第194話 マイホーム
アジトの前で塞いでいた瓦礫には、秘密の通り道が作られていたそうだ。
モグラの獣人、モールングという男が掘った穴だそうな。
俺は結局ダクトを逆戻りして瓦礫の前まで戻り、ホッグスに開けてもらった秘密の入り口を通ってアジトへ。それからヤマト皇太子と協力してテロリストたちを縛り上げ、別の進入路(皇太子が入ってきた通路だ)から1人残らず外へ運び出した。
出入り口はトイレだった。
もうすっかり日が落ちていて、月明かりが建物の内部を照らしている。
廊下を移動してからテロリストを転がした床は、礼拝堂のもののようだった。割れたステンドグラスから月光がこぼれていた。
「ここがアジトの入り口であったか……たしかにここはみんな寄り付かなかった覚えがあるのである……」
ホッグスが礼拝堂を見回しながら呟いた。
皇太子が言った。
「使われてないからか? ボロボロだ」
「いえ……この町の住民はみな不信心な者が多いから」
「仕方ないね。チレムソーは獣人に冷たい」
抱えていた最後の1人、ワルブールを下ろした皇太子。
「いやありがとよ、アラモスさん。ほんとに助かったよ。ご協力ありかとう!」
「俺は何もしていないがな」
いつものようにラリアに左腕へ上がってもらいながら答えた。
「そんなことない。実は俺だって、みんながどこにいるかわからなかったんだ。でも……」
皇太子は少し吹き出しつつ、
「あんたがダクトにハマってるのをみんながツッコンでたろ? あの声が聞こえたから登場できたのさ」
さすがはロス・アラモス。いい仕事をする男だ。俺は言った。
「シン・ノースキーじゃなかったんだな」
「いや。ある意味ではノースキーさ。アレックスの命を狙ってるバカがいるって情報を掴んでたが、誰だかわからなかった。だから俺はノースキーと名乗って、帝都の下層に潜入してそのバカを探してたのさ」
「では研究院の前にいたのも?」
「ああ……いや、たまたまだ。町を歩いてたらあいつの馬車が兵も連れずに走ってるとこを見かけてね。それで、もしやと思って」
ホッグスに服の袖を引っ張られた。
「ロス……無礼であるぞ、こちらはオルタネティカの皇太子殿下……言葉使いを改めろ……」
「あーあー少佐、固いこと言いっこなしさ。これまでどおりでいい。俺はシン・ノースキー。あんたロス・アラモス。これでいいのさ」
そう言うと、皇太子は礼拝堂の出口へ歩き出した。
「殿下、どちらへ?」
「衛兵を呼んでくるよ。そいつらを逮捕させよう。俺はそのまま帰るから、悪いけど少佐、あとはやっといてくれや」
「ですが……」
「アンダードッグ区をウロウロしてたのがバレたら親がうるさいんだよ。頼む、全部少佐の手柄にしていいからさ」
そう言っておどけたような敬礼をすると、皇太子は出口の闇へ姿を消した。
取り残された俺とラリア、それにホッグス。
「……いつもああいう調子か?」
「……私はお会いしたのは最近であるから何とも……破天荒なお方だとは聞いていたが」
どうやら俺たちは、テロリストたちに逃げられないよう見張りを押し付けられたようだ。俺は礼拝堂の3本しか脚のないベンチに腰掛けた。
ホッグスは立ったままだった。
「実はな。今回の捜査……殿下に直々に命じられたものだったのだ」
「アジトの捜査か?」
「うむ。アリー家、特にアレックス嬢に害をなそうとしている何者かがいる。見つけ出す必要があると」
「休暇のふりをして、か」
「そうである。アンダードッグをぶらつく名目さ。ガスンバから戻ってすぐであった」
「実質休暇なしとは軍人も大変だな」
「殿下おん自ら私の前においでくださったのだ。断れん」
「なぜ君に? 君の部隊だけが選ばれたのか?」
ホッグスは月光の下で笑った。
「私だけさ。単独任務である。私がアンダードッグ区出身の獣人だから、怪しまれないだろうとの仰せ」
俺はノースキーが去った出口に目をやった。彼の姿はもうそこにはない。
「殿下はご存知だったのだ。私の出自を。獣人であることも。もっとも私がヒューマン風なのは見た目だけで、獣人であることは経歴書に書いてあるがな。殿下は今回の任務に適した者を探しておられたのであろう」
うつむきながらホッグスが話しているうち。
礼拝堂入り口からドヤドヤと男たちが入ってきた。
衛兵の姿をしていた。20名はいる。
その中の隊長らしき者が、ホッグスに身分を確認していた。皇太子が呼んできた衛兵たちだろう。ホッグスが自分の身分と事情を説明すると、隊長は敬礼したのちテロリストたちを連行するよう部下に命じた。
テロリストたちの中には気絶から覚めた者も出始めた。激昂するワルブールや、状況が掴めず喚く者。
その中で、モールングがホッグスを睨んで言った。
「う、裏切りやがったな! 同じアンダードッグ区の住人なのに! おまえは貴族の飼い犬に成り下がりやがった! 町の恥だ!」
ホッグスは引き立てられていくモールングを見ていたようだった。礼拝堂の一番奥のベンチに座る俺からは、出入り口へ連れていかれるテロリストたちを見つめるホッグスの、後ろ姿しか見えないが。
隊長がホッグスのもとへやってきて今後のことを尋ねたが、彼女が「休暇中に偶然罪人を見つけただけである。お任せする」と答えると、敬礼したのち去っていった。
静かになった礼拝堂。ホッグスはまだ、みなが去っていった出入り口を見つめている。
俺は立ち上がった。
ゴーストバギーで家まで送り届ける間、助手席のホッグスはラリアを膝に乗せ、ずっと窓の外に目をやっていた。
特に会話はなかった。そこを左、とか、2本先を右とか、そのぐらいだ。道路の脇を飾る街灯の列はオレンジの光をシビリアン区に投げかけていた。
坂を登り始めた。左右にアパルトメントめいた建物が並んでいた。途中で、ホッグスがここでいいと言った。
厳しい装飾が施されたベランダのある石造りの建物の前だったが、おそらく家はそこではないだろう。きっとここから歩いて帰るのだ。
1度助手席からラリアと共に歩道に降りた。交代にラリアが助手席に座り、ドアを閉めた。
歩道に立つホッグスはしばらくの間運転席の俺を見ていた。
何か言い忘れたことでもあるのだろうかと思っていた。彼女は言った。
「私の町じゃない」
続きの言葉はない。
「ああ」
俺はそう答えた。
ホッグスは坂の上の方へ歩き出した。
俺はオレンジの光と暗闇の色に交互に染まるその背中をしばらく眺めていたが、対向車のないことを確認して車をUターンさせた。
夜の町は静かだった。
車道を走っているのは俺たちのゴーストバギーだけ。歩道に人影もない。静かだった。
「おねーさんはどこへ帰るですか?」
助手席のラリアにそう訊かれた。
「自分の家さ」
「おねーさんのおうちはあんだーどっぐっていうところにあるんじゃないですか?」
「昔の話だ。今は引っ越してこの辺りに住んでいるんだろう」
「でもおじさんたちは、同じ町に住んでたのにって言ってたです」
それも昔の話だ。そう言おうと思った。だがその前にラリアが言った。
「帰れないですか?」
前方に伸びる石畳を見ながら答えた。
「大人になったら違う家に住むものさ」
「ボクはゴースラントのおうちへ帰るですね」
「順当にいけばな」
「マスターも帰るですか?」
次の角を左に曲がれば橋があって、ノーブレス区への道へ続く。
「自分のおうち」
ハンドルを左へ。
パワーステアリングについて考えていた。
それについてだけ考えたかった。
アリー家に着くと、門前にいたパンジャンドラムとウォッチタワーに怒られてしまった。
冒険者ギルドから戻っても俺が別邸にいなかったので、何かあったのかと思って探し回っていたという。
ゴーストバギーを縫いぐるみに戻して本邸の方まで歩きながら進捗を尋ねると、
「ハルから手紙が届いてたよ。ペリノアドの大統領は帝国からの要請を受けて、もうこっちへ向かったあとだったって」
「もう1人は?」
黙り込んだパンジャンドラムの代わりに、
「これから向かうって書いてあったぜ。少なくとも手紙には」
ウォッチタワーが答えた。
手紙が向こうを発したのは数日は前のことだろう。今頃ハルは、ペリノアドの隣国へ入っているかも知れない。
本邸までやってきた時、玄関へアレックス嬢が入っていこうとしているのが見えた。
ひと言挨拶がいるかと考えたのと同時に彼女が振り向き、こちらに手を振った。
本邸に入らず立ったままなので、俺に用があるらしい。俺も彼女と少し話したいことがあった。
あったのだが……。
「パンジャンドラム。俺、臭くないか?」
「かなりヤバイね」
アンダードッグ区の下水道をウロウロしていたのだった。それと同時に、別邸の方に風呂があったのを思い出す。
「パンジャンドラム。すまないがアレックス嬢に後からいくと伝えてくれないか。クロスボウの奴の件で話があると」
「いいけど……ロス君は?」
「大急ぎで風呂に入ってくると伝えておいてくれ」
本邸の玄関まで向かう石畳の通路。途中右に曲がる角があり、そこに木製の自転車があるのが目に入った。それに飛び乗って、
《ウルトラスプリントのスキルが発動しました》
若い女とお喋りをすると考えたそばから自分の身だしなみに自信を失う。まったく初めての経験だった。異世界にきてからというもの初めてだらけだ。
そんなことを考えながら自転車を飛ばした。




