第191話 アジトへの潜入
《ウェイブスキャナーのスキルを発動しました》
物置の扉を少しだけ開けて発動した波動探査スキルで、俺の頭の中に下水道の構造が浮かび上がってくる。
それだけではなく、立ち去ったホッグスと獣人たちの位置もだ。南へ向かっているのがわかる。
ホッグスたちは俺のいる物置からどんどん離れていき、角を幾つか曲がっているようだ。やがて通路が行き止まりになっている場所で立ち止まった。
行き止まりの壁は、表面がデコボコになっているのを感じる。おそらく瓦礫だろう。
その瓦礫の一部が、ふいに開いたように感じた。
穴が開いたような感覚だった。その穴の向こうへ波動が向かおうとしているが、穴を通り始めたホッグスたちに跳ね返され、奥の様子はよくわからない。
しかも穴はすぐに閉じた。
脳内下水道は無人となった。
ラリアと物置を出て、できるだけ静かに、ホッグスたちが立ち去った方へ向かう。
ホッグスたちの姿が消えた場所は、果たして瓦礫だった。
ホッグスたちはどこへ消えたのだろうか? この瓦礫の中に入っていったように思えたが。
何か秘密の入り口があるのだろうか? いよいよ怪しい。
ラリアが俺の服の袖を引いた。何かと思いそちらへ顔を向けると、ラリアは瓦礫に向かって右側の壁、天井付近を指差している。
見上げてみると、四角いダクトがある。
蓋はない。ふちに手をかけ登り、中を覗いて《ウェイブスキャナー》を発動。
奥の方で左に曲がり、瓦礫の向こうの区画へ向かえるようだった。
しかし、狭い。俺がギリギリ入られるかどうかというところ。
ラリアを見ると、自分自身を指差している。
抱え上げてダクトに入れてやる。そのあとで俺も登り、ダクトへと侵入した。
匍匐前進でダクトを進み、テロリストを追い詰める。今日がクリスマスで、手にドイツ製のサブマシンガンでも持っていれば様になったかも知れない。
左に曲がりしばらく進むと、ラリアがスピードを落とした。
奥に淡い光が見える。
話し声も聞こえてきた。
「いったい何であるか、こんなところへ連れてきて……ここはどこであるか?」
「ここは地震で潰れなかった地下道のひと部屋さ。モグラのモールングが見つけたんだぜ」
「はあ……それで? みんな何をやっとるんだ」
「実はな……アンダードッグ区を俺らの手に取り戻す相談をしてたんだ。ここなら他人に聞かれねーからな」
ダクト出口よりだいぶ手前で止まっている俺とラリア。早くも尻尾を掴むことになったらしい。ダクトには向こうの方から風が吹き込んでいるのか声も聞こえるし、そして幸運なことにこちらの匂いが向こうに漏れない。
「アンダードッグ区を取り戻す……とは?」
「ああ。俺らアンダードッグの住民を追い出そうとしてやがるのは、貴族のアリー家の奴らだってことは知ってるよな?」
「まあ一応は……」
「話がはえー。まあそういうわけで俺ら、アリー家の奴らをやっつけて、アンダードッグ区を守ろうと考えてんだ」
「…………はあ?」
ホッグスの素っ頓狂な声はここまで聞こえてきた。何だか表情も想像できるような気がする。
「昨日アリー家のご令嬢が襲撃されたと聞いたが……ひょっとしてアレも?」
「ああそうだぜ! 失敗しちまったが……」
「いや何でそんなことを」
「えっ?」
「いや、だって、そんなことをすればアリー家はもちろんのこと、他の貴族だって怒るであろうが。法にも触れている」
「けど、アリー家の奴らだって、痛めつけられれば考えを変えるさ!」
「えっ⁉︎」
「えっ?」
「いや、あの……だから怒らせるだけであろうがて。そう言いよるやろうがて。アリー家が手を引こうと、アンダードッグ区住民の立ち退きは決まっとるて。帝国議会の決定でそうなっておろうがて」
ホッグスの言葉に地元のスラングが混じり始めていた。
「何でそんな雑なのであるか。子供のケンカでもあるまいに。立ち退きが嫌なら正当な方法で訴えればよかろうがて」
「正当な方法とか言うたっちゃ、あいつらアンダードッグん者の言うことは聞かんやろーがて!」
「聞くわけがなかろうがて。そんな、主張が通らんからと婦女子を狙うような奴の言うことなど。そういうとこやろうがて、アンダードッグがバカにされるのは」
「なーんてか!!!」
「上手くいくと思っとるのか? 上流階級は下層民のことなど何とも思ってはおらん。それはよく知っとるであろうが。こんなことをしたって、ただ軍を送り込まれて殲滅させられるだけである。考えなおすのである……」
好奇心からか、ラリアが徐々に前進していた。俺はその足を掴んで止めた。下手に動いて気づかれても面倒だ。
そうしながら、ホッグスの胸中を想像してみる。
生まれ育った地元の人間が、権力者に反旗を翻そうとしていて、なおかつその計画がガバガバで、そのガバガバなアイディアしか思いつかないような者たちだから、アンダードッグと呼ばれ続けてきたのを目の当たりにした気持ち。
それが彼女の町なのだ。
「なあ、しっかりしてくれ。こんなことやめて解散するのである」
「バカ言うなて! そがんことしたら帝都に住めんくなるやろうが!」
「諦めるしかなかろう。せめて、帝都の外でも生活の基盤ができるよう、帝府に要求して……」
軍の密命を受け、敵地に潜入したホッグス少佐。
どうやら彼女は説得を試みているようだ。
同じ町で生まれたよしみか? 自分の手柄のことしかあまり考えていない女性だと思っていたが、同郷の者たちに向けられる心配りは本物のように俺には思えた。
「いやたい! なーんで俺たちが帝都ば出ていかんとならんとや!!!」
「帝都にいたとてすることないであろうが。賃金は安いし……言ってはなんだが、あなたたちあまり仕事もしてないであろう……」
「そりゃそうやろーもん! 俺らは今まで帝国に虐げられてきた! だったら帝国は俺らの生活の保障ばせんばいかんばい!」
そうばいそうばいと声があがっていた。
「だが……どうするのであるか……アリー家に嫌がらせをするだけで、どうやって勝つつもりなのか……」
ホッグスがそう言った時だ。
やかましく騒いでいた獣人たちがふいに静かになった。
衣擦れの音がする。どうやら部屋の中に、誰かが現れたようだ。
「やや、あなたは……!」




