第170話 ゴーストバギー
「ねえ、帰れるんだよ! ここへいけば、日本へ帰れるんだ!」
パンジャンドラムはただでさえ大きな瞳をさらに見開いて叫んだ。ウォッチタワーもやはり目を丸くしている。
俺はと言えば、スピットファイアに目をやった。
「この書類を用意したのは誰なんだろう?」
「僕だ。たぶン貴様らに見せるために用意したンじゃあないかしらン」
「そこには何があるんだろう? なぜゴースラントへいけば元の世界に帰ることができる?」
「そンなことは僕に訊かれてもわからンよ。僕が帰れると思ってそれを書いたのなら、つまり帰れるンじゃないンか? どこへ帰るのか知らンけど元気でやれよ」
スピットファイアはそう言うと、出口の方へ飛んでいこうとする。
「スピットファイアオェ、どこいくんだ?」
ふわりと止まって振り返った妖精。
「転生者を探しにいくのさ。他の転生者。全員を集めてゴースラントへブチ込まにゃあならン。なンだかそうしなきゃならないような気がするンでね。僕はそういう“役割”なンでね」
また飛んでいこうとしたが、俺は呼び止めて訊く。
「この大きい荷物は?」
布の掛けられた何かを指して尋ねたが、
「さあね。貴様らの物じゃないンか? ここに置かれてるってことは、たぶンそういうことなンだろう。なンか唐突にそンなような気がしてきた。僕は貴様らに今日それを渡すためにここへ飛んできて、そしてその用は済んだからまたどこかへ飛ンでいくンだろう。転生者を求めて。風の向くまま気の向くままハハハハハハ」
そう言って、今度こそ洞窟を出ていってしまった。
「……あれ追いかけなくていいの?」
「ウォッチタワー、君はどう思う?」
「うぉ……おれもよくわかんねえよ……でもなんつーか……」
ウォッチタワーはかぶりを振った。
「あいつ、もうスピットファイアじゃねえんじゃ……いや……」
俺の手元のバインダーに目をやりつつ、
「吐院火奈太じゃねえのかも……」
そう言った。
たしかに、今朝オババ氏に取り憑いた吐院火奈太の霊魂らしき存在は、目覚めによって我々と交信ができなくなるように受け取れる様子だった。
では何か。あの妖精王にはもう火奈太少年の心はなく、ただの妖精王スピットファイアなのだろうか。
では結局、妖精王スピットファイアとは何者……。
《スピットファイアが死亡しました‼︎》
突然の脳内情報。俺たちはそろって洞窟の入り口を振り返ったが、
《スピットファイアがリスポーンしました》
どうやら出ていく時に滝の水をモロに浴びてしまったらしい。
ウォッチタワーに視線を戻してみると、彼はうつむいたまま考えごとをしているようだった。
俺はため息をついて、
「ハル。その布を取ってみてくれないか」
「えっ?」
「たぶんもうスピットファイアはここにいないんだ」
ハルは言われた通り、洞窟奥を見て右にある方の布をとりはらう,
埃が舞った。
布の下には馬車の車があった。
小さな、4人で乗ってギュウギュウ詰めになる程度の小さな馬車。黒い外装と金の窓枠。ガラスの向こうに見える座席はワインレッドのビロード製、シックな印象。
ただ馬がいない。
「なんですかね、これ」
俺はもう一方の布も取り払った。
また馬車かと思ったが違った。
「何これ……車じゃん」
「あ……バギーカーだ……」
パンジャンドラムとハルが漏らした声のとおり、そこには“車”があった。
馬車の車両ではない。
荒い溝のついた4つの、剥き出しのタイヤ。
長く伸びたフロントノーズ。
運転席。それを囲む頑丈そうな金属のフレーム。
フロントに2つのヘッドライト。運転席の上に4つ並んだサーチライト。
まごうことなく、レース用のバギーカーだった。
ただし、6つのライトは金色の古めかしいガスランプのようだったが。
そのバギーカーの後ろには、やはりタイヤが4つついた箱がある。
自動車でも馬車でもない。牽引式のキャンピングカーのように見えた。バギーの後部が見えるよう横に立ってみると、やはり後部でジョイントされている。
「なん……何これ? 何でこんなところに車があんの?」
「マスター、これっ!」
ラリアが馬車の側面を指差した。
そこには、ギルドで受け取った手紙に描いてあったのと同じ、ツドニイの枝葉の図柄がペイントされていた。
よく見るとバギーカーのボンネットにも、キャンピングカーの側面にも同じペイントがある。
「商人さんのですよ!」
ラリアはそう言った。
ベースで受け取った手紙を思い出す。
スピットファイアについていけという内容の手紙だった。差出人はおそらく奴隷商人。そして2台の車にも、商人が関係したと連想させるペイントが施されている。
「……なんだろ。これに乗れってことじゃないの……?」
「乗ってどうすんだい」
「えーっと……その奴隷商人がついていけって言ったスピットファイアがここにきたわけで……スピットファイアはゴースラントへいけって言う……だから……ゴースラントまでこれに乗ってけってことじゃ?」
パンジャンドラムは車を眺め、「だって速そうじゃん」と締めくくった。
「けどよ。片方はねえぜ、馬が」
「あ、それに……バギーの方は、ガソリンは?」
俺はハルに、馬車の方もバギーだと言おうか考えていた。馬車は小型だった。牽引する馬はおそらく1頭のみ。本来バギーとは1頭立ての馬車のことを呼ぶのだ。
だがその馬もない。
俺はウンチクをたれる前に、バインダーを開いてみた。
切り抜き記事。地図。もう一枚紙がある。
そこに書かれた文章を、俺は読み上げた。
「補給不要。乗って操るだけ。転生者を集めゴースラントへ向かえ」
みんなが俺を振り返る。バインダーを閉じて、
「やってみよう」
ハルは馬車バギーの方へいき扉を開いた。
彼は若干引けた腰と共に中へ乗り込んだ。
「あっ床から操縦桿が……なんで戦闘機スタイル……」
座席に座って操縦桿を握る。
すると、馬車の車輪が紫の光を放ち始めた。熱こそないのだが、炎のような何かが揺らいでいるのだ。
「あっこいつ……動くぞ!」
ハルは操縦桿を倒したのだろう。馬車がゆっくりと前へ進み始めた。
パンジャンドラムとウォッチタワーはバギー……オフロードバギーの運転席をのぞき込んでいる。
「どうやって動かすんだいこれ」
「説明が必要か?」俺は言った。「馬車でさえあの有様だぞ。座席に座って、ハンドルを握って、アクセルペダルを踏んで……」
「でもロス君これ。MTだよ」
「それがどうした……」
なぜか2人は俺を見ていた。そしてパンジャンドラムはウォッチタワーを見上げ、
「ウォッちゃん、免許は……」
「AT限定」
「オレも」
そしてまた2人して俺を見る。
パンジャンドラムはたしか元大学生。ウォッチタワーの前身は、27歳のプロレスラーだと俺は記憶していた。
どうやらロス・アラモスの出番のようだった。まったく最近の若者は。オフロードバギーは右ハンドルだった。そちらへ回り窓枠(フロント以外にガラスはなかった)から中をのぞく。
2つの座席の間にシフトレバーがある。銀色のガイコツのシフトノブ付き。俺は席に乗り込んだ。
「えっ待ってこれ座席2つしかないじゃん」
いつの間にかすでに助手席にはラリアが鎮座していた。
俺は後方を親指で差しつつ、
「どちらかだろう。馬車か、キャンピングカーか」
2人はキャンピングカーを選択した。入り口の扉を開ける音が聞こえる。
隣で止まっていた馬車の窓からハルが、
「あの……ロスさんこれからどうします……?」
「とりあえずベースへ戻ろう。ゴースラントへいくにはオルタネティカ帝国を経由する。ベースの誰かに道を訊こう」
輪の形の、スポーティーなハンドル。その右脇に、キーがあった。
それを捻る。
車体後方から声がした。
ガソリン車のエンジン音ではない。かといって電気でもない。
動物の叫び声のようだった。助手席のラリアが「ひえっ」と声をあげる。
何が起こっているのかさっぱりわからないが、車体の振動はエンジンがかかったことを俺に教えていた。クラッチを踏んでギアを1速へ。最大で何速あるのかも知らないが、俺は言った。
さあ、地平線までカッ飛ば……。
「ラリア、シートベルトを」
「何ですか?」
「これだ。ここのベルトを前に回して……そうだ」
ロックされたことを確認し、俺もベルトを締め、それからそろりとアクセルを踏んだ。
怪奇な車だった。
滝のカーテンを突き破り森へ躍り出て、水しぶきをあげ川を泳ぎ、木々の隙間を傾いたりしながら走り抜けるバギー。
シャフトが手足のように自由に稼働し、垂直に立つ木の幹であろうが岩だろうが、タイヤの1つ1つがその地形に適応し、車体があらゆる障害物に触れないよう進んでいく。
サイドミラーで後ろを確認すると、左後方からハルの乗った馬車バギーも、木々が密集した中をすり抜けてくるのが見える。明らかに馬車に不向きな地形の大森林を、何も問題なく追随してくる。
ハルの馬車は馬もいないのにひとりでに走っていた。
奇妙なのはそれだけではなかった。
バックミラーには、土煙の他にマフラーから出ているらしい紫の煙も映っている。
煙は光っていた。
そしてその煙が、時折ドクロの形にゆがむのだ。
「わーっ、マスターこれすごいですーっ!」
「ラリア、喋ると舌を噛むぞ」
猛スピードで走る2台のバギー。ベースへたどり着いたのはあっという間だった。
冒険者ギルドガスンバ支部のバラックの前に乗りつけたのは昼頃だった。
俺はバギーにみんなを残してバラックへ入った。
中のデスクにはローレル支部長が座っていた。
「よおロス。オーク村はどうだった?」
「歓迎してもらえたよ。ホッグス少佐……帝国軍はどうしたろう?」
「昨日もう帰ったよ」
「そうか……これから俺たちはオルタネティカ帝国へいこうと思っている。道を教えてもらえると助かるんだが」
「じゃあ俺たちと一緒にいくか?」
「うん?」
「実はもうこのベースは解体するんだ。もともと騎士団と、アップルが魔女の遺物を探索するために設営したものだからさ。遺物は騎士団が回収しきって戻っちまったし、それに……」
ローレルはデスクにあった木のコップから飲み物をひと口飲むと、言った。
「アップルも実家に帰っちまったしな」
俺は何も言わなかった。
ローレルはコップの中に指を突っ込んで、何かをつまみ出して床に捨てた。床に落ちたものは小さな羽虫だった。
「何だろうなあ。あいつ急に冒険者やめて家に帰るって言い始めるなんてさ。戻ってくるなりすぐ俺にそう言ってさ。ちょっと子供っぽいけど、有能な探索者だったから残念だよ」
ローレルはコップの飲み物を何事もなかったかのように再び飲む。
俺はそれを黙って見ていた。
双子山での出来事のあと、アップルはベースに戻っていない。
そのまま魔女の館にあった塔に乗って、いずこかへ飛んでいってしまった。
ホッグスかツェモイにそう報告されたのか? アップルちゃんは実家に帰るからお暇します、退職金はいりません、退職届は郵送しますって言ってましたよと? だがローレルは今、「俺にそう言ってさ」と言った。
なぜか彼の頭の中では、アップルに直接会ったことになっていた。
そう言えば……ホッグスも、ツェモイも、あるいは他のベースにいる誰もが、あの件以来アップルの話をしなくなっていた。
あれだけの大惨事を引き起こし、そして唐突にいなくなったアップルの話を。まるで何も起こっていなかったかのように。
「どうした? じーっと見て」
「……いや。寂しくなるな」
「ほんとよ。まあとにかくこのベースはもう用済みってわけでな。南の、大森林入り口にある本当の支部まで引っ込むんだ」
だからついてくればいいと、ローレルは言った。ベースの解体が終わってから、南へ戻り、そこから帝国領土までいけば、と。
「悪いな。急いでいるんだ」
「そうかい。じゃあ地図の写しをやるよ。写し終わるまで待っててくれ」
俺は外にいると伝えてバラック入口へと向かった。
外ではバギーの周囲に人だかりができていた。
馬車はともかくとして、オフロードの方はよほど物珍しいと見える。冒険者たちが野次馬として集まっていたのだ。
パンジャンドラムとウォッチタワー、ハルは、そんな人の輪から外れてバラックのそばに立っている。
野次馬の中で1人、目を引く動きをしている者があった。
オフロードバギーの後部(おそらくエンジン部)のあたりに立って、水晶玉のようなものを掲げ、それ越しにバギーを見ている。
黒いフードを被った少年だ。
俺が入口のタラップに立ってそれを眺めていると、向こうも気づいたのかこちらを振り返り、歩み寄ってくる。
色の白い、顔色の悪い痩せた少年だった。
「これ、あなたの車ですか……?」
「まあな」
「どこでこれを……」
「森で拾ったのさ」
某SFアニメでは、拾ったという言葉は盗んだという意味になる。赤いバイクで有名な……。
「俺にはピーキーすぎるか?」
「どうでしょう……? 動力はほぼ無限ですけど……」
「君はこの車に詳しいのか?」
「ええまあ……僕ネクロマンサーですし……」
か弱い声の少年は首だけでバギーを振り返った。
ネクロマンサーと言えば、死霊を操る魔法使いの類いだったと思うが……。
「死霊と車と何の関係があるんだろう?」
「これ……ゴーストバギーです……ご存知ない……?」
俺が黙ってバギーを眺め、何と返そうか考えていると、ネクロマンサーの少年は続けた。
「野にいる死霊を集めてそれを動力にして走る車です……死霊車……珍しい……古代の死霊術によって造られた車です……まだこんなものが……」
少年は車に興味津々だった。複雑なマシンに関心を抱くとは、顔色は悪いが健全な男の子と見える。
彼はもっと車を見たそうにしていたが、ローレルが地図を手にやってきた。
俺に地図を手渡しながら彼は言った。
「そうだ、伝言預かってたんだ」
「伝言?」
「ああ。あのめちゃくちゃ美人のエルフから」
「……何と」
「何だっけな……ブラックエッグについて調べてくる。何かとんでもないことが起こるような気がする。帝国でまた会いましょう、だったかな」
俺は地図をポケットに入れる。俺がオルタネティカ帝国へいく予定だとあいつにバラしたのは誰だろうな。ホッグスか。ツェモイか。
「おまえ、モテるなあ。羨ましいよ」
「変わってやっても構わないぜ」
怪訝そうな顔をしたローレルから目をそらし表へ目を向ける。
歩き出そうとしたが、通りの向こうに花が咲いているのが目に入った。
俺はローレルを振り返り手紙の配達を頼んだ。紙とペンを借りて、受付のデスクでしたためる。封筒に入れて、ローレルに渡した。
「どこに送ればいい?」
「タイバーン王国。ひょっとして帝国を経由するんだろうか?」
「妖精のいたずらはやんだからな。東のサッカレーに伝書魔獣を飛ばせるだろう。合成魔獣さ」
「ではアルバランの冒険者ギルドまで」
手紙を預けて、俺は車に向かった。
手紙はレイニー宛だった。タイバーンで出会った、冒険者の女の子。
俺があの国でエンシェントドラゴンを退治した際の報奨金がギルドに預けっぱなしだったはず。それをレイニーにくれてやれという内容の手紙だ。
レイニーが病気の両親の治療費のために、向いてもいない冒険者稼業を始めたということを、ふと思い出したのだ。通りの向こうに咲いている金盞花を見た時なぜだかそれを思い出した。なぜかはわからないがまったく不思議なことだ。
転生者仲間に声をかけ、俺はバギーに乗り込んだ。
「おい、ロス」
ローレルがタラップを降りてきて、助手席側の窓から何かを差し入れてくる。
長方形の紙の箱。
「やるよ。タバコだ。酒瓶は後ろの車に積んどいてやる。ボーナスさ」
カートン。彼はこうも言った。
「もしどこかでアップルに会ったら、よろしくな!」
「………………ああ」
ローレルはキャンピングカーの方へ回り、しばらくすると酒瓶を積み終えたかドアを閉める音が聞こえた。
エンジンをかけた時、バギーの運転席側、すぐ脇に立っていたネクロマンサーの少年と目が合った。
走り去ろうかと思ったが……その前にこう言った。
「……君は帝国の人間?」
「はい……ギルドの要請でここへ……」
「この車に興味が?」
「……調べてみたいです……」
「そのうち君にやるよ、この車」
「え……?」
「俺たちにはいずれ必要なくなる」
首を傾げた少年から視線を前方へ移し、俺はアクセルを踏み込んだ。
ラリアに地図を広げさせたまま、大森林の中バギーを走らせる。
この車、気に入った。
子供の頃欲しかったバギーのラジコンにそっくりだった。
そんなもので遊ぶぐらいなら勉強しろと言われて、クリスマスにも誕生日にも買ってもらえなかった。
大人になったらもっといい車を買えるからと。
普通免許を取って以降、車なんか1度も乗る機会がなかった。
ラリアに窓から首を出すなと注意した。頭こそ引っ込めたが、ラリアは楽しそうに外を眺めている。木々はどんどん後ろへ流れていく。
あのネクロマンサーの少年はこの車に乗るだろうか。
ひょっとしたら分解するかも知れない。ただの学術的興味かも。賢そうな、専門的知識にあふれていそうな少年だった。
まあいいさ。
ラジコンの遊び方なんて人それぞれだ。
明日から四章が始まります。
たぶん。




