第182話 しゃらくさいイケメン
その時、院の入り口の方から誰かがやってくるのが見えた。
一目で貴族なのだろうとわかる身なりの男だった。腰にサーベルも差している。
若く、ずいぶん美しい男だった。柔らかい金髪、尖った顎。歩く衣紋掛けのように広い肩幅。
体格はよく、剣を差してはいるが騎士ではないだろう。ツェモイがそいつを視界に入れた時の眉間にややシワが寄った。肩幅の割に華奢な細身なのだ。胸板が文字どおり板のようだった。
そいつはイケメンのみが放つある種のオーラめいた輝きを放ちながらアレックス嬢の前までやってくると、言った。
「あんだよアレックス。やっぱおまえここにいたのか」
ツラの割に小学生のような喋り方。
それが第一印象だった。
「カダスさん……」
アレックス嬢はそいつのことらしい名を呼んで一礼した。
「あーかったりぃ。いちいちそっちの名で呼ぶんじゃねーっての。ちゃんと呼べって言ってんだろ!」
「カダスさん。研究院の中で大きな声で喋るのはおよしなさい。それにあなたと私は……ちゃんとした名を呼ぶような間柄でもないでしょう?」
「あーうぜー! 固いこと言うなって!」
カダスと呼ばれた若者はアレックス嬢へと近づいた。
肩に、手を回そうとしたのだろうと思う。
だがそれより早くツェモイが割って入り、その手をやんわりと押しとどめた。
「なんだよアンタ」
「上級貴族アウグス家の御曹司、カダス殿とお見受けする。私は帝国軍第2騎士団長、エレン・ツェモイという者。アレックス様のおっしゃるとおり、他の方の迷惑になります」
ツェモイとカダスが睨み合っている間、俺はツェモイの名前を思い出そうとしていた。
エレオノーラではなかっただろうか?
アレックス嬢はカダスに対し、ちゃんとした名を呼ぶ間柄ではないと言った。ではツェモイはカダスとニックネームで呼び合う仲なのだろうか?
そんなわけはないだろう。ツェモイは所属から自己紹介したのだ。初対面だ。
おまけにガンを飛ばし合っていた。
だがカダスの方はふっと笑って、
「へえ、アンタもなかなかきれーじゃん。なに? 俺と遊んで欲しいわけ?」
「カダス殿。今アレックス嬢はこちらのお方と大事なお話をしている最中なのです。ご遠慮願います」
「ああ?」
カダスは俺を振り返った。ハンサムな男だった。前世の頃に出会っていれば目を背けたかも知れない。
「こいつ、なんなわけ?」
そう言ったカダスに、
「アリー家のお客様です。ご無礼のないよう願います」
答えたのはアレックス嬢。だがカダスは俺を上から下まで眺め回すようにした。
「趣味わっる! まさかこんなみすぼらしい格好した奴とデートしてたってのか?」
俺は自分のつま先を見下ろした。左のブーツのソール、つま先部分が剥がれかけていた。以前固まりかけたマグマの上に乗ったうえ、帝国にくるまでバギーのクラッチを何度も踏んでいたせいだろうか。
俺は言った。
「それと比べて君はキマッてるな。特にヘアースタイルなんか最高だ。朝から鏡の前で2時間ぐらいにらめっこしてたのか?」
ひと息置いて続けた。
「女の子みたいに」
「ああ⁉︎ なんだよてめー!」
「カダス殿」ツェモイが言った。「お静かに」
「カッコつけてんじゃねえ! ボロ着てるような奴が上級貴族の俺になに偉そうな口利いてんだっ! てめえ何級だよ!」
「何級って何がだ。ソロバン検定か? 2級だ」
「階級だよ階級! そろばんって何だよ!」
ツェモイは今度は俺とカダスの間に割って入った。
「カダス殿……ロス殿は外国からこられた。魔族軍との戦いの義勇兵としてきていただいた冒険者です。階級は“正義の旗下の剣”……」
「はん! 無階級のうえに冒険者だ? 流れ者のクセに調子に乗ってるとタダじゃおかねえかんな!」
珍しく起きているラリアが茫洋とした表情でカダス青年を眺めていた。だがやはり眠いのかあくびをした。
「表に出ろっ! ブチのめしてやる! 俺は《剣術・モクロク》の腕前だかんな! あとで泣き見たって知らねえぞ⁉︎」
俺は横目にアレックス嬢を見てみた。
その後ろで緑髪メイドが何かアワアワとしていたが、お嬢様の方は窓の外……ブラックエッグの方を眺め、カダスをたしなめるでもない。
ツェモイがため息をついた。
「……カダス殿。決闘ですか?」
「ああそうだっ! おい冒険者! 上級貴族の俺と剣を交えられることを光栄に……って剣も持ってねえのか⁉︎ おいこいつほんとに冒険者なのかよ! まったく、こんなんじゃすぐ決着ついちまうぜ?」
「貴殿がエンシェントドラゴンと一騎打ちができるほどの腕前であれば、その可能性もあるでしょうね」
カダスが喚くのをやめた。
俺はツェモイに視線を飛ばし、その先を言うのを何とかアイコンタクトでもって止めようとしたが……。
「ロス殿はSランク冒険者ですよ。ガスンバにおいてお仲間と共にエンシェントドラゴンを討伐した功労者です」
ツェモイに冒険者のギルドカードを見せてやれと言われた。
彼女に俺がSランクのカードを持っていると言ったことがあっただろうか? ない。だが双子山でホッグス少佐に胸元をまさぐられたような気がする。あの時見られたのだろうか。それをあとからホッグスに聞いたのか?
ふとカダスの顔を見ると、嘘だとか何とかぶつくさ言っていた。
だがアレックス嬢が彼に歩み寄る。
「本当です。今そういった話をお聞きしていたのです。魔女の遺跡にかけられた呪いに立ち向かい、ドラゴンを討ち取ったという冒険譚を」
彼女は冷たい目つきでカダスを見上げていた。
その時、入り口の方から身なりのいい、ボリュームのある丸い帽子をかぶった男がやってきた。
アリー家からの使いの者だった。アレックス嬢をはじめ、カダスやツェモイに一礼すると、ウォッチタワーが到着した旨を伝えた。
アレックス嬢はそれへうなずくと、
「これからいくところがあるんです。それでは失礼」
カダスへそう言って、メイドをつれ歩き出した。
ツェモイも俺に目配せをしてから後ろへ続く。
俺も外へ出ることにした。カダスに別れの挨拶はいらないだろう。
背後から、袖にされた男の呟きが聞こえた。
「ふーん。おもしれー女」
「パンジャンドラムは?」
アリー家で用意された馬車に乗り込むと、ウォッチタワーが1人で窮屈そうに座っているだけだった。
「馬車は狭いから嫌だとよ」
「屋敷に残ったのか?」
「たぶん……」
帝都は人が多い。あまり出歩きたくないのだろうか。ひょっとしたらまたどこかに隠れながらついてきているのかも知れない。
移動中、俺はウォッチタワーにこれから大聖堂へいくと話すと、彼はすでに聞いているとうなずいた。しかしなぜそういう話になっているかまでは知らなかったようなので、かいつまんで説明した。
「世界の終わりについて話すのか、神官とかいうのに? 上手く話せるかな……よくわかってねえよ、おれだって」
「まあな……はっきりしない話だからな。とりあえず話すだけは話してみよう」
馬車が向かったのは実際には、大聖堂の裏手の方にある神殿だった。
小高く盛り上がった小山の上に神殿はあり、チレムソー教の総本山とのこと。参拝用の社の裏、斜め上に上がった所に本殿があるなど、日本の神社のようだと思った。馬車を小山の下に止め、幅の広い石段を登る。
我々の一行は人数が増えていた。アリー家から派遣されてきた護衛(おそらく私兵)が10人も。ちょっとした団体旅行のような風情で、神殿に到着した。
神殿は階層のある建物だった。
円形の1階、その上にややサイズダウンした2階、さらにその上にサイズダウンした3階という風に、最上階へ向かうにつれて細くなっていく構造。
5階建てのようだった。全体は白い外観だが、最上部に伸びる尖塔のような部分は黒い色。
入り口から法衣を着た男女が5人ほど現れ出迎えた。
そのうちに見知った顔があった。
黒髪のスレンダー美女、シスタ・イノシャだ。
5人の中で1番派手な帽子をかぶった老人が、アレックス嬢にうやうやしく挨拶したり何だりと下にも置かぬ対応だったが……。
「えっ、神殿の中に獣人を⁉︎」
話の最中、その老人が俺の左腕にしがみついているラリアを見ながら難色を示した。
ツェモイが前へ進みいで、
「畏れながら神官長。こちらの方々は帝国政府より“正義の旗下の剣”の称号が与えられております。獣人の子にもです。ここはどうか特例ということで……」
「ならんならん! 神聖なる神殿に獣人を入れるなどチレムソーの教えに反する! よろしいですかな、古来の教えより、ヒューマンとその他の種はそれぞれ住むべき所を同じにしてはならぬと言われております! そこを曲げてオークを招くということになっておるのに、この上獣人までとは……!」
ウォッチタワーが、ぐうと唸った。何か言ってやりたいことでもあるのかも知れない。だが何も言わなかった。
神殿の前でツェモイと神官長の押し問答は続いた。
アレックス嬢は上流貴族のためか神殿の者たちに敬われている様子だったので、何かひと言取りなしてくれるかと思っていたが、黙ってやり取りを眺めているだけ。
その時。神殿の周りを囲む森から、木の幹を叩くような音が聞こえた。
キツツキかと思ったがそうではない。
8ビート。
パンジャンドラムだ。どうやら森のどこかに隠れているらしい。
俺はウォッチタワーに手招きし、問答の集団から少し離れた。
「何だい」
「どうやら向こうはお気に召さないらしい。俺とラリアは席を外すよ」
「ええ⁉︎ 話せってのかおれ1人で⁉︎ あのツェモイの奴もいるのに⁉︎」
「森にパンジャンドラムがいる。何かあったら助けてくれるだろう」
「ええ……じゃあドラムさんにラリアさんを外で見ててもらえば……」
「気になることがあるんだ。俺はちょっと人を探してくる」
「誰を?」
「転生者かも知れない男を見かけた」
ウォッチタワーは眉をひそめた。ツェモイたちの方を1度振り返り、彼女たちがまだ押し問答に熱中しているのを確認すると、声を落として彼は言った。
「誰だ? 皇太子って奴か?」
「いや、通行人だった。ちょっと色々あって格闘しているところを見たんだが、凄い腕前だった」
俺はそいつを追ってみると言った。ウォッチタワーはぐううと唸っていたが、肚を決めたらしくうなずいた。
俺が人の輪に戻って自分は外れると伝えると、ツェモイとアレックス嬢にそれでは困ると言われたが、ロス・アラモスの決意は固かった。ツェモイに最寄りの衛兵の詰所の場所を尋ね、そこへいく旨を伝える。
「何のために詰所になど……」
「パンを食べ歩きしていた男がいたろう。彼が気になる。クロスボウの襲撃者を捕まえられたかどうか……」
「なぜそんなことを?」
「こちらにもこちらの都合があってね」
そして階段を降りることにした。
みんなに背を向けようとした時、ふとシスタ・イノシャと目が合った。
そう言えば彼女、サイディスの街ではかばってくれたが、今回はひと言も喋らなかったな。
そう思いつつ視線を外し、階段を降りた。




