第178話 アリー家の別邸
ノーブレス区を移動している際、ツェモイは気になる話をした。
俺たちが世話になることとなった屋敷は、アリー家の本邸とは少し離れた所にある別邸だとツェモイは言う。
それ自体は別になんと言うことのない話だ。
ただ、その別邸と本邸に距離があるため、
「自転車で移動しないといけないと、アリー家の使用人がこぼしてるという噂を聞いたことがあるよ」
と、ツェモイは笑いながら話した。
自転車とは何かと尋ねると、
「前後2つの車輪でバランスを取って移動する1人用の乗り物だよ」
とツェモイは言う。
珍しい乗り物があるんだなと俺が言ったら、
「皇太子殿下がご発明あそばされた。12歳の頃だったと聞いている」
そうして、俺たちの乗る馬車は、アリー家の敷地へと入っていった。
本邸で俺たちを出迎えたのはアリー家の当主だった。
きらびやかだが下品ではない衣服に身を包んだ男。黒髪は後ろへ撫でつけられ、口髭にはダンディな印象を与えられた。
外国人の年齢を外見から読み取るのは難しかったが、40代のように見えた。
そんな男が、わざわざ本邸の玄関まで出迎えに待ち構えていたのは不思議だったが、我々、特にウォッチタワーにうやうやしく一礼し、かつツェモイとも目配せめいた視線を交わし合っていたので理由がわかった。
俺たち転生者とラリアは、魔族軍との決戦のため帝国へ集まった、いわば義勇軍のような扱いだ。
おまけにウォッチタワーはガスンバのオーク部族を代表してここへきている。
一応そういうことになっている。我々にそのつもりがないとしてもだ。
本邸は大きかった。出迎えた男の衣服も、そばに控えている執事風の老人の黒い衣服も、かなり上等なものに見える。
おまけにツェモイ騎士団長も、男に対しかなりへりくだった態度で接している。
上級貴族なのだ。我々に失礼のないよう、よそ者で根無し草の冒険者に精一杯の歓迎の意思を示しているのだ。
それからツェモイも含む俺たちは豪勢な客間へと案内された。
壁は赤く、四隅には白い柱。花瓶とか絵画とかもあった。貴族の家だった。
当方は特にこれといって、こういった場にふさわしい挨拶の仕方を知っているメンバーが1人もいなかったが、当主の方から堅苦しい挨拶は抜きにしようとありがたいお言葉をいただいた。
細かな装飾の割にはクッションの薄いソファに向かい合って座る。
「それで……あなた方は、魔女の遺跡を探索したと聞いたのだが、本当かね?」
当主は向かいのソファで、両手の指を組み両肘を膝の上について、前のめりにそう尋ねた。
「そうです、アリー様」ツェモイが答えた。「その件につきましては軍の方にも報告をしてあります」
「うむ。私としても報告書なりを送ってもらおうかと考えたのだが……今回こうして直接話を聴ける機会に恵まれたのでワガママを聞いてもらう形になってしまった」
「いえ、ワガママなどそのような。アリー様にはいつも騎士団に出資していただいているのです。ご報告申し上げるのは私の責務」
ハキハキと話すツェモイを、ウォッチタワー(彼は小型の樽に座っていた。耐久力のありそうな椅子がそれしかなかった)がジト目で見ていた。
そのスポンサーの金で、彼女は数週間ウォッチタワーと痴態を演じていたのだから、何か言ってやりたい気持ちがあったのだろう。結局は黙っていたが。
アリー氏は背後に控えていた執事を振り返り、
「アレックスは?」
と尋ねた。
「お嬢様はお部屋においでかと」
「困った奴だな。自分が話を聴きたいと言い出したのに」
氏はこちらへ向き直り、
「失礼。実は私の娘が、あなた方の冒険譚をぜひ聴きたいと言ったものでね……それで泊まっていただく別邸へご案内する前にこちらにいていただいているわけだが……」
また振り返ると、執事はうなずき退室した。
娘とやらを呼びにいったのだろう。
しばらくすると戻ってきたのだが、執事は部屋の入り口で、
「旦那様」
とアリー氏に声をかけた。氏が立ち上がって入り口までいくと、2人は1度部屋の外へ出て話しているようだった。
やがてアリー氏は部屋へ入り、
「たいへん申し訳ない! 娘はどこかへ出かけてしまっていたようです! せっかくお集まりいただいたのにとんだ粗相を……」
俺たちは互いに顔を見合わせた。
ツェモイもパンジャンドラムたちも何も言わなかったので俺からアリー氏へ言った。
「気にしないでください。女性の振る舞いとしてその程度は粗相のうちには入りません」
アリー氏は怪訝そうな顔した。ツェモイも横目に俺を睨んでいる。しかし彼女は気をとりなおしたように、
「それでは、先に別邸にいっていただいては? 長旅で疲れていることもあるでしょう」
「うむ、それもそうだな。つい気が焦ってしまった、申し訳ない。馬車で向かっていただこう」
執事を振り返り、
「セドール、ご案内申し上げて」
「かしこまりましてございます」
俺たちは腰を上げた。他はどうかは知らないが、少なくとも俺は少しばかり安堵もしていた。いきなり知らない人にあって、大冒険の思い出話を上手に話せる自信もない。
ましてやそれが若い女なら。
別邸はアリー家の敷地内にあった。
小高い丘の上。生い茂る林をバックに、2階建てのコテージ風の建物だった。
先ほどの本邸と比べれば質素なものだったが、周囲を囲む林と、小鳥のさえずる声が、外界から隔絶した穏やかな雰囲気を演出していた。
案内してくれたのは執事のセドール氏と、メイド服を着た少女だった。
玄関から入ったロビーには吹き抜け。
キッチン。寝室。トイレ。風呂まであった。
ひととおり案内し終わるとセドール氏は、自分は本邸へ戻らねばならないと言った。
そして、メイドの少女をおつけするので、何なりとお申し付けくださいと付け加えた。
即座に断るとセドール氏とメイドはかなり怪訝そうな顔をした。ツェモイはわざとらしくよそ見をしている。
野郎3人の中に嫁入り前の娘を置き去りにすべきではないと言うと、
「おお、なんという紳士……! 冒険者とお聞きしましたが、道徳心と自制心にあふれておられる……! 貧民街の者たちも見習って欲しいものです!」
と何か感嘆していた。
男同士の方が気楽だと付け加えると、
「あっ……」
と何か察したような顔をして、そして2人で馬車に乗って去っていった。
「さて……これからどうするのかね?」
置くべき荷物もたいしてないので、玄関を入ってすぐのロビーで吹き抜けを見上げていると、ツェモイがそう訊いてきた。
「団長。帝国にくれば魔女の研究院とやらに案内してくれると言ったな」
「ああもちろん。アリー様はそちらの方にもご出資くださっているよ。許可ももらってある」
「俺としてはさっそく向かいたいんだが……」
パンジャンドラムとウォッチタワーを振り返ってみた。
ウォッチタワーは肩を回しながら、
「ぐう……ちょっと休んでいいかな、おれ」
「どうした? オババ氏に魔女の企みを暴けと言われただろう」
「その……キャンピングカーが狭くてさ……それに軍の宿舎のベッドに体が入らなかったしよ……」
昨夜のことを思い出した。
たしかに昨日は、身長2メートル半はあるオークのウォッチタワーは人間用のベッドに収まりきらず、床に寝るハメになったのだった。
「さっき見せてもらった寝室だけどよ。でけえベッドがあったんで……」
「ロス君、オレも残っていい?」
パンジャンドラムもそう言う。
「なんかさっきさ、娘さんが話聞きたいって言ってたじゃん。今いないらしいけど、戻ってきた時オレらがいなかったらお互いめんどくさいじゃん。もし戻ってきたら、オレとウォッちゃんで話しとけばよくない?」
俺は何となくツェモイの顔を見やった。彼女は言った。
「ウォッチタワーよ。なんだったら私が添い寝をしてやっても……」
「おめーグイグイくるよな。死ねや」
「おいまさかウォッチタワー、私と一緒にいたくないから残るだなんて……」
「ちげえよ、ほんとに腰がいてーんだよ!」
話はまとまったようだった。俺はラリアの背から、ゴーストバギーが変身しているアルマジロのリュックサックを下ろすと、
「俺は団長の馬車でいってくる。何かあったらこれで……運転は大丈夫だよな?」
「任しといてよ。ちゃんと譲り合い運転するから」
「頼むぞ。これ以上不幸な転生者を作りたくない」
パンジャンドラムに手渡して、ツェモイと共に研究院へと向かうことにした。




