第185話 ノースキーの奢り
ホッグスはチラチラとノースキーの方をうかがっていたが、本人はいたってマイペースにハンバーガーを食べている。
俺は言った。
「君はずいぶん勇敢な男なんだな。刃物を持った集団に1人で飛び込んでいくだなんて」
「あの程度物の数には入らないよ」
「だろうな」
口をモグモグさせているノースキーを観察する。
この男、ただの腕に覚えの喧嘩自慢ではない。
あの時ノースキーは、《剣聖》のスキルを発動させていた。
カシアノーラ大陸に2人しかいないとされるソードマスター。
ツェモイが話したところによると、このオルタネティカ帝国の皇太子が修得しているという。
ではこの男が2人目のソードマスター?
だがあの時ツェモイは……。
「君はソードマスターという位を知っているか?」
「……ああ、剣術スキルの最上位だろ。それが?」
「大陸に2人しかいないんだってな」
ツェモイは、ソードマスターがいたのは昔の話だと言っていた。仮に存命だとしてこれほど若くはないはずだ。ノースキーの年齢は俺とそう変わらないように見えた。
ソードマスターは2人だけと言うが、その枠に収まらない者がいる。
俺たち転生者だ。
生まれついて身につけたスキル。
考えてみるに、この同じテーブルについたノースキーなる若者。カシアノーラのソードマスターに該当する条件が揃っていない。
ノースキーはハンバーガーを食べ終えた。指についたソースを舐めながら言う。
「俺は3人目を知ってるぜ」
「たしかこの国の皇太子殿下がその域に達してると聞いた」
「ああ。偉大なるヤマト皇太子殿下なあ」
「…………ヤマト、というのか?」
「そうよ。人は奴をそう呼ぶね」
「君はあまり愛国心がないタイプのようだな」
「どうして?」
「あまり敬意のない話し方だ」
「育ちが悪いもんでね」
ノースキーは言ったとおり、舐めて濡れた指をローブの裾になすりつけて拭く。
ホッグスはそれを見てかやや顔をしかめた。
「それに、あんまりいい国でもないだろ? 外国人のあんたから見れば」
「そうかな。発展してるし、治安もよさそうだ」
「治安がいい?」
「ああ。少なくともアンダードッグ区を美しい女性が1人歩きしていても問題はなさそうだった」
俺はホッグスを見ながらそう言った。彼女はなぜか顔を赤らめモジモジしている。
「そうかな。最近何かと不穏な感じがするよ。だいたい……治安が悪いのはあんたさっき見てたろ?」
「刃物を持った複数の男に立ち向かい、毒の矢を持った悪党を嬉々として追いかける若者がいる。俺の国ではなかなか見かけない勇敢さだ」
「退屈だっただけだ。この国は息苦しいよ。あれはダメ、これはダメ、そっちへいっちゃダメ、そこはいかない方がいい。あいつとは口を利いてもいいが、あそこの子とはいけません。あんたの国はどう?」
「どこだって一緒さ」
ノースキーはふっと笑った。
そしてポケットからコインを数枚取り出しテーブルに置くと、
「あんたらのぶんも奢るよ。気をつけて帰るんだぜ。何かと物騒だからな。特にあの貴族令嬢と一緒にいると」
立ち上がろうとしたので俺は言った。
「奢られるいわれはない」
「行き合っただけの女のために毒の矢に立ちはだかる男と、その恋人だぜ。奢らせてくれよ。オルタネティカ万歳!」
「君だって戦った」
「俺は貴族のお嬢様にいいとこ見せたかっただけさ。あわよくばお友だちになって成り上がりたかったが……だがダメだったな。クロスボウに気がつかなかった。修行が足りないなあ……」
そう呟いてノースキーはポケットに手を突っ込んで立ち去っていく。
アンダードッグ区の方向だった。
俺はテーブルに置かれたコインたちを眺めていた。
ホッグスがナプキンで口をぬぐって言った。
「すまんな、ロス。私はこれからいくところがあるのである。そのお金は受け取っておこう。貴君はもうウォッチタワーたちのところへ戻った方がいい」
慌ただしく立ち上がる。
「貴君、アリー家に泊まっておるのであったな」
「ああ」
ホッグスは立ったまましばらく俺を眺めていたが、
「……ではそうそう会うこともなくなるであろうな。住むところが違う」
そう呟くとパラソルから陽光の下へ出た。そして、やはり彼女もアンダードッグ区の方へ歩いていった。
その背中をしばらく眺めていた。
住むところが違うと漏らした彼女の言葉を反芻していた。
どちらの意味なのだろうか。
ノーブレス区とシビリアン区のことか。
それとも地球と異世界のことか。
俺は彼女に、自分たちが地球へ帰る予定であることを話しそびれたことを思い出した。
ラリアを見るとうたた寝を開始している。
俺はウェイトレスを呼んでノースキーが置いていったコインで支払いを済ませると、ラリアを抱きかかえてパラソルを出た。
ノースキーを追ってみようかと思ったがやめた。
ウォッチタワーを独りぼっちにしていたことを思い出したからだ。




