第181話 三賢者の伝説
アリー家の屋敷にウォッチタワーとパンジャンドラムを呼ぶための使いの者が向かった時、奇妙なことにアレックス嬢は共にいかなかった。
ツェモイはお屋敷にお戻りになった方がいいと伝えたのだが、アレックス嬢は首を縦に振らなかったのだ。
結果、研究院に集まってきた衛兵の1人が自転車(木製だったがタイヤは黄色いスライムゴムだった)に乗って、アリー家へ走ることになった。
アリー家別邸でゴロゴロしているはずの2人が到着するまでの間、俺は研究院で魔女に関する資料を見せてくれるよう頼んでみた。
図書館のような風情のある研究院の1階。窓際の長机に座って待つようにアレックス嬢に言われる。
アレックス嬢は自ら棚を回って、様々な文献を集めて机に積んでくれた。
「何かご質問があれば遠慮なくどうぞ」
そう言って俺の対面の椅子に腰掛けたアレックス嬢。ツェモイは俺の左隣に座った。メイドは少し離れた、壁際の椅子にいる。
どこから手をつけるべきかわからなかったので、一番シンプルなやつから始めた。
童話風エピソードとして書かれた三賢者の神話だ。
以前ツェモイから聞いたとおりの内容だった。
長い耳を持つエクストリーム・エルフとヒューマンの戦争があって、三賢者が登場し、全ては滅んだ。
次に、三賢者の個別の伝承に目を通してみた。
三賢者は1人が女性。これはもちろん魔女のことだ。
テーブルについて食事を摂ることも知らない原始人だったヒューマンに様々な知識と道具を与え、エクストリーム・エルフの攻撃から守り続けた。これもツェモイから聞いたとおりだ。
もう1人は男性のようだった。彼はヒューマンの中に王を立て、王に様々な助言をしたという。チレムソー教圏における様々な格言、故事成語は、ほとんどがこの男性賢者から由来しているそうな。
ただそれだけでなく、ヒューマンに魔法を伝えたのはこの男賢者だとあった。
最後の1人は、最も文献の内容が薄かった。
性別も書かれていないし、神話に目を通したが、不人気キャラなのか登場する頻度も少なかった。ただ、戦争でヒューマンの仲間が倒れるたびに、どこからともなく援軍を連れてきた、とだけある。
その三者に導かれ戦ったヒューマンだったが、ある時エクストリーム・エルフが禁じられた極大魔法か何かを使い、そのため天地全てが呪われて、ほとんどの生き物が死滅した。
めでたしめでたし。
「エルフは火山の噴火だと言っていたな」
俺がふいに言ったせいか、資料の一冊を開いて眺めていたツェモイが、少しの間を置いて振り向いた。
「うん、何?」
「神話にはエクストリーム・エルフの魔法でみんな死んだとあるが、ガスンバであのエルフ……」
「あの、水着の?」
「そうだ。彼女が俺に話してくれた。エクストリーム・エルフはジェミナイトの通信具を増産しようとして火山の大噴火を引き起こし、気候変動が起こって世界が滅んだと」
ツェモイは目をパチクリさせると、
「そんな話だったのか? たしかにガスンバでは彼女からジェミナイトの危険性については教わったが……」
アレックス嬢もまた口を開いた。
「エルフ……たしか報告にあった、協力してくれたという女性ですか?」
「そうです。彼女の警告により、ホッグス少佐の部隊はジェミナイトを諦めることとなりました」
「軍の上層部の方でも、ジェミナイト鉱脈探索のプロジェクトは破棄されたと父から聞きました」
2人の女性はうなずき合った。それからアレックス嬢は俺に向き直ると、
「アラモスさん。今のお話は本当なんでしょうか? 過去の大滅殺が魔法ではなく自然災害によるものだったというのは……」
大滅殺、と言うのか。何となく大殺界のような響きだなと思いつつ、
「少なくとも本人はそう言っていましたね」
そう答えた。
アレックス嬢は「研究院の方々にお伝えして新たな学説を作らなければなりませんね……」と考え込み始めた。
俺はツェモイに尋ねた。
「エルフという種族は知られているんだろうか?」
「うん?」
「エルフをあまり見かけることがないというようなことをよく耳にしたんだが。それに……ヒューマンとエルフが大戦争をしたという割には、みんなあのエルフのことを随分リスペクトしている風に見えた」
ツェモイは言った。
「エルフにも4種類ある。エルフ。ダークエルフ。ハイエルフ。そしてエクストリーム・エルフ。太古の大戦争の際、通常のエルフはエクストリーム・エルフに反旗を翻しヒューマン側についたのだ」
そう言えば、あのエルフ少女もそんなことを言っていたなような。エクストリーム・エルフがジェミナイトの採掘を行おうとした時、水質汚染を危惧した通常のエルフが阻止しようとしたと。
「通常のエルフから派生した種族がエクストリーム・エルフだと考えられている。だが詳しいことはあまりよくわかっていない」
「と言うと」
「エルフはあまりヒューマンの国へやってこないのだ。どこに住んでいるのかもわからないし、大滅殺で絶滅したと考えている者もいる。彼らの歴史はこちらに何も伝わってこない」
一説には、大滅殺の際洞窟に隠れて難を逃れたと言われているとツェモイは話した。そうして洞窟で年月を過ごしたのち、ダークエルフへと進化した者もある……かも知れないと。
噂でしか聞くことはないのだそうだ。
ただそれでも、過去自分に連なる種族を見限りヒューマン側についたとされるエルフ族を、知性に優れ高潔な種族だと敬意を払っている人が多い、とのことだった。
「どんな性格をしているんだろう?」
「性格?」
「知性に優れ、高潔。みんなに尊敬されている。プライドが高い?」
「どうだろうな? 私自身ガスンバで始めて会ったことだし……物静かで控えめ、とは聞いたことがあるが」
ふうん、と答えておいた。
そうして、ガスンバにいた頃の、あのエルフ少女のことを思い出してみる。
あの少女、何と言うべきか、自己肯定感の塊のような少女だった。
騒がしいし、控えめからは程遠い。
それにだ。
ガスンバで彼女から聞いた大滅殺の物語。
彼女はどちらかと言えば、エクストリーム・エルフの視点から語っていたようなと考えれば、そんなような気もした。
「あの……そのエルフの方は、どちらに?」
資料に目を落としながら考え事をしていると、ふいに声をかけられた。
顔を上げるとアレックス嬢が俺を見ている。
それで思い出した。
「失礼。その前に、ブラックエッグに関する文献はありませんか?」
双子山での一件のあと、エルフ少女はブラックエッグを調べると伝言を残して姿を消したのだった。
「ブラックエッグ……とは?」
アレックス嬢は首をかしげた。
「ご存知ない? 大滅殺の際、魔女が少数のヒューマンを率いて避難させた、空の城」
「……空に城が?」
「ロス殿、何だその話」
2人とも初耳らしい。
「俺はエルフからそう聞きました」
「ではそのエルフさんはどちらに……」
「ブラックエッグについて調べると言い残して、どこかへいってしまったようです」
俺は席を立って、背後にある窓へいき外を見上げた。
「あった。あれだ」
ツェモイとアレックス嬢も窓際へやってきた。緑髪のメイドも何か見たそうにしていたので寛容なロス・アラモスは窓際のスペースを空けてやる。
ツェモイが窓を開いた。
遠くに大聖堂のものらしき尖塔が見えるが、その左上方に小さく黒い点がある。
「ガスンバでは、先ほど話した魔女の子供があのブラックエッグへ……」
そう言おうとしてアレックス嬢を振り返った時、彼女は窓からやや身を乗り出すようにしてブラックエッグを見つめていた。
それは俺が思っていた以上に近い距離だった。
彼女が空から目を離し俺を見上げた。
目が合ったので、何となく窓から離れる。それは向こうも同じで、居住まいを正すようにスカートのシワを広げていた。
「ロス殿」ツェモイが言った。「魔女の子供とはアップル殿のことだろう? あの子は実家に帰ったのでは?」
「え、何だと?」
「あんな高い所にある城へどうやって帰るんだ」
ツェモイが俺を、無人化された商店のタッチパネル式レジの前でまごつく老人を眺めるような目つきで見ていた。
そうだった。
魔女に魂を奪われたアップルは、なぜだか俺たち転生者とエルフ以外の者たちは、俺たちと認識のズレがあったのだった。
アレックス嬢を見やると、やはり彼女も怪訝そうな顔をしている。
何と取り繕おうかと考えているとアレックス嬢は言う。
「……やはりその件についても、さらに調査が必要なようですね」
また窓の向こうに目をやったが、すぐに俺を見て言った。
「アラモスさんは色んなお知り合いがいるんですね」
彼女の視線は、俺の黒いコートの裾の辺りを見ている。
俺もそこへ目をやってみたが、よくみると裾がボロボロになっている。双子山のマグマで焼けたのかも知れない。
「まだお会いしていませんが、お仲間はゴブリンとオークだそうで。しかもエルフのお知り合いまでいらっしゃるとは幅広いご交流。冒険者をされているそうですが、色んなところを旅してこられたんですねえ」
「いえ。冒険者は最近始めた仕事です」
「以前は何を?」
何を? 何だったかな。
「それは私も気になるな」ツェモイが言った。「エンシェントドラゴンと戦えるほどの男。どんなことをしていたらそうなれるんだ?」
「他人の金儲けの手伝いだよ」
「どんな?」
「つまらない仕事だ」
理由は別にないがブラックエッグに目をやった。視界の端でツェモイが肩をすくめるのが見えた。
アレックス嬢が言った。
「アラモスさん。どのようなお仕事をされていたのかは存じ上げませんが、そう卑下なさるものではありませんよ。この世にいらない仕事などありません」
「いらないことをやるのが仕事さ」
それっきり。会話が途切れてしまった。
「なければ生み出すものさ。そうでなければ経済は回らない。そういう歯車の1つさ」
そう言って席に戻ろうとした。




