第177話 スモークオンザシティ
俺たちは帝都ネクスカの帝国軍省の宿泊施設で目覚め、部屋にツェモイがくるのを待っていたが、
「ロス殿。会って欲しいお方がいるのだ」
実際にツェモイがやってきてそうきり出したのは昼になってからだった。
ツェモイは我々のために本来用意した別の宿泊先へ案内するとも言ったのだが、そこに会わなければならない人がいるとも話した。
というわけで、我々はツェモイが手配した馬車でそこへ向かっていた。
馬車は2台用意されていた。
バギーでついてくるかと尋ねられはしたが、交通ルールのわからない街で運転する気にはもうなれなかった。それに馬車が1台として、バギーとキャンピングカーで2台。3台並べて渋滞の手助けをする必要もないだろうと思ったのだ。
後ろの馬車にパンジャンドラムとウォッチタワー。
前の馬車に俺とラリア。そしてツェモイ。
そうして、目的の場所へ向かっていた。
「ウォッチタワーにもこちらへ乗って欲しかったな……」
窓から外を眺めていた時、向かいの席のツェモイがそう呟く。俺は横目に見つつ、
「あの巨体をここに押し込めてか? 快適そうだな」
「う……まあだから2台用意したのだが……残念」
高潔な女騎士、エレオノーラ・ツェモイ。
膝の上に小さな袋を乗せて座っている。唇を尖らせモジモジする様には威厳も何もなかった。
「どこへ向かっているんだろう?」
「ノーブレス区だよ。貴族の街さ。私の実家もそこにある。最近はなかなか帰れていないが」
俺はまた彼女を横目に見た。
「実家住まいか」
「いや。騎士となってからは宿舎暮らしさ」
「どうりでウォッチタワーを自宅に呼ばなかったわけだ」
「そうできれば言うことはないのだがね。ただ貴殿らは帝国に招かれた客人だから」
ツェモイは以前にも聞いた、帝国が優れた冒険者を招聘しているということを話した。
それで、Sランク冒険者の肩書きを持つロス・アラモス、同等の力を有するパンジャンドラム、そしてガスンバの勇猛な戦士長であるウォッチタワーの存在は軍の上層部に伝えられていて、魔族との決戦でも協力する約束を取り付けたと、ツェモイとホッグスが報告してあった。
転生者ということは伏せられた上でだ。そういうわけで、我々4人は帝国で下にも置かぬ待遇が約束されているとのこと。
「特にウォッチタワーはな。ガスンバのオーク部族からのご協力、ということになっている。友好国の代表扱いになっているよ」
「そんな彼の出迎えに君をよこすのは政治的に裏のメッセージを持たせていると誤解を招きそうだが」
「ど、どう言う意味だ……」
「いやなに、以前俺の国のトップが外国との会談に招かれた時、夕食会で靴の形をした皿に料理を盛られたことがあってね」
「オーク部族を威圧するための皮肉ということか? たんに私が知った間柄だからだよ、ショックだな……」
しばしうつむいたツェモイだったが、慌てたように「まさか本当に私のせいでガスンバとこじれたりは……⁉︎」と言うので首を横に振っておいた。
「彼はあくまで個人的……ある意味個人的な用事で帝国へやってきた。ウォッチタワーはもうガスンバへは戻らない」
ツェモイは首をかしげた。
俺は少し考えて……彼女に話すことにした。
俺たち転生者がスピットファイアの勧めにより元の世界に帰るために帝国へやってきたことだ。
「え……帰ってしまうのか?」
「……少なくともパンジャンドラムとウォッチタワーはそのつもりのようだ」
「ふむ……せっかく知り合えたのに残念だな……」
「ツェモイ団長。その件で訊きたいことがある」
馬車の中で、我々が他の転生者を探している旨も伝えてしまうことにした。
スピットファイアとハルがそれぞれ捜索に向かったことも話した。
その上で尋ねた。
「このオルタネティカ帝国に……転生者はいないだろうか?」
俺がそれらのことを話そうと思ったのは、広大な帝国領で1人の人間を見つけるのは不可能だと考えたからだ。
地元の人間の協力がいる。地元の人間の知り合いといえば、ツェモイ団長。その部下の女騎士たち。ホッグス少佐。彼女の部下のロクストンとかいう男。
ツェモイは顎をつまんで考え込んでいるようだった。即答しないところを看るに、自分が転生者だと堂々と公言している者は帝国民にはいないのだろうことが察せられた。
「……心当たり……と言っても変だが、1人いらっしゃるな……」
ツェモイは呟いた。
「誰だろう」
「……この国の皇帝の御子息。皇太子殿下だ」
ずいぶん話が大きくなってきた。
「皇帝陛下の唯一の御嫡子であらせられる皇太子殿下は非常に優秀なお方だと知られている」
「エンシェントドラゴンを軽くあしらえるぐらいにはか?」
「帝国にドラゴンが出たことはないよ。ただ……」
「ただ?」
「剣がお得意でいらしてな。……《剣聖》の位に達しておられる」
ツェモイはそう言って俺の目を覗くように見ていた。
《剣聖》。
俺たち転生者が得意とする(得意でないことなどないが)剣術のスキル、その最上級スキルだ。一昨日もその技で、魔族の戦士にクソをしかぶらせてやった。
俺は言った。
「以前サッカレー王国で、このカシアノーラ大陸で《剣聖》に達することができたのは2人しかいないと聞いたことがある。たんにそのうちのどちらかという可能性は?」
「その伝説は私も知っている。100年もまえのことだ」
「皇太子殿下の年齢は」
「20歳。貴殿と同じぐらいかな……」
俺、パンジャンドラム、ウォッチタワー、そして今はここにいないハル・ノート。
正確な年齢はわからないが、転生者は全員が同じぐらいの年齢のはずだ。
俺は尋ねた。
「他に何か、それらしき特徴はあるだろうか?」
「剣技のみならず学問も優秀。帝国いちの大学を、10歳の頃にはご卒業したという天才児だと聞いているが……」
ツェモイが眉をひそめた。
たぶん俺が「帝国大学」という単語を聞いた時、鼻をさすると同時に舌打ちをしたせいだろう。
「……なあロス殿。転生者は様々な知識を生まれながらにして持つと聞くが……やはり皇太子殿下がその若さでご卒業できたのも、転生者として生まれたからか……?」
「……どうだろうな。この国の大学のレベルがわからないことには何とも言えない。結局は誰が転生したかの問題だろうしな」
「人の質か?」
「俺の国には精神力だけで経済を上向きにできると信じる、知能に問題のある者も多かった。経営者になるのにペーパーテストのいらない国さ」
「権利の平等が約束されているのだな。こことは違うらしい」
ツェモイは、俺から見て左側の窓を指差した。
窓の外を見ると、馬車は湖……といっても大きめの池にかかる橋を渡っているようだった。
「あの煙、見えるか?」
池の向こう岸に中世ヨーロッパめいた建物が並んでいる。
その屋根から、いく筋かの細い煙が立ち上っているのが見える。
「昼時なのだ。炊事の煙だよ」
「それが?」
「あの煙の下は、アンダードッグ区という区域だ。階級の低い者たちが暮らす街。今ロス殿が悪し様に言っていた祖国の者たち……ひょっとして、理屈が通じず言い訳ばかりしないか?」
よくわかるものだ。そう思いながらツェモイを見やると、
「オルタネティカ帝国ではそういう者は階級を下げられてあそこに住まわされる。感情ばかり先走り頭脳労働はできないとみなされて、肉体労働の職にしか就けなくなるんだ」
「どの仕事に就くのか政府が決めるのか?」
「まあね。階級によって就ける職が決まっているのさ」
インドのカースト制のようだと思った。
「一生そのままか」
「そうでもない。試験があるんだ。貴殿が言ったペーパーテストさ。受かれば階級が上がる。住む場所も変えられる」
ツェモイは窓の外の煙を眺めながら喋っていたが、俺を振り向いた。
「ホッグス少佐がそうだ。あの煙の下には獣人が多く暮らしている。少佐の地元があそこかは知らないが」
俺は外を見やり、煙の下を想像した。銀髪のホッグスがスラム街で飯を炊いているところを。
「君は彼女が獣人だと知っていたんだろうか」
「いいや。ガスンバで初めて知った。彼女の部下すらいまだに魔女の呪いで耳が生えたと信じているよ」
ツェモイは「どうやったかは知らないが彼女は上手くやったものだ」と微笑んだ。
「俺たちの階級はどうなる?」
「外国人は来客という専用の階級だ。交易商などだな。移民の場合やはりテストを受けさせられ、適性のある階級からスタートするよ。もっとも……」
ツェモイは膝の上に乗せていた袋を開けた。
中から4枚のメダルを取り出した。
メダルにはそれぞれ、輪になった革紐が取り付けられている。
「貴殿らは帝国が招聘した助っ人という身分だ。上流階級とほぼ同じ権利が認められている。これを」
俺にメダルを手渡して、
「首から下げておいてくれたまえ。貴殿らは帝国において、“正義の旗下の剣”という臨時の階級が与えられている。そのメダルが証明になる。後ろの2人にもあとで渡す」
そう言った。
俺はラリアの首に下げてやりながら、
「“正義の旗下の剣”?」
「そういう名前さ」
「長いな」
「戦時は何でも大仰になる」
馬車の前に壁が迫ってきているのが見えた。
俺がそれを見つめているのに気づいたのだろう、ツェモイはやや後ろを振り返って、
「ノーブレス区に入るようだな」
「また壁か」
「貴族は泥棒を嫌うんだよ」
馬車が1度止まった。
おそらくノーブレス区へのゲートだろう。やがてまた走り出した。
ゲーテッドコミュニティ。まるでビバリーヒルズだ。前世の俺なら一生靴の裏を接させることがないだろう地面に、戦争のために呼ばれた人間兵器としてお邪魔する。
「俺たちに会いたがってる人とは?」
「アリー家という貴族」
「何の用なんだろう?」
「貴殿らに用意された屋敷はアリー家の敷地内にある」
「挨拶か?」
「それもある。だが一番の理由は……」
ツェモイは窓の外を眺めた。
道路の左右は林。街の喧騒は鳴りを潜めている。
ツェモイは言った。
「アリー家は我が帝国第2騎士団、通称魔女狩り部隊のスポンサーなんだ。ガスンバでの出来事を直接訊きたいとさ」




