第171話 13人いる!
女性はどこから見ても低劣であり、 女性固有の領域においても全くの無能力であるにもかかわらず、 いぜんとして女性がハバをきかしているのは、結局は男性が愚鈍だからである。
ーモンテルランー
ハルが唐突に別れを切り出したのは、オルタネティカ帝国冒険者ギルドガスンバ南支部に到着し、夕食を摂っている時だった。
切り立った崖である大渓谷に橋を渡した向こう側。
そこにあるギルド支部は大森林にあった急造のベースと違い、三角屋根の木造家屋が並ぶ、ちょっとした町のようだった。
支部に着いた当初、我々は乗ってきたゴーストバギーをどうしようか話し合った。
駐車場……と言うべきか、支部には生活物資の供給や森で採れた素材の輸送などのために馬車が活用されていて、馬屋がありはした。
ただ満杯だった。止めるスペースはなかった。
我々は路上駐車をためらった。これまでつちかってきた常識が、我々の脳裏に違反チケットの幻影をちらつかせたからだ。その時の俺たちは馬屋の前で、心霊スポットに集まって居るか居ないかも判然としないオカルトに怯える若者のように振舞っていた。
すると、2台のバギーが紫の光を放ち始め、変形した。
俺が運転してきたオフロードバギーは、小さなアルマジロの縫いぐるみに。
ハルが乗っていた馬車型のバギーは、ネズミの縫いぐるみに。
どうやら古代の死霊車には、そういう不思議な力が備わっているらしい。
ネズミには金具の輪に革紐が通されていて、ハルはそれをズボンのベルトに吊り下げていくことにした。
アルマジロの方はといえば、腹……というか、両前足の付け根から後ろ足の付け根まで、2本の革ベルトが取り付けられていた。
リュックサックのようになっていた。そしてそれを……。
「おいしーです! 歯ごたえがプリッとして、コクがありつつまろやか、口の中でふわっと広がり、かつ優しい味がするですっ!」
町のダイニングレストラン。アルマジロの縫いぐるみを背負ったラリアがウサギ肉の丸焼きを食べながらそう言った。
ダイニングにはいくつかの丸テーブルと、L字型のカウンター席がある。俺たちは店の右奥側の、カウンター席に並んで座っていた。
その席でのことだった。
「何だよハル。どこいくってんだ」
一番奥のラリア、その左に俺、さらにその左にいるパンジャンドラムが、さらにその左に座るハルへ言った。
ウォッチタワーはさらにその向こう。L字の角。オークの巨体が収まるのはそこしかなかった。
「あっ、西へいってみようかなって思ってるんですよ」
ハルはフォークを置いて神妙にそう言う。
「しかしよ、ハルさん。西へいってどうするってんだい? 言ってたぜ、スピットファイアは」
ウォッチタワーは少し辺りを見回した。ダイニングのテーブルには2、3の冒険者の姿が見られた。夕食といってもまだ夕暮れ時。通り沿いの窓から西陽が差し込み、店主はランプもつけていない。
ウォッチタワーは声を落として、
「この世界から出ろって言ってたぜ、転生者は」
「そうだよ。帰れるんだぜ、地球に。何でわざわざ西になんか……あっ」
パンジャンドラムは口をつぐんだ。
ウォッチタワーもだ。
ハルはカウンターに乗った皿を見つめていた。
オークとゴブリンが黙ったのは、皿の上の蛇肉の揚げ物を眺めるハルが、前世では3人の人間を殺害した人物だということを思い出したからだろう。
「あ……あの……スピットファイアが言ってたじゃないですか。転生者を連れてここから出ろって。でも、転生者って俺らだけなんですかね……?」
俺はフォレゴークという豚肉に似た料理をつついていたが、視線を感じたので左を見る。パンジャンドラムがこちらを見ていた。
パンジャンドラムは俺たち以外に2人、転生者を知っている。
ゴブリンの島を出て初めて会った、マジノという名の冒険者。
それから、ペリノアド共和国なる国の、大統領。
それについては以前俺も彼から聞いていた。
ハルもまたこちらを見て、
「……全員で、何人いるんですかね? スピットファイアは魔女に閉じ込められるって感じのこと言ってました。あいつ自身もこれから探しにいくって言ってたし……パンジャンドラムは西に2人いるって言ってたよね?」
「んえ? ん、まあ」
「だったら……誰かが呼びにいかなきゃ」
ウォッチタワーがてんこ盛りの肉を前にしながら言った。
「けどハルさん。それで、おまえさんはそのあとどうするつもり……」
ハルは何も答えない。
俺はと言えば、フォレゴークをフォークでつつきながら別のことを考えていた。
我々は、“転生”しているのだ。
前世で死んだから、魂がこの異世界へやってきた。
スピットファイアは帰れと言うが、彼自身この世界を“偽物のあの世”と呼んでいた。
あの世なのだ。
もし帰ったとしても、我々の魂はどこへ入ればいいのだろう? 元のハゲ頭にか? だがあれはその下の首が曲がってしまった。もう使い物にならないはずだ。
俺は話を逸らすことにした。
「ハル。ホッグス少佐が言っていたんだが、帝国は魔族の軍隊と決戦するためにSランク冒険者に召集をかけるつもりだそうだ。もしも転生者が冒険者をやっていたら、帝国に集まってくるかも」
「でも、冒険者じゃない転生者もいるかも。俺やロスさん、パンジャンドラムが見た転生者はそうでも、パンジャンドラムやウォッチさんは違ったじゃないですか?」
「まあそうだが……」
「だからスピットファイアも、転生者を探しにいっちゃったんだと思います。だから……」
パンジャンドラムが言った。
「待てよ。だから西か? 西のペリノアド大統領はたぶんヌルチートに捕まってるよ。オレ見たもん。一人でいく気か? ヤベエよ」
「だからこそだよ。何とか助けなきゃ」
「どうやって……」
「帝国だよ。俺が戦争に参加してくれるよう言って帝国まできてもらってさ。そこで一網打尽に……」
ハルはラリアを見ながらそう言った。
俺は言った。
「では俺たちと一緒に……」
「あっ。ロスさんは、帝国で魔女の研究院にいかないといけないんじゃないです?」
「後からでもいいだろうそんなこと」
「いえ。オークのオババさんは、世界の終わりが近づいてて時間の余裕がないみたいなこと言ってませんでしたか? だからウォッチさんも」
ウォッチタワーを振り返りつつ、
「帝国へ向かわなきゃ」
と言った。
一理あるような、ないような話だった。
俺はパンジャンドラムを見やった。
「ぅえ、オレ? オレは……」
パンジャンドラムは目の前の、野菜を挟んだパンを見ながら、
「オレは……いいよ。西。…………やめとくわ」
そう言った。そうして、フォークに刺した野菜を口に運ぼうとしたり、やめたりしていた。
「しかしよドラムさん。ハルさん1人にいかせるのはヤベーんじゃ……? たしか、ペリノアドってとこにはヌルチートに捕まった男がいるっておまえさんたちから聞いたけど……」
ウォッチタワーの問いに、パンジャンドラムはやはり野菜を上下させるだけだった。
それから俺たちは、冒険者が寝泊まりする宿へいった。
木造の、くたびれた建物だった。日も暮れたことだし、今日はこの町に1泊することにした。
宿の部屋は思いのほか空いていた。1人一部屋……と言っても俺とラリアだけ同室だったが、部屋を占拠する余裕があった。
夜になって俺はトイレへいった。
トイレは宿の建物の外。横幅のある小屋だった。
小屋の下に穴が掘られていて、床板で上下が分けられている。個室の床板には穴が空いていて、そこに排泄物を入れるわけだ。
穴の中を覗いてみると、暗がりに丸い角の生えた豚が数頭いた。たぶん排泄物は彼らが食べるのだろう。ある意味水洗式よりも維持費がかからないんじゃないかと思った。
宿の部屋に戻る途中、廊下にウォッチタワーが立っていた。
彼もトイレかと思い廊下の道を譲ったが、そうではない。
「なあ、その……ドラムさんって、なんかあったのか?」
「と言うと」
「メシの時元気なかったからよ」
俺はウォッチタワーに、俺の部屋へきてもらった。
中では2つのうち窓側のベッドの上でラリアがごろ寝している。俺はもう1つの方へ腰掛け、ウォッチタワーに椅子を進めた。そして、ベッド脇の小机に置いておいたバインダーを手に取る。スピットファイアにもらったやつだ。
「俺の口からは言えないな。彼のプライベートなことだ。バギーで移動する時にでも聞いてみるといい。答えてくれればだが」
「深刻な話かい?」
「西には顔を見たくない相手がいるのさ」
俺はバインダーをめくりながらそう言った。
簡単には説明した。
パンジャンドラムはかつて西側にある島からカシアノーラ大陸へ渡り、東海岸のタイバーンまでやってきた。
その間にはガスンバがある。彼はガスンバの西にある国で、マジノなる転生者と出会った。
パンジャンドラムはマジノと共に、地球へ帰るための方法を探したが、何かがあって進む道を変えた。
それ以上詳しいことは話してくれなかったと。
ウォッチタワーは、ぐう、と唸った。
「しかしよ。さっきも言ったけど、ヌルチートがいるんならハルさん1人では……」
それに何か答える前に、俺はバインダーにある変化を見つけた。
バインダーにはJK新聞の切り抜き記事が入ったファイルと、ゴースラントの地図がある。そして後は何も書かれていない紙が2枚ほど。
何も書かれていないはずだった。少なくとも洞窟でこれを見た時には。
だが今、地図の次のページの紙に、文字が浮かび上がっている。
「なあロッさん……」
「これをちょっと見てくれ」
ウォッチタワーにも見えるように差し出す。文面を読み、ウォッチタワーは目を見開いた。
そこにはこう書かれてある。
“てんせいしゃはぜんぶで13にん。スピットファイアはのぞく”
俺たちは顔を見合わせあった。
「えっと……? まず4人だよな? おれたちで……」
「パンジャンドラムが見たという転生者は2人。マジノと大統領。これで6人だな」
「残り7人……」
バインダーに目を落とす。すると、転生者数を知らせる文字の下の空白に、さらに文章が浮かび上がってきた。
“よにんはまぞくのぐんたいにいるのがわかりました”
さらに次々と浮かび上がる。
“ふたりは、スピットファイアがさがしにいった。さいごのひとりは、ていこく”
俺とウォッチタワーはしばらくの間バインダーを覗き込んでみたが、それ以上何かが浮かび上がることはなかった。
「こ……こりゃいったい……⁉︎」
「……火奈太少年がどこかから書き込んでいるのでは……?」
「どっから……⁉︎」
「……わからない……地球……?」
それからまた2人して押し黙る。
文字の浮かび上がる紙の文章、その1文1文の下に、いちいち「いいね」と「リトゥウィート」のマークがあることはこの際無視した。
「……西の2人は確定。2人をスピットファイアが探しにいった……」
「4人は魔族の軍隊……? これからいく海のとこにいるってことか……?」
「最後が帝国。探す手間が省けたな」
俺は念のため「いいね」をタップしてからバインダーを閉じた。一応、既読を示すのはマナーだろう。
ウォッチタワーはまだ難しい顔をしていた。
西へ向かうと言ったハルのことがまだ心配なのだろうか。マジノはともかく、ペリノアドの大統領がヌルチートに捕らえられているのは確定なのだ。
「ウォッチタワー。やるしかないと思う。君はオババ氏に言われたとおり、魔女の企みを打ち砕かなきゃならない」
「けど……なんなんだ? その企みってのは。何かわからんこととは戦いようがねえ……」
世界を救えとだけ言われて村を追い出されたオークの戦士長。眉間にシワを寄せて床を睨んでいた。
「だから俺と一緒に帝国の研究院へいこう。たしかにまずはそれを調べなきゃ話にならない。こっちはこっち。あっちはあっちさ」
俺はバインダーを小机に置いた。
「全ては明日のことだ」
ウォッチタワーはしばし無言のまま俺を見つめたが、やがてうなずき、部屋を出ていった。
静寂の訪れた部屋で、俺はしばらく腰掛けたベッドから動かなかった。
何かを考えようとしたが、まとまらない。
何について考えようとしているのか?
地球に帰る方法か?
魔女の計画か?
双子山でアップルが、「最後には全てがこの世界へ閉じ込められる」というようなことを話していた。
急がなければならないのだろう。
それともハルの行く末について考えたいのか?
彼はどこへ帰る?
俺は?
ふと気づくと、ラリアが俺の隣に座り、バインダーを開いて読んでいる。
だがすぐに小机に戻した。字が読めないのだった。
いつも寝てるから今もそうだろうと思っていたがまだ起きていたのか。置かれたバインダーに目をやっていると、ふいにラリアが言った。
「マスターは、帰っちゃうですか?」
ラリアは俺を見上げていた。
俺は言った。
「今度、字を教えてやろう」
向かいのベッドを指差すと、ラリアは素直にそちらへいく。
俺は帽子を脱いで帽子掛けへ。小机のランプを吹き消そうと……。
そう言えば以前もこんなことをした。
たしか、ハルに会う前日だ。
どこかの誰かが画期的なコンピューターを開発したが、そのニュースはハルの起こした殺人事件の話題で埋もれた。
そんなことを思い出した夜だった。
俺は呟いた。
「……ヴァルハライザー、か」
そしてランプを吹き消した。
ちょっと文字数を減らしていこうと思ってます……
キツイのもあるんですが、長々書いておきながら少しも話が進まないのに自分でイラついてきました。




