第193話 レイジングショーグン
「何をやっとるのであるか!」
「何をと言われても見てのとおり……」
ダクトから顔を出し、みんなを見下ろしている。
「ぬぬ、貴様は何奴だ!」
「気にしないでくれ。通りすがりの者だ」
「どんな生活しとればそこを通りすがれるんじゃい!」
実にもっともな質問だった。
俺は今すぐにでもこのダクトから出てまっとうなスタイルの通りすがりの者にクラスチェンジしたかったのだが、ダクト自体がへこんでいるのか肩の辺りの壁が変形し、それ以上先に進むことができないでいた。
「あっ、こいつ見たことあるぜ! 昼間、アリー家の娘と一緒にいた奴だ!」
獣人の1人が叫んだ。昼間の視察の際モメ事があったが、あの中に混じっていた者がここにもいたらしい。
「ぬっ! と言うことはアリー家の関係者……我らの動向を探るべく侵入してきたということか!」
「た、大変だ……俺らの計画がバレちまった⁉︎」
ざわめき出すテロリスト共。
ワルブールはホッグスに向き直り、
「貴様、こやつの名を呼んでおったな……つまり貴様ら、はじめからワシらを捕縛する目的でここにきおったのじゃな!」
ホッグスをここまで呼び込んだのはあんたの友だちの判断だぞというひと言を飲み込み、俺は何とか身をくねらせてダクトを出ようともがいた。
だが完全に行き止まりだった。何せ肩幅より狭い場所なものだから、両腕も前に出せず足の方へ向けている始末。
「獣人たちよ! こやつを殺せ!」
ワルブールの呼びかけに獣人たちはポケットからナイフを取り出した。
「ちょっとロス、何をやっとるのであるか……!」
「いい質問だと思うが俺も答えを用意してない」
《ラリアはコアラ・クローのスキルを発動しています》
ダクト下のラリアが黒い爪を光らせ、抵抗の構えを見せた。
だが相手は5人ほどいて、こちらを取り囲もうとしていた。ラリアは思い直したのか俺の方を見上げ、
「マスター、ボクを投げるです!」
そう言って、ダクトへ飛び上ろうとした。
だが高さが足りない。
「マスター!」
手を伸ばせと言いたいのだろう。俺は1度後ろに下がり、それから右手を先に突っ込んでから前進。
ラリアに手を伸ばしたが届かない。向こうもピョンピョン跳んではいるがダメだった。
「ま、待て私と代わるのである! ロス! 例のアレをやろう!」
ホッグスがこちらへ走ろうとした。おそらく俺と《ツープラトン》のスキルを発動させようと言うのだ。
だが……。
「待て!」
「あっ!」
ワルブールがホッグスの腕を掴んだ。力づくで抱き寄せていた。
「やはり貴様ら、アリー家の犬か!」
「は、離せっ!」
「グフフ、これはいい。あいにく色男の方は身動きが取れん様子。そこで獣人共に切り刻まれるがいい。ホッグス少佐よ、貴様はワシとあっちで◯☆×<〒*……」
忙しいのであまり耳を傾けている余裕もない。
さて、この状態からどうする? ここはひとつ、某有名妖怪漫画のように髪の毛を針として射出するスキルに目覚めて欲しいものだ。いけないロス・アラモス、何を考えているんだ? 気をしっかり持て。あの技は原作どおりなら使用後はハゲるんだぞ。
やはり無難に《ザ・マッスル》の出番だろう。崩落が原因でダクトが変形したのなら押し戻すことも可能のはず。いやそうであってもらわなければ困る。
《ザ・マッスルの……》
「グフフ、ホッグス少佐よ。悪いようにはせぬぞ? アリー家を打倒した暁には、必ずや貴様を我が側女に……」
「そうはいかんぞ」
どこからともなく男の声がした。
声を発したのは獣人たちの誰でもないし、もちろん俺でもない。
ワルブールたちの背後の壁に、両開きの大きな引き戸がある。声はそちらから聞こえた。獣人の1人もそれに気づいていて、引き戸を勢いよく開けた。
引き戸の向こうの暗闇に、男が1人立っている。
戸を開けたのとは別の獣人が、壁に掛けてあったランプを取り男を照らす。
茶色いフード。
見覚えがある。
シン・ノースキーだった。
「話は聞かせてもらった。ワルブール、辺境伯ともあろうものがこんな下水道で、まるでネズミのようにチョロチョロしていたとはな」
「ぬぬ、何だ貴様は! こやつらの仲間か⁉︎」
ノースキーはため息をついて、言った。
「愚か者。余の顔を見忘れたか」
「な、な〜にィ、“余”だとう……?」
ワルブールはやや前のめりに、ノースキーの顔をまじまじと見つめていたが……。
「あ、あなた様は……ヤマト皇太子殿下⁉︎」
叫ぶが早いか、ワルブールは2歩下がって跪いた。周囲の獣人たちも慌てた様子でそれに倣う。
ワルブールに手を離されたホッグスもだった。彼女は俺の方を2度見して、
「ロ、ロス! 頭が高い! 皇太子殿下の御前であるぞ!」
そうは言われても今の俺は土下座よりも低い体勢をとっているつもりなのだ。文句があるならダクトを天井付近に設置した設計者に言って欲しいものだ。
結局この場で突っ立ったままでいたのは、状況を理解できていない様子のラリアと、皇太子殿下だと言われたノースキーだけだった。
それにしても……ヤマト皇太子殿下?
ホッグスたちがそう呼んでいるのは、シン・ノースキーという男のはず。共に挨拶もしたし、昼飯を食った仲だった。
その男が、俺が転生者の疑いをかけていた皇太子ヤマトとして下水道に現れた。
ノースキー……いや、もうヤマトと認識すべきか。ヤマト皇太子は言った。
「ワルブールよ。魔族軍との決戦を控えておる時に私欲に走り貴族の命を狙い、内戦の危険を発生させようとするなど言語道断。いさぎよく絞首台に上がるがいい」
厳かな声だった。有無を言わせぬ響きが下水道を支配した。
ワルブールは跪いた姿勢のままブルブルと震えていたが、その声に応えた。
ゆっくりと立ち上がりながら、絞り出すようにして言った。
「……皇太子殿下がこのような所にいるはずがない……!」
もっともな発言だった。下水道と皇太子。まあ似合わない。
「こやつは皇太子殿下ではない! ええい者共! こやつを始末しろ! 出会え、出会えい!!!」
部屋の別の扉から、獣人や、あるいはボロを着たヒューマンらしき者たちが、ワラワラと現れた。
モグラのような顔をした獣人(ひょっとしたら彼がホッグスにモールングと呼ばれていた男かも知れない)が、床をドンと叩くと、そこだけ円盤状に蓋のように開いて、その穴から獣人たちが現れる。
30人はいた。
「で、殿下……」
「ホッグス少佐。下がっていろ」
ヤマト皇太子は腰にサーベルをぶら下げていた。昼間は持っていなかった物だ。彼はそれをゆっくりと抜き放つ。
松明の光に煌めいた刃。
皇太子はそれを。
さらに峰へと返した。
《ヤマト皇太子は剣聖・峰打ち御免のスキルを発動しています》
《ヤマト皇太子はバトルグラウンドミュージックのスキルを発動しています》
《ダーンダーンダーン! ダダダダダダ、ダーン! ダーン! ダーン!》
《テーッテレー、テレーテテー、テーテーテー、ッテレー!》
《テーッテレー、テレーテテー、テーテーテー テーテーテーテー!》
《テレッ、テレッ、テレー!(ドゥルルルドゥルル!)》
《テレッ、テレッ、テレー!》
《カーン!》
《テレッテー! テレッテー! テーテー、テーレレー!》
《カーン!》
《テーッテレー、テレーテテー》
《テーテーテー テーテーテー……》
《デーーーーーーーーーーン!!!》
どこからともなく、どういう理屈で聞こえてくるのか判然としない音楽が鳴り終わると同時に。
ヤマト皇太子がサーベルを鞘に納める金属音が高らかに響いた。
ワルブールをはじめテロリストたちは全員地に倒れ伏していた。
ヤマト皇太子の、目にも留まらぬ圧倒的な剣技によって打ち据えられたのだ。
凄まじい速技、しかもヤマト皇太子は戦闘の最中、時折どこへともなくキメ顔(どこに見せようとしていたのかは知らないが)をキメる余裕まであったのだ。
「ホッグス少佐、大丈夫か?」
「は、はっ! 皇太子殿下、お手をわずらわせて申し訳……」
「いいさ、顔を上げてくれよ」
「なぜ、こちらがおわかりに?」
「ああ……アレックスにクロスボウを撃った奴を見つけたのさ。そいつを追ってきたら……ほら」
ヤマト皇太子は床に倒れている1人を指した。
たしかにその男は、魔女研究院の前で見かけたクロスボウ男だった。
俺は言った。
「少佐。これはいったいどういうことなんだろう? 状況を説明して欲しいんだが」
立ち上がったホッグスと共に、ヤマト皇太子も俺の方を見上げた。
先に口を開いたのは皇太子。
「……いや、俺の方もあんたの状況を説明して欲しいけどなあ……」
排気口の飾りとなっていたロス・アラモスを見上げ、彼は苦笑いめいた笑顔を見せた。
キンキン無双ならぬ無音無双。




