第十七話 ラバサの町で
ゴブリンがいるという洞窟はアルバランから西。
そこへ辿り着くためにはまた一苦労あるかと思ったがそうでもなかった。
誰かに尋ねても、また関係のない言葉だけを繰り返されるかと思っていたのだ。
だが二つの予期せぬ出来事がその問題を解決した。
アルバランの街門へ行くとそこには、特定の場所まで乗せて行ってくれるタクシーの発着所があったのだ。
タクシーと言っても、それはレンタル制の……キメラだった。
馬の体に巨大な鳩の頭がついた奇妙な生き物だった。
それを発着所で金を払って借り受け乗り込むと、他の発着所まで勝手に走ってくれるという。
自分で手綱を握って、発着所以外の好きな場所まで行くこともできるらしい。
そしてその場合は返却する必要はない。鳩馬は自力で発着所に戻ってくるそうなのだ。
盗まれそうだなと俺が言うと、そうでもないと答えが返ってきた。
行動する範囲はあらかじめ魔法によって鳩馬に叩き込まれていて、その範囲を無理やり越えようとすると、鳩馬は自動的に空間転移によって発着所へ戻されるとのこと。
誰が答えたのかと言えば、俺の隣で鳩馬を走らせている男。
ゴンザレスだ。
それが問題を解決した二つの出来事の、二つめ。
「どうしてついてきた?」
「へっ。オレっちも稼がなきゃならねー。オレっちもレイニーも冒険者だからな」
そう言ってゴンザレスは振り返った。
俺とゴンザレスの後ろを、レイニーがやはり鳩馬に乗ってついてくる。
俺が港を去った後、レイニーとゴンザレスは追いかけてきたのだ。
そして街門を出ようとした俺を捕まえて、鳩馬に乗って行こうと持ちかけてきた。そうして俺たちは、平原を通る街道を走っている。
「ロスが持っていったゴブリン討伐の張り紙なあ。ありゃ前から誰も手をつけてなかったクエストなんだ。危険が大きくて、みんな乗らなかった仕事さ」
短く伸ばしたモヒカンヘアーに、トゲのツノを生やした金属鎧を着たゴンザレスは問わず語りに語る。
「ゴブリン討伐なんてほんとは簡単なクエストなんだ。植物収集みたいなEランクの仕事を卒業した、Dランクのクエスト。そこから本格的な冒険者としての生活がはじまる」
そしてそんな若葉マークを外した冒険者が直面するのがゴブリンだと、ゴンザレスは言う。
「たいして強くはねーんだよ。ちっちゃくてさ、子供みてーな奴らさ。力はちょいと強いから一般人はやられるが、Dランクの冒険者ならパーティーを組んで、慎重に戦えば死ぬこたねぇ。ただロス。おまえが選んだクエストは、ちょいと話が違ってるんだ」
俺たちは森へと入った。木々が間隔を開けて乱立していた。穏やかな木漏れ日に照らされた街道はゆるく曲がりくねり、俺たちの鳩馬はそこをよどみなく進んでいく。
「西の洞窟のゴブリン。そいつらが、近所の畑を荒らしたりする。だから冒険者ギルドにクエストとして依頼がくる。ありふれた、簡単な仕事のはずなんだよ。けどそこへ向かったDランク冒険者たちは、いつもみんな這々の体で逃げ帰ってくる。何度行っても、誰が行っても、何人で行っても、結果はいつも同じ。それで、冒険者ギルドは仕方なくクエストランクを上げた」
俺がちらりとゴンザレスを見やると、彼はその視線を受けて言った。
「Bだ。Bランククエスト」
小川にかけられた小さな橋を渡る。
小鳥がさえずっていた。
森の木に目をやれば、木の実を抱えたリスが俺を見て巣に駆け込む。
まるで絵本か、無法無秩序が売りのオープンワールドのビデオゲームのように幻想的な風景だ。ストップ。卑しい罪人め。そう誰かに声をかけられても少しも不思議ではない美しい場所だった。
俺たちは森を抜け、小さな町へと辿り着いた。
そこはアルバランとは違い、街壁がなかった。
石畳ではなく、ならした土が町の外からそのまま続く。
しかし町中はアルバランよりも人通りが多く、そこはかとない粗雑な活気があった。
「ラバサの町だ。ここはタイバーン王国と、サッカレー王国との国境沿いだよ」
鳩馬の発着所で下馬しながらゴンザレスが言った。俺も鳩馬を下りて周囲を見回す。
発着所は牧場のように木の柵で囲われ、中には俺たちが乗ってきたもの以外の鳩馬たちもいて、それぞれ草を食んでいた。
町は簡素な木造の建物が点在し、そこかしこが看板で飾られている。
交易で栄える町なのだろう。アルバランの町では見かけなかった、幾何学模様の刺繍の入った布を左肩にたすき掛けした人々が、ちらほら見受けられた。
思うにあれは隣のサッカレー王国とやらの民族衣装ではないか。俺が感じた町の活気は、どうやら目に飛び込む雑多な情報が醸し出す騒々しさからくるらしい。
ゴンザレスがゴブリンの洞窟までの地図をもらってくると言った。
ここラバサの町の役場でもらえるそうだ。
俺は腕を組んで柵に背を預けていたが、ふと気になることがあり呼び止める。
「ゴンザレス。おまえはたしかCランクの冒険者だったな」
「よく知ってるな。オレっちそんなこと言ったっけ?」
「ゴブリン狩りはBランク推奨クエストだ。Cランクのおまえが、どうしてこのクエストに参加する気になったんだろう?」
ゴンザレスは何かいたずらっぽく笑った。
「ロス。おまえだよ。おまえがいるからついてきた。Bランクのクエストは報酬が高いけど、オレっちやアルバランの冒険者仲間じゃキツいと思ってたんだ。そこへおまえが現れた。オレっちはおまえのランクを知らねーけど、エンシェントドラゴンを倒すほどの男だ、想像はついてるんだぜ」
「……受けられるものなのか? 低ランクの冒険者は上のランクのクエストを受注できないと聞いたが……」
「受注するのは一人だぜ」
笑ってそう言い、彼は役場へ去っていった。
ゴンザレスの背中を眺めながら考える。
要はクエストを受ける手続きをするのは一人の冒険者で、受けた者が誰を連れて行こうが勝手だということだろうか。
それが推奨ランクに達していない冒険者であろうと、ギルドに登録していない従者や、日雇いのアルバイトであろうと。お手伝いは自分の裁量で雇って構わないのかも知れない。
いずれにせよゴンザレスは俺を利用しようというわけだ。俺のそばにいれば、難易度の高いクエストでも安全に、仕事をしたふりぐらいはできると。
俺はレイニーを振り返った。
「君もそうか?」
彼女は俺の鳩尾ほどの高さの柵に乗っかり、そこに腰かけていた。そうやって浮いた両足をぶらぶらさせながら、俺をちらりと見る。
「どうして睨むんだろう?」
「別に」
「俺はまた何かやってしまったのか? それとも柵の高さが低すぎって意味で、座り心地が悪くて不機嫌なのか?」
「君がスカしてるからだよ」
レイニーは足をぶらつかせるのをやめた。
「君みたいな人だいっ嫌い。力があって、お金もあって、でも誰のことも助けようとしない奴。力もお金も自慢話のためで、誰かのためじゃないんでしょ」
「それの何が気にくわない」
「ラリアちゃんのことだよ」
「金は出すと言ったはずだ」
「そうだね。それで終わり。力とお金しかない」
「何が言いたいんだ」
彼女は俺たちが今やってきた街道と、その遠くに見える森をバックに俺を睨む。
目だけで何かを伝えようというわけだ。女性が好むコミュニケーションだが、ロス・アラモスはその手のゲームには乗らないことにしている。
俺が黙っていると向こうから口を開いた。
「……どうして一緒にいてあげないの?」
レイニーの声はトーンダウンしていた。
棘のある声音は変わらないが、返る答えを恐れるように、密やかに。俺は言った。
「いてどうなる?」
「昨日の夜からあたしとゴンザレス、一緒にいてあげたの。あの子すごく寂しそうだったから。両親も亡くなってさ、独りぼっちなんだ。君もそれを知ってるはずでしょ? よくもまああんなに素っ気なくできるよね」
「いいかレディー、世の中は色んな奴がいる。デカい蜘蛛の化け物に襲われた後でベビーシッターを買って出る奴もいるし、そうしない奴もいる。優しい言葉をかけて近づいて、ひどい目に合わせる奴もいる。俺は一番目の人間じゃないかも知れないが、少なくとも三番目でもない。無害でいるだけなのに蔑むのはやめろ」
「やっぱり。力とお金だけ」
レイニーは柵から飛び降りた。
「ギルドの人に聞いたよ。ラリアちゃんが路頭に迷ってるのは君のせいだそうじゃない。君は自分を特別だと思ってるんでしょ。スカした態度で目立たないふりしてさ、でも本当はこう思ってるんでしょ? 俺はスゴイんだ、俺は優れてるんだ、他の奴とは違うんだ。そう思われるために努力はしないけど、でもみんなさっさと俺に気づくべきだって。力を出し惜しみしてもったいつけて、お金は出すけど、でも責任を取ろうとはしない。全部カッコつけるためにやってるだけだもんね。」
俺はゴンザレスが去った方を振り返った。彼の姿はまだ見えない。地図を描くのに時間がかかっているのだろうか。どうしてそんなにかかるのだろうか。あとどれくらいかかるのだろうか。
俺は言った。
「別にそんなつもりはない」
「どうだか」
「ゲームはやめろレディー。自分の妄想の中のロス・アラモスとお話しするのはそろそろ切り上げて、本題に入ってくれ」
「本題はもう言ったよ。あたし、君がだいっ嫌い」
彼女はそう言うと、俺に背を向けるように柵にもたれた。それきり何も言わない。
会話の時間が終わりつつあるのを感じていた。やめるべきだと考えていた。だが訊いた。
「ならなぜついてきた」
彼女は柵にもたれたまま、下を向いていた。その表情は俺からは見えない。
「……あたしだって、お金が欲しい」
小さな声だった。
俺は役所があるであろう方向へ首をめぐらせた。
物事には何にでも終わりがあり、その終わりを実現すべき時がある。
今がそれだ。たとえ親しくもない小娘に落とし所不明の雑言を浴びせられた結末が、こんな形であったとしてもだ。
ゴンザレスが紙を手に歩いてくるのが見えた。彼はこちらへ手をあげた。
俺は柵から身を離そうと、背を浮かせた。ハンティングへ向かうのだ。
ふと、ゴンザレスの背後の一団が目に入った。
その一団はゴンザレスと同じく、こちらの方向へ歩いている。
不可思議な。
とても不可思議な一団だった。




