第173話 恐怖! 魔界の戦士! ※
ふと、何かの物音で目覚めた。
起き上がってみると、パンジャンドラムとウォッチタワーも物音に気づいたいるのか、牢のあるフロアの入り口の方を見ている。
人の騒ぎ声だった。
怒号。金属がぶつかる音も聞こえる。
しばらくすると、数人の人々がフロアになだれ込んできた。
1人は番兵だった。剣を手に慌てたように廊下を後ずさりしてきて、ちょうど俺たちの前で尻餅をついた。
「番兵さん、どうしたの?」
「あ、あわわ……」
パンジャンドラムの問いに、番兵は左方向に剣を突きつけたまま、震えている。
俺たちがそちらを振り向く前に、廊下の左から3人の人物が牢の前に姿を現した。
鎧を着たガイコツだった。手には錆びた剣を持ち、しゃれこうべの眼窩から赤い光をのぞかせている。
「番兵さん、あれ何なの?」
「ま、ま、魔族だ! 魔族が攻めてきやがったんだ!」
俺たちは床に座ったまま、ガイコツを見やった。
「ひーっ! ひーっ!」
尻餅をついた番兵はその姿勢のまま剣を振り回している。牽制していると言えば格好はつくかもしれないが、自分と異形の兵の間でつっかえ棒にしたがっているようにしか見えなかった。
俺は言った。
「すまないがここを開けてもらえるか? これではこちらも身動きが取れないんだが」
「あわ、あわわ!」
「なあ、その腰の鍵をこっちに投げてくれるだけでいい、そしたらこちらでやるから……」
「あば、あばば!」
「……いいんだ。言ってみただけだ」
俺は立ち上がって鉄格子まで近づくと、
《ザ・マッスルのスキルが発動しました》
扉部分の格子を蹴飛ばした。
扉はちょうつがいごと外れ飛んでいき、ガイコツの1人を壁とサンドイッチに。挟まれたそいつは全身の関節が外れたかガラガラと崩れ落ちた。
ぽかんと口を開けている番兵から剣をもぎ取り、
《剣聖のスキルが発動しました》
残りの2体を片づける。
番兵に剣を返して、また牢に戻った。
「あ、ありがとうござい……いやそうじゃない! ちょっと!」
「何だろう」
「すごい腕前……さては相当名のあるお方……」
「いいや。職務質問で名前は答えたはずだ。君が知らないんなら無名だろう」
「ひ、非礼をお詫びします! どうか聞いてください、緊急事態なんです!」
俺は牢内の3人と視線を交わした。揃って黙っていると番兵は続ける。
「実は今、この街にはたくさんの冒険者が集まっています。と言うのも、このサイディス領の領主様がお集めになった者たちです。領主様はきたる魔族との決戦で、サイディス領が功績を上げ帝国内で存在感を増したいとお考えで……」
「その話まだ続くのか?」
「は、その……それで領主様は、決戦で大きな手柄を上げた戦士に、ご自分の一人娘を娶らせるとお約束をなされ……」
俺は即座に寝転がり、
「これから就寝だ。ルームサービスは8時に頼む」
「ま、待って……」
「嫌な予感しかしない」
「聞いてください! 今魔族たちが攻め入ってきて……どうも内部に忍び込んでたのか、一斉に正体を現し、攻撃を仕掛けてるんです!」
「腕に覚えの冒険者がたくさんいるんだろう」
「そ、それが……その領主様の娘が、魔族のリーダーに捕らわれてしまって……!」
聞き流そうと思った。42歳と人生経験豊富なロス・アラモスは、その手の英雄譚とは距離を置くことに決めていたのだ。
だがチレムソーの神は哀れなサイディアカの街をお見捨てにならなかった。その時、若く血気盛んなオークの戦士長が立ち上がったのだ。
「ちっといってくるわ。うるさくて眠れやしねえ」
振り返ると、パンジャンドラムが肩をすくめるのが見えた。
夜のサイディアカの街は戦火に包まれていた。
通りのそこかしこで衛兵や冒険者が、ガイコツ兵士と斬り結んでいる。
衛兵本部前にいる俺たちにもガイコツ兵士が襲いかかってきたものだから、それらを殴ったり引っぱたいたりして蹴散らす。
《パンジャンドラムはレギオンを発動しています》
倒したガイコツが持っていた剣をゴブリンズに持たせ、さらに倒す。その倒れたガイコツからもぎ取った剣をまたゴブリンズに持たせる。
そうやって増大する兵力となったゴブリンズが街中に散っていく。
俺は壁際で鍔迫り合いに衛兵を追い詰めているガイコツのテンプルに一撃見舞ってから、その衛兵に尋ねた。
「魔族のリーダーかいると聞いた。どこにいるんだろう?」
衛兵は呆気に取られたような顔で俺を見ていたが、通りを指差した。
指された道の続く先に少し盛り上がって丘のようになっている地帯が見える。その上に大きな屋敷も。
屋敷は思い上がった富裕層のオーラを放っていた。おそらく領主とやらの屋敷だろう。
「領主の娘が捕らえられたそうだ! なんとか援軍にいきたいが……それに、リーダーは手強い相手で、何人も冒険者がやられているという報告もはいってきている!」
「盛り上がってるらしいな」
「だが、そんなこと訊いてどうするつもりだ……⁉︎」
「今何時だと思ってるんだと文句を言ってくる」
俺たちはゴブリンズを垂れ流し続けるパンジャンドラムと共に屋敷へ走った。
近づいてくるにつれ、たしかに大勢の人間が丘を包囲し、駆け上がっていくのが見えてきた。
丘の中腹に何者かが立っていた。
黒い、子供向けヒーロー物のスーツのようにも見える装甲と、血のように赤いマントを身につけた人物。
そいつは巨大な猪のようなモンスターを2匹従えて、丘に立ちはだかっている。
どうやらあれが魔族のリーダーらしい。
黒いスーツ男の左腕には、12、3歳ほどの、金のかかっていそうなドレスを着た少女が捕らえられている。あれが領主の娘だろう。
それだけではない。
もう2人、ガイコツ兵士がいる。
その2人は、黒い髪の若い女を両脇から捕まえていた。
女の衣服に見覚えがある。チレムソー教会のシスターの衣服だ。俺は舌打ちをした。高貴な令嬢と敬虔な聖女にはいい思い出がない。
包囲の列にたどり着いた時も、冒険者の何人かがスーツ魔人に殺到していた。
だがスーツ魔人の右肘から伸びる、赤い光の刃が鮮やかなまでに相手を切り裂き、冒険者たちは怪我した者を引きずって逃げ戻ってくるしかないようだった。
人間側が手をこまねいて攻撃の手を止めたからだろうか、スーツ魔人が言った。
「人間どもよ……無益な抵抗はやめるがいい……」
重々しく、地の底から響くような声だった。
「我ら魔族を打倒せんと結集しているという噂を聞き、こうして内側から崩してやろうと貴族の娘をさらいにきたが……そんな必要はなかったようだな……」
スーツ魔人はチラリと少女を見た。
少女の息を飲んだ音が聞こえた。スーツは右腕を天へ向け、その肘を見ながら、
「まったくガッカリさせおるわ! 我が闘争を求める血を満足させ得る強者との出会いを期待していたが、貴様らときたらどうだ! それだけ大勢集まって、我が体に傷ひとつ負わせることができぬとは! 人間とは腑抜けの集まりか!」
俺は包囲の人々を眺めた。
みな、剣や槍をスーツ魔人に向けてはいたが、奴の先ほどの手並みを見たからか誰ひとり前に出ようという者はない。
お、おい、おまえいけよ、や、やだよ、おまえこそ……冗談じゃねえよ、けどあいつを倒せばあの令嬢と結婚できるんだぞ、美少女だぞ、いや美少女なのはわかるけど、わかるけど。
そんな囁き声が聞こえていた。
見ればたしかに、スーツ魔人に捕まっている少女は幼いながらも気品にあふれた美少女のように見受けられた。ソーシャルゲームのキャラクターだったとしたら、彼女のSSRが発表されれば爆死ののち破産する者はあとを絶たないだろう。
「どうだ! 我こそはと思わん者はいないのか!」
喚くスーツ魔人に俺は言った。
「よく言う」
「何⁉︎」
「脇に人質を抱えておいて強者との戦いも何もないものだ。口上は立派だが自信のなさが態度に現れてるぞ、坊や」
スーツ魔人の頭はフルフェイスめいたヘルメット状。瞳はない。だがそれでも顔を俺の方へ向け、睨んでいるようだ。
左脇に抱えていた少女を、後ろでシスターらしき美女を押さえていたガイコツ兵士の1人に引き渡す。
「よくぞほざいた……人間にもなかなか気骨のあるものがいるようで私は嬉しいぞ……! くるがいい……1人か! それともまとめてか!」
俺は隣に立っていた衛兵に剣を貸してくれるよう頼んだ。
「お、おいよせ! 無茶だ!」
無言でもぎ取った。ラリアを左腕から降ろし、斜面を登る。
スーツ魔人から4メートルの距離にまで入った時、
「ふはは勇敢なる人間の戦士よ! 我がブラッドソードの血となれることを光栄に思うがいいーッ!」
「やれやれ」
《剣聖のスキルが発動しました》
結論から言おう。スーツ魔人が斜面に這っていた。ピクリとも動かず失禁していた。クソも漏らしていた。
間髪入れず銃声。女性を捕らえていたガイコツ兵士の頭が吹き飛ぶ。同時に目にも留まらぬ速さで猪に接近したウォッチタワーが、2匹ともパイルドライバーで葬った。
周囲から歓声が上がった。
女性に駆け寄る衛兵、猪の死体を蹴り飛ばす冒険者。それに混じってパンジャンドラムとウォッチタワー、それからラリアがそばへやってきた。
「ロス君かっくいー!」
そう言うパンジャンドラムのライフル、その銃口からは煙が。
俺は言った。
「モロすぎる。こいつじゃなかった」
「何が?」
「魔界の転生者さ」
俺たちは、地べたでクソを漏らしっぱなしのスーツ魔人を見下ろした。




