第十八話 ハーレム ※
挿絵、やや閲覧注意。
ゴンザレスの後ろを歩いている一団は、何とはなしに奇怪な雰囲気をまとっていた。
一団の中心にいるのは男だ。
そいつがおぼつかない足取りで、ふらふらと歩いている。
俺と同じように黒いロングコートを着ていた。
背中には剣を背負っているのか、奴自身の左肩ごしに剣の柄がのぞいている。
その周りに女たちがへばりついていた。
明るい茶髪のツインテールの奴が一人。
金髪の貴族風のお嬢様が一人。
黒髪を頭の両側で団子に結ったチャイナドレスの奴が一人。
背の高い赤い髪の奴が一人。
なぜだか俺は少女たちに、他と似通いすぎて結局グループ名を覚えられないアイドルユニットのような風情を感じた。その少女たちが、それぞれ真ん中の男と腕を組んだりしなだれかかったりしている。
「ロス、どうした?」
ゴンザレスは俺のそばまでやってきていた。レイニーも俺の横に立っている。彼女もまた、奇妙な一団を眺めていた。
ゴンザレスが俺たちの視線を追って振り返る。
「お……ひょっとしてあれ、隣のサッカレー王国の転生者じゃないか?」
「何だと?」
俺の呟きにゴンザレスが振り返る。俺の顔を見て奴は驚いたような顔をした。
「ロス、何で睨むんだ」
「失礼。今何と言った?」
俺は一団に目をやりつつ尋ねた。何と言ったかなど聞こえていたが……。
「ああ、転生者だよ。知らないのかロス?」
何と答えようか考えた。
ゴンザレスの口ぶりからいって、どうやらこの異世界の人々にとって転生者という名称は常識の範囲内であるようだ。
ひょっとしたらゴンザレスの言う転生者と、俺の考える転生者は別のものかも知れない可能性もある。俺が身に覚えがあるのは異世界転生だが、ゴンザレスが言っているのはダライ・ラマスタイルのことかも知れない。
俺は言った。
「知りすぎるほど知ってるさ。ただおまえの口から聞きたい」
「え、何で」
「おまえの声をもっと聞きたいんだ」
「んっんっこほん。伝説の存在さ。百年ぐらいに一人、不思議な世界からこの世界に現れて、神から与えられた力で世界を救うんだ。スゲーよな、見ろよ! あんなに可愛い子ばっかり連れちゃってよ。羨ましいぜ」
俺は、転生者らしい男を遠目に眺める。ふらふら酔っ払いのような足取りで歩くものだから、まだ遠くにいた。
転生者。
俺だけではなかったのか?
いや、いてもおかしくはない。
だが百年に一人……?
「転生者はスゲーんだぜ。生まれつき冒険者ランクがやたら高くってさ。エンシェントドラゴンを倒す能力を持ってるんだ。だからだろうなぁ、あんなにモテるんだよ、チクショー!」
ゴンザレスは転生者を眩しげに眺めていた。まるでスタジアムでスーパースターのアスリートを見つめるファンの目つきだった。
「ゴンザレス。今、サッカレー王国の、と言ったな。つまり彼はサッカレー人ということか?」
「あー……何?」
そろそろサインか、もしくはユニフォームをねだりに走り出しそうだったゴンザレスが怪訝な顔で俺を振り向いた。
「知らねーのか、ロス?」
「何をだ」
「あいつはサッカレー王国の転生者だよ」
「だろうな。おまえがそう言った」
「わかんねーのか? あいつはサッカレーの、専属の……」
「専属の?」
「ワンマンアーミーだよ」
俺はしばらく何を言おうか考えていた。ワンマンアーミー。サッカレーの。専属の。
「ロス。転生者ってのはさ、並みの人間じゃねーんだよ。生まれつきエグいスキルをたくさん持っててよ。どんな奴でも、魔獣でも、エンシェントドラゴンだってかなわねえ。もはや兵器だよ」
その兵器はどんどんこちらへ近づいてくる。
「それだけじゃねえ。転生者は不思議な知恵と知識の持ち主で、周囲の生活レベルをどんどん上げていったりとかするんだよ。だから転生者が現れたら、どの国もこぞって自分の国に召し抱えて、自分のものにしようとする。いるだけで抑止力になるし、国力も上がる。箔がついて近隣国にもデカい顔できる。いいことばっかりよ」
ゴンザレスはまるで我がことのように誇らしげに語った。
まるでファンだ。
インターネットで転生者を安く見る書き込みを見つけようものなら、おそらく彼は顔を真っ赤にして長文の擁護レスを書き込むだろう。自演もやるかも知れない。やりそうな顔をしていた。
そんなゴンザレスが俺の顔を見た。まじまじと眺めている。
「どうした。俺の顔に草でも生えてるか?」
「そういやおまえも、何かえらいレベルの冒険者ランクだって聞いたけど……」
俺は転生者に目をやった。
相変わらずおぼつかない足取り。周りの少女たちは転生者に甘えているように見えた。
だが何かが違う。
「まさかロス! おまえも……」
「そんなわけないじゃんゴンザレス。こいつは違うよ」
隣のレイニーが鼻で笑った。
「いい? 転生者様はね、とっても素晴らしい方なんだよ。そのたぐいまれなる力と泉のように湧き出る知性で、困ってる人たちを助けてくれるんだ。こいつみたいにドラゴンから逃げようとしたり、子供に冷たい態度とったりなんかしない。孤独な女の子がいたら、優しく受け入れてくれる。いつでもそばに寄り添って、何なら添い寝もするらしいよ。転生者は子供が大好きだからね。でもこいつは全然違うよ」
腕を組んで俺を横目に見ながらレイニーはまくしたてた。その様子に困った顔をするゴンザレス。
「それに」レイニーは続けた。「あの人はもうサッカレーの専属転生者ってわけじゃないよ。ゴンザレス知らないの? あの人王様だよ。サッカレー王国の」
「え、マジか⁉︎ いつ……⁉︎」
「3年ぐらい前からだよゴンザレス……街頭で先触れが喋ってるニュースとか聞かないタイプ?」
「マジかよぉ……女にモテるだけじゃなくて王様ってかぁ」
「だからこいつとは違うの。こいつはどこまで行っても所詮ただの冒険者じゃん」
俺は言った。
「かもな。もしも俺に泉のように湧き出る知性があって、国を左右するほどの知識と学歴があれば、たぶんこんなところにはいなかっただろうな」
そしてゴンザレスを振り返り、
「行こう。仕事を片付けよう。先導してくれ」
ゴンザレスは肩をすくめると、再び柵から鳩馬を引き出す。俺もレイニーもそれにならった。
馬のあぶみに足をかけた時、丁度転生者の一団が俺の背後を通りがかった。
取り巻く少女たちの笑いさざめく声が背後に聞こえる。しなをつくり、媚を売るような、姦しい声。
それは深夜のテレビジョンに追放されたアニメーションに登場する若い声優の声に似ていた。
若く、幼く、扇情的で、画一的。著名なアニメ監督の言葉を借りれば、それは売女の嬌声のようだった。
遠い異世界で出くわした同じ転生者だが話をする気もない。
別に親しみも感じないし、懐かしいとも思わない。
転生してまだ二日。ありふれた通行人だと思ったし、どうせ仲良くなれはしないとも思った。
なってどうするというプランもない。
通行人と友達にならないのは日本でも変わりはしないのだ。
そして通行人じゃない相手とでも俺は、通行人以上の人間関係を築いたことなどなかった。
日本にいた頃そうだった以上、この異世界でもスタンスを変えるつもりはない。
変えるには俺は歳をとりすぎていた。
あぶみを踏む足に力を入れた。
その時だった。
「コロシテ……コロシテ……」
一瞬幻聴かと思った。
あるいは町の喧騒の何かの音を聞き間違えたかと。
俺は振り返った。目の前を歩いていく転生者。
ガリガリに痩せ細っていた。
ファンタジーゲームに登場するような幅の広い大剣を背負っている。
だがとてもじゃないがそれを操れるようなコンディションには見えなかった。
落ちくぼんだ虚ろな瞳はどこにも焦点が合っていない。
おぼつかない足取りは酒に酔っているのだと思っていたがそうではなかった。
少女たちが転生者にしなだれかかっていると思っていたがそうではなかった。
奴はほとんど自力で歩いていないのだ。
ツインテールと背の高い少女に両脇を抱えられるようにして、半ば引きずられながらかろうじて歩いている。
その周りで少女たちが、屈託のない笑顔で奴に話しかけていた。
どこへ行くのだろうか。
どこかへ行こうとする男の姿ではなかった。
「おいロス。行こうぜ」
ふと気づくと、ゴンザレスとレイニーはすでに騎乗していた。気を取り直し俺もそれにならう。
馬上で振り返ると、奇妙な一団は町角を曲がっていくところだった。少女の中の誰か(誰だろうと同じことだ)が、早く宿屋へ行こうよとか何とか言っているのが聞こえた。
その時、レイニーが俺と同じように一団を見ているのに気づいた。
彼女はじっと、転生者たちを見ていた。




