第180話 研究院の中で
「失礼ながら……護衛も付けずに出歩きになられるのは感心いたしませんな」
「はあ……でも屋敷は息がつまるもので……」
魔女研究院のロビー。壁際のソファに腰掛けたアレックス嬢に、ツェモイ団長は立ったままそう言った。
俺はロビーの床に描かれた幾何学模様の紋章めいた図柄を眺めていた。図柄は金色だが、床は暗い緑色であるせいか、研究院の内部全体が緑がかって見える。
ロビーの奥には背の高い本棚が列を作っていて、その辺りは吹き抜けになっているのだろう、ここからでも奥の方の2階の手すりが見える。
中空には、丸い枠にYの字状の物が収まっているオブジェが吊り下げられている。チレムソー教のシンボルだ。
黒いローブを着た人々が本棚の間を歩いている。
お揃いのものを着ている人が何人かいるところを看ると、あれが研究院の職員かも知れない。
全体的に静かで、穏やかな暗さのある空間だった。
図書館を連想するが、実際そうなのかも知れない。黒いローブの職員だけでなく、他にも一般的な服を着た男女も散見された。
ツェモイがお嬢様に小言を言い、俺が研究院の内部をジロジロ見ていると、入り口の方から衛兵が入ってきた。
「ツェモイ騎士団長殿。全員、拘束し終えました!」
「うむ、ご苦労。やはり例の反乱勢力の連中か?」
ツェモイはそう尋ねてから、チラリと俺を横目に見た。
俺は少し彼女たちから離れようかと思ったが、
「は、それはまだ。何せよほど強くブン殴られたのか起きてきませんもので……」
「そうか、では連行して取り調べを?」
「はっ。つきましては……衛兵を何人か、アレックス様の護衛につかせていただいて、お屋敷までお送りしたいと思いますが」
ツェモイはうなずき、アレックス嬢へそうするよう促す。
青いドレスのアレックス嬢はソファから立ち上がって俺の前までやってくると、スカートをつまんで一礼。
「ご挨拶が遅れました。私、上級貴族アリー家の娘、アレックス・アリーと申します。このたびは危ういところをお助けいただきありがとうございました」
頭を下げたため彼女の桃色の髪がさらりと肩に流れた。
俺はその所作に、どことなく無造作さを感じた。礼を述べる声にもあまり抑揚がなかった。
彼女の眉間にシワを寄せた視線は時折、俺の左腕に掴まっているラリアに飛んでいた。ディフォルメのラリアはそれを茫洋とした掴みどころのない顔で見返していたが。
俺は言った。
「俺はロス。ロス……アラモスという者です。お気になさらず。今俺はあなたの家に世話になっているので」
アレックス嬢は顔を上げた。
「私の、家……?」
「アレックス様」ツェモイが言った。「以前お話しした、ガスンバでエンシェントドラゴンを討伐した冒険者のお方です。例の、ほら……」
「ああ、この方がロス・アラモスさん……⁉︎」
アレックス嬢は挨拶の時と比べていくぶん抑揚のある声をあげた。
どうやら俺の話はすでにしてあったらしい。貴族のご令嬢は俺のことを見上げたり見下ろしたりしていた。
ツェモイが言った。
「アレックス様。実は先ほどお父様が貴女様をお呼びしたのですが、ご不在でしたので我らはこちらへやってきたのです。アレックス様がこちらにいらっしゃられたとは存じ上げませんでしたが……」
「まあ!」緑髪が出しゃばっていた。「それではそのおかげでお嬢様は助かったのですね! これぞチレムソー様のお導き!」
俺は呟いた。反射的だった。
「家から出なければもっと安全だったがな……」
言ってしまったあと、少し嫌味がすぎたかとおもった。これではまるでこちらが余計な運動をさせられたと責めているように受け取られるかも知れない。
ちょっとした沈黙が流れたあと、ツェモイが言った。
「失礼ながら、彼の言うとおりかと。現に危険はあったわけですから……お屋敷へ戻りましょう。その上で、ガスンバで起こったことをお話ししてもらっては?
「いえ団長」
アレックス嬢はツェモイを見やった。
「せっかくここまで足を運んでくださったのです。ここで聞かせていただきましょう」
「え……お言葉ですが、さっきの今でお命を狙われたというのに……」
「大したことではありません。こちらのアラモスさんは、団長とホッグス少佐のお話にあった方でしょう? 魔女研究院で調べ物をしたいという外国人」
「ええ、まあ……」
「立ち入りの許可を出したのは私です」
ツェモイは押し黙った。
「研究院は主にアリー家の出資で運営されています。それにわざわざ来ていただいたのに、また帰るというのも面倒でしょう」
「は、しかし……」
「アラモスさん、いきましょう。まずは応接室でお話をうかがいたく存じます」
そう言うとアレックス嬢はドレスを翻し、ロビーの奥へと歩き出した。
俺は少しツェモイを見やった。彼女も困ったような顔で俺を見ていた。だがすぐに衛兵を振り返り、
「お手数だが、手勢を集めてここの警備の強化をお願いできるだろうか? 私の団を呼ぶのは少し時間がかかるし……」
「は! もちろん! すぐに手配します!」
衛兵は敬礼ののち、入り口を出ていく。
緑髪のメイドが、お早く、と生意気にもうながしてくる。
俺はツェモイに尋ねた。
「あのパンを食っていた男……逃げたクロスボウの奴を捕まえられると思うか?」
「……? どうだろうな……衛兵も何人か追っていったようだが……それが?」
「何でもない」
俺は緑髪メイドについて、応接室へと向かった。
研究院の応接室で、俺はガスンバで体験した出来事をアレックス嬢に話した。
あのウンザリするような、長い長い話をだ。
当然スピットファイアと転生者、そしてヌルチートのことは伏せたままで。
テーブルをコの字型に囲むソファで向かい合って座る俺とアレックス嬢。
側面に座っていたツェモイも、ヌルチートの補足などせず俺の話を黙って聞いていた。死んでも余人に聞かれたくない事をやっていたのだから当然だが、こちらとしても都合がよかった。この場にウォッチタワーがいなかったのも結果的にはよかったのかも知れない。
アレックス嬢もまた、メイドから出されたカップのお茶か何かを優雅な手つきで口元に運ぶ他は、口を開くことはなかった。
他人が黙って聞いているなか、自分ひとりで喋り続けるのはなかなか骨が折れたが、時折ツェモイの助けもあって話し終えることができた。
「魔女の子供……」
俺が話し終えた時、アレックス嬢はそう呟いてティーカップをソーサーに置いた。
「アップルという女の子が、エンシェントドラゴンを呼び出すために暗躍していたと……?」
「そうです、アレックス様」ツェモイが答えた。「ロス殿たちや、オークのウォッチタワーの助けがなければ、ガスンバで大規模火災を引き起こすところでした……」
アレックス嬢は眉間にシワを寄せてしばらく黙っていた。だがやがて言った。
「ですが、不思議ですね? 魔女と言えば、太古の昔ヒューマンを救った三賢者の1人のはず……」
アレックス嬢は振り返り、背後の壁を見上げた。
そこにはチレムソーのシンボルマークがかかっている。
「あの三又の、左上側。あれが魔女を表しているとのことですが……アラモスさんのお話しからいくと、魔女がエンシェントドラゴンを呼び出そうとしていたことになりますが……」
「とんでもない!」また緑髪がしゃしゃっていた。「どうして魔女様がそんなことを? そのお話本当なんですかあ?」
俺は言った。
「俺は見てきたものを見てきたまま話しただけです。正直に言うと、俺はそもそもチレムソー教自体あまり詳しくないもので。真偽をそちらの先入観で判断するのなら、こちらは何と言いようもありませんね。ただ……」
アレックス嬢はメイドをたしなめると、こちらへ向き直った。
「ただ、何でしょう?」
「先ほど話しに出てきたウォッチタワーというオークの戦士長、俺と共にこの国にきたわけですが……部族のシャーマンからある使命を受けています」
「使命……?」
俺は話した。
ガスンバのドラゴンが復活したことにより、世界の終わりにつながる一大事が発生しつつあるということを、オークのシャーマンが感じ取ったということ。
それをシャーマンは、魔女の企みと表現したこと。
それを食い止めるためにウォッチタワーが派遣されたということ。
「アラモスさん、その、魔女の企みとは?」
「さあ……わかりませんな」
「ロス殿! なぜそんな大事なことを早く話してくれなかったのだ……!」
「色々騒々しかったものでね。いずれにせよ俺たちはその件について調べたいというのもあって、この魔女の研究院に入られるよう団長と少佐にワガママを聞いてもらったわけで」
俺はアレックス嬢を眺めた。
若く美しい貴族令嬢は、ややうつむきがちなまま唇を指でつまんだり離したりして虚空を見つめていたが、やがて顔をあげて言った。
「ツェモイ団長」
「はっ」
「これは……ウォッチタワーさんとおっしゃる方と、もっと真剣にお話しすべき議題なのでは?」
「私もそのように思います」
「議会の主だった方々……いえ、皇帝陛下とも会っていただかなければならないかも……」
俺はアレックス嬢と、ツェモイの顔を見比べた。
ツェモイはアレックス嬢の言葉に賛同の意を示した。後ろの方ではメイドが仏頂面で首を傾げている。
緑髪と意見が一致するのも癪だが、ずいぶん話がスムーズに進むものだと思っていた。
ツェモイが言った。
「しかし……現在皇帝陛下は魔族との決戦のためお忙しいかも知れませんね」
「ああ……そうでしたね」
「アレックス様。議会にはまず話だけ通しておき、まずは神官と会ってもらっては?」




