第165話 帝国の提案
冒険者ギルドガスンバ支部のベース。
俺やラリア、パンジャンドラムが寝泊まりしているバラックにホッグス少佐の副官である岩顔の男がやってきたのは、日の出からだいぶ時間が経った頃。俺が高床式バラック入り口のタラップに座り、最後の1本となったタバコを吸おうか吸うまいか考えていた時だった。
彼は俺に、ホッグス少佐とツェモイ団長が呼んでいるのできて欲しいと話した。
バラックの中には、俺がタバコをもてあそんでいたせいか中に避難していたラリアと、ライフルの手入れをしているパンジャンドラムがいる。
声をかけるとラリアがやってきて、ディフォルメ化して俺の左腕にしがみついた。
パンジャンドラムの方は、首を横に振ってテーブルに置かれたライフルに向き直った。
岩顔(ロクストン氏)はパンジャンドラムにもきて欲しい旨を伝えていたが、彼は肩をすくめただけ。
何も言わなかったが、パンジャンドラムはあとからこっそりついてくる気なんじゃないかと思った。
俺とラリア、パンジャンドラムで三人揃って、どこか部屋の中で女性に囲まれる気にはなれないのだろう。きっと少し離れたところから様子をうかがい、もしもの危険に備える気なのだ。
俺はタラップから立ち上がりロクストンの案内に従った。
「しかし……恐ろしい出来事だったなぁ」
午前の日差しのなか、バラックの間を通り騎士団の宿舎へ向かう道すがら、ロクストンが何か馴れ馴れしく話しかけてきた。
「まさかエンシェントドラゴンが蘇るだなど……」
双子山での出来事があって俺たちと帝国軍がこのベースに戻り、2日が経っていた。
帝国軍は帝国への帰還の準備。館で入手した魔女の遺物の移送作業。
騎士団は、引き続き双子山で倒壊した魔女の建造物の調査。
俺たちはウォッチタワーを待っていた。
彼は何か今後のことをシャーマンのオババ氏と話し合う必要があるそうで、オークの村へと戻っている。
俺はスピットファイアと話したかったので、連絡を待っているところだが……。
「まったく恐ろしい呪いだ! ホッグス少佐の頭から狐の耳が生えてくるなど……」
俺の隣でロクストンがそう言った。
ホッグス少佐の正体である、狐の獣人の姿について話しているのだろう。
ホッグスはアレのことを今までひた隠しにしてきた。だが山での戦闘の際、多くの冒険者にそれを目撃されることとなってしまった……。
俺は言った。
「ああまったくだ。魔女の呪いというものはもはや何でもありだな」
ロクストンはうんうんとうなずいている。
下山したあと俺は関わった帝国人全員に、「ホッグス少佐は魔獣の合成器にブチ込まれ狐と合体させられてしまった」と話しておいた。
ホッグスがみんなの面前で狐の耳を晒したのは合成機に入れられたあと。辻褄が合っているぶんみんな信じたようだった。
「いやはや冒険者もSランクともなると凄いスキルを持っているものだな! あの状態から少佐を元のお姿に戻せるスキルまであるとは」
バラックの群れの間を歩きながらそう言ったロクストン。
奇妙なものだが、俺たちが転生者であることも、あの日坑道や山にいた者たち以外は知らなかった。ホッグスやツェモイが箝口令でもしいたものか……。
俺は言った。
「まあな。ロス・アラモスに不可能はない」
帝国騎士団のものである横長のバラックが近づいてきた。
「ぬう、しかし……自分もちょっと見てみたかったなあ……狐耳の少佐……」
俺はその呟きに答えずに、バラックの階段を上った。ロクストンは別の仕事でもあるのかバラックへは入らず、そのまま立ち去っていった。
小さな書類棚と小さな丸テーブルがあるだけの簡素な部屋。
そのテーブルにホッグス少佐とツェモイ団長が2人して座っていた。
俺が部屋に入ると3つめの椅子を勧められたのでそこに座る。
俺は言った。
「それで? 今度はヌルチートを何十匹用意したんだ?」
「これは手厳しいな」
「ロス……笑えない冗談はよすのである……」
唇を尖らせるホッグスの横で、ツェモイはテーブルの上にA4サイズほどの紙を広げ始めた。
紙は地図だった。
「ロス殿。貴殿はたしか、ゴースラント大陸へ旅するところだったとか?」
ツェモイはテーブル上の地図に目を落とした。ホッグスが俺を見ながら、
「以前話したと思うが、覚えているであろうか? 我がオルタネティカ帝国が、南に巣食う魔族と対立関係にあるという話」
そんな話されたっけか。
そうだたしか、ホッグスがヌルチートに取り憑かれる前の晩のことだった。
「魔族……帝国の最南端の海峡にいるんだったか?」
「そうである」
「ロス殿、これを見て欲しい」
ツェモイが地図の、枠線で区切られたある一帯を、ぐるりと大雑把に指で示した。
「ここがオルタネティカ帝国だ」
ツェモイが指した国は、横長の国だった。
カシアノーラ大陸の南側海岸線をほとんどカバーしている。この異世界の惑星のサイズが地球と同等と仮定した場合、全盛期のモンゴルまではいかなかったが、なるほどたいへんな大国だった。大陸の北西にはタイバーンやサッカレーの領土もあったが、それらの大きさを比べると、食いかけのかまぼこひと切れとかまぼこ板ぐらいの差があった。
そんな大帝国の最南端に、尖った形の半島がある。
さらにその南、海を挟んでゴースラント大陸。
反り返ったバナナ、あるいはひり出したばかりの1本糞のような形。西側先端が上向いて、帝国南端の半島の先と向かい合っている形。
双方の距離はそう離れてはいない。
「ロス、ここである」
ホッグスの白魚のような指が、半島とゴースラントの間の海峡を指した。
「尖った部分はカルーシャン半島と呼ばれている。以前はそこにある港からゴースラントへ渡れ……渡られたのであるが……」
「海峡に魔族がたむろしていて……言いにくいことだが、現在渡航不能となっているのだ」
俺は海岸の東側へ視線を移した。
横長の帝国と、横長のうんちのようなゴースラント大陸。
ゴースラント大陸の西の果ては、ちょうどカルーシャン半島と向かい合った位置だ。カルーシャンのちょうど真南がゴースラントの端っこ。
ゴースラントは東へと伸びている。
だがオルタネティカ帝国の領土もまた、カルーシャン半島から東に続いている。
帝国の東の果てよりもゴースラントの方が長いが、それでも帝国とゴースラントは半島以外でも、海を挟んで対面している部分が多い。
俺は地図のそのあたりを指しながら、
「この東の方からはいけないのか?」
「遠いというのもある。それに、そこら辺りは海流が航海に適していないとのことである。その海流を利用して、貴君がいたというタイバーンと交易できてはいるのだが……ゴースラントへ渡るのは無理であるな」
ゴースラントの形を見ると、たしかに東にいくにつれ地形が南へと下がっていく形だった。
帝国側の海岸線は半島から東へ向かうにつれ徐々に北へ上る。帝国領土東側からだと、双方の間の海はほぼただの広大な空白地帯に見える。
俺は2人の女性の顔を見比べた。
「……実は、私とツェモイ団長、それから今ここにはいないが冒険者ギルドガスンバ支部長のローレル殿と話し合って、貴君がゴースラントへ渡る際の便宜を、帝国からはかってもらえるよう頼んでみようと考えていたのだが……」
「だが今話したとおり、渡航すること自体ができないもので……」
俺は言った。
「仮にも帝国と呼ばれた国が、海域をよそ者に実効支配されて近づくこともできない?」
「む……情けないことではあるが……」
「まあよくあることさ。それで? だから諦めろと言いたいためにここへ呼んだのか」
左腕のラリアを見る。寝ていた。
ホッグスとツェモイは顔を見合わせていたが、やがてホッグスが口を開いた。
「そこで……なのであるが。貴君に、オルタネティカ帝国へきて欲しいのである」
俺はホッグスの両肩のあたりへ視線を飛ばした。それだけにはとどまらず、椅子から少し腰を浮かせて、背中を覗き込むようにもした。
「……何しとるのであるか」
「帝国にこい、か。君は山でもそんなことを言っていたな」
ホッグスは顔を赤らめ、
「ち、違うのである! あれは、その、アレだったから、今回のこれはそれとはあれで」
「ひょっとしてロス殿、我らがまだヌルチートの虜だと疑っているのか?」
ツェモイは咳払いをすると、居住まいを正して言った。
「実はだな。我がオルタネティカは、魔族との決戦を考えている」
「決戦」
「そうだ。そのため我が国は、チレムソー教圏内の国に号令を発し、一大連合を結成し事にあたるつもりでいる」
ホッグスを見やると、彼女もうなずいて言った。
「各国に将兵の派遣を呼びかけている。それだけではなく各地の冒険者ギルドの、優秀な冒険者にも協力を促しているのである」
ホッグスの視線は俺の胸元に向いていた。
別に俺の、胸元の開いたシャツからのぞく大胸筋に見とれているわけではないだろうことはわかっていた。
彼女の目当てはそこにぶら下がっている俺の冒険者カード。
Sの位がびっしり刻印された、ロス・アラモスの証明書だ。
ツェモイが地図を折りたたみつつ、
「力を貸して欲しいのだ。転生者に助力いただければ、戦力は大幅に増加されるだろう。ロス殿や、パンジャンドラム殿に、ハル・ノート殿。それに……」
ツェモイはそこで1度言葉を切った。顔を赤らめ、彼女にしては珍しくしまらない笑みを浮かべて、言った。
「……ウォッチタワー、殿も」
「……貴君、またなんか企んどるんではないであろうな」
「失礼な、何も企んでなどいない。何1つ隠れることのないストレートな感情だ」
「余計問題なのである」
海峡封鎖……か。
ではなんだろうか。ゴースラントへ渡るには魔族の支配する海域の制海権を奪取する必要があり、つまりそれを自力でやれと……。
「ふふ、貴殿こそどうなのだ」
「何がであるか」
「貴殿とロス殿は手と手を取り合って共に戦った仲」
「それがどうしたのであるか!」
俺はそうする必要があるとして、パンジャンドラムは乗ってくるだろうか? ハルは……行く当てもないだろうからくるかも知れない。
「貴殿はあれだろう? エンシェントドラゴンとの戦いの時も何やらロス殿に信頼されていた様子」
「いやあのあれは……」
「下山してからもすぐに雑務をロクストン殿に丸投げして、2人で個室に入っていったし……」
問題はウォッチタワーだ。彼は連絡すると言ったが、2日も経つのに何の音沙汰もない。元日本人とは思えないマイペースさだ。大自然の中で暮らして時間の感覚がイカれたのだろうか。
「ちが、あれは契約解除を」
「あの一件以来、貴殿のロス殿を見る目に何かこう……女らしさ的なものを感じていたのだが? メスの顔的な? ひょっとして貴殿たちは私が考えている以上に親密な……」
「わ、わーっ! わーっ!」
最も重要なのはスピットファイアだ。あの戦いのあと、妖精王はガスンバが救われたことに狂喜乱舞しつつそのままどこかへ飛んでいってしまった。喜びを分かち合うだとか、解散の挨拶だとかも一切なしにだ。我々が目に入っていなかったようにも思えた。だがあの妖精王、おそらくこの異世界の秘密を……。
「いたっ! いたい、やめてくれ、わかった! わかったから!」
俺はテーブルの木目に目をやりながらそんなことを考えていたのだが、ふと顔を上げると、ホッグスが隣に座っているツェモイの肩にパンチを連打していた。
「……どうしたんだろう?」
「な、何でもない! 何でもないのである!」
「おお痛い、それで……いかがだろうか?」
「ウォッチタワーのことか?」
「それに関しては、できれば、だ。奴は頼もしい男だがそれはガスンバのオーク部族にとってもそうだろう。向こうにも立場があるし、ここを離れられないかも知れない。ただ貴殿は……」
ツェモイは肩をさすりつつ、
「貴殿には先ほど提案させてもらったとおり、ゴースラントいきへの便宜をはかってやれるだろう。戦争がこちらの勝利に終わればだが。それともう1つ、見返りを用意できると思う」
そう言った。
「見返り?」
「ああ。ホッグス少佐からの提案でね」
ツェモイはホッグスを、横目でチラリと見やった。
「知ってのとおり、私の騎士団は魔女狩り部隊と称し、本来三賢者の1人、魔女の遺物の探索が主な任務だ。このガスンバだけではなく、これまで様々な場所の遺跡の調査、回収された文物、それらの情報を収集、蓄積。以前話したっけか? 三賢者の研究機関があると」
俺がうなずくと、ツェモイは言った。
「貴殿は魔女にご執心の様子。もし協力いただければ、貴殿がその研究院の情報にアクセスできる許可をもらえるよう掛け合う用意がある」




