オカルト話に。ワルブールはアリー家が帝国の税金を魔女の研究につぎ込んでいると言っていました」
「言いがかりです。私財しか使っていません」
「なぜそこまでして?」
アレックス嬢は首をかしげた。
緑髪のメイドが、俺やラリアがすでに食べ終えた皿の1枚を下げにきた。その時緑髪が口を挟んだ。
「そうですよーお嬢様。よく知らない男の人のいるところへおひとりでいくだなんてよくないですよー!」
「あなたがいるでしょう」
「私は数に入りませんよ! オークやゴブリンだっているんですから!」
「口を慎みなさい。こちらの方々はそのような野蛮人ではないでしょう」
「ですけどー……お嬢様は皇太子殿下の婚約者なんですから、あまりはしたないことをなされると、アリー様に怒られますよー!」
そうやって主従が話している間、俺とラリアはスープも飲み終えた。皿を緑髪に差し出すと、彼女はそれを下げていく。それを尻目に言った。
「もっともな話かと。もう夜も遅い」
「……それでは明日、また神殿へ。よろしいでしょうか?」
「わかりました。皿はこちらで洗っておきます」
彼女は席を立った。
主従を玄関まで見送り、人力車が走り去るまで玄関に立っていると、ウォッチタワーが庭からやってきた。
汗だくで、息も絶え絶え。
「ずいぶんハードにやったんだな」
「HIITを……やってた……し、死ぬかと……思った……」
横に立っていたラリアが、いつの間に持っていたものか、先ほどの料理の中にもあったポテトの切れ端をウォッチタワーに渡した。
《ウォッチタワーはザ・サバイバーのスキルを発動しています》
「ありがとよ。楽んなったぜ」
「明日また神殿へいくことになったよ」
「またかあ? どうせ怒られて終わりなんじゃねーのか……」
「ダメならダメで仕方ない」
「そん時はどーすんだい?」
「……エルフ待ちだな」
そう言って3人で中へ入った。
それから、パンジャンドラムを手伝って皿を洗った。




