第192話 辺境伯の陰謀
「グフフ……ホッグス少佐よ、久しぶりに会うたな……」
「あなたは上級貴族であり辺境伯の、ワルブール様……⁉︎」
「そのとおり。ワルブールじゃ。以前1度、軍の演習の際貴殿と同席したことがあったなグフフ」
俺はダクトに隠れているから見えないが、どうやら誰かがホッグスの前に姿を現したらしい。
辺境伯……たしか、国境沿いの防衛を任される有力な貴族に与えられる称号だったか?
この異世界にも同じ称号や役職があることを知られたのは勉強になったが、本来国境防衛が任務の辺境伯が中央にいるなどどういう風の吹き回しだろうか。
おまけに場所が場所だ。貴族の襲撃を画策している下層民のアジトなのだ。
「ワルブール様、なぜこのようなところに……?」
「グフフ簡単なことだ少佐。アリー家排除の計画を練ったのがワシだからよ」
「な……なぜ」
「グフフ話してやろう。現在オルタネティカは魔族軍との決戦を控えておる。そのため軍事にかかる費用が増大しておるというのは貴殿もよくわかっとろう。ワシをはじめ各辺境伯も、国土防衛のためにより一層の軍備増強をせねばならん」
「……ごもっともかと」
「じゃがそこでじゃ! あのアリー家の奴ら、何をしとるか知っとるかね⁉︎」
「さ、さあ……私のような一介の兵には何とも……」
「きゃつら、その限られた予算を使い、何やら三賢者の魔女の研究だの、合成魔獣の研究だの戦争と関係のないことをやっておる!」
「そ、そうなのでありますか?」
「そうとも! きゃつらアリー家は、我らが偉大なる帝国の予算をまるで私物のように扱い、そういうことをやっておる!」
「まさか……たしかにアリー家はオルタネティカでも有数の名家であり、皇家にも近しい間柄。しかし国の予算を左右するほどのことなど……」
「それができるのじゃ! 知っとるだろう、あそこんちのアレックスとかいう小娘! あやつが、あやつがだな、あのメスガキが皇太子殿下に取り入り、たぶらかしておるのじゃ!」
「え、そうなんですか?」
「そうじゃ! それで皇太子殿下は操られ、アリー家のために合成魔獣の製造場を建てる便宜を図っていただけるよう、皇帝陛下に話しておるのよ!」
「ほんとに?」
「そうじゃ! あの小娘、あんな清楚そうな顔をしとって、まあいやらしい! そういうわけで! ワシはオルタネティカを守るため、きゃつらを排除せねばならんと思い立ったわけよ!」
それからしばらく、ホッグスの声は聞こえなかった。
何か考え込んでいるのだろうか。ワルブールが言った。
「というわけでじゃ。貴殿もワシらに協力してくれぬか?」
「……協力?」
「ワシは辺境伯。普段この帝都にとどまることはない。今日はまあちょっと親戚の法事という態できたのじゃが、帝都の中に協力者がいれば事は成りやすいじゃろうて。先ほどから話を聞いておったが、貴殿もアンダードッグ区の出身じゃな?」
「……まあ」
「では故郷の町が、一部の貴族の勝手で奪われていくは辛かろう。どうじゃ。ワシらと一緒にアリー家を打ち倒し、町を守ろうではないか」
周囲の獣人たちが、そいがよかたいそいがよかたいと口々に言っていた。
だがホッグスはしばらくの沈黙のあと、言った。
「……お言葉ながら」
「なんじゃ? ん?」
「お話を聞いた限りでは、魔族という強大な敵を前にする今、辺境伯様がおやりになろうとしていることは貴族同士の内戦のように聞こえます。なぜそのようなことを、今?」
「わからんのか。アリー家は合成魔獣の研究を進めることで、人間の代わりとなる労働力を造ろうとしておる。もしそうなれば、町の者たちの仕事が奪われる」
「なんと……?」
「それがアリー家の目論見なのじゃ。人工の奴隷よ。太古の昔、エクストリーム・エルフがそうしていたように」
……………………。
「戦争は近い。そのような時に国内で民に不安を抱かせ、互いに亀裂を生むようなことを許しておけるか? ただでさえ雑多な者たちが集まるオルタネティカなのじゃ。民の分裂を誘発するアリー家の行ないを捨て置けようか? どうじゃ? ん?」
「……お言葉ながら……ワルブール様の行動も、国内分裂につながるものでは?」
ホッグスの言葉のあと、獣人たちがギャアギャアと喚きだした。
俺たちは違うとばい、俺たちば大切にしぇんとが悪かとたい、仲間外れにしよっとばい、等々。
帝国はすでに分裂していて、そうしたのは帝国の方針ではなかとやと、そう主張している。
ワルブールのものらしき咳払いが聞こえた。
「……まあ、みなそれぞれ言いたいこともあるじゃろう。じゃがアリー家は民の血税を合成魔獣製造という利権のためや、好奇心のために浪費しとる」
「好奇心?」
「そうじゃ。アリー家の娘アレックスじゃ。きゃつめは何のつもりか魔女の遺物収集にやっきになり、第2騎士団まで私物化しておる。小娘のお遊びに国の資金が浪費されておるのじゃ!」
「……だから襲撃をしたと……」
「しくじってしまったがな」
「正気なのでありますか⁉︎ 貴族でありながら貴族のお命を狙うなど! 発覚すれば内戦もあり得る! アリー家は私兵の数こそ多くはないものの、ワルブール様のお言葉どおりならば第2騎士団もついているはず!」
「ふん! もしそうなったとしても都会の軟弱兵など物の数ではないわ!」
「だから問題なのでしょう! 辺境伯ほどのお方が有する兵団とアリー家が衝突すれば小競り合いでは済みません! いったいどのようなおつもりで、このような時期にそんなことを……!」
沈黙。
その場にいるはずの人々の声が聞こえない。
ラリアの足をつついて、前にいくよう促した。
俺は、場がよくない空気に包まれているのを感じた。
味方のふりをしてアジトに潜入したホッグス。
彼女は熱くなりすぎていた。
「……ホッグス少佐よ。では協力はせんと言うことか?」
「いったい私に何をさせるおつもりですか」
「いやなに。もしも貴殿が危惧するとおりアリー家とことを構えることになったらば、貴殿の部隊にも協力願えないかと思ったまで……」
「バカな……何を名目に、部下にそのような命令を……!」
「ふん。臆病だな。貴殿はアンダードッグの出身なのに、自分の生まれ育った町を守ろうという気はないのか?」
「雑すぎる。勝ち目がおありだとでも⁉︎」
「グフフ、それがあるのだよ……我々の仲間はここにいるだけではない。もっと大きな、偉大なるお方の加護を受けておるのだ」
「そ、それは……⁉︎」
「教えてやってもいい。貴殿次第だ。協力するなら、ワシが持つ勝算を教えてやろう……」
「あ、何を……?」
何を? 何をしているんだろう。ラリアは物音を立てないように、まるでカタツムリのごとき速度で前進している。慎重な姿勢は褒めてやりたいが、ホッグスの声が逼迫したもののように聞こえたのだが。
「お、おやめくださいワルブール様、お離しを……」
「グフフ、貴殿はなかなかに美しい女だな。どうじゃ、味方となるだけではなく、ワシの側女にならんか? 贅沢もさせてやろう。何より目障りなアリー家に打ち勝てば、魔獣製造場の利権はワシのもの……!」
「な……なに⁉︎ まさかワルブール様、それが目的で……!」
「そうとも! このワシが辺境で国土の防衛に勤しんでおる時に、帝都の貴族どもは遊んでばかり! 率直に言うと羨ましい! ズルい! 有能なのに責任の重い仕事はさせられず収入だけは多いとかチートじゃ! 許せん!」
「だからご自分がその座に収まろうと……⁉︎」
「そのとおりじゃ! さあホッグス少佐……いやクーコちゃん! ワシと共にこいっ! ワシの側女となって尽くすのじゃ!」
「えっ嫌である、ちょっ! 触るな、コラ!」
「よいではないかよいではないか」
「は、離せ! おい貴様らっ! 見てないで助けろ!」
周囲の獣人の中で、助けに入ろうとしている者のある気配がない。どうやら黙って見ているらしい。俺たちもだいぶ前進できたおかげで、奴らの荒い鼻息の音が聞こえてきた。
俺は言った。
「やれやれ。ラリア、助けるぞ」
「はいです!」
ラリアは四つん這いとなって走り出した。俺ももう音を気にせず匍匐前進を速めた。
「うわーっ! 離せーっ! ロ、ロスー! 助けてくれぇーっ!」
「グヘヘ、いくら叫ぼうが助けにくる者など誰もおらんわ!」
何かひと言、決めゼリフのひとつでも言ってやろうかと思ったが、
「いるですよ!!! ここに1人な!!!」
すでにダクト出口まで達したラリアが飛び出していった。
「な、なんじゃこのガキは!」
「おおラリア殿! ロスは⁉︎」
「後ろからきてるですよ! コラおじさん、おねーさんを離すですよ! 何を腰に手を回してやがるですか!!!」
ドタバタと暴れる音が聞こえる。
ヒーローの本命ロス・アラモスは素晴らしい速さで匍匐前進し、堕落した貴族から哀れなホッグスを救わんと、ダクト入り口から顔を出し……。
「ああ、ロス! きてくれたのか……!」
「なな、なんじゃあおまえは⁉︎」
俺はダクトから顔を出したまま答えた。
「俺はロス。ロス……アラモス。挨拶はそのぐらいにして少し言いたいことがある」
その場にいる俺以外の者たち全てが互いに顔を見合わていた。
「な、なんじゃ!」
ワルブールの怒号。初めてお目にかかった辺境伯はさすがに体格がいい。
俺は答えた。
「……誰か引っ張ってくれないか?」
「……え、なんて?」
「…………………………引っかかったんだ」
長身で鳴るロス・アラモスの両肩は、ダクトの出口から少し奥に挟まり、完全に身動きが取れなくなっていた。




