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第166話 手紙


『と言うのもな。ホッグス少佐と話していたのだが……ロス殿と、あのアップル・インティアイスの会話を聞いていた限り……まるで魔女が、古の伝説である三賢者の魔女が、この世にいるかのように私には受け取れるのだ。ロス殿とアップル殿はそういう前提で話していたじゃないか? 私は魔女狩り部隊の一員としてもロス殿にオルタネティカ帝国の魔女研究院にきていただき、意見をうかがいたいのだ』






 騎士団のバラックを出た時、太陽は高度のピークに達していた。


 森に囲まれたベースだが、切り拓かれた土地に立ち並ぶバラック群に降り注ぐ木漏れ日はなく、強い日差しは木の小屋とその影のコントラストを強めていた。その中を、鎧を着ずサーコートだけの騎士団員が幾人か歩いている。彼女たちは表に出てきた俺と目が合うも、すぐに視線をそらす。


 バラックの入り口のタラップを降りていると、中からホッグス少佐だけが追ってきて、後ろから声をかけてきた。


「我ら帝国軍は任務を終えたので今日中にベースから撤収する。ツェモイ団長と騎士団も、双子山での事件を報告するために共に帰路につくことになっている。ロス、本当に一緒にいかなくていいのであるか?」


 振り返ると、ホッグスはタラップの上に立って俺を見下ろしている。普段は後ろ手に組んでいることの多い彼女だったが、今は両手の指同士の先端をくっつけて、人差し指だけ開いたり閉じたりしていた。


 俺はオルタネティカ帝国行きを了承して、自分のバラックに帰るところだった。タラップの下で足を止めたまま言った。


「話したとおり、俺はまだウォッチタワーたちに用がある。それが終わり次第だな」

「うむ……貴君は功労者であるし、帝国民でもないのでああしろこうしろと言える立場でもないが……しかし帝国は広い。道案内とか、いらないか?」


 ホッグスは人差し指を開けたり閉じたり。


「ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「なんであるか!」


 タラップを降りてくるホッグス。

 俺は騎士団のバラックの壁に沿って歩き、角を曲がった。

 隣のバラックとの間隔は狭く、互いのせり出したひさしのため影になっている。そこに入り後ろを振り向いた。


「どうしたのであるか、こんなところに連れ込んで」

「君があまり人に聞かれたくない話かと思ってな」

「な……! なん、であるか。ふ、ふ、2人っきりで話すような、そんな話とは……!」

「2人っきり? ラリアがいるが」


 俺の左腕に、ホッグスは目をやった。そこにはうたた寝しているラリア。


「それもそうか。何であるか。早く言え」

「ゴースラントへの通行ができないと言ったが……それはいつからのことだろう?」

「うん? そうだな……3週間ほど前からであるな」


 帽子のひさしでさらに暗い影となった中から、金色の瞳をこちらに向けてホッグスはそう答えた。


 俺がこの異世界にやってきてからどのくらい経過しただろうか? 面倒なので数えてもいなかったが、2週間ぐらいだろうか。


「それがどうかしたのであるか?」

「この子がな……」

「ラリア殿?」

「ゴースラントから連れてこられた。住んでいた村をヒューマンに襲撃されたとかで……」


 本人が寝ているせいか、俺たちは自然と声を落としていた。

 ホッグスは顔をしかめた。


「奴隷狩りか……帝国では禁止されている。どこのバカ者がそんなマネを……この子を貴君に売った者か?」

「……どうかな。たぶん違うと思う。この子は奴隷商人を怖れていなかった」

「ふむ。ラリア殿は3週間以上前にゴースラントからカシアノーラに連れてこられ、貴君の元に渡ったと。だが、それが?」


 ラリアの寝顔を眺めているホッグスの顔を俺は見つめた。視線に気づいたのかホッグスが顔を上げ、なぜか頬を赤らめた。


「ど、どしたのであるか」

「君と俺との、合体スキルのことが気になっている」

「が、がったい」

「山での戦いで君が俺と奴隷の契約を交わした時、何か新しいスキルが得られたと思うが……」

「む、あれか……貴君との契約を解除したあとは使えなくなったようであるが……」

「転生者のスキルを封じるヌルチートを相手に……発揮できるスキルはあれと、ラリアとの合体スキルだけ。しかも発動条件は俺と奴隷の契約を交わすこと……」

「あ、あまり奴隷奴隷と言うな……」


 ホッグスは唇を尖らせたが、


「それで?」

「ラリアを俺に託した奴隷商人だが、どうもこの子がヌルチートに対抗できるとわかっていて、俺に預けようとしていた。俺は最初断ったんだが、無理に押し付けてきてな」

「獣人を奴隷にするのを断った? すばらしいさすがロス・アラモス……いや待て、対抗できるとわかっていた?」

「ああ」


 ホッグスは顎を指で触り、考え込むようなそぶり。


「君とラリアはヌルチートの呪いを無効化するスキルを持っている」

「山にいた時になぜそれに気づけたのであるか?」

「あのヤモリに取り憑かれていた君の様子がおかしかったからだ。あの時の君、どんなことを考えていた?」

「どんなっ……それは、あー……」


 双子山での戦闘の時、ヌルチートに憑かれたホッグスは、無意識なのか何かのスキルを発動させヌルチートのスキルを妨害していた。


 今ホッグスは顔を赤くしながら思い返すようにしていたが、


「むう……あの時はたしか……ジェミナイトに集中しようとしていた。貴君に対する想い……っい、いや邪念を払おうとしていたのである。仕事をするのだ、と思っていた」

「ツェモイ団長はヌルチートのために仕事をほっぽらかした」

「む。私は憑かれていた時、かなり無理をしていたとは思ったな。苦しかったのである」


 形のいい顎を指でもてあそびながらしばらく虚空を見つめ黙っていたホッグスだったが、やがて俺を見つめて言った。


「私の、祖先……ゴースラントからの移民であった」

「…………」

「と言うより、全ての獣人の故郷はゴースラント大陸である」


 ふと、ホッグスの背後から声がかけられた。


 バラック群の表通りの方だ。声をかけたのは騎士団の一員ミーシャだった。彼女はこちらへやってきて、ロクストンがホッグスを探していたと伝えた。


 ホッグスがうなずいて伝言の礼を述べるとミーシャは俺にも一礼してから去っていく。


 すると入れ違いに、ハルがバラックの間を覗き込んだ。


「あっロスさんここにいたんですか。あの、ウォッチタワーさんの使いの人がきましたよ」


 ホッグスが俺へ向き直り、


「ロス。私は撤収の指揮を執らねばならん。貴君はオークの村へいくのか?」

「ああ、そうなるだろう」

「貴君がベースへ戻ってくる頃には我らはいないかも知れん。次に会うのは帝国であろう。帝国軍第2師団を訪ねてくれ。私の所属だ」


 そう言うと、俺へ敬礼した。

 ナチ式の手を伸ばすタイプではないことに安心した。彼女は踵を返し、バラック間の入り口に立つハルにも一礼すると、表へ出ようとし……振り返った。


「そう言えばエルフ殿は?」


 エルフ。アップルがロケットに乗って飛び立った次の日から、もう姿が見えなかった。

 俺はハルの顔を見たが、彼も首を横に振る。


「そうか……エルフ殿にもご協力いただければ、魔族との戦いも優位に運びそうであったが……」


 呟きを残したままホッグスは通りを歩き去っていった。


 俺とハルが表通りへ出ると、


《パンジャンドラムはゼロ・イナーティアのスキルを発動しています》


 先ほどまで俺がツェモイたちと話していたバラックの、隣の屋根からパンジャンドラムが飛び下りてきた。

 いつものとおり、スライムタンクを背負いライフルを持っていた。


「ちょっと神経質だったかな?」

「いや、そういうところ頼りにしてるよ。ハル、ウォッチタワーからの知らせがきたんだってな」

「あっはい。って言っても妖精が2匹、伝言板持って飛んできただけですけど」

「スピットファイア?」

「いえ、普通の」


 ハルが、着ているツナギの胸元から木の板を取り出し、俺に渡してきた。みんなで表通りを右に、冒険者のバラック群へ向かいながらそれを見てみる。


 地図のような、ポップな絵が描いてあった。山の絵の麓に湖。湖のそばに家の絵が3軒。そこにオークらしきものの頭があり、離れた位置にある長方形の長屋的な何かの方角に向けて吠えている。そんな絵だった。


「字じゃないんですけど、たぶんウォッチタワーさんが呼んでるって言いたいんじゃないですかね」


 エルフがいたら妖精語の通訳を頼めたかも知れないが。俺は木板をハルに返した。

 受け取ったハルはまたツナギの胸元にしまう。


 ふと、ハルのツナギにポケットがないことに気づいた。伝言板はもう用済みだから捨てていいのかも知れないが、いずれにせよ、ハルはサッカレーの牢獄にいた時の囚人服のまま。


 ちょうど前方に剣と盾の絵が描かれた看板のあるバラックが目に入った。


「パンジャンドラム、君はこの間かぶってたドクロのマスクはどこで買ったんだろう?」

「ああ、あの看板のとこ。武具屋だよ」

「服も売っている?」

「うん」

「君に預けていた俺の金をちょっと出してくれないか? チレムソーコイン」


 今のパンジャンドラムは隠す意味もなくなったのか、いつもの赤い帽子に黒いベストを着用している。そのベストの胸ポケットからアイテムボックスを取り出し、そこからコイン袋を取り出した。


 俺は袋から何枚かコインを掴み出してハルの手へ握らせる。


「服を買ってくるといい。ここで待っているよ」

「あっえっ、そんな、悪いですよ……」

「奢りだ。君には力になってもらった」


 ハルはしばらく手の中のコインを見つめていたが、武具屋へ入っていく。俺と、コイン袋を元どおりしまったパンジャンドラムは武具屋バラックの壁に背をもたれさせ待つことにする。


「しっかし……アップルちゃん、どこにいっちゃったんだろうね……」


 パンジャンドラムは空を見上げていた。


 アップル。双子山での出来事のあと、ロケットと化した塔に乗って飛んでいってしまった、魔女の子供。


「たぶんあそこですよ」


 いつの間にか起きていたラリアが空を指差した。その方向にはブラックエッグとかいうらしい黒い点が小さく浮かんでいる。


「何だろうねえ? あれ」

「エルフのおねーさんが、魔女が造った、ヒューマンを守る用の城って言ってたですよ」

「魔女、ねえ……」

「ボク、魔女って聞いたことあるですよ」


 俺とパンジャンドラムは揃ってラリアの顔を見る。


「商人さんが言ってたです。なんとか魔女よりも早く、ボクを誰か転生者に渡さなきゃって」

「何だと」

「ラリアちゃん、商人さんって……」

「ボクをマスターに会わせたおじさんです」

「ラリア。あの商人が、魔女と言ったのか?」

「はいです」

「魔女より早く転生者におまえを渡す……どうしてだろう?」


 ラリアは首をひねった。


「それは言わなかったです」


 ハルが武具屋から出てきた。

 襟がファーのになっている、赤のロングコート。袖や腰回りは鋲付きのベルトで装飾されていた。


「ハル、おまえ派手すぎじゃね?」

「サイズ合うのがこれしかなかったんですよ……」


 下は無難な黒のズボンだったが。俺たちは武具屋を離れ歩き出した。


「しっかし……何だろうね? ラリアちゃんを売りつけようとしてた奴隷商人が、魔女を知ってて、ヌルチートも知ってて、転生者を助けようとしてた……?」

「ロスさんはタイバーンにいた時、そのおかげで助かったんでしたっけ?」

「まあな」


 歩きつつ、首をひねるパンジャンドラムとハル。


「ホッグス少佐が言うには、獣人は元々ゴースラントからやってきたそうだが……」

「あ、俺この異世界の学校でそう習いましたよ」

「ゴースラントへ渡るにはオルタネティカ帝国から渡るのが近道のようだ。だが帝国では奴隷狩りは禁止されているらしい。しかも3週間前から魔族が海峡を封鎖しゴースラントへは渡航不能になっている」

「へえ……」


「以前ラリアに聞いたんだが、商人とはタイバーンの港で会ったそうだ。南の海岸線をほぼ支配している帝国の目をかいくぐって、誰かがゴースラントで奴隷狩りをやった。それでラリアはタイバーンへ運ばれ……」

「ロス君と出会った、と……」


 冒険者ギルド支部の、事務局に当たるバラック。その看板が見えてきた。


「なんか、関係があんのかな? 魔女が造ったヌルチート。ヌルチートに対抗するラリアちゃんを渡してきた商人」

「……この異世界って……なんなんでしょうね? なんてゆうか……転生者がいる、って知られてるのも……」


 事務局の前で立ち止まり、俺は言った。


「わからない。ただスピットファイアは何かを知っているはずだ」

「何だっけ。『偽物のあの世』だっけ? そんなん言ってたって」

「ああ。だからこれからオークの村へいって、またスピットファイアを呼んでもらおうってわけだな」


 俺は2人を置いて、事務局のタラップに足をかけた。

 ちょっと出かけてくる、そういうことわりを、支部長のローレルという男に入れておこうと思っていたからだ。


 するとそのローレルが、タラップ上の入り口から姿を見せた。


「ああロス、ちょうどよかった。おまえに手紙がきてるぞ」

「手紙?」


 何となく後ろを振り返る。


「あっ。冒険者ギルドって郵便局の代わりもしてくれるんですよ」


 そう言ったハルにうなずいて、ローレルに向き直る。


「誰から?」

「さあ。差出人は書いてない。でも宛名はロス・アラモスだ」

「どこからの手紙だろう」


 異世界の現地人の知り合いなどタイバーンとサッカレーにしかいない。俺がこのガスンバにいるかも知れないと知っているのは、サッカレーの王府の人たちぐらいだ。彼らからだろうか。

 だがローレルは手に持っていた手紙をひっくり返して眺め、


「あー……ペリノアド共和国。ガスンバの西の方からだな」



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― 新着の感想 ―
[良い点] パンジャンドラムを脅かす新たな刺客「ホッグス」。 しかしヒロインの座はいまだにパンジャンドラムへ。 うまい具合にゴースランドの渡航の話しからラリアとの出会いの伏線回収させてきている。 本…
[良い点]  手紙が来た。手紙はロス・アラモスを導くのか。謎の香る異郷の手紙。
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